●オープニング本文
前回のリプレイを見る「クラウディア? どこに行くの!?」
背後から追いかけてくる声に、幼少時のクラウディアは「またか」的な顔で振り向く。
歩みは止めない、さっさと敷地から遠ざかり、街へと入り込んでいく。
その間、追いかけてきたシレネはしきりに自分を引きとめようとしていた。
もう帰る時間だとか、夜は危ないとか。
「帰るも何も、教会を家と認めたことは一度もないんだがな」
「けど‥‥!」
或いは、なんで。
何を好き好んで屋根のない場所へと身を投げ出すのか。
それは間違いなくお節介だったが、クラウディアの事を案じての行動でもあった。
「‥‥教会ってのは神の家だろ。
それは私が行くべき場所じゃない。神なんて信じていないし――
存在しないものの庇護なんて、吐き気がする」
早足で街道に入り込み、ある程度距離をとった所で曲がり角へと入り込む。
建物の間に積まれたガラクタを踏みつけ、何のためにあるのかもわからない突起を掴んで身を上に投げ出した。
肉なんてたいしてついてないから身は軽い。
それはシレネたちもそうだったけれど、クラウディアは彼らと決定的に違う点があった。
こすれた掌は少し熱さがある、似たような痛みは凍傷する度によく感じていた。
上へと逃げたことにより、シレネは自分を見つけられない。それを屋根の上から見下ろし、吐息一つ。
「‥‥シレネにはわからないよ」
::
――通信室。要するに、と話を聞き終えたリエルはそう前置きして。
「凄く大人気ないですね、中尉」
「言うな、私が14才の時の話だ」
少し拗ねたかのような声色を帯び、中尉は続けて語った。
「シレネは私に接して、はね除けられる手痛さを覚えた。
‥‥そもそも信仰の全否定だしな、少女期にそれだから、腹立たしくもあるだろう」
口調は重く、クラウディアは語りを続け。
「結局私はこうしてピンピンしているが、その後にエルが誘拐された。
あいつは多分、その時も“神の家”が特別で安全だと信じきっていた。
誘拐によってもたらされたのは不信じゃない。‥‥私がちゃんと家につなぎとめてなかったから、っていう強迫観念だ」
「それ、中尉のせいですよね」
まぁな、とクラウディアは苦々しく答える。
「そして私がUPCへの入隊を決めて正式に教会から離れる事になった。
その時もシレネは物凄く取り乱したんだが‥‥」
「‥‥もしかして」
「あろうことか、私を追いかけてきた」
「配属先が違うみたいですけど」
「私が政治力で飛ばしたに決まってるだろ」
クラウディアが苦笑を示す。
そもそも、クラウディアからしてみれば戦闘の多い自分の配属にシレネを連れていけるはずもない。
バルカンの中でも、完全とは言えないが比較的後方のエリアを選んだつもりだった。
その分戦闘員も余り多くはないが、それが今回の襲撃で裏目に出たのは痛恨としか言いようがない。
「‥‥俺、ちょっとシレネさんに同情したくなってきたんですけど」
「いいんだよ、それで」
クラウディアはようやく声を戻して。
「味方が必要なのは、私じゃなくてシレネの方だから」
「そういえば、写真とかありますか?」
「ない。私が逃げまわってたからな、ただ――エルは間違いなく黒だよ」
ため息をついて。
「あれから3歳も成長していない人間が白の筈ないだろ?」
::
――灯りが、消えた。
全員が反射的に天井へと視線を向ける。何人かが外へ警戒を向け、残った人間が窓に視線を向ける。
見たところ、停電したのはこの支部だけのように見えた。
「‥‥配電室かしら」
「場所は、どこに?」
「倉庫とか訓練室のある別棟の方」
シレネ一人で行かせるのは避けるべきだろう。
そして、この停電の後に何が起きるかを考えると何人かは警備に残るべきだ。
後は、と作戦を詰めようとした瞬間。
「!」
斬撃が走り抜けた。
身をかばった傭兵たちが左右に割れる、視界を横切るのは黒い獣の形をした影、それは部屋の奥へと通りぬけ、溶けるように消えてしまった。
暫くの間緊張が続く、二撃目が走る。
やはり一度の攻撃の後で、敵は溶けるように消えてしまう。
