タイトル:Nightmare/1moreマスター:音無奏

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/06 00:02

●オープニング本文


 布の感触が疲労に心地いい。
 染み渡らせるように体を伸ばし、横たえた体が布と擦れる感触を楽しむ。
 感じるのは緊張から抜けだした解放感、ひたすら甘く恍惚に、意識を夢うつつな世界へといざなっていく。

 ‥‥そう、夢。
 空想より遙か遠く、心に踏み込んでおきながら、手を伸ばしても触れる事すら叶わない。
 消えていく切なさだけがある、忘れるのも早いからこそ、あらゆる思いから夢は遠かった。

「悪夢ってのは、未練とか後悔とか、心に刻みついた何かが多数を占めます」
 整備士《ユズ》は、枕に沈みながら感情の薄い声で呟く。
「気にしているから、忘れられないから、予感を得て夢はそうなってしまう」
 記憶《理由》を封じた自分でも、恐らくはそれから逃れられない。
 心をいかに固く閉ざそうと、眠りの間人間は無防備なのだ。

 どうせ見るなら、血に濡れた夢の方が余程望ましいのに。
 悲しみや怒り同様に強烈な、絶望という強い感情。
 息を止めるほどに愛されるのなら、どれほどいいのだろう。

「悪夢だなんて、何を今更」

●参加者一覧

飯島 修司(ga7951
36歳・♂・PN
百地・悠季(ga8270
20歳・♀・ER
刻環 久遠(gb4307
14歳・♀・FC
ラグナ=カルネージ(gb6706
18歳・♂・DG
ムーグ・リード(gc0402
21歳・♂・AA
ファタ・モルガナ(gc0598
21歳・♀・JG

●リプレイ本文

 ――記憶の回想は、ひたすらに空虚を生んだ。
 どうしてだなんて言うには遠ざかりすぎていて、後悔は白々しく、口に出来るはずもない。
 それ程に失くしてきた、それ程に手放してきた。
 でも――本当に、大切に思っていたのだ。

●無我
 ‥‥焦点を結ぶ前の悪夢は、感情だけが先走る。
 それは光満ちる光景、悪夢になる前の、ラグナ=カルネージ(gb6706)の夢。

 くだらない言葉を交わして、背中に抱きつかれて振り向き、泣いてるあいつと目を合わせる。
 とても大切に思うのに、触れる手触りには喪失しかなかった。
 満ちるのは一色の赤、煙の中、焼けつく喉が痛みを訴える。
 何があったのかと、思い出す言葉はなかなか定まらない。焼ける世界の中、親だと慕っていたオッサンやオバサンが誰かを抱きながら「転がって」いて――。

 落ちる。
 変わる視界は知らない広場、悲しみを薄く混ぜた冷えた世界の中、戸惑う家族たちと共にいた。
「今から殺し合いをして、生き残った1人だけ助けてやる」
 意味がわからなかった。
 声を上げる隣の奴、納得を覚える冷静な理性と、駄目だと先走る予感らしき感情。
 銃器が冷たい音を立てる、息を呑む瞬間、隣の奴が撃ち殺される。
 潰れる肢体は恐怖を呼び、予感の実現は不安を呼んだ、
 次は自分かもしれないと、予感が叫ぶ。恐怖に後押しされ、死にたくない一心で剣を握って――。

 ‥‥それからの時間は、ひたすらに淡白だった。
 心は時間を止めて、何度も戦っていた事実だけが数式のように思い返される。
 殺した相手がどんな顔をしていたかなんて、知らない。
 戦いなんて上等なものですらなく、『虐殺』或いは『殲滅』だ。
 肉を断つ感触は、酷く現実感がなかった。
 音のない映像のようだ。セピア色のそれが、ある瞬間に色づき始めて――。

「やめて! この子だけは!」

 飛び込んできた音声に意識が覚醒する。
 今にも泣きそうな顔で、呆然と俺を見上げる子供。
 震えるまま、自らの身体を盾とするべく、きつく子供を抱きしめる女。
 記憶が重なる、景色が揺らぎ、姿がすり変わり、どうして身近に感じたかって、そりゃあ――。

 足元の崩れる感触は、二度目だった。
 逆流する時間に息が詰まる、『何故』と、行き場のない感情が迷いを抱えて膨れ上がる。
 だから逃げ出し、追われ。

 ――兄さん。

 墜落した。

●反転
 むせ返るような血の匂い。
 血が零れ出す瞬間から始まる、刻環 久遠(gb4307)の悪夢。

 その経緯は思い返せる。
 孤児院で、大切な家族に囲まれて、大好きな皆と過ごす喜びで一日を満たして眠る生活。
 大好きな皆だけれど。‥‥いずれも血塗られた記憶で上書きされてしまっていた。
 目覚めは地獄の開演だった。

