●リプレイ本文
――ストレートな好意は天邪鬼を困らせる。
別段嫌いな訳でも、遠ざけたい訳でもないけれど、憎まれ口を叩くのに慣れた性格は他の言葉を思い浮かばせない。
感謝はあるが変化はしない、せめて気遣いを向けるくらいか。
「――ともあれ、有難うございます」
ひと通りの口上を述べた後、曹長たちはメッシーナにある拠点の内部を歩いていた。
電力に余裕がある訳でもないので、室内の照明は限定的で薄暗い、まずは倉庫へ寄るのだと曹長は告げ、
「力仕事が苦手な人は、トラックの方で待機してください」
と言い含める。
資材の移動にも手続きは必要だ、搬入と搬出共に記録を作って作為をなくし、同時に輸送先へ問い合わせる事で内容の最終調整をする。
「流石に分類はきっちりしてるなぁ‥‥あたしの出る幕はなさそう」
資材のラベルを読み流し、美崎 瑠璃(
gb0339)は感想を漏らした。
手間がないのはいいことだが、活躍できないのは少し残念な気もする。
「不足がないか確認する、というのもありだよ。消耗が早い品というのは大体決まっている、医薬品もそうだけど‥‥弾薬、とかね」
最後だけ少し曖昧に、杉田 伊周(
gc5580)が相槌を打てば、そういうものなのかと瑠璃が頷いた。
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「さて、正式な軍医でなくて申し訳ないのですが‥‥」
意地悪なのか高飛車なのか、差し入れの袋を高く掲げて曹長が病室で笑んで見せる。
「諸君はきっと療養の間大人しくしていた事でしょう。こっそり抜けだしてキッチンでつまみ食いとか、‥‥してませんよね?」
軽くおどけて見せる兵士たちは思ったよりも元気そうで。少し安心を感じながら、神城 姫奈(
gb4662)は水筒に詰めたスープをおすそ分けして回っていた。
冷えても美味しく飲めるように、配慮されたじゃがいもとオニオンのスープは思いの外評判がいい。
瑠璃が怪我人にスキルを使おうとするのに対して、曹長は片手で制止した。
「今回は顔を見に来ただけです。
無理やり回復させるほどの戦況でもありませんから、何もかもエミタに頼るのなら、命を蔑ろにする兵士が出てしまいます」
負傷は少なからず未熟さであり、痛みと共に抱えるべきものだと曹長は語った。
「その優しさは、どうか失われる前の命に」
普通に怪我人を見てまわる伊周と頷きあい、三人は病室を後にした。
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積み込みの作業場は、沈黙が多くを占めていた。
余り言葉を必要としない作業というのもあり、夜に満ちる重さが言葉を減らすのかもしれない。
何もないからこそ、思いが満ちる。イルファ(
gc1067)の、喉まで差し掛かった思考はそのままで、高いところの荷物に手を伸ばしかけ、届かない事に、気づいた。
「あ‥‥」
一瞬呆然とし、途方にくれかけたところを、横から伸びる鹿島 綾(
gb4549)の手が代わりに荷物を受け持つ。
出来なかった、という思いがあり、次いで助けて貰ったのだと冷静な思考が続く。
すぐさま言葉が出てこないのは自らの力不足を恥じてのことか、それでも習慣が促すままに、イルファはお礼を口にした。
「‥‥有難うございます」
「無理するな、持ってやるから」
軽々と、綾が積荷を運ぶのに口を挟む余地もない。それでも何かしたいと思って手を伸ばしかけ、
『無理するな』
手が止まった。
――自分は役に‥‥――
抱える戸惑い故か、普段より余計な事を考えてしまう。
それは、自分の常識が一度否定されたからか。大規模の準備でも時々やるのだと――綾が隊長であることを明かせば、問いがイルファの口をついていた。
「‥‥小隊長って、お節介焼き、ばかりなのですか?」