「見せなさい」
僅かな間を縫って、リエルが傭兵たちの怪我を確認した。
やはり斬撃痕、様子を記憶してからリエルは練成治癒で傭兵たちの怪我を治す。
普通に考えれば、攻撃を仕掛けてきたのは黒い獣のキメラだろう。しかし、溶けるという現象がどうしても理解出来ない。
「物理法則なんて無視してくる連中ですが、質量については‥‥」
暫く考え込み。
「攻撃が実体を持つのは間違い有りません。‥‥黒い影の方が幻影、ですかね」
恐らく、現状はUPC側にとって分が悪い。
奇襲を得手とする相手である以上、支部内にどんな被害が出るのかわかったもんじゃない。
とりあえず、内部の人員をどうにかするべきだろう。
「‥‥って」
――エルがいない。
停電直前まで、エルは確かに傭兵たちと共にいた。
ならば消えたのは停電した直後、キメラの襲撃に気を取られていたまでの数十秒か。
出口は複数あるから、支部内へ向かうのなら抜け出すのは不可能ではない。
襲撃はエルによるものか、と考えてみるもそれはなさそうに思える。
戦闘が出来るような体でもなければ、そもそも襲撃の現場に存在も気配も見えなかった。
とは言え考えこむ時間はない、エルの他にも、現状にどう対応するかを考える必要があったのだから。
「入り口の警備を抜いてくるなら、室内で籠城するのは余り良くないかしら。
安易に脱出させるのも怖いけど、リエル、非戦闘員を外までお願い。
エルは‥‥見つけるわ、その後に私達も外に出る」
シレネも外に、というのは彼女の責任感の経緯を考えるに無理だろう。
私が連れ戻さないと、って。彼女はそう思っていて‥‥かつて悔いた事があったのだから。
●リプレイ本文
「今私に質問した所で、何か出来るとは思えんが‥‥」
前回で終わってなかったか? とクラウディアは首を傾げながらも手早く質問に答えてくれた。
「エルは黒だろう、‥‥が実行犯だとは思わない。
実行犯にしてはやる事が中途半端なんだよ」
犯人だと断定できず、完璧なアリバイがある訳でもない。
隠すならそのアリバイは鉄壁であるべきだし、違うなら今すぐ支部を叩き壊すべきだ。
「エルもシレネも私にとって特別でもなんでもない。
目の前にいる義理と、同郷のよしみがあるだけだ。‥‥誘拐についての情報もないぞ」
手応えがないなぁ、と月森 花(
ga0053)は感想を抱いた。
少なくとも、中尉への質問で状況が変わる事はないように思えた。
クラウディアにしか頼めない、何らかの要請があるのではないかと御法川 沙雪華(
gb5322)は緩やかな焦りを感じつつある。
一度はそれを聞いているはず、でも、考えがまとまらない。
「‥‥オロールさんはちゃんと年取ってます?」
「兵舎から吊るすぞこの野郎」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)が冗談交じりに聞くと、中尉はいつもの呆れた口調で応じてくれた。
宗太郎は心の傷がどうの意味不明なフォローをしているが、話を向けられたリエルは。
「シルエイトさんが被るのは、物理打撃だけですのでご心配なく」
見捨てた。
ひとしきり騒いだ後、宗太郎が通信機を持ち直す。
それと、と声色を改めて。
「私はオロールさんの味方ですからね」
「ああ?」
何馬鹿な事言ってるんだこいつ、そう言いたげな声色は割といつもの事だ。
「誰が何と言おうと、恩義がありますから。
‥‥古臭い士道は、嫌いですか?」
静かな声色は、沈黙故に場へ響きわたる。
「‥‥あー」
中尉は困ったように、視線を逸したことがわかる位に言葉を彷徨わせ。
「リエル、やれ」
肘が背中にのめり込んだ。
::
三度目の攻撃は、ない。
緊張が続く中、ラシード・アル・ラハル(
ga6190)が切り裂かれた頬を抑えてごめんと漏らす。
「大丈夫。‥‥油断した」
血の匂いが空気を戦場のそれへと塗り替える。
ひりつく痛みが思考へと届き、危機感のもとにどうあるべきかを明確に導きだした。
まだ、何も失っていない。すべてが手の届く範囲にあって、自分はまだ間に合う。
