●リプレイ本文
――記憶の回想は、ひたすらに空虚を生んだ。
どうしてだなんて言うには遠ざかりすぎていて、後悔は白々しく、口に出来るはずもない。
それ程に失くしてきた、それ程に手放してきた。
でも――本当に、大切に思っていたのだ。
●無我
‥‥焦点を結ぶ前の悪夢は、感情だけが先走る。
それは光満ちる光景、悪夢になる前の、ラグナ=カルネージ(
gb6706)の夢。
くだらない言葉を交わして、背中に抱きつかれて振り向き、泣いてるあいつと目を合わせる。
とても大切に思うのに、触れる手触りには喪失しかなかった。
満ちるのは一色の赤、煙の中、焼けつく喉が痛みを訴える。
何があったのかと、思い出す言葉はなかなか定まらない。焼ける世界の中、親だと慕っていたオッサンやオバサンが誰かを抱きながら「転がって」いて――。
落ちる。
変わる視界は知らない広場、悲しみを薄く混ぜた冷えた世界の中、戸惑う家族たちと共にいた。
「今から殺し合いをして、生き残った1人だけ助けてやる」
意味がわからなかった。
声を上げる隣の奴、納得を覚える冷静な理性と、駄目だと先走る予感らしき感情。
銃器が冷たい音を立てる、息を呑む瞬間、隣の奴が撃ち殺される。
潰れる肢体は恐怖を呼び、予感の実現は不安を呼んだ、
次は自分かもしれないと、予感が叫ぶ。恐怖に後押しされ、死にたくない一心で剣を握って――。
‥‥それからの時間は、ひたすらに淡白だった。
心は時間を止めて、何度も戦っていた事実だけが数式のように思い返される。
殺した相手がどんな顔をしていたかなんて、知らない。
戦いなんて上等なものですらなく、『虐殺』或いは『殲滅』だ。
肉を断つ感触は、酷く現実感がなかった。
音のない映像のようだ。セピア色のそれが、ある瞬間に色づき始めて――。
「やめて! この子だけは!」
飛び込んできた音声に意識が覚醒する。
今にも泣きそうな顔で、呆然と俺を見上げる子供。
震えるまま、自らの身体を盾とするべく、きつく子供を抱きしめる女。
記憶が重なる、景色が揺らぎ、姿がすり変わり、どうして身近に感じたかって、そりゃあ――。
足元の崩れる感触は、二度目だった。
逆流する時間に息が詰まる、『何故』と、行き場のない感情が迷いを抱えて膨れ上がる。
だから逃げ出し、追われ。
――兄さん。
墜落した。
●反転
むせ返るような血の匂い。
血が零れ出す瞬間から始まる、刻環 久遠(
gb4307)の悪夢。
その経緯は思い返せる。
孤児院で、大切な家族に囲まれて、大好きな皆と過ごす喜びで一日を満たして眠る生活。
大好きな皆だけれど。‥‥いずれも血塗られた記憶で上書きされてしまっていた。
目覚めは地獄の開演だった。
「今から殺し合いをして、生き残った1人だけ助けてやる」
床に落ちる武器の数々。
事態にはついていけない、臆病な自分には刺激が強すぎて、息を呑むまま、声一つ上げられなかった。
「どうしてそんな!」
姉の上げた声に対して、何か思う暇もなく姉は血を吹き出して絶命した。
撃ち殺された、この目で見た。
体が震えて歯が音を立てる、幼い心はただ恐怖に縮み上がる。
後はパニックが伝染るままだ、兄の一人が剣を掴み、今にも泣きそうな顔でそれを私に向けて。
「――――!」
かぶりを振りながら後ろに下がって逃げる、足がもたつき、掠った刃が服を切り裂く。
手が伸びて、やだ、とすら言えなくて。
――ねぇ、なんで。
愛しているなら傷つける筈がないのに、そんな至極当たり前の事は頭から吹き飛んでいた。
逃げようと動く身体、呼吸に圧迫される肺の苦しさ。
