●リプレイ本文
空気は優しく、冷たかった。
日は落ち、夜になってからかなり経ったと思われる頃―――町からやや離れた郊外を、一台の車が走る。
外は一面の白、そして針葉樹林。自分も北国生まれだが、こいつぁホントに寒いねぇ‥‥そう車内で佐竹 優理(
ga4607)が笑った。
車内には暖房が効いていたが、それでもやや心もとないか。
乗車直後から窓とにらめっこしていた草壁 賢之(
ga7033)が、腕時計を見ながら僅かに憂鬱気味な息を吐いた。
(「‥‥勘弁してくれ」)
彼は別段今回の任務に不満がある訳でも、寒い気候に異論がある訳でもない。
ただ、現地までの移動時間で読もうとした書籍が見当たらず、自分に呆れながら、ついいつもの口癖を呟いてしまっただけ―――。
心が落ちかけるも、仕事に私情は挟むまい、そんなモットーが頭の中をよぎり、仕事への熱意はすぐに回復した。左の掌に右拳を叩きつけ、気合を入れる。
「うしッ、普段郵便屋さんには世話になってんだ。たまにはこっちから手紙を届けたって、バチは当たんないよなッ」
そうだな、と。そんな相槌を打ち、寿 源次(
ga3427)が車の運転を担当する女性士官に声をかける。
「先日は世話になった。今回は満足する結果を出させて貰う」
そうか、と士官は短く漏らし。言葉を捜すように僅かに逡巡した後、「程ほどにな‥‥」とだけを呟いた。
車には申請物資も積まれている。源次が頼んだ毛布と担架、薬品があるのは勿論、懐中電灯も何とか確保する事が出来た。無線二台は蓮沼千影(
ga4090)へと渡され、森の地図は簡易的なものでありながらも墜落予想地点が書き込まれており、探索の役に立ちそうだ。
沢辺 朋宏(
ga4488)が申請したスノーモービルは却下、代わりにかんじきが支給されている。
カイロの申請は気持ち分のみ渡された。流石に支給という形では数に限界があるのか、暫しの気休めにしかなりそうにない。
「これは郵便屋さん用だな」
そういって千影はカイロをポッケにしまう、自分は自前の防寒具でもふもふ。
「‥‥ついたぞ、車でいけるのはここまでだ」
運転席から白い指が伸ばされ、今ここ、と現在地を地図上で指される。
地図を見るに、墜落予想地点にたどり着くには、道路から樹林を越えないといけない模様。方向については朧 幸乃(
ga3078)や源次が方位磁石を所持していたため、双方の班共に迷う事はないだろう。
下車した後、クラウディア・マリウス(
ga6559)がベルトに懐中電灯を括り付け、幸乃が持参したランタンを車から引っ張り降ろす。
「蓮沼さん‥‥ランタンに火、もらえますか‥‥?」
ああ、と軽く返事を返し、煙草で‥‥なんて事はしない。かちっ、とライターで火が灯される。
「‥‥懐中電灯は兎も角、ランタンを腰に下げるのはやめとけ」
危ないから、そう女性士官が指摘した。今度から備品は懐中電灯でなくヘッドライトにするか、と苦笑しながら。
●樹林探索
樹林に入ってすぐ、能力者達は人手を二班へと分けた。沢辺 麗奈(
ga4489)は双子の兄と共にA班。優理と源次もこっちの所属で、他の人たちはB班。
救助がきた、その事を示すため、手始めに麗奈が照明弾を打ち上げる。花火のような音を立て、光の玉が空中ではじけた。
「郵便屋さん、気づいてくれればいいんやけど‥‥」
「そうだ、麗奈、これ」
そういって、朋宏がロエティシアを麗奈に渡す。今回はこれを使え、という事らしい。強化をしてるかしていないかの差はあるものの、朋宏と御揃いだ。
最初はやや驚いた表情を見せたものの、爪を受け取り、おおきに、といって麗奈がにぱっと笑う、それを見て朋宏もおう、と笑った。
