●リプレイ本文
※この場の描写は妄想を含むため、用法用量にご注意ください。
●恋慕
突如に生じた空白は、人を焦らせる。
放り出されたかのような錯覚が自分を迷わせて、手持ち無沙汰のまま無為に時間を過ごさせるのだ。
決まってしまった事だから、しょうがないと思う。
でも、もしも‥‥。
自覚する未熟さが焦りを加速させる、遠ざかる感触が昔に重なって、届くことのない『或いは』を月森 花(
ga0053)に夢想させる。
あの時、自分がどうしたかったのかはまだよく解らない。もどかしい感触だけが募って、ただ一人の事だけをずっと考えさせる。
彼と共に、過ごさなくなった夜。
触れられる場所にいないのが不安で、抜け出せない幼さは空虚に暗闇を錯覚する。
彷徨う意識は空回りするばかりで、毎晩気を失うように朝を迎えていた。
‥‥これはボクが招いた事、ボクが克服しなきゃいけない事。
それまでなしにしようと自分を戒めて、側にいて欲しいと言い出せないまま、募る思いの中であの時の正解を探し続けている。
それは意地を張り続ける事となんら変わらないけど、拭えない罪悪感が自身に痛みを強制させていた。
欲しいならそう言えばいいのに、欲張りだと思われたくないから、彼から求めて欲しいから、気のない素振りをとってしまう。
ボクから求めても、平気かな。
‥‥ボクだけが欲しがってるとか、そんな事はないよね?
帰ったら、歩みを彼の所へと向けよう。
募った思いは背中を押し、彼の温もりを欲して腕へと飛び込ませる。
遂げられなかった思いは理性を無視して、でも、まだ不安があるから、彼の反応を求める心が一瞬だけ臆病になった。
‥‥でもこういう弱音はよくない。思うだけでも、少し大胆になろう。
腕を伸ばして、首へと縋りつく。引き上げられた体が触れ合って、彼の感触が重ねた肌ごしに知覚された。
広い胸も固い腕も、ボクとは全然違う男の子のもの。怖いのは大切にしたい裏返しだってボクが気づかないと。
呼吸音に気づいてしまうほどの緊張、彼の吐息に何よりも動悸する、顔を直視出来なくて、伏せたまま顔を近づけて、重ねる瞬間だけ上げ‥‥。
‥‥今のボクには、ここまで思うのが精一杯。
初めての事ばかりで戸惑いがある。愛し方も幼さが抜けなくて、どうしても甘えるようなものになってしまっていた。
抜けだそうと無理にもがくから、一層彼を困らせる。
背伸びした意地を取り払えば、ただ彼と共に在りたい思いが残った。
鈴蘭が揺れる、触れると少しくすぐったくて、とても幸せな感触。
だってボクは彼の事が、
「‥‥大好きだから」
●慕情
‥‥証がないと不安になるのに、形があると別の意味で落ち着かなくなる。
触れる指先にはぬくもりがあって、思い返すと甘いのに、ぬくもりだけになってしまわないかと、ふとした不安が心を竦ませる。
また一つ。
レーゲン・シュナイダー(
ga4458)は、形なく吐息を漏らした。
大規模作戦も、終わり。
気を張る時間が終わって、祈りが無事果たされた事に安堵を得て。
それから。
‥‥彼に会わずにいる口実が半分、消えた。
「欲しい」と「まだ駄目」が同時に意識へ響く。
引っ張り合う思考が繰り返されて、特別ってなんだろう、って考えれば身が竦んでしまっていた。
特別であるからこそ相応しくありたいと自分を戒めてしまう。理性でかけた強い枷。自分を止めるのに色んな理由をつけて、渇きと軋みは思考を詰まらせる。
愛しているかと問えば心が竦んで、愛せるかと聞けば思い出になった傷が涙を溢れさせるのだ。
覚えのある恋の味、触れ合う事が幸せで、背伸びは自分をとても臆病にさせた。
‥‥ああ、だって全然足りない。
憧れの時から貰ってばかりで、募るのは何かをしてもらう嬉しさばかり。
求めて、返したい。
――堰を切ったら止まらなくなりそうなのに、私のことを嫌ったりしませんか?