「今から殺し合いをして、生き残った1人だけ助けてやる」

 床に落ちる武器の数々。
 事態にはついていけない、臆病な自分には刺激が強すぎて、息を呑むまま、声一つ上げられなかった。
「どうしてそんな!」
 姉の上げた声に対して、何か思う暇もなく姉は血を吹き出して絶命した。
 撃ち殺された、この目で見た。
 体が震えて歯が音を立てる、幼い心はただ恐怖に縮み上がる。
 後はパニックが伝染るままだ、兄の一人が剣を掴み、今にも泣きそうな顔でそれを私に向けて。

「――――!」

 かぶりを振りながら後ろに下がって逃げる、足がもたつき、掠った刃が服を切り裂く。
 手が伸びて、やだ、とすら言えなくて。
 ――ねぇ、なんで。
 愛しているなら傷つける筈がないのに、そんな至極当たり前の事は頭から吹き飛んでいた。
 逃げようと動く身体、呼吸に圧迫される肺の苦しさ。
 かきむしられる。刃が神経をえぐって、溢れるのは血か涙かわかったものじゃない。
 『理由』はあまりにも身勝手で、違うと否定する気持ちだけが募って、だから。
「‥‥‥‥!」
 手が刀の柄を掴む、不思議と馴染むそれは心に安心と悦びを与えた。
 ――ああ、そうだ。私はこんなにも皆が大好きなんだから、コレが私の手になじまない理由はない。
 零れ落ちる痛みが胸にまで届く、涙が溢れるのは嬉しいから。
 振り下ろす腕の先に赤が舞う、「愛している」と告げた兄さんが求めてたものなら私があげる。
 愛していると、刃を振るわれるのなら。命に触れ握りつぶすことが愛情なら。
 私は兄さんよりも姉さんよりもずっとずっとずっと―――。

『ラグナと言うガキと同じく素質がありそうだ』
 誰が言ったのかなんて覚えていない、私にとって意味があるのは――。

 風が取り巻き、景色が一変した。

 荒廃の後、焼け残った家屋。違う、私が探してるのはそれじゃない。
「‥‥‥‥?」
 いない、「兄さん」は、いない。
 ひたすらに地の果てが続いて、空虚だけが募って、じわじわと喪失が押し寄せて――。
 ピシと、またヒビが走った。
 なんで愛してくれないのだろう、どうして見つからないのだろう、私は――此処にいるよ?

●風化
 満ちる日差しの中、戦闘を告げるプロペラの音がする。
 ――幻聴だ、夢の中で、現在と過去が混ざり合ってこその。

 正直、過去を思い出しても余りいいことはない。
 それは私という――ファタ・モルガナ(gc0598)という一個人を構成する要素ではあるけれど、口の端に上げるほど大したものではなかったからだ。
 ――そう、大したものではない、誇りになど届く筈もない。
 回想は苛立ちに似て、届きようのない過去に悔恨を募らせる。

 大切にしてもらったのだと、言う事が出来た。
 清潔なシーツ、少し冷たく感じる窓からの風。孕む埃っぽさは偽りの平穏を象徴してるようで、心地良く感じるけど、いつも私の心を曇らせる。
 体を横にすれば、少し焦燥が募った。
 膨れ上がる衝動に、無意味だと蓋をして閉じ込める。
 眠りに慣れた体は錆びついたかのように鈍い。一方、肺は呼吸するだけで痛みを訴え、少しこじれればすぐに傷ついて血を吐き出す。
 喘ぎながら、自由にならない体を思う。思うままにならないのは体か意志か。人形に甘んじてる自分にはふさわしいのかもしれないと、自嘲すら浮かぶ。
 こんな体、すぐに尽きる。すぐに尽きるから、自分の出来る事なんて何もない。
 言い訳のような諦観は、苦しみを思考に縛り付けた。
 閉じこもるように眠りを続け、ある日、安穩の世界は火に沈んだ。

 安穩が続くなど、夢想していた訳ではない。
 踏み出す一歩は不安を孕んでいたけれど、変革への期待は強く、柄にもなく外界への楽しみに心踊らせた。
「――っ! っ!!」
 ふと影が差す、肺の酸素が枯れ、痙攣する内臓が咳を搾り出す。
 お人形な私はもういないと、そう思えるのに。
 ――死の一瞬なら、私は人間らしくなれるだろうか。
 まだ退廃を忘れきれない自分がいる。

