タイトル:【RE】Re−matchマスター:音無奏

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/02/06 21:43

●オープニング本文


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 灰色の少女が、目の前に立っていた。
 背中までの髪は艶がなく、くすんだそれは顔の両側だけ邪魔にならないように止められている。
 伸ばされた腕も白くはあったが瑞々しさが欠けていて、枯れ木のような、幽霊に似た印象を見る人間に与えていた。

 兵士は、満足に上げられない視線で少女を見上げている。
 横には、損壊した自分の機体があった。

 能力者の適性は千人に一人。人口が戦争によって落ち込んだ今では稀少な数であり、その事実はある程度の格差を人間たちの意識に与えていた。
 嫉妬、羨望、恐れ、信頼。
 適性のない人間たちの感情は様々であり、逆にそれを得た人間も絶望か希望か、個々に違う感情を抱いている。
 この兵士の場合は、義務感。
 力を得たのなら、人間を守らなければならないという、そんな義務感だった。

 砂地を蹴り、続いて踏みしめる音がする。
 高所から飛び降りてきたのだと兵士はあたりをつけ、低く押さえられた視界が自分に向かってくる靴の動きを聴覚と共に捕らえる。
 照りつける光が人影によって遮られていた。幼さを残す、中性的な顔が自分を見下ろしている。

「機体は治りましたよ、このまま飛んでラストホープに帰る事も可能かと。
 反撃されたらめんどくさいんで、一度気絶させてから島流しにしますけどね」

 告げられる言葉は徐々に楽しみを帯びてくる、間違っても友好的ではない兵士の視線に、ユズは笑みを深め。

「悔しさ? 憎悪? どちらでもいいです、貴方が僕の目に叶ったことは確かだ」

 整備士の口ぶりは当人の意志をまるで気にしていない。
 完全にバグア側へ寝返った今、回数こそ減ったものの、気まぐれに破損した機体を拾っては修復する――そこは賞金首リストに載った当初から敵味方関係なく、ずっと変わらぬままだ。
 兵士の正義感が彼/彼女を引き寄せたのかと言われればそうじゃない気がする、どっちにしろありがた迷惑な話で、当惑こそ混ざるものの、見上げる視線は険悪なものにならざるを得ない。
 そもそも、自分が撃墜した原因はこの整備士にある、戦術で遅れをとったと言えばただの自業自得だが。

 整備士は、腰を下ろして目線を低くしていた。ひんやりとした指が兵士の顎を捉え。
「抵抗する意志を見ると叩き伏せたくなる」
 抑えつけられる一方で顔を持ち上げられ、兵士が表情に苦しさを見せる。
 笑みには優しい色があって、それでも見下ろされるのは嗜虐のそれだ。
 指が離され、兵士が地に伏せる、整備士は再び立ち上がり、兵士を見下ろしたまま。

「貴方は運が良かったんだ」

 それが、整備士に告げられた最後の言葉だった。

 ::

「‥‥と、まぁ、これが前々回空戦中に撃墜、のちに生還した兵士の話だ。
 流石に被害なしで戦争を切り抜ける事は出来ない、今回は兵士だったが、これは傭兵たちの誰かだったかもしれないな」
「‥‥屈辱が増えなくてなによりですね」
 説明を終え、身も蓋もなく返されるリエルの言葉にクラウディアが苦笑を見せる。
 肯定も否定もせずに言葉を流し。

「残念だが、敵の動きについては、積荷を自爆させられたため情報は得られていない。
 ただ、メッシーナの北側に戦力を配備することが出来たから、後に侵攻する事は出来る」
 空港のあるカターニアにはまだ距離がある、それでもメッシーナを落とせれば補給の意味で戦闘が大分楽になるのだ。
 対岸には、UPCの本陣を置いても全ての主力を置いている訳ではない、傭兵たちも知る通り、戦力の一部はリパリに置かれていた。
「保険だ、本陣が近すぎると整備士に奇襲されるかもしれないからな。
 リパリは海に守られてるから都合がよかった」
 わざわざ迂回する道を選んだのはひたすらその一点に尽きる。
 後は整備士がどう出るかのみだが、クラウディアは考え込むように少し目を閉じ。

