●リプレイ本文
夜風が静寂に満ちた校舎を一掃する。
静かに見えるのは上辺だけで、その実、校内では緊張感が張り詰めている筈だ。
中に閉じ込められた八人の子供。校内に徘徊する六体のキメラのせいで出るに出られず、救出を望む事すら忘れた精神状態で、ただただ見つからない事ばかりを祈っている。
それは絶望のかくれんぼ、事件発生から一時間半後に、彼ら傭兵達は学校前に到着した。
―――競合区といえど、学び舎まで侵入を許すとは不甲斐ない‥‥。
そう、ファファル(
ga0729)が緩やかに息を吐く。
「何はともあれ子供たちは無事救出せねば‥‥な」
その言葉に四条 巴(
ga4246)が頷いた。
「子供達を‥‥何とか無事に救出しないと‥‥ですよね」
校外には、救急車と護衛の軍人が数名待機している。
医者は兎も角として、キメラが外に出る可能性のある状況で、民間人を待機させる訳にはいかないのだろう。両親は搬送予定の病院で待機してると言う。
本来ならすぐにでも両親に会わせてやりたい所だが、こればかりは仕方がない。
「傭兵の身分で校門潜るなんて不思議な気分や」
そう怒りに震えるのは三島玲奈(
ga3848)。
「ウチかて戦争さえなかったら花も恥らう現役女子高生やったねん!」
各々の思いを抱え、能力者達は校舎へと踏み込んだ。
―――とことこと、ずるずると、這いずりまわる何かが聴覚に捕らえられる。
音を反響させる廊下は恐怖を誇張し、死の道化師は、それを囃し立てながら迫っていた。
●かくれんぼ
校舎に入ってすぐ、能力者達は人員を三班へと分けた。
校内は薄暗く、入り口や窓からライトが差し込んでいるものの、逆に青白い校舎が際立って、不気味ですらある。
「それでは‥‥この弓は‥‥お貸ししますねぇ‥‥」
幸臼・小鳥(
ga0067)がファファルへとコンポジットボウを差し出す。今回の作戦では銃器類厳禁が定められており、弓の手持ちのない彼女への貸し出しだった。
作戦の判断は的確だろう。―――追い詰められた子供に、銃声は刺激が強すぎる。
「助かる」
他の能力者も――スナイパーの能力者も例外なく――銃器の使用を自粛していた。
ある者は弓を手に、ファルロス(
ga3559)の様に長剣を手にするものもいる。
事前に渡された地図は三つのエリアに分けられ、それぞれ三班の探索地域とされた。出来る限り並んで探索したい所ではあるが、子供の保護やキメラの相手などもあるから、これは厳しいだろう。
「じゃあ‥‥早速いきましょぅー‥‥。早く‥‥子供達を見つけてあげない‥‥わきゃぅっ」
足を踏み出した途端、何もない所で足がもつれ、頭から地面に激突する小鳥、ずびたん。
盛大にこけた割には早く体を起こすも、はぅ〜‥‥と起こされた顔は僅かに打ち身で赤くなっている。
「ほらほら、気をつけなさい」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)が仕方なさそうに笑いながら、友人である彼女を助け起こす。
「はいー‥‥」
「では、何かあったら報告を」
エリアごとに必要な鍵は、すでにロッテの手によって分けられ、各班へと配られている。
時間はそう多くない、崎森 玲於奈(
ga2010)の言葉に一同が頷き、捜索行動は開始された。
暗視ゴーグルを装着し、ロッテ達C班は一階へと踏み込む。
「‥‥やり遂げなくてはね」
子供達を怯えさせないように気をつけてはいるのだが、引き戸が立てる音は大きい。
がらり。
教室へと踏み込む、内装に乱れはなく、人の気配も感じない。
掃除用具入れ、教壇、机の下‥‥襲撃にも注意を払いながら、子供が隠れそうな場所を細心に点検していく。