 そうだ、何が変わったというのだろう、何が出来るというのだろう。
 少し、力がついただけだ。死が先延ばしになっただけ。知覚した瞬間、深淵へ落ちる。息を呑めば、真空が肺を塞いだ。
「――っっ!!」
 溺れるような感覚、落ちていく。もがき、手を伸ばし、沈む感触に抗いながら、痛みで肺を切り刻み続ける。

「――ッ! ガッ! ゲホッ! ッ‥‥ガハッ!」

 喘ぐように酸素を求め、血を吐き出しながら、残る力で跳ね起きた。
 薬を求め、喉奥に押しこんで。息を止め、確実に飲み込んだ事を確認する。

「ぅっつ‥‥‥かっ‥‥‥はっ‥‥‥はぁ‥‥‥ふぅ‥‥」

 脆くて、弱い。夢に見た過去も、喘ぐ今も何も変わらなくて。
 ――ああ。
 現実は悪夢そのものだと、自嘲が満ちた。

●祈り
 平原と‥‥サバンナ。
 最初に知覚されるのは遮る建物のない広い空。痛みを覚えるほどに何もなくて、風がそよぐだけの静穏に飲み込まれれば、詰まる重さが圧し掛かる。
 何度も繰り返した追憶、あれほど思い続けていたのに、現実の感触を帯びれば、途端に畏怖が募る。

 ――アフリカは故郷であり、ムーグ・リード(gc0402)にとって今も弱さを残す場所だった。
 長い間、迷いと悔恨と共に過ごしてきた。揺れる心はどっちつかずで、切り捨てる事も出来なければ、向きあう事にすら躊躇を覚えている。
 ‥‥それが、弱さだ。
 ちっぽけな意識が軋む。しまいこんだ惨劇を思い返すだけで、二度目の痛みが記憶に満ちた。

 10年前、逃げ惑う内に、住み慣れた故郷から離れていた。
 心残りが多くあり、気がかりなんて言い尽くせないほどにあったが、焼ける炎に追われ、命の危機の前では何一つ形になる事はなかった。
 何が出来ただろう、手一つ伸ばす事も許されず、幼子が漏らす声にも目を背けるしかない。
 声は目印となって死を招き寄せる、戦場の理は触れるものに苛烈で、賢明さは戦場の向こうへと自分を押しとどめる。

 ‥‥一つの村へ渡り、また一つの村へと旅立った。
 踏み入る先はいずれも死に満ちていて。同じ大地に立っていた命が、潰えるのをひたすら見続けるだけだった。

 歩みを止める事はなかった、目を向ける事もなかった。
 見れば心が折れてしまいそうで、煙に巻かれて燻る同胞も、伸ばされたまま固まった手も、その時はただの光景だと押し殺した。
 ――見届けなかったからこそ、受け止める事も出来ない。もどかしさだけが根付いて、悪夢の時だけ、その痛みを蘇らせる。
 焼ける炎は死の気配を孕む。
 ‥‥私はこの地獄から、生き延びたかった。


 泣き明かしたような感触は初めてではない。生きる意志など、何度挫けかけた事だろう。
 幼子の声を思い返せば、今も無力感が心を締め付ける。何度も繰り返し、その度に生きる意志を持って立ち上がっていた。
 地獄の夜は、続いていた。今更、死ぬわけにはいかないと思い続け。
 ――多くの英霊の助けを得て、大地に踏み入る事が出来るようになって。
 アフリカのために生きて戦うのだと、誓った。

 空は、常に大地より近かった。
 高い目線は大地の果てを仰ぐ事が出来て、この身は常に世界の広さを感じていた。
 見果てぬ先に、望むべきものがある。光は向いてるのだろうけど――それは光だけかと、冷たく問う声があった。

●崩壊
 密集したビルの群れ、崩れた瓦礫を見る度に今もどきっとする――。
 その瞬間は、悪夢として浮き上がる。

 警報はかしましく、百地・悠季(ga8270)の聴覚に突き刺さる。
 声を届けようとする怒号が時折響いて、とてもじゃないが落ち着く状況には程遠い。
 僅かな不安を抱え、周囲の空気に押し流されながらも。落ち着けば大丈夫だ、って自分に言い聞かせていた。
 空を仰げば横切る機影が見えた、上空では正真正銘の戦闘が行われてて、聞きなれない空戦の滑空音は、無骨な機影と共に身を竦ませる。