抱きしめられる感触が恋しい。背中に手を回されれば少しひやっとして、体温に包まれれば何よりも安心するのだ。
服ごしに体を感じあう感触、腕を回せば彼の厚みが伝わってくる、押し当てた胸は心臓を肌に近づけて、自分のはやる動悸を知覚させるばかりだった。
向こうもそうであればいいのに、って思うけど自分の事でいっぱいいっぱいだからよく判らない。
「そうだよ」って言ってくれると思うけど、聞いてみたいと思う期待が甘さになるから、自惚れにそっぽを向き続ける。
‥‥でもそれは確かにそこにあり続ける。
わがままで、身勝手で、とても欲張りにさせる。
こんな時でも自分に枷をかけるのは、嫌われたくないのと、一度に食い尽くしたくないの両方だった。
身を押し、指をかけて、押し付けるようにして口をつける。指は輪郭をなぞり、吐息から熱を求めて。彼がしてくれるよりずっとずっと激しくしたい、思うだけなら何度でも出来そうだった。
「‥‥はしたない、ですね」
それを口にするだけでも、十分すぎるほどのダメージがのしかかってきた。
::
朧 幸乃(
ga3078)の視線に反応して、クレハが空気をほぐすように笑みを浮かべる。
問いたげな視線を向けられれば、どう答えたものかと間を挟み、指を唇に当てて。
「幸せとか恋とか、定型文で片付けられたら、とても楽でしょうね、と」
でもそうじゃありませんの、とクレハは笑う。
●静穏
幸せの形――。
それが人それぞれであることを、幸乃は知っていた。
過ごして来た時間は皆違うもので、それが未来ごと人の色を変える。
記憶を思い返す感触は、本をめくることに似ていた。
古び色あせて、しかしなぞることで辿った道筋が引き出されていく。
‥‥これはそう特別じゃない私の物語、未熟さがあって、願いを募らせて、今の私に繋がっている。
『彼女』を見て思い出す、『彼女』と出会った、此処に来たばかりの私。
それよりもっと前、スラムでの記憶が重なるように浮かび、その二つから――今の自分に至る過程を思って、引き出される記憶に感慨深く笑みを浮かべた。
大切な事がたくさんあったから、今の自分がここにいる。
何かに触れる度に波紋が立ち、平静に見える裏で心を揺らし続けている。
見るだけで幸せを感じさせた、誰かの笑顔、背中。
『静かに過ごす』願いは今も変わらないけれど、今は幸せに別の形を欲するようになって、「誰かと一緒に」って言葉が時折浮かんでは消える。
共に過ごした空間の中、誰かの帰りを待ち続ける。
帰ってきたらどんな話をしようかと夢想して、その瞬間が訪れれば、ただ「おかえりなさい」と笑顔が浮かんでくるのだ。
とても素敵だろうなとは思う、でも、額縁に入れた絵のようだった。
それは――諦めに近かった。
願いを手放してはいないけれど、踏み出す事にも躊躇があって、選択に手を向けず、ただ現状に甘んじている。
幸せを諦めるべきだなんて思わない、でも「本当にそう思う?」と「仕方ない」が足を止めさせる。
「相応しくない」
‥‥言い訳。
人の色が違うなら、欠落だって違うものを抱えていて当然なのに、否定されるのが怖くて、自分をさらけ出せずにいる。
環境も関係も内側も、相手に触れることで変わってしまうのが怖かった。
だから選択出来ないのに、少しずつ変わっていくものがある。
まだ目に付く程ではない、蒔いた種のようなささやかさ。意識するのが怖くて、しかし続ける事を望む貪欲さが少し首をもたげる。
性別の意識が薄かった私も、‥‥或いは、髪を伸ばせば。
特別でもない日々の中、諦めきれない、私だけの特別な――。