「家に帰る時間よ、出て御出でなさい‥‥」
徹底的に確認し、誰もいない事を確信すると部屋を出て、鍵をかける。
そして次へ。
捜索しては完了した部屋の鍵を閉じ、次へと移って行く。
夜の校舎は静かだ、総勢12名もいる能力者達だが、それに勝る静寂がその存在感を覆い隠す。
手分けしたため、たかが4人。無線のノイズだけがずずっ‥‥とした音を立てている。
「夜の校舎に妖怪型、か‥‥」
肝試しをやるにしても、命の保障を致しかねるな。そう玲於奈が呟く。
「‥‥ま、バグア仕立ての怪談を堪能すんのは又の機会かね」
そう思うのは彼女だけではなく、A班にいる吾妻 大和(
ga0175)も似たような感想を持っていたらしい。
場所が違うため、かみ合う筈もないのだが、不思議と話はかみ合っていた。
四条 巴(
ga4246)と楓華(
ga4514)もまた子供を心配する気持ちで僅かにシンクロしている、いや、それはほぼ全員に言えた事か。
「ここまでの進出を許すとは‥‥無事であればいいが」
ファファルが吐いた言葉と共に、白い煙が緩やかに昇る。
校舎では隠れてる子供より、隠れてないキメラとの遭遇率のほうが高い。空気が僅かに硬いのはそのためか。
能力者達の警戒範囲は目前や背後だけではなく、天井まで及ぶ。敵が素直に地面を這って来るとは限らないのだ。
「‥‥いるかー、がきんちょー‥‥」
極小さな声で大和が教室に呼びかける。それに配慮したのか、同行してる南雲 莞爾(
ga4272)らの動きも静かだ。
(「‥‥怯えてる‥‥?」)
そう気付いたのは巴だった、隠そうとする気配が、一層その存在感を際立たせているのか。訪れた周辺の空気が比較的硬い。
一瞬、迷ったように視線が泳ぐも、意を決して捜索を敢行する。
優しく、静かに、丁寧に。子供を怖がらせないように、物音には細心の注意を払って。
「―――いました」
そう、小声で合図する。
硬く閉ざされたロッカーの奥、散々声を殺して泣いたのだろう、腫れ上がった両目は涙の跡も痛々しいおさげの女の子。
「もう大丈夫だよ‥‥」
優しい声に、焦点が僅かに外れた視線が戻り、能力者達へと向けられる。
焦点が戻ったその顔は泣き出す一歩手前、それを巴が優しく抱え出した。
「大丈夫‥‥」
わっと、涙が零れ落ちた。
「もう絶対に大丈夫。無事にお父さんやお母さんの場所に、お家に帰してあげるからね」
―――幻覚ならいいと思うのに、廊下に残された返り血の跡、割られた硝子、蠢くような何かの気配は、どこまでもリアルだった。
●救出
「相手になるわ‥‥こっちにおいでっ!」
C班がキメラと遭遇したのは、幸いにも子供を一旦外に出した後だった。
といっても楽観は出来ず、それは逆に退却出来ない状況を作り出す事になった。
外には救出した子供達が何名かいるし、その生命線を繋ぐ救急車が待機しているのだ。今まで校舎の外に出てこなかったとは言え、今もそうだとは言い切れない。
「――“Auferstanden(蘇れ)”――」
イリアス・ニーベルング(
ga6358)がエミタを起動させ、覚醒によって右腕が異形へと変貌していく。
「うー‥‥確かにこれは‥‥夢に出てきそうな‥‥キメラですぅ」
僅かな焦りと冷や汗、直視するのは辛いが、そう言う訳にもいかない―――小鳥はキメラを見据え、矢を番える。
またB班も僅かに遅れてキメラと遭遇しており、此方は折の悪い事に、子供を護送してる途中だ。
子供をどこかに隠す、という選択肢は存在しなかった、二組のキメラが現れたとはいえ、キメラは後一組存在するのだ。その姿はまだ見えない。
かといって子供を戦場に連れて行ける訳もなく、B班は当初の予定通り、楓華と玲於奈が子供を抱えながら早足で校内を駆ける。
