●リプレイ本文
雪は止み、大地に厚い雪化粧だけが残された、ある二月の頃の話―――。
空は薄灰にけぶり、雲模様が薄く陰を作っている。
来るものなどいない山奥、山間の村落から車で一時間ほど、ひっそりと朽ち落ちている屋敷前に、一台のワゴン車が訪れていた。
緩やかに停車する車、車内からはわいわいと実に楽しそうな談笑が漏れ聞こえてくる。
最初に桜色の着物を纏った絢文 桜子(
ga6137)が降車し、総勢9名の男女が続いて降りてくる。
今回、この屋敷に住み着いたキメラを退治しに来た能力者達だ。
「まあ、これが本物の忍者屋敷というものでしょうかしら?」
屋敷を見上げると、嬉しそうに笑みを零す桜子。溢れんばかりの笑顔は、こういった出し物が大好きだという事を物語っている。
「要は日本の迷路アトラクションでやがりますか‥‥興味深ぇです」
シーヴ・フェルセン(
ga5638)がつられて屋敷を見上げる、小柄な体にはかなり大きめなコートを羽織り、背中に背負った大剣の重量のせいか、微妙に体がふらついてる‥‥ように見えるかもしれない。
「アレだよな、これは所謂ニンジャ屋敷ってやつだろう? サムライも好きだがニンジャも良いよなニンジャも♪」
浮ついた談笑はそのまま車外にも持ち越される、ザン・エフティング(
ga5141)をはじめ、皆一様に楽しそうである。
「歴史ある物件だそうですから、名物の一つや二つは期待しちゃってますよ?」
そう鈴葉・シロウ(
ga4772)が期待を漏らす、流石に値打ちモノは転がってないだろうが、年代モノなら見つかるかもしれない。
「一応仕事に来た――というのは無粋か?」
仕方ないな、と苦笑気味の息を吐き、クラウディア・オロール(gz0037)少尉がそんな事を呟く。
「大丈夫です、少尉♪」
ばっちりやりますよ? と笑顔で風(
ga4739)が振り向いた。
シーヴと風が屋敷へと踏み込み、シロウがその二人を庇うように更に前へと出る。
いってらっしゃい、と言わんばかりの他の能力者達に風が手を振って応え、
「少尉も一緒にどうですか♪」
―――そう誘いをかけてきた。
先行する彼らは囮役である。今回のキメラは狡猾で、獲物が弱った状態でないと出てこない。
そのため、トラップ覚悟で探索を敢行するか、わざとトラップの餌食になってダメージを負うかのどっちかは必要なのだが―――能力者達は大所帯だ、9人分を弱らせるトラップがあるかどうかは疑問だし、後の討伐に支障が出るかも知れない。そこで少人数だけを先行させ、キメラを誘い出す、と言う事らしい。
「――‥‥ふむ」
シーヴ達を見、残った能力者達を見る。
今回、屋敷への破壊行動は厳禁だ、別に能力者達を信用してない訳でもないのだが―――山奥へ能力者達を送り届けるついでに、少尉はお目付け役として同行している。
丸めた指を唇に当て、僅かな思案。
「―――仕方ないな、行こう」
面子の良識的に行く理由はなさそうだが、拒む理由も特になかった。
●囮でGO
囮役と言っても、そういった形式は、今回の作戦では大した意味もなさないようだった。
明らかに、何名か好奇心に勝てずに屋敷をぺたぺたと触っているし、だが、本人がトラップの餌食になる分には何の問題もないだろう。