「木々がクッションになってくれていればいいのだが」
崖を遠目に、源次が呟く。準備を怠らなかったのが幸いし、能力者達はほぼ一直線に墜落予想地点へと向かっていた。地図は予想地点を中心に二つへと分けられており、その場所に郵便屋さんがいない場合、二班が手分けして周辺を探す手筈になっている。
距離はお互いの照明が見える距離、幸乃のランタンは、結局武器を外して持つ事になった。それは後衛に攻撃が向くよりはいい、という最終的判断による。武器の装備に一手遅れるものの、光源の有無や囮効果はそれを上回るため、止むを得ないだろう。
「うぁー‥‥早くコタツで固くなりたくなるなぁこの寒さ‥‥あれ、丸くなるだっけ?」
枝から零れ、頬に落ちた雪雫に賢之がふるりと震える。手紙を探すついでに頭上を仰ぎ、透き通る夜空に目を細めた。
吐く息が白い。かじかんだ指を暖めようと、クラウディアが手に息を吹きかける。
(「郵便屋さん、大丈夫かな‥‥寒くないかな‥‥」)
早く見つけて助けてあげないとね、そう心に思う。
「お、あれは‥‥」
雪上に落ちた白いものが目に留まり、千影が駆け寄って拾い上げる。ざくざくと雪を踏み、駆け寄って確認したものは手紙に違いない。
他の三人もまた追いついて駆け寄り、手紙を確認すると周囲を見渡す。
「‥‥手紙があるという事は‥‥この近くにいる、のでしょうか‥‥?」
幸乃が呟き、賢之が頷く。千影から無線を借り受けると、A班へと連絡を送った。
「手紙が見つかった、この近くにいるかもしれん」
風で飛ばされただけ、なんて可能性も無きにしも非ずだが、注意を深めるに越した事はないだろう。A班から了解の旨が返ったのを確認し、目的地へと向かって探索を進める。
雪原にはこの辺から獣の足跡が目立つ。頭上からの奇襲、樹陰からの不意打ちを警戒するように、注意深く進んでいく能力者達。
樹林の密度は割りと高く、道は険しくはないものの、辺り一面の同じ景色は方向感を狂わせる。眩暈にも似た感触、その度に能力者達は方位磁石で方向を確認し、迷わないようにと道を急ぐ。
「おーい‥‥!」
探索開始から何度目かの呼びかけ、返答がないのはキメラに警戒してるのか、それとも意識がないのか。
雪が音を吸い、それほど遠く伝わってないような気もする。
「落ちたのはこの辺‥‥だよな」
墜落予想地点へは一時間足らずで到着した。あくまで予想地点ではあるが、この周辺に落ちたのは違いないだろう。
目の前には切り立った崖。雪がなかったら痛かっただろうなぁ‥‥そんな感じで、クラウディアが上に視線を伸ばす。
ひょこ、と雪の影で何かの影が動いた。
それに最初に気づいたのは源次で、敵かと思い、目を凝らす。源次の様子に気づいた他の面々もまた視線の先を凝視し、様子を伺っている。ランタンは地面に置かれ、武器はスタンバイ。
枝に積もった雪が落ちたのだろう、割と大きな木の下には、積もりに積もった雪が小さな丘を形作っている。
ひょこ、ひょこ。
雪と樹幹の間に白いヘルメットが見え隠れした。
「‥‥郵便屋か!?」
私が行こう、そう言って優理が前に出た。
雪を踏みしめ、少しずつ回り込む。やはり気になるのか、千影と賢之、沢辺兄妹の順に他の面々もゆっくりと接近し、大樹を取り囲む。
片手を刀に添え、雪の裏に回りこむ。‥‥郵便屋さんと目があった。
●はむはむもぐもぐ
「救助が来たのは判ってたんですけどね、でも、返事を出して、化け物に居場所を知られるのが怖くて」
敵ではない事が判り、胸を撫で下ろした能力者たちに、郵便屋が進み出なかった非礼を詫びる。
「UPCから派遣された者だ。寒かったろう?」