かきむしられる。刃が神経をえぐって、溢れるのは血か涙かわかったものじゃない。
『理由』はあまりにも身勝手で、違うと否定する気持ちだけが募って、だから。
「‥‥‥‥!」
手が刀の柄を掴む、不思議と馴染むそれは心に安心と悦びを与えた。
――ああ、そうだ。私はこんなにも皆が大好きなんだから、コレが私の手になじまない理由はない。
零れ落ちる痛みが胸にまで届く、涙が溢れるのは嬉しいから。
振り下ろす腕の先に赤が舞う、「愛している」と告げた兄さんが求めてたものなら私があげる。
愛していると、刃を振るわれるのなら。命に触れ握りつぶすことが愛情なら。
私は兄さんよりも姉さんよりもずっとずっとずっと―――。
『ラグナと言うガキと同じく素質がありそうだ』
誰が言ったのかなんて覚えていない、私にとって意味があるのは――。
風が取り巻き、景色が一変した。
荒廃の後、焼け残った家屋。違う、私が探してるのはそれじゃない。
「‥‥‥‥?」
いない、「兄さん」は、いない。
ひたすらに地の果てが続いて、空虚だけが募って、じわじわと喪失が押し寄せて――。
ピシと、またヒビが走った。
なんで愛してくれないのだろう、どうして見つからないのだろう、私は――此処にいるよ?
●風化
満ちる日差しの中、戦闘を告げるプロペラの音がする。
――幻聴だ、夢の中で、現在と過去が混ざり合ってこその。
正直、過去を思い出しても余りいいことはない。
それは私という――ファタ・モルガナ(
gc0598)という一個人を構成する要素ではあるけれど、口の端に上げるほど大したものではなかったからだ。
――そう、大したものではない、誇りになど届く筈もない。
回想は苛立ちに似て、届きようのない過去に悔恨を募らせる。
大切にしてもらったのだと、言う事が出来た。
清潔なシーツ、少し冷たく感じる窓からの風。孕む埃っぽさは偽りの平穏を象徴してるようで、心地良く感じるけど、いつも私の心を曇らせる。
体を横にすれば、少し焦燥が募った。
膨れ上がる衝動に、無意味だと蓋をして閉じ込める。
眠りに慣れた体は錆びついたかのように鈍い。一方、肺は呼吸するだけで痛みを訴え、少しこじれればすぐに傷ついて血を吐き出す。
喘ぎながら、自由にならない体を思う。思うままにならないのは体か意志か。人形に甘んじてる自分にはふさわしいのかもしれないと、自嘲すら浮かぶ。
こんな体、すぐに尽きる。すぐに尽きるから、自分の出来る事なんて何もない。
言い訳のような諦観は、苦しみを思考に縛り付けた。
閉じこもるように眠りを続け、ある日、安穩の世界は火に沈んだ。
安穩が続くなど、夢想していた訳ではない。
踏み出す一歩は不安を孕んでいたけれど、変革への期待は強く、柄にもなく外界への楽しみに心踊らせた。
「――っ! っ!!」
ふと影が差す、肺の酸素が枯れ、痙攣する内臓が咳を搾り出す。
お人形な私はもういないと、そう思えるのに。
――死の一瞬なら、私は人間らしくなれるだろうか。
まだ退廃を忘れきれない自分がいる。
そうだ、何が変わったというのだろう、何が出来るというのだろう。
少し、力がついただけだ。死が先延ばしになっただけ。知覚した瞬間、深淵へ落ちる。息を呑めば、真空が肺を塞いだ。
「――っっ!!」
溺れるような感覚、落ちていく。もがき、手を伸ばし、沈む感触に抗いながら、痛みで肺を切り刻み続ける。
「――ッ! ガッ! ゲホッ! ッ‥‥ガハッ!」
喘ぐように酸素を求め、血を吐き出しながら、残る力で跳ね起きた。
薬を求め、喉奥に押しこんで。息を止め、確実に飲み込んだ事を確認する。
