タイトル:【絃】決別のドローレマスター:音無奏

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/25 00:03

●オープニング本文


 オーストリアにあるその学園は、囲まれた森の中に建てられていた。
 満ちる大気は大分冷えてきたが、木々は深緑の瑞々しさを失わない。
 白い石彫りの柱と模様を描く鉄の門、しっとりとした雰囲気を美しいと思いつつ、クレハは学園の門を潜る。

 学園への用件は大したことのない、幾らかの伝達と確認事項だけだった。
 クレハが遣わされたのは、顔つなぎという意味のほうが濃くある。
 テーブルとお茶を挟みながら、クレハは学園の主でもある、マザーの話に相槌を打っていた。

「‥‥新入生、ですか?」
「ええ、ちょっと時期を逸しましたけどね。それも、本人がまだ入るかどうかを迷っていて――」
 柔らかく語るマザーを前に、クレハは首を傾げる。
 特別な事情だろうかと思う一方、訳ありなら語るのを待ったほうがいい気もする。
「それが――」
 マザーは口を開きかけ、そしてやめた。
「あの子は今も中庭にいますわ、話すかどうかも彼女が決める事ですから。‥‥よければ行ってあげてくれませんか?」

 中庭を歩きながら、クレハはマザーの口ぶりを考えていた。
 訳を抱えるというその子が、初対面である自分に対してその理由を話してくれるかどうかは判らない。
 どう切り出そうか考える延長線の上で、自分に要求された何かを、クレハは未だ掴みかねていた。
 人望か、交渉に足る話術、それとも政治能力か。どちらにせよ、力ある地位につくには自他共に説得可能な「何か」が必要だろう。
 望まれた、でも、自分にそれが出来るのか。
 会話に失敗したその瞬間、自身の能力を否定されるかのようで恐れがつきまとう。考えるべきは、相手の事だというのに。

 歩いてる内に、中庭にたどり着く。
 一人佇んでいる、例の”彼女”もすぐこちらに気づいた。
「‥‥どなたですか?」
 素性を問われ、クレハは思わず考え込んでしまった。
 修行の身故、各種業務こそ代行しているが、これといった社会的地位にはついていない。それを正直に言うのは難を感じてしまい。
「‥‥通りすがりの商人、とか?」
 合ってるような違うような、思わずずれた答えをしてしまった。
 ‥‥とっさの事ですから! とっさの事ですから!
 怪しさ満点なのは自覚がある、自分は口べたではないと二回繰り返してから、クレハは立ち直って話を切り替えた。
「此方のマザーとお知り合いですの。それで新しい子が来ると聞いて‥‥」
 でもまだ決めてはいないんですよね? と柔らかく問うた。
 俯く少女が僅か嘆息を漏らす。
「私、孤児なんです。戦争の疎開で、前いた孤児院を離れないといけなくなったんですが、知り合いの孤児院に引き取りを申し出てもらって――
 それで、転院するなら、学園にも行かせてくれるって話になったから、今此処にいるんです」
 身寄りのない子供には過剰すぎる幸せ、与えてくれた人々を大切に思っているのは少女の口ぶりから感じ取れた、だからこそ、同じくらいに大事だと思わせる口調が。
「‥‥行くなら故郷から離れないといけない。でも、故郷に未練があるんです」

 裁縫をたしなむ、その孤児院をクレハは知っていた。
 ミルティーユ・シューレ。少女の引き受け先に名乗りでた、孤児院の風変わりなパトロンは有名だ。
 孤高な彼女は思っている。針糸に託すのは祈りであり、幸福への願いだと。
「私が裁縫を学んだのは、元々シューレ様に憧れたからです。
 私、本当は家事とか苦手で、でも――前の孤児院で、私の作ったものを好きだと言ってくれた人に出会いました」
 色々あったのだろう、その時を少女は語らない。
 それは彼女にとって秘めておきたいものであり、
「彼がくれる言葉が嬉しくて。頑張ってみようと思ってた時に――」
 思い出を追えば、今も感情があふれ出る。他人と共有出来る感情を幸せだと思ったのも、この頃だった。
「その人、‥‥戦場で戦死しちゃいました」
 痛みは今も退く事がない。感情を裂くように悲しみが溢れ出し。