だからそれを守り通したいと思った、傷つくところなど見たくないと。
「では、俺は非戦闘員の誘導を。実際どうするかは外の様子を見てからですが‥‥」
「リエルさん。私も‥‥行きます」
朧 幸乃(
ga3078)の申し出にリエルは少し思案した様子を見せた。
しかし強いて止める理由のほうがなかったのか、吐息混じりに頷いて。
「他の人達もそれでいいのなら」
::
「エルはシレネにとってどんな存在なの?」
ラスの問いかけに対し、シレネは暫く考え込んだ後、苦笑した。
「エルが特別になったのは‥‥誘拐されてから、ね」
言葉には悔いと諦めと懐旧がある。
「クラウディアは素行が目に付くからいつも気にかけてたんだけど。
‥‥他の子は大丈夫だって思って、ノーガードだったの」
そして、誘拐が起きてシレネは揺らいだ。
信仰を捨てきれず、でも不信があったから、一層執着するようになった。
「‥‥エル君は、手を下していないかもしれない。でも、それだけが貴女の救いになるんですか?」
雨ヶ瀬 クレア(
gc8201)の問いかけに、シレネは微笑んで見せて。
「救われたい訳じゃないわ、願いがあるだけなの。‥‥だって、まだ全然終わって無いでしょう?」
エルの事になればクリアするべき問題は色々ある。
そもそも、きっかけになったクラウディアが取り合ってくれない限り、シレネが救われる事なんてないのだろう。
だから、今は願い。
笑みがあるなら、きっととても前向きな願いなんだろうとクレアは思う。
その気持ちは何度も試されるだろう。道はとても険しくて、だからこそ好ましい。
::
息が詰まりそうなほど、重苦しい暗闇の気配。
めまいがするのを堪えて、花は“切り替えた”。
状況が動いた、ならば此方も行動を起こす必要が出るだろう。
背中に支える感触を感じて見上げれば、前を向いたままの宗太郎が隣に立っていた。
過保護な訳でもなく、かといってないがしろにしている訳でもない気遣いに、思わず笑みを感じてしまう。
‥‥ああ、暗闇なんかより、側に立つこの人の感触の方がずっと大きい。
「それじゃあ、私達は配電盤の方、見てきますねっ」
クレアとラスは別ルートを取った。
幸乃もリエルと共に行動し、残った三人にシレネを加えてエルの捜索。
「エル君の行きそうな場所か‥‥」
「そもそも、なんでいなくなったのかって言う話だから。
‥‥配電盤かしら。他にあるなら、別に停電を起こす必要はないもの」
花に応えて行われる説明からするに、扉各種は電力がない状態でも施錠され続けるらしい。
鍵を無理やり解除するなら、わざわざ停電を起こすまでもない。
::
非戦闘員4人につき戦闘員1人。
5人ほどをひとまとめにして、リエルは手早く支部の人員を外へと送り出す。
本来なら、戦闘担当の面々はこういう時、支部内の敵掃討に向かうべきなのだが。
しかし先日の襲撃があり、非戦闘員の安全を考えるととてもそのような余裕はない。
「一応、問題ないと思います。こっちが狙いという訳でもなさそうですから」
静かに結論を告げるリエルに対して、幸乃は何故かと率直に問う。
「最初に狙われたのが自分達ですから。
‥‥入り口の警備を抜けられるなら、戦闘能力を持つ傭兵にわざわざ攻撃を仕掛ける意味はありません」
少なくとも内部人員の殺害が目的ではない。
幸乃が確認した所、電力が使えない他、通信系はまとめて切られていた。
だが、それだけ。それ以外は全くといいほど此方にアクションがない。
殺害方法こそ違うが、そこだけは以前の件と似通っていた。必要な部分にしか手を入れられていないという意味で。
::
「相手が考えている事とか、わからないと上手く行動は出来ませんよね」
弾んだ声色で、クレアは薄く笑みを持った。
警戒はある、だが緊張感はないのだろう。いや、恐らく他の思いがそれを上回っているだけ。
事態が動いた。だから――どうかき乱されるのかが楽しみでならないから、クレアに笑みが浮かぶ。
「配電室‥‥多分、誰かいるよね」
「うん、私もそう思います。‥‥停電と襲撃、ほぼ同時ですし」
