●リプレイ本文
戦場予定地から少し離れた場所、荒野辺境にて傭兵たちを載せた車が停止した。
これより先は徒歩で範囲内に侵入する。
帰還手段は確実に巻き添えを貰わない位置に、傭兵たちはそれぞれの武装を手にして車から降りる。
「‥‥」
士官たちが車にロックをかけるのが最後。
女性の方は柄だけの剣を持ち、男性の方はやや信じられないほどの軽装で超機械の硬貨を握りこむ。
口数は少ない、しかし補足の必要性を感じたのか、女性の方が口を開き。
「面子を見てリエルを補助専念させることにした、防具は重いから服でいい」
握った柄に視線を落とし、護衛の心配はしなくていいと短く添えた。
促せば、各々の反応をした傭兵たちが戦場へ向かう。それを最後尾から眺めて。
「‥‥攻撃力には気を使えと言っただろうに。死ぬぞ?」
苦笑交じりに、クラウディアはごちた。
戦いの予感は、荒野の気配を緊張感あるものにすり替える。
遠目に灰色の姿を映し、足を止めた傭兵たちは武器を手に息を詰める。
細く頼りない女の姿だが、敵の足取りは妙な重みがあった。事前情報に違いがなければ厄介な相手であり、間合いを測る中、緊張と警戒の色が濃く出ている。
――自身による痛みをどう受け止めたものか。
戸惑いに似た逡巡があり、それを踏みつけるようにして秋姫・フローズン(
gc5849)は歩みを進めた。
心が痛むのはこれから触れる記憶に怯えているから。かつて弱さがあり、その時の傷で今も苦しみ続けている。
(‥‥怖い、けど)
振り払おうと、決めたのだ。
互いの距離は姿形をはっきり視認出来る場所まで来ていた。響き、喉を震わせる呻きが何よりもそれを感じさせる。
「終わらせてやるよ」
レインウォーカー(
gc2524)が踏み込んだ。
敵には特別視するほどの体術があるわけでもなく、驚異的な肉体を持つわけでもない。
だが――
「っ‥‥」
軽くかすらせた初撃が反射される、裂くように痛みが生まれ、傷のほころびから血が視界を舞う。
気を散らすほどの生ぬるさに舌打ちをし、杠葉 凛生(
gb6638)は一度外れた照準を付け直した。
劈く音と揺れる敵の姿、着弾を確信するより先に息を詰める痛みが来る。胴体に三発、杭を打たれかたかのような熱が広がって、そこから鼓動が大きくなる。
血の流れが乱れたからだろう、思考は衝動を持ち、ただ戦いに高揚させた。
戦いは始まってしまっている、それをエレナ・クルック(
ga4247)は戸惑いと共に見ていた。
自分は後衛だ、だから当然、踏み込む速度に関しては前衛の方が早い。
でも決意があって、手には剣がある。出遅れたせいか、心には迷いがあり、前線との間に見えない壁があるように感じてしまう。
痛み? 勿論怖い、でもそうじゃなくて――。
「う‥‥」
敵は反射能力を主軸としているが、本体が弱い訳じゃない。
傭兵たちが人数を分けている事もあるだろうが、攻撃を受ける一方で押し返す場面すら見せてくる。
血濡れの姿が、エレナに罪悪感をもたらす“誰か”の姿を思い出させた。
一方で、直接戦闘に向いてない自身が踏み込めば、一瞬で打ち倒される事も理解させてくる。
「で、でも‥‥」
せめて、出来ることをしよう。治癒能力でも止められればいいと、虚実空間を敵に広げ。
「――」
力は吸い込まれたが、何かが変わる事はなかった。
特殊能力ではなく特性。命に組み込まれた、或いは生態とも呼ぶべきものに虚実空間は届かない。
覚悟していたためか、漏れる落胆は薄い。
そして、やりたい事はもう一つ。後方の男性士官が自分に向かって冷ややかな声を投げた。
「二発以上受けたら死にますよ」
踏み込んだ。
「――」
リエルは後ろから、機械剣を振りかぶって踏み込むエレナを見ていた。
危険があったら、傭兵か、中尉がどうにかするだろう。口を出してしまうのは性分みたいなもので、それ以外は自分が気にする範囲にない。
コインを握りこむ。超機械の本体は右手につけた腕輪の方で、力を使い続けているため練力が絶えず吸い取られていく感触がした。
「持って三分ですかね‥‥」
A班が下がり、B班が交代で戦いに挑む。
「ふっ‥‥!」
メシア・ローザリア(
gb6467)がガードごと敵を蹴り払う。
浅く、肉の軋む感触。腕が痛むが、自身の攻撃力の低さも相まってか構えは揺るぎ無い。
上がった息を乱さないように整えて、意志を持って敵を見据えた。
「かなり、持ちそうですわね‥‥」
自身の予測が正しいことに矜持と意志を固める。
力不足であるため理想のダメージが出せないが、その分全力で行く事が出来ていた。
反射されたダメージは引っ叩かれたかのような打撲、それを恥だと思う事もなく、ただ強い眼差しを送る。
これは戦いだ、ならば自身が傷つくのも当然臨むべき一環だった。