「もう、あの続きを言ってくれる事はないんですよね――‥‥」

 口調は痛みを帯び、しかし表情は忍耐と諦めにだいぶ傾いている。
「私、お墓参りに行きたいなって思ってるんです。そこで、自分はどうしたいのか決めようって」
 彼を置き去りにするようで、少女は罪悪感を感じていた。
 それでいいの? って、泣きながら問う自分がいる。
「彼を大切に思っていて、でも諦めの悪い私にさよならって言おうと思います。今まで有難うって‥‥」
 だから、この諦めの悪い自分はあの人の元に置いていこうと決めていた。宝ものを埋めるように、忘れはしない、大切にしてくれたあの人の事も。
「行きたいんですけど――疎開には、それなりの理由がありますから」
 迷っていた。少女は無力で、これ以上の好意をねだる事は出来ないと自分を戒めていたから。

「‥‥わかりましたわ」
「え?」
「区切りをつけたいのなら、つけに行きましょう」
 甘やかしている、という自覚はクレハにあった。
 我侭を通すには補填が必要で、そのツケは自分に回ってくるだろう。
 宿題が増えますわねと思いながら、それでもやめる気がないことを自分に認め、少女に請求するのはこれくらいでいいだろうと――。
「お代金は、貴女の罪悪感をいただきますの。なので――」
 罪に泣く夜は、これで最後にして欲しい。
「その痛みは、大事にしてあげてくださいね」

 端末を取りに戻るべくクレハは歩き出し、告げるべき事を思い出したように振り返って。
「後、今度はシューレ様に相談してみてあげてくださいな。‥‥本当に悩んでるなら力は出してくれますし」
 翳りを一番望まない人であると、クレハは笑みを作った。

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
レーゲン・シュナイダー(ga4458
25歳・♀・ST
神城 姫奈(gb4662
23歳・♀・FC
宿木 架(gb7776
16歳・♀・DG
ネイ・ジュピター(gc4209
17歳・♀・GP
エシック・ランカスター(gc4778
27歳・♂・AA

●リプレイ本文

 背の高い森に挟まれた、学園に通じる門と道。
 身じろぎすれば、水を孕んだ大地の気配が感触として肌に残る。
 道に沿って、木々に縁どられる色の薄い空。先にある痛みを予感したためか、夜明け前の空気は、やけにひっそりしたものに思えた。

 ‥‥静けさに釣られてか、言葉は少ない。
 依頼人は少しの緊張を帯びて黙りこくっているし、クレハも気を遣ってか余計な事を口にせず、ミディには視線すら向けなかった。
 傭兵達が到着した時だけ、大丈夫だと示すように指を触れあわせただけで。
 レーゲン・シュナイダー(ga4458)とクレハが顔を合わせれば、互いに漏らす笑みが空気を緩める合図となった。

「お久しぶりです、クレハさん。お元気でしたか?」
「ええ、レグ様も」
 夜間に気を遣ってか、距離を近め、囁く程度の声。
 お互いの笑みがくすぐったくて、声を抑えながらも、口元は綻ぶ。
 まずは人のいる場所から離れようと、一行は予定していた通りに搭乗する車を分けた。
 もう片方、依頼人たちが座る車には意識して視線を合わせないようにして、如月・由梨(ga1805)は人知れず、そっと吐息を漏らす。