 ――好きになれなかったと、確信して言える。
 人なんてあっさり潰せる鉄の塊。使う者が誤れば、何よりも身近な脅威となる。

 避難の手順は、何度も言い聞かされていた。
 両親共に軍人で、今回も、二人はいち早く出て行ったために悠季一人しかいない。
 ――早く行かないと――。
 募る焦りを内心で抑え、戸締りを確認して。愛犬を伴って駆け出した。

 誘導の行列はすぐに見つかって、人がいる事に多少でも安心する。
 日差しを遮る機影を目にして、落ち着かない気分になったけれど、これは夢だから、思考が届かぬまま行列に続いた。
 口数は少なく、誰も上を向かない。轟音がする度に緊張が貯まり、ざわつきは次第に満ちていく。
「避難所だ!」
 上がった声は、呆然とする間を挟み、すぐに興奮へと代わるのを感じ取れた。
 不安が溢れ出し、煽られた群衆が我先にと殺到する。
「あっ‥‥」
 反応が遅れたばかりに、悠季は人に押されながらも取り残された。何か思う間もなく、瓦礫の動く音がすぐ頭上で聞こえて――。

「ワン!」

 その一声が、酷く重かった。
 余りにも唐突すぎて、留める間もなく一瞬の出来事だった。
 落ちた瓦礫に掠り、手指と膝が熱を持つ、それ以上に腹を押してきた何かが不可解で、のしかかる重さに手を添えれば、ぬめりと液体の感触がした。
「あ‥‥」
 恐怖が膨れ上がる、戦闘よりも侵略者よりも、すぐ前に突きつけられた欠落が怖かった。
 やだ、と思いが満ちた。どうしようなんて考える余裕がなかった。
 一刻ごとに冷たくなっていく亡骸が余裕を奪い、過剰すぎる感情は声を枯れさせた。

 黒い機影が日差しを遮る、つんざく轟音がすぐ近くで起こる。
 銃撃を浴び、火を上げる避難所がすぐ目の前にあって――。
 砲火の元から、不恰好なロボットが姿を表した。

 味方の、筈なのに。
 血に濡れた指も、抱える重さも、生活が壊れた瞬間は全ての疑念を加速させた。
 なんで――
 ――コロシタノ?

 墜落。

●悪夢
 忘れきれない幻影の残滓、繰り返される叫びは狂気となって意識を蝕んでいく。
 それは、とても自然に根づいていた。
 飯島 修司(ga7951)という殻を表向き壊す事なく、社会性を持ったまま、憎悪を孕み続けている。
 触れれば躊躇など消え失せた、言葉を絶えず繰り返しながら、それは時折声を強める。

「戦え! 壊せ! 砕け!」
 歯を剥いて叫ぶ彼女は、機槍がファームライドを貫く感触と共に、哄笑して消失した。
 今度こそ、命尽きると覚悟したのに。妄執が、足掻くように手を伸ばす。
 まだ足りない、まだ尽きたくない。
 覚悟の感触が消えて、どっとした熱が後から沸き上がってきた。
 トップスピードまで上げた肉体は余韻を残す、生き延びたばかりだというのに、早くも次を欲している。

 ――それは欠落の感触。
 穴があるから、何時までも満たされない。

 愛していると、告げた。
 生涯を共にして欲しいと腹を決めて、それを言葉にするのにえらく気力を費やしていた。
 それは不吉なコール、軍から呼び出されて、彼女は俺に背を向ける。

「撃て! 潰せ! 殺せ!」

 フランス訛りの、流暢な英語はちょっとしたトラウマになった。
 紳士的な物腰、彼は自分の身分を名乗り、「先日の出撃で娘は死んだ」と告げてきた。

 喪失は、余りにも平淡としていた。
 世界は相変わらず回り続け、ただ、そこから彼女の存在が消失して。明日になっても戻ってくる事はないまま――世界は催促するかのように、進み続けていた。

 手に銃の感触がある。
 泥と埃にまみれた人間が目の前にいた。
 躊躇する事はなかった、喪失はこの上ない程に抱えていた。
 引き金を重く感じる事はない、撃ち殺した人間の屍を、特になんの感慨もなく踏み越えた。

 ――先に地獄で待っているぞ。
 嘲りの記憶がよぎる、ああ、このまま喪失が膨らみ続ければいずれ深淵に落ちるだろう。
 構う事はない、それは「飯島 修司」を名乗った時から決めていた道だ。
 喪失は妄執と混ざり合い、狂気になる。それは、小早川 秀次という男が喪ったものの残滓、というべきだろうか――。