「それは――」
痛みの先には死がある、それを忘れてはならない。
ならば痛みが強くなったところで怯える必要はどこにあるだろう。逃げなどせず、受け止める事がメシアにとって当然理解するべき事項だった。
戦いの中、冷静さを保とうとする思考は、客観性を持つ空白とも言えた。
余計な熱を持たず、ただ現在の事象を観察する。
‥‥だからこそ、痛みを受け止めながら浮かぶ考えはある意味で素直だった。
「‥‥コレ、ガ、私、ノ、暴威、デス、カ‥‥」
泣くのではなく祈るように、ムーグ・リード(
gc0402)は言葉を漏らした。
その暴力に満ち足りたものを覚えるべきか、感慨を抱くべきかわからない。少し物悲しさもあって、抱く達成感はやはり感慨が強いのだろう。
答えは出さないことを選択した、だって自分の願いはまだ終わっていないのだから。
足を着き、勢いのまま後方へ跳ねる体にブレーキをかける。
距離を取り、秋姫は弓をつがえ直した。
敵の叫びに身を竦めてしまう弱さ、秋姫はそれに対峙し続ける。
過度な集中が、呼び起こされる光景をより鮮明にしていた。
肉色が破裂して、おぞましくぶちまけられる赤色。それに両親の顔が重なって、言いようもなく心を追い詰める。
「‥‥!!」
感情が飽和して、脳髄が感じる肉体の痛みを塗りつぶす。
心に比べればどうってことはないと言いたくて、それでもどこかが痛んでいるのには変わらないから、声に出来ない叫びを上げた。
手にした弓の感触を強く思う、痛みをあの時から引き継いでいても、秋姫は無力な子供ではないのだと何より強く自分に刻みつける。
ただ。
「‥‥!?」
言葉に出来ない違和感があった。
「おかしいな‥‥」
言葉をつけるのなら、それしかない。
秋姫が先程から眉をひそめ、何か言いたげにしているのをレインウォーカーは見ていた。
言うなら手応えがない、力を乗せた秋姫の一撃は、どうしても「決まった!」と快哉を叫ぶ事が出来ずにいた。
「もし‥‥かして――」
弱点看破を使わずに秋姫は一撃を加える、手応えは変わらない。
こいつは――防御力を備えていない。
それを認識した瞬間、今まで反射された痛みがより重いものに感じられた。
つまり、自分たちは自身の攻撃力を軽減もなしで受けていたことになる、痛くて当たり前だ。
敵の頑丈さ、再生能力に舌を巻くと同時に、息を詰める考えがレインウォーカーに浮かぶ。
自分の考えが否定された、それはいい。それ以上に。
「傷を移すほどに憎いのか、って。そう思ってたけれど――」
違う。傷を移す程に憎いのではなく、それは傷を受けるしかないから憎かった。
戦いのために傷を生身で受け、痛みを残したまま再生能力だけが働き続ける。
だからあれほどに狂うのだ。
「‥‥そりゃあ、キメラだもんな」
レインウォーカーは息をつく。諦めのような、腑に落ちる「そうあっても仕方ない」という妙な諦観があった。
蓋を開けてみれば、望んで力に届くなんて綺麗なものじゃなかった。わかってしまったやるせない結末に対して、或いは見捨てるようにしてレインウォーカーは感情を背けた。
絶ち切った思考の中、終わらせるのだともう一度思いを固める。それが。
「道化の仕事だ。そうだろ?」
二人の思いをよそに、加賀・忍(
gb7519)は自分を戦いに駆り立てていた。
流れる風景がめまぐるしく、現実からかけ離れて自分の行為に没頭する。
より早く、より強く。自分に届く痛みすら今回だけは顧みることなく、ただ太刀を相手に突き立てた。
「‥‥!!」
鮮血をまき散らしながら、漏れる声は歓喜に近い。刃物によって生まれる痛みは、鋭く裂くようで、何よりも鮮明だった。しかし。
「っち‥‥」
届かない苛立ちがある。
自身の力は敵を追い詰められているか、その確信に至るものをどうしても掴めない。
何よりも強く思い、力を注いでる自負がある。
だから忍は一層自分を激情に駆り立てた、届かないならより早く、より激烈に。
腕を断ち切る力を、足を凪ぐ激しさを。身に返る痛みがまるで足りないと狂躁し、まだ上にいける筈だと憤慨した。
「ガアァァァァァ!」
両者の上げる声は重ならない。
西島 百白(
ga2123)が上げる歓喜の咆哮は、そもそもに置いて敵が上げる怨嗟の声と対照的だった。 百白が感じる楽しみは敵に届かない、絶望的に噛み合わないまま、それでも両者は戦いを演じ続ける。
女はただ憎くて壊したい衝動を、獣は狩りがいのある獲物に対する愉悦を、お互いの都合なんて知ったことかとばかりにぶつけ合う。
放った一撃は自らに返り、百白はその新鮮さに咆哮を重ねた。
最高だ、と。惜しみない賛辞を敵に贈る。
思考に何かがよぎったが、高揚する思考はそれを深く詮索する事なく戦いに没頭した。