意図を咄嗟に察せず、綾が怪訝な表情を向ける。
イルファは、視線を合わせてくれない。それは少なからず自分に原因があるのだろうと、綾は考え。
「お節介なのは昔からの性分でね。悪いな?」
負担にならないような、言葉をした。
「いえ‥‥」
戸惑いは、晴れない。誰かを悩みに巻き込んだ申し訳なさは、生きろと叱られた時の戸惑いに、とてもよく似ていた。
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出発寸前になれば、溜めていた思いも溢れてくる。
目先には、夜闇に飲まれた車道と街。
行き先の状況は聞かせられていて、今はまだ見えない街の方角へと視線を向け、不破 霞(
gb8820)は言葉に出来ない思いを募らせていた。
抱える思いには、促しの色が強い。
ただ、決断するにはもう少し勇気が必要で、それは現場にたどり着いてからにしようと、決めていた。
漠然と説くのなら、『何故』としか言いようがない。知りたければ進む必要があると、思考は既に理解している。
積み込みは、曹長が記録をつけてこの場では終了。
「うーん、点滴と消毒ちょっと足りなそう。発注できるかな?」
医療関係者故か、伊周とリエルは思いの外話が合っていた。
キャリア的にはリエルが後輩であり、軍での陳情はリエルの方が融通は効く。
「気にかけてはいるんですけど、複数意見の方が精度があがりますし‥‥ね?」
全員が車に乗るかと言われれば、そうでもなかった。
「荷物が多い車に同乗するのも何だろ。俺の後ろに乗りな?」
綾の申し出に、イルファは迷いを挟んだ後、素直に頷く。
後座に跨り、腕を回せば、エンジンの始動音がまず体の芯を揺らす。
揺れるものであるが、恐怖はない。「掴まりな」という綾の呟きに応じて、彼女の背中に添えば、一層強い振動と共に景色が振り切れた。
髪が後ろに払われ、風の感触がする。
知覚はすぐに追いつかず、ただ押すように攫う感触を与えてくる。連れて行ってもらえるというのはどれだけ楽な事だろう、甘んじる気はないのに身軽さを知ってしまって、風の中、イルファはただ一人の同行者に言葉を投げかけた。
「―‥‥命とは、左様に重い物でしょうか?」
考えたことなんてなかった、教えられたことが全てだった。
認識にあったのは命でなく戦いであり、せいぜい敗北した時になくなるものだとしか思っていなかった。
「替えが無いモノであるのは確かだ。だから、重いと言える」
命は一つしかない、綾が言う言葉はわかるのにその重さが実感できない。
感じられないから、受け取る事も出来ない。イルファは思いを抱えて、再び口を噤んだ。
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目的先の拠点にたどり着き、再び積荷を下ろす。
荷台から渡される荷物に対し、イルファはそれが重いものであることも構わず、豪力発現を発動させて受け取っていく。
スキルの効果は一瞬だけだ、だから効率は余りよくない。それでも基本体力はあるのだから、無理している感を振り払ってイルファは作業を続けていく。
物資を積み上げれば、一つ達成感が満ちる。
此処が人類側拠点‥‥如月・由梨(
ga1805)と御影・朔夜(
ga0240)が戦い、勝ち取ってきた場所の一つだった。
最も、後者にそんな感慨はない。これもそれも依頼の一つに過ぎず、内側に特別な『何か』を抱いてもそれを依頼に持ち込むことはない。
――苛立ちがあり、渇望を抱いている。
その全て以前に、御影・朔夜は傭兵だった。
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「――では、シフトは調整済みですので、手はず通りに」
見回りに人数は大きく割かれていない。とりあえず一組に2時間ほどとして、四組で拠点周辺を回る事になった。