それすらも楽しい、今以上に事態が動く可能性があるということだから。
敵の襲撃には癖がある。
基地に対する破壊行動を行うでもなく、シレネにもまだ直接な危害を加えてはいない。
異端があるとすれば、ただエルの存在だ。
価値? それとも囮? どれも楽しそうに思えるが。
「‥‥ん、この子達の目的もよくわかりませんよね」
奥へ向かう道に、物々しい気配を覚える。
::
「クレアさん達の方が接敵したようですね」
無線からの報告を聴き、沙雪華が全員に向けて情報を共有した。それに花が応え。
「やっぱ配電室? もう一人いるなら、そっちと合流したとか」
傭兵達の相談が進むに連れ、シレネの顔色は悪くなっていく。
差し止めるような行動こそ起こしていないが、悪い予想は人一倍強く感じているのだろう。
「んー‥‥なぁ」
まだ考えがまとまっているという訳でもなかったが、それより先に宗太郎は声をかけていた。
「こういう世界で生きてるとな、神なんざ頼りにならねぇのは嫌でもわかる」
流石にその言葉を言われると、シレネも複雑そうな顔色を見せた。
ただ、言いたいことは最後まで聞いてくれるつもりなのか、言葉は挟んでこなかった。
「助けるのも、傷つけるのも、いつだって人なんだ。‥‥でもって、人一人で状況が丸々変わるほど優しくねぇ」
言葉は果たして通じるだろうか、何を本位とするかは、シレネと自分からして違い過ぎていた。
でも、世界を別の形で見ることが出来るのなら、或いは楽になれるかもしれない。
「‥‥何が言いてえかってーと‥‥頼れよ、周りを。
喜び、悲しみ、罪悪感。仲間ならな、一緒に背負えねぇ物はねぇんだよ」
「じゃあ、貴方にはきっと素敵な仲間がいるのね」
宗太郎に応えたのは、自分とは違うと、割り切った相手に贈るシレネの苦笑だった。
「有難う、でも。エルを気にかけるのもクラウディアにお節介するのも、全部私の勝手なわがままなの」
うん、と頷いて。シレネは言って聴かせるようにして言葉を繋ぐ。
「私の心配なんて、『根拠は?』って聞かれたら一蹴されて終わりだわ。
だから一々人に持ちかけることなんて出来ない、でもそれでもいいって思った。
何もないならそれに越したことはない、って」
だから、シレネは手を差し伸べられてもそれに応える事はしなかった。
自分の心配性はある種病的ですらあったから。
だから、自分に構わず、その余裕で私が心配してる誰かを助けてくれと願っていた。
「‥‥うん、本当に、とりこし苦労で終わるならいいんだけど」
「もし、エルさんかこの支部か‥‥どちらか片方しか護ることができないとしたら
シレネさんは選択、できますか‥‥? 」
沙雪華が問いかけると、シレネはやっぱり苦笑して。
「選択しないわ、私、クラウディアもエルも大事なの」
シレネは今度の質問を一蹴した。
「切り捨てるっていう前提は嫌いだし、諦めるつもりで臨むのも嫌なの。
責任を忘れた訳じゃない、でもエルと向き合うまで、私は私に正直よ」
::
「‥‥数は多くない。
切り抜ける事も、一応可能‥‥かな」
曲がり角を背に、敵から距離と遮蔽を取った状態でラスはクレアと意見を共有していた。
図らずも敵陣へ先行してしまった事に息をつく。
勿論二人での殲滅は無謀。だが敵の行動には間隔があり、まともにやりあわなければ配電室に到達する事自体は可能かもしれないとラスは見立てを得ていた。
(ただ、配電室に到着した後が問題、か‥‥)
到着した後は、移動が難しい状態でやりあう可能性も出てくる。
動けるスペースがないというのは単純に不利であり、なら敵を減らしてから配電室に向かったほうが後々楽になると見積もりは簡単に出てくる。
そして、敵の全貌はまだ把握出来ていない。
交戦中、ラスは一つだけ正確に学習したが、攻撃が飛んでくる方向に敵はいなかった。
(見えないとしても‥‥跳弾が掠りもしないなんて、考えられない)
「獣はめくらましで、別方向から攻撃してる‥‥というのは考えられませんか?」
沙雪華の疑問に、ラスは即座に首を横に振る。
「それはない‥‥と思う、二回目、剣で受けてみたけど攻撃と影の方向は一致していた」