ただ引っ掛かりを、記憶と心に残して。
鮮血と戦いと高揚によって、空間に満ちる悪意は一層密度を増していた。
それは女が傷つく事によって行為の熱を増し、一層攻撃を激化させている事に他ならない。
気に入らない、と凛生は思った。
思いを自覚していることに苦さを滲ませ、敵を否定しきれない事共々見つめ続けた。
叫びの正体は無力だった。
力がなくて、ただ奪われる一方で、どうしようもなかったからこそ叫び声を上げた。
或いは、壊すことで喪失を塗り替えようとした。もしくはやり過ごすしか出来なくて、自分を無言の中に責め続け、追い込もうとした人間がいた。
踏み出す事が出来ず、抜け出す事も出来ない。
おかしい話だろうが、形がなくなってしまったものでも、引き剥がそうとすると肉体より余程強い痛みがあったのだ。
だから苛立ちを覚え、或いは歩き出せなかった頃の自分を見た。
不思議と罪悪感は得なかった。湧き上がるのは同情ではなく自分もかつて持った痛みへの共感で、心が痛むものに対してこれ以上悪い事などないと知っていた。
「イ、エ‥‥」
悪いことがなくて当然だ、だってここで終わらせるのだから。
堰を切ったようにムーグの攻撃が苛烈さを増した、周囲の人間はそれを驚きと共に反応した。
失血で頭がくらくらする、とりあえずエレナは生きていた。
状況は概ね士官に言われた通りで、体力はともかくエレクトロリンカーの攻撃力は思った以上に高い。
よろめくムーグの姿が前方にあり、ここが自分の戦場だと確信する事を助けてくれる。
――本当は。
自分に罰を与えたかったのが最初だった、傷つく事が人の役に立つのなら、喜んでそれをしようと思っていた。
交代が訪れ、ようやく攻撃が出来ると安堵したけれど、傷ついた仲間の姿が鮮烈で、エレナは目を背ける事が出来なかった。
――自分は助ける力があるのに。
それを使わずに何をしようとしているのだろう。
葛藤の末、くだらない思い込みをフルスイングで投げ捨てた。
ひまわりの唄を終え、メシアは随時交代が出来る用意をしながら戦況を見守っていた。
緊張はある、だが急き立てられることはない。
死なせない意志は最初からあり、敗北しないなら傷にだって意味がある。メシア自身、自他の負傷に対する備えは万全にしていた。
生きている間、傷つくのも憎むのも当然あるべき感情だ、触れて知ろうとする事はメシアも望んでいた。それを咎める理由などない、見届ける事に何の苦があるだろう。
「おい‥‥!?」
声が聞こえた、気がした。
聞き間違いではないとムーグは確信できる、この時にそれを逃すなどありえないのだから。
背中に向ける気持ちは不思議と穏やかで、大丈夫だと言おうとして血で喉が詰まった。
‥‥情けない所を見られてしまった。
血を拭って笑みを作り、振り向けないから無理があるかもしれないと思いつつ、更に一歩踏み出した。
背中にいるのに、視界の先であの人の背中を幻視する。姿に血の色が重なって見えて、行かせてはならないと強く思った。
傷つく事が贖罪なのに、傷で命を贖えることは永劫にありえない。ならば、その先に踏み込んでしまうのではないか。――死にいたってしまうのではないか。
だから早く、その前に終わらせないと。
莫迦の行動は、凛生にとって腹立たしいの一言だった。
どこに行く、と思い。やめろ、と続いた。物理的にも開く距離が焦りを募らせる。
自傷を早める行為だとわかっていて、だからこそ莫迦の行動が理解できなかった。
道を示しておいて勝手に破滅へと突き進むなんて、ずるいか理解出来ないとしか言いようがない。
細かいことをすっ飛ばして飛び出した。
腕を伸ばし、震える手が感触をつかめた事に安堵もする。
詰まる言葉は色々あって、何より詰問の。
「おい莫迦、何を焦っているんだ」
引きとめられたことより、癒しの力が届いた事に驚いた。
引っ張られるままに任せる、少し間があり、でも届いた力でもう少し頑張れる気がしたから、微笑んで最後の一撃を敵に贈った。
貫いた感触はとても重く、少しばかり救われたことを思わせる晴れやかさがあった。
力が抜ける、思わず漏れる笑みが心地よくて、それをすぐ傍らにいてくれた友人に向けた。
「心配、サセナイデ、クダサイ‥‥」
軽くどつかれた。まるで、お前が言うなと言わんばかりに。
一言で彼がしたことを理解した。
血に染まった体も、白く透けるような肌も、自分を見て漏らされる安堵より気を惹く事はなかった。
触れる体の感触が掌に馴染む、まだこの感触は手放せず、手放してもらえていないのだと。
「大丈夫だ。もう終わったんだ。終わらせたんだ‥‥総て」
その笑みが価値あるものだと告げて、力の抜けたその重みを支える。言葉にしないまま、ただ感謝を触れ合いから送り込んだ。