それに囮役が役に立ってない事もないのだ、いきなり玄関で落とし穴に嵌ったり、危うくどんでん返しから出れなくなったり、踏み込んだ部屋でとりもちにかかったり。
この辺は全て囮役が‥‥掛かってない、ザンは後ろで大人しくしてるつもりはないようで、シロウと共に女性陣を庇って罠の殆どを引き受けた。ちなみに男にはノーアクション。
姫君たちはお転婆なもので、用心深さとは無縁―――むしろ罠を歓迎する位の勢いで探索を進めて行く。
手始めに大広間へと突き進み、天岩戸作戦用の会場を確保。
次は罠の解除である、ここは第二の作戦で使うため、罠を一通り発動させ、無効化させる必要がある。
「大抵こういう壁なんかに仕掛けがあって槍とか飛び出したりするんだよなっ」
そうザンがぱしぱしと壁を叩く、飛び出してきた槍‥‥ではなく、針を驚きながらも避け、予想通りの仕掛けに嬉しそうに笑う。
とりあえず、大広間は現在暴れだす様子もなく、歩き回るだけ、触りまくるだけなら害はなさそうだ。
それを確認すると沢村 五郎(
ga1749)と月神陽子(
ga5549)がハタキやらホウキやらを手に、座敷の掃除を始めている。
真面目に宴会準備を進めてるのはその二人だけで、他の三人は宴会より屋敷の方に興味がある様子。
座敷童―――今回のキメラがどれだけ礼儀に厳しいか試すため、五郎が畳の縁を踏んでみた所、何故か何もない所から石が飛んできたが。
「天罰覿面ってか。つーか縁起が悪いな‥‥この畳、不祝儀敷きだろう?」
―――妖怪キメラの名を冠するだけあって、性根の悪さがよく伺える。わざわざ畳を敷きなおすキメラというのも妙な話だが。
流石に敷き直す時間はないだろう‥‥、
「車に防寒シートがありますわよ」
そう陽子が声をかける、覆ってしまえば関係ありませんわ、と言わんばかりに。
「それはいいな」
宴会に向けて、持ち込まれた物資は多い。それならなんとかなるだろう。
●座敷童とかくれんぼ
大広間から奥は、寝所や厨房などになっている。それだけといっても、部屋数は多く、カラクリを踏破するのは一苦労しそうだ。
奥へ奥へと突き進む囮組からは、また愉快な悲鳴‥‥もとい、歓声が上がり始めている。
風は廊下に出た途端、いきなり矢の洗礼を受けた、シロウを盾にした、風が笑顔で笑った。
「‥‥ゴメンね」
シーヴが怪しい紐を引っ張った、捕獲用の網に捕まりそうになる、シロウが代わりに捕まった。
「‥‥あ」
ツァディ・クラモト(
ga6649)が装飾品を取り上げると落とし穴が発動、シロウが落ちた。
「あはは、新人ですから」
シロウが床の間に飾られてる何かへと近づこうとした瞬間、天井から銅像が落ちてきた、本人に。ゴン。
幸いな事に、離れた所からはサイエンティストである桜子さんがついてきているし、救急セットだって3セット以上持ち込まれている。
何度倒れ伏しても、めげずに立ち上がる生命力はさすが熊と言った所か、ナイスガイです、クマー。
「余り、怖い目に遇ってらっしゃらないと良いのですけれど」
桜子さんが心配するが、むしろ楽しんでるっぽいので平気そうですよ?