「ぅっつ‥‥‥かっ‥‥‥はっ‥‥‥はぁ‥‥‥ふぅ‥‥」
脆くて、弱い。夢に見た過去も、喘ぐ今も何も変わらなくて。
――ああ。
現実は悪夢そのものだと、自嘲が満ちた。
●祈り
平原と‥‥サバンナ。
最初に知覚されるのは遮る建物のない広い空。痛みを覚えるほどに何もなくて、風がそよぐだけの静穏に飲み込まれれば、詰まる重さが圧し掛かる。
何度も繰り返した追憶、あれほど思い続けていたのに、現実の感触を帯びれば、途端に畏怖が募る。
――アフリカは故郷であり、ムーグ・リード(
gc0402)にとって今も弱さを残す場所だった。
長い間、迷いと悔恨と共に過ごしてきた。揺れる心はどっちつかずで、切り捨てる事も出来なければ、向きあう事にすら躊躇を覚えている。
‥‥それが、弱さだ。
ちっぽけな意識が軋む。しまいこんだ惨劇を思い返すだけで、二度目の痛みが記憶に満ちた。
10年前、逃げ惑う内に、住み慣れた故郷から離れていた。
心残りが多くあり、気がかりなんて言い尽くせないほどにあったが、焼ける炎に追われ、命の危機の前では何一つ形になる事はなかった。
何が出来ただろう、手一つ伸ばす事も許されず、幼子が漏らす声にも目を背けるしかない。
声は目印となって死を招き寄せる、戦場の理は触れるものに苛烈で、賢明さは戦場の向こうへと自分を押しとどめる。
‥‥一つの村へ渡り、また一つの村へと旅立った。
踏み入る先はいずれも死に満ちていて。同じ大地に立っていた命が、潰えるのをひたすら見続けるだけだった。
歩みを止める事はなかった、目を向ける事もなかった。
見れば心が折れてしまいそうで、煙に巻かれて燻る同胞も、伸ばされたまま固まった手も、その時はただの光景だと押し殺した。
――見届けなかったからこそ、受け止める事も出来ない。もどかしさだけが根付いて、悪夢の時だけ、その痛みを蘇らせる。
焼ける炎は死の気配を孕む。
‥‥私はこの地獄から、生き延びたかった。
泣き明かしたような感触は初めてではない。生きる意志など、何度挫けかけた事だろう。
幼子の声を思い返せば、今も無力感が心を締め付ける。何度も繰り返し、その度に生きる意志を持って立ち上がっていた。
地獄の夜は、続いていた。今更、死ぬわけにはいかないと思い続け。
――多くの英霊の助けを得て、大地に踏み入る事が出来るようになって。
アフリカのために生きて戦うのだと、誓った。
空は、常に大地より近かった。
高い目線は大地の果てを仰ぐ事が出来て、この身は常に世界の広さを感じていた。
見果てぬ先に、望むべきものがある。光は向いてるのだろうけど――それは光だけかと、冷たく問う声があった。
●崩壊
密集したビルの群れ、崩れた瓦礫を見る度に今もどきっとする――。
その瞬間は、悪夢として浮き上がる。
警報はかしましく、百地・悠季(
ga8270)の聴覚に突き刺さる。
声を届けようとする怒号が時折響いて、とてもじゃないが落ち着く状況には程遠い。
僅かな不安を抱え、周囲の空気に押し流されながらも。落ち着けば大丈夫だ、って自分に言い聞かせていた。
空を仰げば横切る機影が見えた、上空では正真正銘の戦闘が行われてて、聞きなれない空戦の滑空音は、無骨な機影と共に身を竦ませる。
――好きになれなかったと、確信して言える。
人なんてあっさり潰せる鉄の塊。使う者が誤れば、何よりも身近な脅威となる。
避難の手順は、何度も言い聞かされていた。
両親共に軍人で、今回も、二人はいち早く出て行ったために悠季一人しかいない。
――早く行かないと――。
募る焦りを内心で抑え、戸締りを確認して。愛犬を伴って駆け出した。