集合場所のテーブルには、瑠璃が眠気覚まし用としてコーヒーをおいている。
全ての人員が夜間行動に慣れているわけではない、霞は時間まで寝に入ると仮眠室へ赴き、第一の見回りは朔夜・姫奈ペアが担う事になった。
始まりからして夜間のど真ん中であるため、闇は深い。
明かりもなければ生活音などある筈もなく、海から吹き抜ける風だけがひたすらに身を凍えさせる。
何か話せば気も紛れたかもしれない。が、姫奈のペアはそれが期待できそうな相手でもなく、ついでにいうと向こうは寒そうな様子すらない。
――そういえば前にもこういう事があった、あの時は姫奈が寒くないかどうか、気遣う側だったが。
「‥‥そういえば少し冷えるね‥‥って、くしゅっ」
今凍えているのは自分の方だ。防寒に気をつけるように言われてきたが、コートは丸めたまま拠点に忘れてきてしまったらしい。
そんな様子を、朔夜は少し離れていたところから見ていた。姫奈との距離はある、踏み込むつもりはなかった。
あの夜、彼女に感じたのは輝きだ。一方で自身はひたすら深淵に身を浸し、血潮をぶちまけて、空を食って、自分のものにしてしまいたいとすら思っていた。
相容れないと思った、触れたらそれすらも血潮に沈めてしまうと感じてしまっていた。
今は口実がある、しかし思いとどまり。
「‥‥これでも羽織っていろ」
代わりにコートを脱いで、間の距離を放り投げた。
::
「俺、美崎さんとの依頼は初めてではないですよ」
リエル曹長は、そう言いつつ笑みを漏らしていた。
瑠璃が持つ牡丹灯籠を見れば、雅なものがあるのだと曹長が少しばかり興味を示す。
「後方の依頼で――サポートですが、何度か担当になった事があります。俺が直接戦闘にあたるのは、まだ二回目ですけど」
『いる』というだけなら、それこそ同班の由梨とも何度か戦線を共にした事があった。
なんということはない、それがリエルの役割だ。情報管制と指揮、そして後詰。
長い間、ラストホープを離れてたのは偏にこのイタリアでの戦線に参加してたが故だ。
周辺から気を逸らさない程度のゆるい会話、それを横に伴いながら由梨は町並みを歩んでいた。
KVで何度か駆け抜けた戦場だが、生身で、こうしてゆっくり歩くのは初めてだった。ふと、思ったのだ、自分はどんな世界を取り返せたのだろうと。
ここまで歩いて来て、何匹か野良キメラを切り捨てている。平和をまだ得ていない事を象徴しているようで、少しばかり辛い。
曹長は言っていた、まだ一般人が踏み込める領域でないから、地図の塗り替え申請は行っていないのだと。
覚醒すれば戦いを望む自分がいて、それに嫌気に持つ自分もまた存在する。
由梨が望む世界は、どのようなものなのだろう。‥‥どんな気持ちで、それを目指すのだろう。
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舗装の崩れている道は、歩きにくかった。
壊れかけの街は霞の記憶と重なる事があり、時折錯覚に息が詰まる。
伊周の掲げる灯りに照らされれば、瓦礫の群は一層寒々しく映る。
夜を肌寒く感じるのは、生きているからだ。霞はそれを幸いと思い、血を分けた姉もまたそうである事に言いようのない安堵を感じていた。
満たされたからこそ、それ以上を望む贅沢さが生まれるのか。
死んだと思っていた姉が生きている事は幸いで、一方で強かった姉が何故家族を助けてくれなかったのだと疑念と憎悪が募る。
答えなんて、出る筈がない。その時の状況も心情も、姉しか抱えていないのだ。
‥‥話をしたい。
決着をつけるには、十分すぎるほどの時間が過ぎていた。
「時間が経つのって、早いなぁ‥‥」
もう、4、5年だ。思わず漏らしたひとりごとに対し、伊周に視線を向けられれば、なんでもないの、と霞は首を横に振った。
細かい事を気にしない大人なのか、伊周も深く追求はしない。