「道路の封鎖、増援の阻止は私たちのアドバンテージだ。
 ただ、戦力が少ないのと、質に劣るのが私たちの弱点でもある、更に準備時間が足りず、地の利は向こうにある」

 少し表情を厳しくして。

「前回の被害だが、時間が足りなくて修復がかなり応急処置気味になっている。
 形だけは保っているが、どんな状況でも確実に動ける、とまでは保証できない。
 出るなら、自ら不利な状況に陥らないように気をつける事だな。‥‥その方法を確立出来ないことには話にならんが」

 クラウディアは言葉を続け。

「整備士のAIは『同期型』と呼ばれる、指揮機を持たない特殊な構造だ。
 一角を崩しても確実な崩壊には繋がらない、全滅するまで戦い続ける狂った兵器だな。市街戦だが、分散行動は推奨しない、向こうの練度が高すぎるため、多数で叩いた方が確実だからだ」

 推奨は四人だ、とクラウディアによって付け加えられる。
 重点は市街戦による支援・機動力の低下をどう克服するかによるだろう。
 逆に、整備士にとってはそこを上手く妨害出来れば有利になれると言った所か。

「消耗には気をつけろ、これは絶対的だ。
 機体には向き不向きがあるんだから、無理をせず、任せられるところは任せたほうがいい」

 ::

「‥‥で、どうするの? 床から突きあげてくるトラップでもつける?」
「絵面的にシュールですし、横から殴り壊されたら終わりですからねぇ‥‥」
 退屈そうに問う少女に対し、ユズは苦笑して見せる。

「進軍に対しては飛び武器が有効的です、でもそれじゃあまだ足りない」
 思索にふける時だけ、ユズは悦楽を引っ込める。
「セッティングが複数必要なのは当然として‥‥」
 少し真剣な横顔は、いつもこうだったらなぁと少女に思わせる。でもそれはそれで物足りない気がして、首をかしげている間にユズは設定の変更を終えていた。

「もうすぐ戦いね」
「戦場の方は万全ですよ、装備については余程でない限り僕の仕事じゃありませんし」
 視線を向ける整備場では、見慣れない姿のワームがある。
 無理やり形容するなら、蜘蛛に砲台をくっつけたような姿だ、近未来の映画に出てきそうなフォルムは、不気味の一言に尽きていた。
 少女の視線に気づいたのか、ユズはまたもや苦笑を見せ。
「あれ、細かいカスタマイズが可能ですから一応気に入ってるんですよ?」
 それで見方を改めてくれるとも思ってないのか、それ以上は言葉を重ねない。
「前回壊された‥‥壊した砲台の代わりです、両方あれば最強だったんですけどね」
 弱音とは違う、ユズの戦意は衰えていない。

「これを終えたら、休戦期に入るでしょうね。その間に、もう一つの件を片付けてしまいましょう」

 ::

「そういえば、もう一つ問題があったな‥‥整備士宛に、脅迫状だ」

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
榊 兵衛(ga0388
31歳・♂・PN
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
瑞浪 時雨(ga5130
21歳・♀・HD
フォル=アヴィン(ga6258
31歳・♂・AA
ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751
19歳・♂・ER
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD
秋月 愁矢(gc1971
20歳・♂・GD

●リプレイ本文

 記憶がそれを覚えている。
 風をかき消すエンジンの轟音、走輪が道を削り、重量を滑らせる大地の軋み。
 想起は懐舊を呼び起こし、すぐ傍にある世界は、渇望を植えつける。外に通じる扉へ手を伸ばしかけて。

 寸前というところで、手を止めた。

「‥‥‥‥」

 ::

