タイトル:【Fall】始から隔絶でマスター:音無奏

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2012/06/18 05:40

●オープニング本文


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 全ての会話は、ワームによってエルのもとに筒抜けになっていた。

 全て予想通り、予定通りだと言っていい。
 後者はいいが、前者に関しては余り喜ぶ気持ちが湧かない。
 惜しんでる‥‥きっとそうなのだろう。きっと、エルはこの予想が裏切られる事を望んでいた。
 シレネが選択を迫られる――そんなシナリオを。


 傭兵たちの反応は至極一般的だといっていい。
 シレネもそれを理解していたから彼らの言い分に激昂することもなく、理解した上で彼らの優しさを否定した。
 辛いのは承知している、でも正義も役割も、どっちも捨てたくないと。
 “エル”は彼女の“正義”の一端を担っている、全てが壊れるまでその手を放さないと、断言した。

 見届けたエルは沈黙の末に吐息を漏らした。
 正義とは悪を殺すためにあって。
 自分は、間違いなく悪と呼ばれる側にいるのに。

 僕にとっての悪はどっち?
 変わってしまった自分に対しても、それをなしたバグアに憎しみを持ってはいない気がする、だってそこには絶望しかなくて、感情なんて枯れ切っている。
 だから、僕にとっての悪があるとしたら、まだ輝いている誰かを傷つける誰か。
 たとえば、誰かの気持ちを圧迫する誰か。

 ――そう、傭兵とか、世界とか。

「憎いか? あいつらが」
「‥‥仕方ないとは思っています」

 部屋の端からかけられた声に対して、油断せずにゆっくりと振り向いた。

「ええ、きっと仕方がない。
 僕までがシレネを否定する事になるのはわかっているけど――
 僕は、これ以上続きを見たくはない」

「僕は人を否定する」
 でも、そんな事をすればきっとシレネは苦しむ、だから。
「――シレネ、貴女を先に終わらせよう」

 ::

 分断されて唖然とする傭兵たちの前に、灰色の少女が、すとんと降り立った。
 人間のあるべき動きではない、質量も何も感じさせず、羽根があるかのように、ふわりとした動きだ。

「今回はね、二人以上のバグアが動いてたの」

「私はその一人、“イヴ”、役割は“惨殺”」

「最初に圧殺死体を作ったのは、私の能力」

 ::

 音もなくシレネの後ろに立ち、エルは一太刀でその命を終わらせた。
 何か言おうとも思ったけど、何を言っても言い訳にしかならないから、“本物の”エルは素早く事を終わらせた。
 最後に彼女が見たのもきっとエルの姿、何も知らない、そういう風に仕込まれた真っ白な“偽りの”エルの姿。

 本物のエルが持つ能力の一つは“傀儡師”。今回の役割は“撒き餌”。
 自らそっくりの子供を操り、身代わりに仕立てあげ、ただ疑わしい立場に立って、全ての容疑を一身へ被るように仕向けた。
 自分で惨殺を行う事も可能だったけれど、イヴに任せたのは、ひたすら悪意的な舞台仕立てにするため。
 シレネの正義に価値はあるのかどうか。
 それは、素体となったエルの記憶と、バグアとして知る事に関しての欲求が混ざり合った結果だった。

 部屋の隅にいた人影、細身の男の姿はもたれかかっていた身を起こすと、手に持った日本刀を一振りした。
 “身代わり”が血をまき散らして倒れる、男は何の感慨もなくそれを踏み越えて、エルはそれを複雑な顔色で見下ろした。

「‥‥コレを殺す必要はありましたか、ジャックさん」
「傭兵たちが実力行使に出た時、何の抵抗もせずに殺されるための人形だろう。
 俺が殺すのも向こうが殺すのも大して変わらない。
 それに、今回はどっちかというと優しさだ。
 お前に人格を叩き壊されたこと以外、こいつは何ら身体異常を持っていない。
 素質すら持たなかった、ただお前の能力の犠牲になっただけの実験台だ。
 でも、お前はその存在を許せるか? かつてエルの代わりになった、“墜落”していないエルを」
「‥‥お礼は言いません」

 感謝はしてるけど。

 傍らに膝を突き、エルはそれの顔を上げさせるとそっと目を閉じさせた。
 まだ僕の支配下にあったから、この子は痛みに対するリアクションすら持つ事はない。‥‥今後もない。

「行くぞ。‥‥どうした」
「ううん、ただ‥‥」
「なんだ」
「ビーフ味、ちょっと気になっただけ」

 ::