だから、続く思いは声にせず言葉にした、両親の墓参りに行きたいのだと。
「まだまだ、夜は冷えるねぇ」
伊周の言葉は霞の心境をよく現していて、そうですね、と霞は自然に相槌を打っていた。
「そろそろ戻りましょうか‥‥」
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飾り気のない拠点の中、一箇所だけ熱気を持つ場所が生まれていた。
鍋の火加減を見つつ、綾はかき混ぜるスープの味見をする。丁度いい具合になったと判断すれば、まずは相方のイルファにどうかと、勧めていた。
「‥‥有難うございます」
やはりこの人は世話焼きなのだと、イルファは思う。それだけでなく、気もよく回る。
世話を焼かれる事には不慣れであり、戸惑いが続く。
温度を保つスープを抱え、黙り込めば綾だってイルファの様子には気づくもので。
「移動中にあんな事を呟いていたが。何か、悩みでもあるのか?」
それは――。
答えを求める事は踏み出す事であり、迷いを伴う事だ。信じてきた価値観がある、それが崩れるのが、とても怖い。
「教官には、勝たねば、成功せねば意味がない‥そう教わったんです。それが存在意義で有ると」
教わってきた存在意義も、今はか細く頼りない。違う考え方もあるのだと、知ってしまったから。
「‥‥ですが、私の所属する隊の長は言うのです、‥‥それでは意味がないと。生延びねば、意味がないと」
意味が無い、その一言がイルファの意志を揺らし続ける。
それしかなかったのに、それを否定されたら、イルファはどうすればいいのだろう。
だから、イルファは複雑な思いの果てに、問いを発した。
「貴女様は、どちらが正しいと思いますか‥?」
「‥‥どちらも正しい。
端的にいえば、生き残る事こそが最大の成功であり、勝利だ。命さえあれば、いくらでも可能性を掴む事が出来るからな」
――それは正悪のない、本当に、ただの価値観。
何を優先するかは人それぞれなのだ、だから綾は自分の思う事を、今分析して聞かせているだけ。
「勝つ為とか言って、安易に命を投げ出すのは‥‥俺から言わせて貰えば、ただの愚行だ。
目先の事しか考えず、その先に出来る事を見ていない。――違うか?」
隊長であるが故の、綾の視点なのかもしれない。
――兵士は戦いを望み、将官は戦局を望む。二人の違いはそれだけで、しかしその差が酷く遠い。
「お前も傭兵なら、生き延びる事を第一に考えろ。生きれば生きる程、より多くの者を救える事になるんだからな」
綾は隠し通す優しさ故に、命を救うことを望んだ。‥‥では、イルファは何のために戦うというのか。
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――ひっそりと、行われる夜の狩り。
「っ‥邪魔だ!」
迅雷によって距離を詰め、加速した勢いで霞は最大面積を刹那で振り絶つ。
囲まれる事など厭いもしない、後衛に接近されようが、一瞬で割り込む機動力を持っていた。
「ひ弱なお医者さんにおイタしないでよね」
機動力を武器にする霞を、伊周が牽制で補助する。錬成強化にて力を与えれば、霞の攻撃の勢いが一層増した。
後衛でありながら懐に入られることにも臆せず、朔夜は手にした銃座で敵を殴りつけ、もう片方の銃で敵を穿ち吹き飛ばす。
戦闘は体に染み付いた反射によって行われ、精密故に退屈でもある。
瓦礫など、気にすることもない。方角を多少上に、エミタの力を使えば軽く飛び越えられる程度のもので、一方後ろを確認すれば、スキルを付け忘れていた姫奈が同じことをしようとしてぺしょりと転んでいた。
「‥‥何をやっているのだか‥‥ほら」
一度戻り、引き上げるための手を伸ばす。これ位なら構わないだろう、疎んでいるわけでもなし、道を交わらせると、決めた訳でもないのだから。