 行動は、配置を終え、予定時刻を切った瞬間に開始された。
 視界を挟むのは、半ば瓦礫と化しかけている街並み。
 元の様子が確認出来るのは、目の前にある街道くらいで、それも時々障害物が放置されたままになっている。
 先行部隊の報告と共に、UPC本隊の進軍が開始される。さほど時間を割いていないのは、相手の準備時間を少しでも削るためだろう。

『ブリーフィングでも少しは触れたが』
 情報が少ない奴に向けての解説だ、と中尉は前置きして。
『イタリア周辺三島は本土奪還の間に、バグアによってほぼ占領された。
 そしてイタリア半島南部は乙女座と整備士によって蹂躙、乙女座こそ討伐されたものの、整備士は健在。
 今シチリアの軍事は奴が握っている。
 我々が担当しているのはシチリアの奪還、今回はメッシーナの争奪戦だ』
 そこまでこぎつけるために行ったのが、前二度の戦いだ。

 敵《人工AI》が戦闘に指揮官を必要としていない以上、今回の地域争奪戦もまた、殲滅一択の戦いだった。
 多数対多数、フィールドも大きく、軍との共同作戦のため通常の依頼とは勝手が違う。
 街並みは人気がなく、見た目の現実感が薄い。横切る戦車が質の悪いジョークのようで、生活空間を悪趣味に演出している。

 沈黙には半分ほどの硬さがあった。
 ここまで来られたのだと安堵がある反面、ここでしくじるのは不本意だとする緊張がある。

『周辺の状況はどうだ?』
『少し待ってくれ‥‥』
 ジャック・ジェリア(gc0672)が呼びかけ、秋月 愁矢(gc1971)が言葉を途中で途切れさせる。
 仲間がポジションを固めるのを横目に、念のため再探知を走らせて。
『とりあえず、この近くにはいないようだ』
『わかった、引き続き頼む』

 傭兵たち十人が分けたのは二班、各班の中で、五つの機体が十字式に前後左右を警戒する。
 榊 兵衛(ga0388)が動き始めるのとほぼ同時に、ジャックもまた前方を行く。敵影こそ見えないものの、交戦地域に入っている事は肌で感じ取れた。
 幾度か方向転換を挟んだ先、タートルワーム数機が姿を見せる。
 敵は既に射撃態勢へ入っていた、光が溜めを見せ、飽和した瞬間に放たれる。
 光条が通路をぶち抜いた。
 収まりかけた所を、また一発。光の弾幕が通路を満たし、防御態勢を取りかけたジャックの機体を灼く。
 盾を構える程度の警戒はしていた、直撃ではない。
 盾を遮蔽に、じりじりと機体を後退させ、地図を思い返しながら突破ルートを思索する。
『直進は‥‥まぁ、ありえないな』
 選択肢を取捨した後は早かった、裏道を行くのだ。

『‥‥‥‥』
 少し思考した後、瑞浪 時雨(ga5130)は班の後ろに追従した。
 ルートを分ければ挟撃も可能だ、そんな事は解っている。或いはもっと迅速に敵を撃破出来るかもしれない、そんな甘い誘惑に時雨は内心首を横に振った。
 じれったさはある、射線さえ通ればどんなに楽な事か。
 だが、それを選択したら敵の回り込みで状況が悪くなるだろう。考えに確信を持ち、浮き立つ思考を抑えつける。
 班の配置は時雨が後方、中央に愁矢がいて、左右をフォル=アヴィン(ga6258)とUNKNOWN(ga4276)が挟み、前方をジャックが担っている。
 探知を担う愁矢は、やや落ち着きがない。伝えられる情報を見て、もしやと時雨は考え。
『‥‥愁矢。肩、力入りすぎている』
『そ、そうか? 悪い』
 責める気はないのだと時雨は思う。前も予兆はあったから、懸念があっただけ。
『ブリーフィングで予測と対策が出来なかったら、それ以上は考えるだけ無駄』
 端的な言い方は癖みたいなものだ、気になりはするが、今は続きを言うべきだと思い。
『敵が来そうな場所にセンサーを集中させるのは、間違っていないと思う。
 だから私たちに敵の位置を。厄介なのは寸断とか、囲まれる事。場所さえわかれば先に潰せる』
 時雨が言っているのは、情報を得た後にどう運用するかの話だ。
 敵が来たのなら手を打つ必要がある、自分たちの一番得意な戦い方、或いは目的や状況に沿ったもので決めておく必要があるだろう。敵とかのわからない情報は、気にしても仕方がない。
『‥‥わかった、有難うな』
 ふぅ、と力を抜くような愁矢の吐息。
『ジャックはタートルワームと交戦に入った、後は‥‥』
 言いかけた言葉が一気に真剣さを帯び。
『‥‥来るぞ、囲まれる!』