誘導の行列はすぐに見つかって、人がいる事に多少でも安心する。
日差しを遮る機影を目にして、落ち着かない気分になったけれど、これは夢だから、思考が届かぬまま行列に続いた。
口数は少なく、誰も上を向かない。轟音がする度に緊張が貯まり、ざわつきは次第に満ちていく。
「避難所だ!」
上がった声は、呆然とする間を挟み、すぐに興奮へと代わるのを感じ取れた。
不安が溢れ出し、煽られた群衆が我先にと殺到する。
「あっ‥‥」
反応が遅れたばかりに、悠季は人に押されながらも取り残された。何か思う間もなく、瓦礫の動く音がすぐ頭上で聞こえて――。
「ワン!」
その一声が、酷く重かった。
余りにも唐突すぎて、留める間もなく一瞬の出来事だった。
落ちた瓦礫に掠り、手指と膝が熱を持つ、それ以上に腹を押してきた何かが不可解で、のしかかる重さに手を添えれば、ぬめりと液体の感触がした。
「あ‥‥」
恐怖が膨れ上がる、戦闘よりも侵略者よりも、すぐ前に突きつけられた欠落が怖かった。
やだ、と思いが満ちた。どうしようなんて考える余裕がなかった。
一刻ごとに冷たくなっていく亡骸が余裕を奪い、過剰すぎる感情は声を枯れさせた。
黒い機影が日差しを遮る、つんざく轟音がすぐ近くで起こる。
銃撃を浴び、火を上げる避難所がすぐ目の前にあって――。
砲火の元から、不恰好なロボットが姿を表した。
味方の、筈なのに。
血に濡れた指も、抱える重さも、生活が壊れた瞬間は全ての疑念を加速させた。
なんで――
――コロシタノ?
墜落。
●悪夢
忘れきれない幻影の残滓、繰り返される叫びは狂気となって意識を蝕んでいく。
それは、とても自然に根づいていた。
飯島 修司(
ga7951)という殻を表向き壊す事なく、社会性を持ったまま、憎悪を孕み続けている。
触れれば躊躇など消え失せた、言葉を絶えず繰り返しながら、それは時折声を強める。
「戦え! 壊せ! 砕け!」
歯を剥いて叫ぶ彼女は、機槍がファームライドを貫く感触と共に、哄笑して消失した。
今度こそ、命尽きると覚悟したのに。妄執が、足掻くように手を伸ばす。
まだ足りない、まだ尽きたくない。
覚悟の感触が消えて、どっとした熱が後から沸き上がってきた。
トップスピードまで上げた肉体は余韻を残す、生き延びたばかりだというのに、早くも次を欲している。
――それは欠落の感触。
穴があるから、何時までも満たされない。
愛していると、告げた。
生涯を共にして欲しいと腹を決めて、それを言葉にするのにえらく気力を費やしていた。
それは不吉なコール、軍から呼び出されて、彼女は俺に背を向ける。
「撃て! 潰せ! 殺せ!」
フランス訛りの、流暢な英語はちょっとしたトラウマになった。
紳士的な物腰、彼は自分の身分を名乗り、「先日の出撃で娘は死んだ」と告げてきた。
喪失は、余りにも平淡としていた。
世界は相変わらず回り続け、ただ、そこから彼女の存在が消失して。明日になっても戻ってくる事はないまま――世界は催促するかのように、進み続けていた。
手に銃の感触がある。
泥と埃にまみれた人間が目の前にいた。
躊躇する事はなかった、喪失はこの上ない程に抱えていた。
引き金を重く感じる事はない、撃ち殺した人間の屍を、特になんの感慨もなく踏み越えた。
――先に地獄で待っているぞ。
嘲りの記憶がよぎる、ああ、このまま喪失が膨らみ続ければいずれ深淵に落ちるだろう。
構う事はない、それは「飯島 修司」を名乗った時から決めていた道だ。
喪失は妄執と混ざり合い、狂気になる。それは、小早川 秀次という男が喪ったものの残滓、というべきだろうか――。