 エルがどうして事を起こしたかは、イヴの語りによって傭兵たちの元に伝えられた。
 傭兵たちの見ているエルが、ただの身代わりだった事。
 シレネも、偽物のエルも、本物の手によって死亡するだろうことも。

 “理解は求めていない”と彼女は言う、何もかもなくした身が執着するものなんて、人間には理解不能だろうからと。
 イヴに戦意はなかったが、同時に傭兵たちが後を追う事も許さなかった。
 動こうとすれば見えない手段で投げ飛ばされる。
 死角から行動しようとしても、イヴは何らかの手段でそれを察知する力を備えているようだった。

 いざこざは長く続かず、シレネと入れ替わるようにしてエルが姿を見せる。

「終わりましたよ、イヴさん」

 その一言で、終焉が告げられた。
 ‥‥返り血に染まった姿から、何が行われたかは言うまでもないだろう。
 それは傭兵たちが目にした“何も知らない”エルではない、戦いを知る、隙のない佇まいと儚く黄昏に沈んだ目をしたエルの姿だった。

「正義は人を救わない。僕も、イヴも、シレネも」

「それを体現したのも貴方たちだ。――だから、僕は世界を否定する」

 戦意を見せる傭兵たちに、エルは強く揺るぎのない目を向ける。

「残念だけど、戦いの前に貴方達は気にするべき事がある」

「――外の人達、このままだと死にますよ」

 宣言と共に、支部の建物が、爆発音と共に炎上した。

 ::

「‥‥キメラの大群、到着まで十分。
 ワンアクション起こせるかどうかといった時間ですね‥‥」
「数人で対処出来る数じゃない。
 単体の能力どうこうより、戦闘力を持たない人間は確実に巻き添えで死ぬ」

 苦渋極まりない会話は、クラウディアとリエルが行なっているものだった。
 クラウディアが支部に戻る最中に感じた些細な違和感、離れすぎて視認も困難だったが、どうしても気になったため、少し時間を割いて確認を行った。
 結果、クラウディアによって伝えられたのが、支部に向かうキメラの群れの存在。

「野生じゃないな‥‥恐らく誰か、というよりバグアの指示を受けている、事前に潜んでいたのかもしれない」

 ――それは。
 恐らく最初の頃、物資の調達関連に齟齬が起きた話と関係がある。

「‥‥中尉、悪い話があります。
 支部の建物が炎上しました‥‥まだ一部無事ですが、篭城は困難かと」

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
藤村 瑠亥(ga3862
22歳・♂・PN
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
ラシード・アル・ラハル(ga6190
19歳・♂・JG
御法川 沙雪華(gb5322
19歳・♀・JG
マキナ・ベルヴェルク(gc8468
14歳・♀・AA

●リプレイ本文

 無線からの連絡を受けて、顔を見合わせた傭兵たちはすぐに行動を開始した。
 誰が残るか、誰が外と合流するか。
 自分が行く、と月森 花(ga0053)が外に視線を向けて示せば、宗太郎=シルエイト(ga4261)が頼んだという眼光で返す。
 彼が残ることは今更言葉にして確認するまでもない。
 この場が気にならない訳ではなかったから、敵意と複雑さの混ざった眼光で、花は悠と佇む二人のバグアを睨みつけた。
 宗太郎クンに何かあったら。
 思いは視線に滲んでいたが、言葉にするまでは避けた。
 言葉程度で手加減してくれるような相手ではないし、碌な返事が帰ってこない事はわかりきっていた。
 彼が自分の肩に触れ、小さく呟く。
「‥‥頼んだ」

「正義で人は守れない‥‥って言わせたのは貴方の能力ですか」
 御法川 沙雪華(gb5322)が問いかければ、いえ、とエルは落ち着いた様子で否定を示した。
 視線は隣のジャックの方へ向けられる、それをジャックは笑みを残した俯きで、彼自身とは違う声色でそれを再現してみせた。

「正義で人は守れませんよ、‥‥支部長」

 だから、必然は最初から目の前にあった。
 ジャックがいた事ではなく、ジャックがした事によって悪意は仕組まれていた。
 動揺を誘う言葉を与え、逃げ道を失ったシレネは奈落へと落ちる。

「別に否定してくれても良かったんだけれど?」
 それこそがジャックの理由、ヨリシロの影響を受けただけの確執に手を挟んだ訳。
 最初から似たような目的を持っていたからこそ、悲劇は誰かが確実に死ぬという惨劇に変わっていた。
 信念は軋んで、ただ現実から乖離する。