 榊は爆煙の中を進む。
 ふと気を抜けば爆発が発生し、機体を打つが、耐えて進むの一択だ。
「‥‥っく」
 顔を上げ、破損を告げ続けるアラームメッセージに表情を歪める。
 盾の遮蔽があり、機体が固いとは言えどうも被弾回数が多い。
(‥‥傷が浅いのは、僥倖だな)
 尤も、その先にあるのは、このままでは駄目だという思考だ。
 ユーリ・ヴェルトライゼン(ga8751)の気遣いがあり、いざとなったら交代が可能だが、出来る事なら勿論避けたい。
(どこから来る‥‥?)
 敵の行動が読めない。
 対策を伴わない予測は意味が薄い事、具体的に警戒箇所を指せない限り、予測も警戒も意味を成さない事は前回今回と指摘されていた。
 結果、行われるのは策のない真っ向勝負だ。
 しかし。

 受ける圧力に対し、ユーリは力を持って踏みとどまる。
 掲げた盾が攻撃を受ける度に震えていた。一撃一撃は重くないものの、敵は続く連撃で押してくる。
「‥‥大丈夫、まだいける」
 力負けしていない、壁上から行われる射撃を盾で防ぎ、ユーリが一息を吐いた。
 『どこから来るのか』、ある程度予感はあった。それが合っていたのが幸いだろう、高速で詰めてきた敵に対しても、ユーリはほぼ問題なく対処ができている。
(蜘蛛‥‥スパイダーワームか)
 今回初めて見る敵、蜘蛛型のワームは大体傭兵たちの推測と同じ能力を持っていた。
 高い機動力、そしていわゆる『壁超え』と『壁走り』。
 都合の悪いことに、その特性はユーリたちB班にとって致命的に相性が悪かった。
「‥‥‥‥」
 落ち着いているが、御影・朔夜(ga0240)の顔色は悪い。ラストホープでも回復しきれない怪我を負っているのだから、当然だった。
 機体は操縦者の負傷をさほど受けない、その通りだが――見落としがある。
「!」
 出現した蜘蛛の射撃を、ユーリが朔夜に変わって再び受け止める。
 朔夜が照準を向けるが、敵の動きはそれ以上に早い。痛みは思考に痺れを与える、反応が鈍く、強引な行使に傷が軋みを叫ぶ。
 交差する射線は、朔夜の方が先に被弾した。
 傷の上から攻撃を受け、痛みは普段以上に強い。
 喘ぐようにして食いしばり、無理矢理にでも冷静を保つ意識で攻撃の命中を確認する。
 当たりさえすれば夜天は強い、まだ敵がいると視覚が認識する横、朔夜より早く終夜・無月(ga3084)が動いた。

 朔夜に迫りかけた敵を、横から狙撃する。
 繋がった光条が爆発を引き起こし、煽られた朔夜と敵に距離が空く。
 援護出来るように、一歩前進。被弾した敵を認識すると、更に引き剥がさんとばかりに追撃を加えた。