切り裂かれた手に、クレアが指を伸ばすとほんのりと癒しが伝わる。
視線だけでお礼を交わし、クレアが無線の中に割り込んだ。
「後‥‥床を歩いてもいないですね。床にぶちまけたペイント弾、掠りもしませんでしたし」
床を歩いてはいない、攻撃元にはいない、でも方角は一致。
反射的に、二人共々天井を仰いでいた。消去法で残った方角は――。
「――上!!」
::
「――なるほど、そういう話ですか」
脱力すら感じさせる口調で、沙雪華が弓をつがえる。
ふとすれば見逃しそうになる夜間迷彩、そして視界の死角。
気づきづらいが特定すれば大した話でもない、子供だましですらあった。
「こそこそと‥‥ボクの専売特許を取らないで欲しいな」
花がアラスカを連射する、おもいっきり床に叩きつけられない事だけが口惜しい。
天井の高さは2.5m以上、張り付いている敵に攻撃する場合、3mのリーチは欲しいところだった。
「丁度俺の槍位‥‥とかなっ」
本来室内で使いにくい宗太郎の槍だが、今回だけは幸いだった。
「‥‥掃討は三人に任せていいかも。僕達は配電室に行こう」
状況を確認しあい、ラス達は再び配電室方向へと向かっていた。
「事の発端、ちょっとわかった気がする。‥‥エルの視点で、だけど」
この時、ラスの隣にいたのがクレアだったのは果たしていいのか悪いのか。
「シレネはとても辛い生き方を選ぼうとしている。クラウディアとの事はわからないけど‥‥」
あれは、見ていてとても苦しい。
諦めろだの他を頼れだの、悪意のない詰りを受けたのは初めてではないだろう。
でも、自分の信念のためシレネはそれらを全てはねのけた。辛いと分かりながら、味方がいない事を承知で。
エルがシレネに対して慕情を持つのなら、自分が今思う以上にもやもやしたものを抱えていたかもしれない。
だから――目的を破壊でも恨みでもなく、「試練」だと考えれば非常にしっくり来る。
中途半端に嫌疑をかぶった理由、成長していない、あからさまに怪しい外見でありながら帰ってきた理由。
「シレネが抱く『正義を知りたい』‥‥多分、これじゃないかな」
誰もが懐疑的に見る自分を前に、それでもその信仰を維持し続けられるのか。
(それと、多分もう一つ‥‥)
その信仰に価値はあるのか。
‥‥。
掃討は終わった、目の届く範囲に襲撃がない事を確認し、宗太郎は仲間へ声をかける。
「こんなもんか‥‥一度二人と合流するか?」
誰が続きを応える前に、上から音がした。
「‥‥!?」
余りにも不吉すぎる音と共に、建物に亀裂が走った。
避けるとかそういう以前の問題で、天井が“落ちた”。
崩落の混乱の中、宗太郎が、沙雪華が、花が、お互いの位置を把握しようと動く。
そして宗太郎がシレネに向かって手を伸ばし、引き寄せようとした。
だが、手が届く前に宗太郎の襟首は何者かによって引っ張られる。
方向的に、仲間ではありえない。
そして、宗太郎の視界は投げ飛ばされる衝撃と共にシレネの姿を見失っていた。
::
‥‥お膳立ては整った。
停電を招き、襲撃で注意を逸したことによってエルは闇の中へと姿を消した。
襲撃を起こす事によって、支部の人員は避難し余計な人間はいなくなった。
崩壊した建物で、シレネは完全に孤立していた。
瓦礫の向こうから傭兵達の呼ぶ声が聞こえる、大丈夫、と叫び返し、この状況では迂回しないと合流は出来ないだろうと見積もりを伝える。
――でも、直後に。
「――姉さん」
「エル‥‥!?」
道の先から呼ぶ声がする。振り向いて、迷った。
一人で行動するのが危険な事位、当然シレネにもわかっている。
自分の事を鑑みるなら、その場を動かず傭兵たちと合流してから向かう方が正しい。でも。
呼んでる声があった。
エルが消えた日に、その声を聞けたらどれだけ良かっただろう。
そう‥‥『早く連れ戻さないと』。
「待‥‥!」
「すぐに戻るから!」
制止の声を振りきってシレネは奥へと向かった。
すぐ近くにいるのに、顔すら見ないままでなんていられない。
――だから、この結末はきっと誰にも変える事は出来なかった。