「エルさんは‥‥シレネさんが思い通りにならないから、殺したんですね」
「――いえ、シレネが大丈夫なようなら、僕としては生きてもらっても構わなかった」
 でも。エルの見えない角度で、ジャックは小さく笑っていた。
 そのもう一つの可能性も、大して幸せな内容ではありえなかったのだと示すように。


「‥‥。外の群れは、どうすれば止まる?」
 行って、とラシード・アル・ラハル(ga6190)が沙雪華と花に視線を向ける。
 二人が駆け出すのと同時に視線を外し、自分から注意をそらされないように対峙した。
 エルの視線はイヴへと向けられる。
 それを彼女が返す様子は、二人がその意志を確認しあっているようにも見えた。

「KVでも引っ張ってくればいいんじゃないかしら。
 それこそ、懸念だけでもUPCの人間に持ちかけるとか。
 形が定まらなくても、方向性だけ考えて相談してみれば何か違ったんじゃない?」

 今取れる手段でない以上、それが戯言でしかないのはわかりきっているのだろう。
 だから、彼女は追加で首をすくめて。

「止めるつもりはないの。
 個人に対してはそれぞれ違っていても、その他大勢でくくるのなら私は人間を疎んでいる。
 人間でなくなったから、人間に留まれなかったから」

「‥‥『あの』エルは‥‥苦しまずに逝ったか?」
「‥‥。あれはただ、僕の記憶を都合よく与えただけの偽物です」
 エルがいなければ動く事すらない、反応すら持たないのだと、エルは宗太郎の問いかけに静かに答える。
 貴方も似たようなものじゃないか、とラスが呟けば、ええ、ってエルは静かに頷いた。

「エル。‥‥人を救うのは正義じゃねぇ、人そのものだ」
「いい事を言いますね。‥‥誰かが不幸になるのは、誰にも救われなかった必然な訳だ」
 シレネの正義はただシレネを苛むだけだと、エルの目には映っていた。
 本人が満足ならそれでいいと思う事も出来なくて、最終的にこの世界はシレネが尽くすに値しないとまでに思い至った。
 人を信じられればそれで生きる糧足りえるのだと宗太郎は言いたいのだろう、貴方はお人好しだ、とエルは評した上で、その理由で許容するには、痛みが強すぎだのだとエルは説いた。

「お前にだけは、シレネを救える可能性があったんじゃねぇか?」
「僕がですか」
「命ってわけじゃねぇ‥‥その想いの在り方を、どんな形であっても、だ」
 その正義に価値はあると、報われるとしたならそれなのかもしれない。
「実際僕は今回殆ど何もしてません。シレネが僕の潔白を主張するのも‥‥まぁ途中までは間違っていないです」
 そこだけはきっとエルが意図的に用意した。卑劣だと知っていて、完全に白とは行かずとも、シレネの正しさを部分だけでも維持した。
 ただ、シレネの想い一つに付きまわる痛みは大きすぎた。
 エルは自分一人が応えればそれでいいだなんて思っていなかったし、巡り合わせはエルが悪たる事を最初から決定づけてしまっていた。
 自分ではそれに足りなかったから、他の誰かを求めた。
 それが叶わないなら、いっそ絶ってしまえと思った上で。

「‥‥もう手遅れになった僕は助けてだなんて言うつもりはありません。
 でも、救いを口にして、それをしなかった貴方に救いを説かれる筋合いはない」

 その境界線はどうしようもなく絶望的な差だった。
 だから言葉は届かないと理解していたけれど、思う事は溢れてきたから、ラスは言葉をぶつけられずにはいられなかった。
「エルを名乗るバグア、お前は間違ってる」
 解っているからなんだという? 理由があるからって引き下がれるのか?
 傲慢だろうと、分かり合えないとしても、もがく先には道があったはずなのに、それを潰したことがただ許せない。
 言葉はまだあったが、それを吐き出す事だけは出来なかった。
 ‥‥後悔している、無理にでも手を引けなかったことを。それを吐き出してなかったことには出来ない、だから飲み込んで、怒りと共に自分の中に留め置いた。
「お前はエルの絶望に乗っかって、諦める理由を得た気になってるだけだ」

「‥‥待て、こいつはエルじゃないのか?」
「『元』エル‥‥体の持ち主はもう死んでると思う、僕達が出会う前から」
 宗太郎の問いかけにはラスが低い声で答えた。
 そうでないと行動に整合性が取れない。だいぶ記憶に引きずられてはいたが、知りたいという動機で行動するのは人間じゃなくてバグアのほうだ。
 ならばもう一人、こいつも、とイヴの方に視線が向けられる。
「‥‥私は違うわよ、まだ死んでない」