 ――断じた瞬間に、敵を殲滅する。
 出来たはずだ、朔夜が遅れをとるなど、本来ならばありえないだろう。
 無月とほぼ同時か、それより早く動ける筈なのだから。

「朔夜‥‥」
「‥‥‥‥」
 つまり――行動順は生身に依存するために、『先手が取れない』。
 構えが間に合わないと、解釈してもいい。身軽さで押してくる相手に対して、この上なく致命的な隙だった。
 要塞系が相手なら圧勝できただろう、重体と言えど戦闘能力は確かにある。ただ、場所と相手がこの上なく悪かった。
 傷が血を滲ませ、広がる感触がある。
 体に悪い、そんな事は百も承知だが。
「‥‥大丈夫だよ、無月」
 何が、と問われたら心構えが、としかいいようがない。
 或いは――『覚悟』が。
 禁忌のような、その言葉すら恐れる事はないだろう。口に出さないのは、最低限でも友を気遣っているからだ。
 空を駆け、彼女のように燃え尽きられるならそれも悪くはない。
 彼女がいなくなった今も自分は駆け続けていた。降りることなど出来ず、もがくように、未練のように。

「はっ――!」
 ブースターが体を押し、障害物を飛び越えて、如月・由梨(ga1805)が敵との距離を詰める。
 身軽さの代償とばかりに、追いつきさえすれば蜘蛛はそう頑丈な個体ではなかった。
 機刀を振り下ろし、蜘蛛の半身を屠る。刀が打ち付けられる感触と共に、両断されたワームは傍らでその機能を止めた。
『如月です、班との連絡をお願いします――』
 とりあえず、まだ誰もリタイアには至ってない。
 そこだけ連絡から確証をとって、由梨は感情に安堵を得ていた。
 これから、離れてしまった班の方へと戻る。ガードはユーリに任せられると判断した、だから敵を殲滅する役割の人間が必要だと考え、打って出た結果、由梨自身の役割は遊撃になりつつあった。
 そうでもしなければ、当て逃げされる一方でジリ貧だ。
 朔夜が身軽だったとしても、自分たちの状況はさほど変わらなかっただろう。どうも、行動がいまいち噛み合ってなかった。

 榊とユーリは防御志向、無月は射撃、朔夜も射撃だが負傷で小回りに難がある、そして由梨は近接だ。
 距離を詰める必要がある由梨は言わずもがな、たとえば――無月は戦闘で距離を取る選択をするため、何度か班を寸断されそうにもなった。
 道はこじ開けて合流すればいい、ただ、その時に一人というのがやや苦しい。せめて後もう一人、相方がいれば遊撃でもどうにでもなっただろう。
 解決出来ればいい動きが出来た、それだけに惜しい。

 ――B班は、どうだろうな‥‥。
 報告を交わし、A班の愁矢は懸念を抱いていた。ただ、自分たちの状況も余り余裕のあるものではなかった。

 A班は、特に念入りに奇襲への警戒を行っていた。
 方向転換の必要が出たときは、左右二人が臨時ポイントマンを担い、隊列交換の手間と隙を減らす。
 また、敵の姿から能力を推測して、建物ごしに攻撃が来る事を警戒していた。
 部隊の目を担う愁矢も、敵の来る方向を認識している。だから敵の接近に気づくのが早く、不意を打たれない。
『まず、俺が突っ切ります。何もなかったら続いてください』
 フォルの言葉に短い応答が続く。
 宣言通り、加速を入れたフォルが大通りを突っ切って向かいに飛び込んだ、ほぼ同時、光砲が視界を埋め尽くす。しかしフォルは既に通過を終えていて、当たらない。
「やはりいるようだ、ね」
 UNKNOWNが気軽な口調で告げる。
 敵はフォル単体に釣られた、そして自ら隠匿されていた筈の存在を暴露してしまった。
『よし‥‥迂回して接近するぞ、秋月、誘導を頼んだ』