「大丈夫。私たちがあなたたちを無事に送り届けるから」
キメラの姿を見せないよう、楓華が体全体で子供の視界を覆う。
玲於奈がそんな二人を護衛し、付き添う。高村・綺羅(
ga2052)は彼らを逃すため、キメラをひきつけるべくファルロスと共に囮役を担当。
四人から二人という心許ない編成ではあったが、救出行動の作戦としてはかなり理想的な形を取った方だろう。
「大丈夫。お姉ちゃんに任せて」
そう子供に笑いかけたのは少し前のこと。覚醒し、戦いに集中した今では遠い彼方の事に思える。
アーミーナイフを振るって攻撃を受け止める、冷静に彼我の戦力差を測る、決して捌けない事はないのだが、倒す、となると時間がかかりそうだ。
一歩右へ、蹴りをかわす。撤退すべきか悩むが、ここで討伐しておけば後の探索が楽になる、子供の探索なら他にも班が動いてるため、裏目に出る確率は少ないだろう。
自分の持つ離脱方法はキメラに対して十二分に有効だ、だがここで逃して、どこかにいるかもしれない子供を危険に晒すのはよくない。
「―――ファルロスさん、倒しておきましょう」
「了解」
二人がじりじりと踊り場へと下がっていく、機動性の高いキメラを相手するには、ある程度機動力を削ぐ場所に誘い込むのが望ましい。
その内、班の二人も戻って来る事だろう。そうすれば詰みだ。
その二人は既に玄関へと移動している、道中、イリアス達と僅かに交わされる視線。
―――武運を。そんな感じのメッセージだっただろうか。
子供を庇おうとした誰もが、子供を救いたいと願っていた。
ロッテが二人に頷きを返し、対峙したキメラへ貫手を放つ。鋭い一撃はぐしゃ、とキメラの顔面を粉砕し、骨を砕く感触を伝えてくる。
―――強度はそれ程でもないわね。
というより、ゾンビでも殴っている気分になる。こんな場面、子供には見せられないが、幸い、子供は楓華に抱きかかえられ、視界を防がれている。
そのまま腕を上へ振りぬき、キメラを三人から遠ざけるように投げ飛ばす。
玲於奈に連れられ、三人が校外に離脱するのを確認すると、イリアスが僅かに安心の息を漏らした。
―――救いたいと願うのは、傲慢でしょうか。
それでも、と刀を一旦鞘に収め、重心を低く落とす。
「見せてやろう――我が瞬閃の刃を」
信じたい。こんな自分でも、護れるものがあるのだと。
吹き飛ばされたキメラを狙い、布のような黒い衝撃波が走り、同時にその姿が掻き消える。
タイミング的にはほぼ同時、エミタの力によって高速移動したイリアスが、追撃と言わんばかりに抜刀一閃。テケテケの腕を切りとばす。
同時に、小鳥の出し惜しみなしの一撃がもう一体のキメラを吹き飛ばしていた。
「“Auf Wiedersehen(さようなら)”――我が刃、“呪われし竜”の腕(かいな)に屠られる事‥‥冥府で誉れとするが良い」
「時間をかけるわけには‥‥いかないのですぅ‥‥!」
「テケテケと言うよりも、むしろデテイケ!」
そう、一人、キメラもだが―――子供がまだ一人、足りないのだ。
能力者達がこうしてキメラを足止めしている限り、子供への脅威は格段に減るが、それも全ての敵を封じられている訳ではない。
こうしている間も、どこかで。だから、唯一自由の利くA班は三班分、校舎を駆けずり回っている。
B班の討伐に加勢するという選択肢もあったのだが、それは子供を外へ送り届けた楓華と玲於奈が引き受けた。
四人で対処できない敵ではないのだ、それよりは子供を少しでも早く助け出す方が望ましい。
了解、という返答。班間の連絡を密に取っていたのが功を奏し、無駄足を踏むこともなく、A班が校内を踏破していく。
‥‥――――う、うわあああああああ!!!