 論争の意味はない、だからやり取りの間エルは主張も弁解もしなかった。
 間違っているだなんて最初からわかりきっている。宗太郎の言う通り、ただ身勝手に我儘を通しただけだ。
 じりじりと下がって、外へと駆け出す宗太郎とラスをバグアは誰も追わなかった。

「‥‥面を貸せ、とは言われませんでしたね」
「戦うつもりがあったのか?」
「挑まれれば。拒絶する理由はありません」
 静かな戦意はお互いの身勝手が交差してこそのものなのだろう。
 どういう形であれ、想いは交わした。ならば戦いに行き着く事になんら問題はない。
「撤収するか?」
「いえ、殴っておきたいのは僕もなので。彼らの用件は‥‥『助けようとする意志があるなら、助けさせればいい』」


「マキナ、状況は?」
「支部長は死亡‥‥指揮権は暫定的にその場にいた曹長に移っています。
 連絡によると10分後に敵襲――」
 話す時間も惜しいとばかりに、かわす言葉も最低限に二人は戦域への突入を優先した。
 たまたま近くにいた二人宛の救援要請、藤村 瑠亥(ga3862)とマキナ・ベルヴェルク(gc8468)はそれを受けて現場に急行していた。
「先着している敵はいないな‥‥手間が省けた。
 マキナ、中に入って士官にコンタクトを、俺は外で警戒を担当する。
 非戦闘員は影になりそうな角、薄暗く隠れられそうな場所に誘導しろ」
「建物は炎上してますから、このままじゃ人は連れていけませんけど‥‥」

「リエルさん!」
 二人のやり取りに飛び込んで来たのは、奥から引き返してきた花の声だった。
「月森さん、一人ですか?」
「迅雷で飛び越えてきたから‥‥他の人達も後でつくと思う。
 とりあえず、皆をまだ崩れていない場所に」
「それなんですが‥‥」
 リエルの顔色は浮かない、行動する時間はあったはずだが、躊躇するあたり懸念があるのだろう。
「別館の安全確認が取れていません、爆薬があったら巻き添えにしてしまう。
 探査の目は見つけやすくこそなりますが、確実に見つけ出せる技能ではありませんから」
 リエルを含めた能力者はともかく、一般人にとっては一つ見落とすだけで命に関わるリスクだ。
 うかつには動けないが、現状を考えると強引にでも進むしかないのかもしれない、でも、より確実な方法はないかと花は暫く考え込んだ後。

「じゃあ‥‥もう爆発した場所は?
 そこならもう爆発することはないよね、場所を選んで消火さえすれば――」
「――。それです、それで行きましょう」

 行動方針が決まって、傭兵たちは合流を経て急速に動き始めた。
 場所を選ぶのに、花が出来るだけ高所に位置をとって各地点の延焼状況を確認する。
 建物は崩れと炎上が酷く、完璧な場所は望めない。だが、出来るだけ理想に近い地形はなんとか見繕う事が出来た。
 瑠亥から無線越しの指示を受け、出来るだけ侵入口を狭めるようにしてバリケードが張り巡らされる。
 急ごしらえだが、数秒時間を稼げる猶予にはなるだろう。

「消火活動は中の人達でお願い、そろそろ敵が来ると思うから、ボクは外に行ってくる」
 猶予10分となれば任せられる場所は任せるしかない。
 大丈夫? って花は問いかける視線を曹長に投げて、それに頷きを返してもらうと外に出て仲間達と合流した。

「敵襲予定時刻まで、一分を切りました」
 外に出たら、丁度マキナが残り時間をコールした所だった。
「行けそうか?」
「今出来る行動では最善‥‥だったと思う、後はボク達が頑張るしかないね」
 出てきた花を宗太郎が出迎える。
 広がり始めた不穏な気配に、外にいる面々はとっくに武器を握り締めていた。
 問題は相手がどれほど強いかではなく、相手にどう対処するかだ。プレッシャーは力量ではなく、偏にその数によってもたらされていた。
 ――取りこぼしは免れない。相手を間近にして、傭兵たちはようやくそのことを肌で悟りきった。

「‥‥。逃げ込んだ先で爆発が起きたら最悪だったな」
「‥‥。やりそうですね‥‥」
 守ろうとしても対処が追い付かず、ただキメラの群れにさらされる。
 悪夢としか言いようがない、宗太郎がこぼした言葉に沙雪華が物憂げに応えて、到着したばかりの二人はどんな相手だと不審混じりな顔をしていた。