シロウばかりが被害に遭ってるかというとそういう訳でもなく、他の面子の自爆・巻き添えもそれなりに多い。
屋敷が広いだけに、能力者達は固まる事もなく、ある程度の範囲で思い思いに探索をしている。
特によく動き回る風の自爆率は高く、天井から粉袋が落ちてきては「へうっ!」と叫び、床に足を引っ掛けては「はぶっ!」などの叫びを上げている。
大剣が物騒すぎたのか、迎撃率が高いのはシーヴの方で、部屋に入る、角を曲がるなどするたびに何かが発動する。石、矢、タライ。爆薬は流石に庭に投げ捨てた、なんでそんなものがあるんだ。
「愉快な‥‥」
大広間の掃除を大方終わらせた陽子と五郎だが、ここは不思議と何事も起こっていない。
シーヴの方に回っているというのもあるのだろうが、着物の袖を襷で結び、実に漢らしく勤労に働く五郎はある職業を連想させ―――いえ、なんでも。
ちなみに、屋敷の見所は罠探索だけではない。いや、そもそも観光に来た訳ではないのだが‥‥この屋敷は建築としても立派だし、僅かに残された装飾品は、一部の者にとっては興味深いだろう。
「箱書が古ぼけて読み難いですねぇ。何々肩衝?」
銅像から這い出たシロウは、改めて箱を物色している。箱色は梅鼠、飾られた箱書は黄ばんで読めない。
開けてもいいのかと少尉に尋ねれば、可能だという返事が返ってくる。
シーヴはいつの間にか戻ってきたのか、部屋の壁をぺたぺた触ったり、装飾品を取り上げては物珍しそうに見ている。
いつの間にか桜子さんまでが探索に加わり、掛け軸の奥に仕掛けを見つけるなり、上品な笑みを零す。
「‥‥ほら、忍者屋敷では定番ではありませんか」
動かせそうな壁に手を伸ばす、軽く押してみようとして‥‥
「桜子さん、危ない!」
「え、ええー‥‥!?」
押し開けた隙間から何かが射出され、シロウに牛乳がヒットした、何故牛乳。
その後は―――なんというか、色々あった。
シロウを盾に罠を踏み壊し、屍(※死んでません)をむぎゅっと踏んで突き進むシーヴ達一行。
「犠牲は無駄にしねぇです」
追いついたシロウが振り向いたシーヴの大剣に薙ぎ払われたり、よろよろとオーバーアクションで倒れ伏す風に、後ろから作動したトラップで追い討ちが入ったりもした。
「い、痛いかも‥‥」
屋敷鑑賞組も一応御満悦ではあるようで、シロウも仕掛けの奥に隠し倉庫を発見しては、遺留品に夢中。
「低く地を這うが如きぐわっとした異形。伝え聞く平蜘蛛? 本物は戦国時代に爆散したから偽? だが贋作でもこの長年使い込まれた鈍い光、異形故の存在感、触れてみたい。でもいかにも罠の起動っぽい配置っ」
突き上げられた槍は避けた、落ちてくる包丁も避けた。おおっと、石つぶて。どうなったかは可哀想なので割愛。
桜子さんなどは満足したのか、宴会組の準備へと回っている。
五郎達はやっとの事で掃除を終わらせ、会場のセッティングを始めている、陽子は外に出て、車において来た宴会道具を取りにいってるらしい。
「座布団が足んねぇな。どっかないか?」
探索班――シーヴが途中で座敷童?らしき相手に出会うも、
「出てきやがるなです! こいつつえーです!」
そう加勢は拒否されました、尚シーヴさんは汗一つかいてません。‥‥嘘ばっかり。
ちなみに座敷童はシーヴに叩き返されました、カラクリの中に。
「遊びすぎた‥‥。そろそろ真面目にやりますかねぇ。」
そうツァディが力尽き、作戦の第一段階は終了を告げた。
●宴会たーいむ
夜になった。予想以上に時間をとったのは、やはりトラップから抜け出すのと、応急手当に時間をとったためだろうか。
だがお陰で、第二作戦である天岩戸の会場はばっちり。
電源が生きてないため、照明は持ち込まれた数多くのランタン。オレンジ色の光が深藍の空、白い雪に深緑の茂みを飾り立て、中々いい雰囲気となっている。勿論、障子は開け放っての雪見酒だ。
「こっちの準備は出来たぜ」
そう五郎が陽子と桜子の様子を覗きにいく。能力者達が持ち込んだ食べ物、飲み物は相当多く、既にある種の山を形成しつつも、準備はそろそろ終わりそうだ。
五郎はそれを確認すると頷き、仕上げとして、『本日無礼講』と書かれた紙を何枚か壁に張り付け、セッティング完了。
並べられた食べ物はUPCの支給品が多いが、中には幾つか手料理も混じっている。陽子があらかじめ作って持参してきたものらしい、本人は謙虚に笑うが、かなりの自信作である事は違いないだろう。
宴会には宴会芸が付き物で、やはり陽子がハンディカラオケを持ち込み、歌などを勧めている。用意がいい。
流石にテレビなどはないのだが、車からノートパソコンを引っ張って弄っておいた。少尉曰く「作戦に必要と判断して許可する」との事。
陽子の司会で宴が始まり、一番手として風が熱唱。料理よし、座敷よし、一仕事した後の宴会はやはり‥‥え、まだしてない?