●甘味×料理
満ちる感触は食べかけの砂糖菓子のよう。
味わい尽くしていないから飽くはずもなくて、続きに想像を巡らせながら、確かめるように啄んでいく。
聞きたい、触れたい、知りたい。――まだ全然足りない。
――だから、何も出来ない時間にアルフェル(
gc6791)はしょげてしまう。
鹿島 行幹(
gc4977)と共に帰る家、彼のためにする事は全て考えていたのに、予定が遠のくとなればやきもきも募ってしまう。
戻ってきた彼がジュース缶を差し出せば、触れる優しさに笑みが先んじる。手を伸ばせば缶の冷たさに触れると思っていたのに、思いがけず触れる肌の感触は、心臓に動悸を引き起こした。
‥‥体温が違うから、すぐに判る。
「ぇ、あ‥‥有難う、御座います‥‥」
緊張しながら離した指先には、引力のような感触が残っていた。
言い訳したいけれど、嫌ではないから何も言えない。のぞき見すれば、横を向く彼までが赤くなっているのが判って、意識してくれているのだろうかと考える自惚れは、緊張に甘いものを混じらせた。
感触の残滓は、思い返す事でより刺激の強いものになる。
緊張で動けなくなってしまっていたから、想像でこそ彼との甘いひとときを望んだ。
彼と触れ合うなら、飛行機がアクシデントを起こしていなかったら――。
勿論、まずは夕食の準備をしよう。席についた彼に今日は彼の好物を作ったのだと告げ、自信作の天丼をさし出して喜んで貰うのだ。
彼が天丼をかきこむ間、私は彼の横に座る。
少し急いて食べる様子からは、彼が求めてくれているのが汲み取れて。私の前でそうしてくれることが何よりも特別に映った。
「ゆっくり、食べないと‥‥喉、詰まりますよ‥‥?」
付けた食べ滓すら愛嬌に映って、触れ合う口実に笑みながら、指を伸ばして拭いとる。
食後は‥‥そう、餡蜜がいい。
思い返した甘さが、彼に結びつくのは必然だろう。
想像の中の彼が自分を見ている、デザートより先に、甘い欲求が膨れ上がる。
手を握られる想像は、先前の触れ合いがあったために、ひどく鮮明な感触として知覚を駆け巡った。
恐怖は期待の裏返し、彼の腕が包んでくるなら、なんでもいいように思えた。抱き寄せられ、乱れる髪を彼の指が払って、耳から顎をなぞられると行為への確信が強まる。
指は顎を上げ、彼の唇がこちらを待つことなく重ねられた。
味などある筈もないのに、感触をかわすとただ甘いのだと感じる。空いた間が恥じらいを呼んだから、ごまかすように「何故‥‥?」と理由を問いただした。
「もっと甘そうなデザートがあったから、さ?」
ならば、もう一度――。
::
時折、彼女がこちらを気にして視線を向けてくる気配がある。
それに気づいてはいたけれど、緊張しているのはこっちもだから、わざと横を向いて気づかない振りをしていた。
彼女を気にして、こっちまでが視線を向けている事など彼女は知る由もないだろう。
告げて反応を見てみたい気もしたけれど、今は仕事中だからとしまいこんでおくことにしていた。
うつむいた顔は、少し赤らんでいて可愛い。顔にかかる髪がふさ毛のようで、動物なら子犬系だろうかと想像がめぐる。
ふと目にした手元には、「とろける甘さ」と記された缶が握られていた。
言葉を反芻し、その意味が少しずつ溶けていく。何がとろけるかって、そりゃあ‥‥。
彼女の姿は、きっと陽ざしの下が似合う。
肌で受ける暖かさは、まさに彼女と過ごす時間そのものだ。
休日の公園にでも、一緒に出かけたら楽しくなるだろう。彼女のぬくもりはずっと傍らに置いておきたい、擦り寄られるくすぐったさが、想像ではたれ耳の感触として頬を撫でた。