 先頭を、宿木 架(gb7776)がAU−KVのバイク形態で走る。
 蒼と緑で構成される景色の中、深紅のコートはやけに目立って見えた。
 事前情報通り、道中に敵影はなく、殺気立つような痕跡はない。
 それでもそれぞれが外へと注意を向けるのは、万が一を懸念してだ。
 キメラが縄張りを移すのも十分あり得る、それは紛れもなく本心からの理由であり、一部にとっては沈黙を保つ、格好の口実だった。
 ‥‥もしも自分が依頼人の境遇になったのなら、そんな事は余り考えたくない。
 或いは既にそうなっているのか、神城 姫奈(gb4662)は気遣わしげに御影・朔夜(ga0240)の方を向いた。
 剣呑な気配は見あたらず、そもそも存在感からして薄い。
 触れる寸前にまで車窓に寄り添い、空の遙か彼方を見つめている。
 続ければ、或いは届くのかと、願いと諦めが混ざり合った、壊れる寸前の憧憬だった。
(‥‥えーと)
 話しかけようと思う、空気が読めてないと言われようが、暗いのは良くない。
 暗い要素だらけのこの環境で何を話しかけようか考え、心が緊張しかける前に、肌が触れる気温に反応した。
「あ、‥‥ヨーロッパはちょっと冷えるね。寒くない?」
 此処は木々が多い分、孕む水気が冷たさとなる。
 運転席ではエシック・ランカスター(gc4778)が窓を三分の二ほど開けて外をうかがっており、真っ先に反応したのも彼で、大丈夫ですか? とバックミラーごしに伺ってきた。
「私は平気だけど‥‥」
 姫奈の視線が、朔夜に返答を促す。
 朔夜は気配でそれに気づき、少しだけ視線を向けると、ああ、と気のない返事をした。
「‥‥む」
 顔を背ける彼に言葉を詰まらせるが、それは姫奈の気分を害する悪いものではなかった。
 適切な言葉を探すのなら。
 ‥‥どうにかしてあげたい、って。
「寒いのは平気?」
 しつこい上等、姫奈はめげない。
 とはいえ、その問いかけは壮絶にスルーされ。
「‥‥なぁ、何処かで私と逢った事があったか?」
「え?!」
 朔夜の問いかけは、姫奈の方が予想していなかった。
 あ、うん、えーと、と。姫奈が心当たりをぐるぐるしてるうちに、興味がなくなってしまったのか、朔夜はまた視線を窓に戻す。
 朔夜の内心には、倦怠に似た徒労感。
 いつものことだ、と思い、いずれ失われるものだと、諦観にて思考を閉じた。

「‥‥その、クレハさん、なんですかその視線は」
「いえ、如月様が別の車なので、私が代わりを」
 クレハの視線を真っ正面から受けてしまい、宗太郎=シルエイト(ga4261)の背に浮かんだのは、逃げたくなるようないや〜な汗だった。
 元を言えば、宗太郎の軽口から始まる。
 「隣に人がいる事の心強さ」。気を遣ってミディの方を窺えば、その手は今クレハが握っていた。
 指先はふれ合い、他人を拒絶する、閉鎖的な形ではない。
 だからこの人は大丈夫だ、と宗太郎は思い。
「だから気負いすぎずに前に進めて、多少の無茶もできるというもの‥‥で‥‥」
 そう言いかけた所、女性陣から集まったのは、三分の二の冷たい視線だった。
 ‥‥重傷を負った身体で言えば、「結果がそれか」と言われるのもやむを得ない。
 助けを求めるようにレグの方を窺えば、当然の如くシカトされた、三分の二に入ってるし。

 緩やかな安全運転の下、車は森を抜ける。
 レグは、ひたすら運転に集中していた。
 車の揺れは最小限に、揺らぐ心に優しくない、突き上げられるような震動は避けたいと思う。
 暫し拓けた荒野を走り、辿り着いたのは、また別の鬱蒼とした森だった。

 車は、駐車出来そうな近辺に置いてきた。
 遊歩道に近しい、森の道を一行は歩いていく。
 道中の安寧に反し、森の中は微妙にざわついている。これが疎開の原因かと思いながら、ネイ・ジュピター(gc4209)は両の刀に手をかけた。
 道順は、事前に依頼人が教えてくれていた。飛び出す影に反応するように、ネイは抜刀して迎え撃つ。
 刀にはねのけられ、敵との距離が開く。
 一応程度に依頼人を気にかければ、彼女は宗太郎に守られ、手をクレハと固く握り合ったまま、佇んでいた。
 保証されているだろう少女の安全に、「よかった」或いは「いいな」とも、安堵と羨望の混ざり合った感情を覚えながら、ネイは意識を眼前の戦闘に向ける。
 架も同様に、羨ましさを抱いていた。依頼人が思うだろう故郷は、架にとって知らない領域にあったのだから。
 求める先は常に荒野、戦いに充足感こそ覚えるものの、終えれば消えてしまう儚きものに過ぎない。