「まあ、皆様お上手ですのね。わたくしも歌など‥‥」
そんな感じで桜子が続けて歌う。
場の空気に乗せられ、シロウが敦盛を始め、舞を披露していく。何気に重要無形民俗文化財。
尤も、白熊が幸若舞を舞う様子は相当シュールだと言わざるを得ないが。
「未成年はこっちですわね」
笑いながら、陽子が白熊の作ったカクテルをシーヴと桜子に勧める。勿論名目はジュースで。
未成年飲酒には厳しい筈の少尉だが、今回は黙認してくれたらしい。
「やっぱり、日本の建物は落ち着きますねぇ」
ザンは料理に夢中で、ツァディは皆の芸を見ながら部屋を物色している。
風は歌い疲れたのか、騒ぎを肴に雪見酒としゃれ込み、体が暖まったせいか、顔が僅かに赤い。
その後ろではカクテルを一気したシーヴが、唐突にテーブルクロスを掴み―――
「Mr隠し芸いくです」
―――ちょっと待て!?
がっしゃーん!!
五郎は退避してたので無事、陽子はちゃっかり自分の料理だけ退避させている。
誰が被害に巻き込まれたかというと、勿論料理をがっついてたザンの方で、もろにビールをかぶって悶絶している。
「‥‥良かったな、みかんは落ちても問題ないぞ」
そう、少尉が笑った。
「それでは皆様、宴もたけなわではございますが」
―――いつのまにか、体長70cmほど、着物を纏った二足歩行の狐が紛れ込んでいた。
いきなり暴れる――というより、ドサクサにまぎれて、ザンにビールをぶっ掛けたのこいつ。
「あちゃあ、よみがな振っといたほうがよかったか?」
陽子と五郎が、同時にうっすらと笑みを浮かべる。顔が僅かに赤いのは多分酒のせい。
「“ぶれいこう”でも喧嘩はご法度だぜ。」
いつの間にか、庭に出現している野犬――いや、野犬型キメラにも臆する能力者はいない。
むしろ普段より大胆に―――
「OKがきんちょ、数々の悪戯に優しいお姉さんも怒ったよ? 折檻ターイム!!」
そう、一斉に隠し持っていた武器を振り抜いた。
―――およそ3分後。
ほぼ全員が防御を考えずにキメラに襲いかかり――野犬も座敷童も、敵などではなかった。
勢いのなせる業か、7体の敵を仕留めるのにおよそ一分半、残りの時間は会場からキメラをたたき出すのに使われた、座敷が汚れたら困るから。
運転のため、最後まで素面だった少尉は「酒の力って恐ろしいな」とコメントしたという。
「うむ、また日本の文化に触れる事が出来たな」
和風のカラクリ屋敷を楽しめた、といわんばかりにザンが帰ろうとするも、それは他の面子に引き止められる。
「楽しかったねっ♪ ‥‥ね?」
そう、風が味方を見回して笑う。
周囲は大惨事の一言に尽き、机こそひっくり返ってはいないものの、どたばたしたせいかずれているし、零した料理や飲み物は‥‥まぁ、シートを回収すれば済むだろう、こっちの方は楽そうだ。
「任務完了――してねぇですか‥‥」
後片付けまでがお仕事です、それでも能力者達は楽しそう。
「楽しい一時をありがとうございました。貴方の命もそう考えると役に立ちましたわね」
偶にはこういった休暇もいいかもしれない。‥‥あれ、仕事に来たんだっけ。
「やっぱり生のキメラは迫力が違うなぁ」
‥‥これは基準にしない方がいいのと、逆だと思うんだ、色々と。