腕を回して抱きしめれば、喜んだ彼女が一層じゃれついてくる。勢いに逆らわず倒れこみ、はしゃぎながらも何度か転がったところで止まった。
芝生に仰向けになったまま、彼女の感触を受け止める。素直で純真な造作も、視線を合わせれば途端に甘く蕩けるものへと変わった。
肌の押し合う感触は、スカートを隔てて奥ゆかしい。身動ぎに応じて擦れ、彼女が身を近づかせれば、愛しい重さが一層増した。
足の付根あたりでは、ぱたぱたと振り動かされる尻尾の感触。二人して倒れこむように身を重ね、顔を近づけて――。
――現実。感触が二つあるかと思えば、アルフェルがキスシーンさながらに身を寄せて来ていた。
「アル、フェル‥‥?」
先ほどまで妄想していたのだから、感覚が上手く切り替わらない。彼女もどこかぼーっとしたいて、漏らした声にようやく我に返った様子を見せる。
「ふぇ!? ‥‥ぁ、えと‥‥! な、何でも‥ないですよ‥‥?」
どういう経緯でこうなったかなんて、野暮な事は聞かない。
指を髪に差し込み、落ち着かせるようになでつけて。
「‥‥そういうのは、帰ってからたっぷりと、な?」
●多分清純な祈り。
時間が空けば、万物への祈りで思考が満ちる。
我を忘れるほどの年月が経ち、色々なことがあって気疲れもするものの、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)にとって故郷は相変わらず胸の中にあり、思い返せば全ての『良かった』が自らを支える糧になっていた。
「故郷の修道院を離れて、もう3年か、と」
回想を言葉に含ませるハンナに、クレハは、何か理由があるのですね? と尋ねて言葉の先を促した。
憎しみを憎しみで消すことは出来ないのだと、ハンナは語る。だからバグアに与した女性達を、破滅へ向かう前に負の連鎖から遠ざけたいと続けて綴った。
胸の十字架に手を当てる。理由があり、たどり着きたい目標がある。
きっと、主もそれを望んでいる事だろう。数多くの女性たちに、静かな暮らしを。
教会の再建も無論ハンナの目標だが、そこには幸せでいる人々が欠けてはならないのだ。
その中でも、ハンナには一際強く思っている女性の姿があった。所在すらしれず、目にした回数はいっそ夢想の方が多いかもしれない。
「‥‥嗚呼、リリア姉様。
かつてお会いした時の、儚げな笑みを忘れる事が出来ません。
だからこそ、姉様には私と共に修道院での心静かな祈りの日常を‥‥」
「‥‥はい?」
聞き間違えか、と漏らされたクレハの声は呟き故にかき消されてしまった。
夢に映る姉の姿はどれだけ素敵な事だろう。
青い髪は質素な布の上を流れ落ち、修道着の深い青に引き立てられて一層麗しく映る。すこしばかり乱れた髪だって多少の愛嬌で、首筋にこぼれた分がうなじの細さを際立たせていた。
振り向き、巻きつくスカートが肢体の繊細さを強調させる。
自分と再建した修道院で、そんな姉が花壇を横に歩む姿。
少し俯き気味に佇み、祈りに身を捧げる姿はどれだけ儚げな事か。顔を上げ、優しさを含む笑みを向けられたところを想像したあたりで、ハンナの意識は完全に飛んだ。
「‥‥ハンナ様?」
「‥‥! 私としたことが‥‥」
両手で頬に触れ、よじる体を停止させるハンナ。
本人は自覚症状がないようですが、完全に口に出ていました。
クレハ暫く笑みを含み、
「‥‥大好きな方がいるのですね?」
にっこりと笑んだ。
内容がダダ漏れだった事にハンナがダメージを受けたかどうかは知る由もない。