―――そして、その現場へと遭遇した。
声は前から、班の立ち位置からおよそ150メートル先、教室から人影が転がるように飛び出してくる。
一瞬視認したのは黒髪の男の子、白い服は埃にまみれ、教室から飛び出したのはいいものの、勢い余って足がもつれ、地面に膝をついてしまう、だがすぐさま立ち上がり、再疾走。その人影を追うように、一組異形が硝子の割れる音と共に躍り出てきた。
「まずい‥‥!」
一歩を踏み出す、一番近かったといっても、その距離は絶望的なまでに遠かった、たかが150メートルだというのに、僅かな距離を埋める事が出来なかった。走ってくる彼らをやけに遅い視界で観察し、戦闘経験が冷静に結論を下す。
自分達が駆けつける前に、子供は背を引き裂かれて死亡するだろう。
手を伸ばす、彼は自分達に向かって走ってくる、涙で前は見えていない、恐怖で判断力は喪失している。
もたれる体、救いを求めるかのように伸ばされる手、体はただただ死から逃れようと必死で、手足の動きは既に支離滅裂だ。
届かない、手を取り返すのは遠い、だから。
「‥‥―――なめるな――!」
―――莞爾のエミタが、その要求に呼応した。
「‥‥―――え?」
漏らされたのは幼い声。
目に留まらぬほどの超疾速で莞爾が両者の間に割って入り、キメラの攻撃を弾き飛ばす。
一瞬で埋められたその距離、本来届いたであろう攻撃は掠りもせず、足取りすらおぼつかなかった子供が前のめりになって転ぶ。
「――何があっても目を開けるな」
莞爾を見上げながら呆然とする子供、冷淡でありながらも真剣なその言葉、揺らぎ一つない顔はキメラを見据えている。
駆けつけた巴もまた子供の前に立ち、大和がすぐさま腰の抜けた子供を抱き上げると、ファファルと共に離脱する。
「‥‥良く頑張った」
そうファファルが子供に向かって笑みを零し、後は任せろ、と言うように残った二人と視線を交わし、頷く。
「子供達は‥‥絶対に護ってみせる! 理不尽な恐怖や暴力なんかに‥‥これ以上晒させはしない!」
正直な所、巴は怪談関係に平気とはいえないのだ。だが、今回はそれ以上に子供を思う気持ちが勝っていた。
視界の隅で大和達が見えなくなったのを確認し、戦い易い場所へ誘い込もうと、少しずつ廊下を下がっていく。
―――なんとか間に合った、そう、僅かな安堵が二人の胸に広がる。
だがまだ気は抜けない、ある意味、本番は今からなのだ。
「畸形故の奇襲性‥‥しかし、こちらのスピードを甘く見るな‥‥!」
「怖い思いはもう沢山‥‥こんな悲しみは‥‥これ以上」
血と埃を拭ってあげた顔はとてもあどけなく、能力者達を見て嬉しそうに笑っていた。
●任務完了
「‥‥悪いが、勝ったな」
エリシオンを深々と、力一杯突き立て、莞爾は息を吐いた。
大和達が連絡したのだろう、他の班からも応援が駆けつけ、キメラはその屍を地に晒していた。
貫かれたキメラが幾度か痙攣し、やがて完全に動かなくなる。そこで討伐は終了。他の班が遭遇したキメラも既に打倒し、絶命を確認したという。
三対、計六匹。間違いない。
やや危ない場面も何度かあったものの、子供はなんとか探し出したし、護りきった。
「‥‥トラウマになってなければいいのだけど」
そう綺羅が呟く、尽力したとはいえ、完璧な対応が出来たほど、余裕がある訳ではなかったのだ。
刀の血を振り払う玲於奈は冷たくキメラの死骸を見下ろしている、物足りなかった、と言わんばかりに。
「さて‥‥何処かに飲みにでもいくかね‥‥」
ファファルが一仕事終えた、と言った感じでタバコを咥え、
「作戦終了‥‥さぁ、帰りましょうか」
ロッテのその言葉は、きっと全員に当てられたものなのだろう―――。