「‥‥来るぞ、マキナ。あぶれた奴は片っ端から相手にしろ」
 敵の群れは、どれほど広がっているかを見るだけでキリがない。
 より多くの攻撃を引きつけられた方が都合はいいから、瑠亥はバリケードからやや前方の位置に位置取った。
 間合い残り数メートル、これ以上前に出たら後方に対処出来なくなるから、瑠亥は数秒を辛抱強く待ち続けた。
 敵が境界線を越えた瞬間に地を蹴る、握った剣を振りかざして、一太刀の元に切り込む。
「弱いな‥‥!」
 それが本質でない事はわかりきっている、離れた傍らを敵が素通りするが、瑠亥にはそこまで向かう余裕が無い。
 後ろ視界の隅で、白銀の髪が黒炎を帯びて踊った。
 マキナが持つのは瑠亥が持つのと別種の二刀小太刀。それ位はいけるな、という戦闘前の瑠亥の問いかけに、マキナは少しの沈黙を挟んで「はい」と答えていた。
 躊躇した訳ではない、ただ返事する必要を最初は感じなくて、礼儀故に思い直しただけだ。
 ――何かを成すことなら、望んでしよう。
 狂気ではあるが空洞で、満たされる事がないために求め続けて。
 自らへ向かう爪をすり抜けて回避、しかし掠った感触が視界をちりっとホワイトアウトさせた。
 それもすぐに復帰、飛び込んで懐を凪ぐ。数は多くても雑魚にすぎない相手、呆気無くて達成感がなくて、ただじりじりとしたもどかしさだけを残した。

「40m前方、巻き添えの心配なし――」
 淡々と抑えこまれた口調で合図を読み上げ、花は一斉射撃を放つ。
 制圧射撃、今回のような極端に多い雑魚を相手するにはうってつけのスキルだ。
 少なくとも、自分の前はそう安易には通れない、その間に他の人達が敵の殲滅を急いでくれればいい。
「シレネさんの正義。どっちも護るなんて器用な事、ボクには出来なかったけど――」
 花の正義はシレネと違う、正義のために、――い子でいるために、敵を――さないと。
「残った片方は、守りきってみせる」
 難があるとしたらリロードの間は敵に進まれてしまう事、弾倉を換える花の視界の横では、宗太郎とラスが合間を縫うようにして敵勢を食い止めていた。

「‥‥エル達は動かない‥‥みたい」
「‥‥‥‥」
 向こうの意図について、今は考えない、とばかりに二人ともそれ以上言葉を重ねるのは避けた。
 逃したくない気持ちはあるが、それで今を見失う訳にはいかない。
 打撃の瞬間、宗太郎の槍から炎が迸る。敵勢に終わりは見えず、プレッシャーに押されかねない心を自ら鼓舞した。

「リエルさん‥‥イヴを騙してこの場を凌ぐ、何て事は出来ないでしょうか?
 ペイント弾で血痕を偽装する、とか」
 やるなら先に話を通す必要がある。
 沙雪華の問いかけに、リエルは少し考えこんで。
「イヴの感知能力の正体は見破りましたか?」
 と聞き返した。
 イヴは作戦前、たとえ気づかれないように動こうとしても、何らかの方法で傭兵たちの行動を察知していた。
 賭けに出るには、非戦闘員の命は余りにも脆弱すぎる。

 戦いは三十分超に及んだ。
 一帯は屍の海という言葉がふさわしく、敵自体がそう強くない事もあって、負傷は一部を除いて殆どなかったが、消耗はかなりのものだった。
 幸いとしたら、篭城した場所が崩されなかったために、非戦闘員から死人は出ていない事だろう。
 侵入経路が限定されていたために、取りこぼしがあっても最悪の事態には至っていない。
 疲労困憊といった傭兵たちの元に、エルが一人で、静かな足取りで向かってきていた。

「――‥‥。ああ、頑張りましたね」
 困ったように失笑する姿は、やはり言葉を交わした時のエルのままだった。
 その頑張りがもうちょっと早ければよかったのにと、そう言っているような気がしていた。

「戦るか? いや‥‥」
 逃がすつもりのない人間は複数存在した。
 余り分がいい状況とはいえないが、それ以上の言葉をかわさず、傭兵たちはただ構えを固めた。

「ええ、余計なのがいなくなったので、心置きなく」
 エルが応じて視線を交わした瞬間、“空気が一変した”。
 風は淀み、風景は翳り、つい今ほど屍を晒したキメラ達は急速に腐敗して骨になった。
 ラスと宗太郎、花が表情を変える。真っ先に叫んだのは、ラスの方だった。

「‥‥‥‥!!
 エルを外に! 一人目と同じ“腐敗”の能力だ!!」