そう名乗る源次に郵便屋さんが大丈夫です、と笑いかける。とりあえず、笑えるだけの精神的余裕はあるらしい。意識はしっかりしている、負傷は‥‥足を挫いている模様。歩けない事はないが、走るのは無理だろう。
「熱々じゃなくて悪いけど」
飲めますか? と優理が紅茶を差し出した。
大丈夫です、と受け取る郵便屋さんに、幸乃もまたハムを差し出す。
「お腹‥‥すいてらっしゃるのでしたら‥‥」
はむはむ、もぐもぐ、ごくごく。
有難う御座います、そんな礼と共に、幸乃が差し出された食料は受け取られ、平らげられた。半日以上隠れていたのだ、体力を消耗しているのも無理はないか。白く透き通っていた肌は赤みを取り戻し、瞳はよりはっきりとした焦点を宿す。
ヘルメットって大事やなぁ、未だ被られたままのそれを見ながら、麗奈が思う。もし着用してなかったら、今頃はこうして飯を食う余裕もあるまい。
「この様子なら、救助隊の方まで運べそうだな」
大丈夫か? と投げかけられた問いに、郵便屋さんがはい、と答えた。ただ一つ、後ろ髪を引かれるように、周囲をちらりと覗き見してる以外には。
肩から下げられたバックに、手が大事に大事に添えられている。どうやら士官の予想通り、ばら撒かれた手紙が気になるらしい。
そんな彼を見て千影が笑みを零し、大丈夫だ、と笑いかける。
「手紙、俺らで回収するからよ。どうか安心してくれな。何通ぐらいあったかだいたいの数って‥‥わかるかな?」
驚いたように視線を周囲から千影に戻し、あ‥‥と声を零す彼の傍で、優理がポッケからメモ帳を取り出す。
「数だけだけど、それは一応郵便局に問い合わせておいたよ。郵便屋さんが持ってる分と照会するのは、樹林を出てからにしようか」
「手紙の前に‥‥まずは貴方を無事に届けないと‥‥これからも運んでもらわないと、困りますから、ね‥‥」
幸乃が微笑んだ。郵便屋さんもそれに頷き、源次に肩を貸して貰って立ち上がる。
忘れ物、お手紙、敵影は周囲に無し。帰還する時は下車した場所に戻ればいいという。冒頭で救助隊がいなかったのは、女性士官の護送待ちか。
「じゃあ、いきましょうっ」
クラウディアの言葉に一同が頷き、方位磁石頼りに、帰還へと歩みを進めた。
●うきーっ
ぴゅんと、石塊が頭部すれすれを掠めていく。無論、それは事故でも脅かしでもない、割と本気で殺害しに来た、敵が放った凶器である。
「あぶね‥‥っ!」
それは別段正確な技量を持って繰り出される訳ではない、故に脅威かといわれるとそうでもないのだが、危険の二文字からは離れる事が出来ずにいた。
キメラ――猿たちが投げる石は子供の頭ほどもあり、命中率は別としても、破壊力は抜群なのだ。避けようと思えば、避けれない事はないが‥‥『運悪く』が実に怖い。
「いい加減しつこいねん‥‥!」
その襲撃は何度目になっただろう。目的地まで敵に遭遇しなかったツケが回ってくるように、今になって一同は猿の歓迎を手厚く受けている。
能力者たちに積極的にキメラを駆逐する意志はなく、またキメラ側も本格的に力押しで襲ってくる様子はない。
猿がちょっかい出して来るのを見るや、能力者達は武器を構えて迎撃し、能力者達が追いかけてくるのを見るや、猿はその機動性をいかして樹林の中へと逃げる。これの繰り返し。
郵便屋さんという負傷者を抱えてる今、キメラに気を取られないのは正解なのだが、これではどうも泥沼と言った感は拒めない。護衛対象さえ預けてしまえばこっちのものだが‥‥それまでが、実に鬱陶しい。
「星よ力を‥‥」
左手で胸のペンダントに触れ、クラウディアが祈りを捧げるように呟きを漏らす。星型を繋いだ光のブレスレットが応えるように左手首に現れ、光を放つ。