 ジャックは、阻むか、或いは囲むかのように集う蜘蛛の群れを見た。
 前方にも姿があり、だが基本的には建物を飛び越えてくる。慣性制御が入っているのか、やや曲芸的な動きは不気味なりに正確だ。
 エース機ではなく、量産型。強い力はないが、それだけに数が多い。それらは市街戦の制約を半端無視して、文字通りの最短距離で此方の行動をブッタ切りに来ている。
 弾幕が濃く、逃げ場がない。正面部分を盾で受け止め、確保した空間の後ろから銃撃を行う。
 撃ち合いを避け、敵が地を滑走して動いた。ジャックの狙い通り、弾幕に空白が生じ、銃撃を行っていない箇所に敵が移動する。
 半身になったジャックの機体をUNKNOWNがすり抜けた、交代するように隊列を入れ替え、槍が舞い。
「――それ」
 ワームがぐしゃりと潰れる。
 石突を伸ばして別の敵を払い、ガードしきれない攻撃は装甲で受けた。
 肩が腫れたように熱を持つ、接近を逃さず、即座に上体をひねる。カウンターの一撃で敵を貫通、システムオールグリーンを告げられるまま、次の敵に向き合った。

 合流したフォルは、愁矢を背に警戒を崩さない。
 壁上からの奇襲は、フォルたちに読まれている。相手は的確に中央を狙ってきていたが、下がってきたジャック共々、突破されてはいなかった。
 だが、数がどうも多い。
 周辺のを全て引き寄せてしまったのか、兎に角向こうは追い詰めるつもりだ。
 愁矢をリタイアさせまいと、フォルは構えを強くする。
 撃退の必要性を思考に認め、動いた。
 投げ出したハンマーボールで敵を払う、建物がいくらか巻き添えを受け、崩れた壁の先にキューブの姿がある。
 ハンマーを引き寄せて戻し、再び投げつけて破壊。
 閃光に反応して盾を掲げ、思ったよりは多い打撃にたたらを踏んだ。
 少し手が足りずに攻撃が機体をかする、機体同士でリンクした、T・プレディレクションが可能性の高い順に未来予測を転送し続けてくる。
 陸戦ではやや距離的な制約が付きまとうが、今のところ支障はなかった。

『次から次へと‥‥!』
 機体をひねって、時雨は敵の攻撃をいなす。エレクトラの運動性能は余り高くないため、防御行動は常にぎりぎりだ。
 至近距離にいる今がチャンス、スタビライザーを起動し、機体を加速。エンハイサーの起動に継続を告げ、連続してトリガーを押しこむ。
 視界を白い光条がよぎり、敵に着弾して爆発を起こした。
 動きの鈍った敵に一撃追加して吹き飛ばし、距離をとると同時に盾がわりにする。
 次の敵は、盾に使った残骸ごと荷電粒子砲でぶち抜いた。どうなったかは看取れないが、少なくとも無事では済まないだろう。
「‥‥ふぅ‥‥」
 残錬力は半分を割ろうとしていた、SESエンハイサーをほぼ常時で使い続け、他の武装やスタビライザーまで起動するために、消耗は半端無く進んでいく。
 続戦とは程遠いが、自身の機体はそうでもしないとやられてしまう恐れがあった。
 要は、早く終わらせればいいのだ。

『瑞浪さん、大丈夫ですか?』
『‥‥なんとか』
 フォルの呼びかけに、時雨は短く応答する。


 ――戦闘の行方は、UPC側の占領宣言にて決着をつけた。
 まだ外周で小競り合いは続いているが、メッシーナを区切るエリアは大方掃討されたらしい。
 敵の姿がまばらになってきたと、傭兵たちが首をかしげ始めた頃の話だった。

「そう‥‥だな、安定させるにはもう少し小細工が必要になるかもしれないが、今はこれでいい」

 地域調査や陣営の設置などの話だろう。
 占領したといってももう暫くは競合地域のままだ、脅威が去ったわけでもないのだから。
 地域の奪還任務については続報を待つ必要がある。士官は余り変わらない表情のまま、普段より少し張りのある口調で傭兵たちを労った。

「――よくやってくれた。
 メッシーナは、これからUPC支配地域だ」