「クラウディアちゃん、武器強化よろしく!」
駆け抜ける千影の髪が紫へと変化する。夜風を受けて染まるように、艶やかな色彩が体を包んだ。
「みんなに星の加護を!」
超機械を手に、クラウディアの手前に振りぬいた指先が光を灯す。光は尾を引き、千影の蛍火へと宿る。
夜空は澄み切っている。白く点在する星の輝きはささやかで、強くはないものの、翳る事もない。
「この‥‥ッ!」
相手がヒット&アウェイ戦法を取ったため、沢辺兄妹の方も思うように力を振るえてはいない。
それでも二人の連携は乱れる事はなく、朋宏が爪を叩き込んで動きを止めた隙に、麗奈が追い討ちを叩き込むといった感じに攻撃を重ねていく。
「幸乃ちゃん、そっち行ったぜ!」
「はい‥‥!」
積極的に声を上げ、連携を促す千影。逃げるように彼から遠ざかるキメラを、幸乃が迎え撃った。
「賢之、撃てッ」
雪に足がとられ、樹林間の移動はそれほど迅速に行えない。そのため致命打こそ与えられないものの、能力者たちはキメラを蹴散らして進んでいく。
「樹林を抜けるぞ!」
パーティの状態に気を配りながらも、源次が叫んだ。
幸乃がしんがりに立ち、先にいってください、と敵襲を警戒するように後ろを向く。B班から先に樹林から離脱し、A班がそれに続く。
除雪された道路には、来る時に乗ってきた車両が少し離れた場所で待機していた、傍には白と赤の救急車。
樹林から抜け出してきた一同を見るなり、集まっていた人々がおーいと手を振り、こっちだと合図する。
「有難う御座います、助かりました‥‥!」
尊敬と感謝の混じった眼差しを一同に向けながら、能力者達の見守る中、郵便屋さんは救助隊に運ばれていく。
「あ‥‥ねぇねぇ、見て! オーロラ!」
クラウディアが頭上を仰ぎ、声を上げた。頭上ではいつの間に光色の帳がかかり、空を彩っている。時に変化する帳幕は能力者達を労るように優しく輝き、空に幻想的なコントラストを描き出す。
「すげぇ‥‥初めて見たぜ‥‥」
千影が吐息と共に感動を零した。冬を好きになったかも、そんな思いを胸に秘めながら。
「原理を口で説明は出来ても素晴らしさは言葉に出来ん‥‥」
自然は何と壮大な事か。そんな言葉が源次の胸に浮かんでは、口に出される事なく消える。
「わぁー綺麗‥‥まるで夜空が歌ってるみたい‥‥」
空を仰ぎながら、思わずくるくると回るクラウディア。
「日本じゃないけど、雪もあるしちょっと早めのホワイトデーってとこか‥‥」
賢之が呟く。こういった普段とまったく違うホワイトデーも、風情があると思えるのではないのだろうか。
「お〜、綺麗やな〜。まるで湯ば」
湯葉じゃないぞ、いつの間にか紅茶をゲットした朋宏が麗奈にツッコミを入れる。ナイス先読み‥‥なのか?
紅茶は能力者達のために、女性士官が用意した備品らしい。勿論ホット、断じてロッタに飲み物一式を押し付けられた訳ではない。
「あう‥‥ほんならしゃぶしゃぶや!」
何故そうなる!? そんな突っ込みは紅茶に塞がれ、出せずに終わった。
「あ〜、何やオーロラ見とったら腹減ったな〜。‥‥な〜な〜、帰ったらしゃぶしゃぶ喰いに行こうな〜?」
はいはい、と妹にはあまあまなお兄ちゃん。
でもまずはお仕事を終わらせてから、飲むもの飲んだら手紙の回収を‥‥
ぴゅん、ごす。
キメラ、まだいた。
投擲された石入りの雪玉は見事賢之が持つカップにヒットし、中身を辺り一帯にぶちまける、うわぁ。
「だぁーッ!! 君達は読み書き出来るようになってからきなさいってのッ!!」
‥‥まだ色々と苦労しそうであった、まる。