 踏み込み、刀を振るう。
 大した手応えもなく、やけに堅い肉が刃に裂かれて足元に落ちる。
 由梨が戦う先にあるのは愉楽、その筈だった。
 だが、今回ばかりは、一刻ごとに不安を覚え、恐怖へとすり変わり、どんどんとふくれあがっていく。
 向かってくる敵は、どれも大したことのない相手、だからたやすく死を与えられる。
 死を見せつけられる。
 行っているのは自分で、死が破裂した先にあるのは黒穴のような喪失だった。
 考えてはいけない、だが開いた穴に引き寄せられるように、由梨の思考が渦巻いていく。
 自分は喪失を覚えたことがないから、想像しか出来ない。
 想像してはいけないのに。

 戦闘後の静寂は、やけに不安を煽る。
 平穏がまるで嘘みたいで。本当にこれで終わりなのか、心が信じきれずにいる。
 戦いも喪失も、世界のどこにでもあった。それが理解出来るからって、それで納得出来る訳でない事を、由梨はよく知っていた。
 それ以上考えることを、理性が拒絶する。思考をがんじがらめにして止めないと、由梨はきっと泥沼にはまってしまうから。
 依頼人は、ひたすらにまっすぐだった。
 自分を騙すこともせず、歩むために踏み出そうとしている。
 それはかけがえのないものだと、最早自分には手の届かないそれを見出し、ネイは感嘆の息を漏らした。
「我は、な‥‥」
 慣れ合う訳でも、貶める訳でもない。ただ、大切なものを垣間見たから、自らを分かち合う気になっただけ。
「死に囲まれ、ひたすら闘い抜いて‥‥多くの友を失った」
 涙はない、痛みすら感じない。
 手の届かないただ在るだけのしこり。古傷を、指で撫でるのにとても良く似ているとネイは思った。
「泣く暇も、悼む余裕もなく‥‥生きるために、戦い続けた」
 上限を超えたから、感じ無くなったわけじゃない。自分で、感じることを放棄した。
 それは、今も続いたままなのだろう。生きるための疾走は、多くのものを置き去りにしてしまった。
「だから‥‥貴公が羨ましい」
 薄く、当惑したようなネイの笑み。ネイがなくしたものは、彼女の手元に残ったままだった。
「周囲の見張りに行ってくる」
 朔夜、由梨、架、エシックが隊から離脱する。
 ここから先は好きに果たせと、到着した末の意思表示だった。

 確かめるように、逃げてしまわないように。
 幻のように消えてしまうことを恐れるが如く、依頼人はゆっくりと目的の場所に歩みを進める。
 期待と恐怖。
 正直、今からでも。全て嘘だと言ってくれればいいのにと、ミディは思っていた。

 依頼人から少し離れた場所で、朔夜は空を見上げる。
 空は薄く、水を溶いた色合いで。いつの間にか夜が空けている事に気づけば、最早彼女はいないのだと、朔夜は再認識した。
「‥‥‥‥」
 白は、彼女の色だった。
 自分に最も程遠いその色は、手を伸ばしかけた瞬間に消えてしまった。
 もう届くことはない。性懲りもなく思い続けるのは、諦め切れていない未練だ。
 自分もそんな夢を見るのかと自嘲し、これにも既知を覚えるのだろうかと、痛む心で思った。

「さよならだけが人生でなければいいですが‥‥」
 木に寄りかかりながら、エシックが車のキーを弄ぶ。
 いずれの結末を迎えようと、別れはひたすらに苦々しかった。
「きっと、さ。相応に重いからこそ、美しさがあるんだ」
 見上げれば、架が先客として木の上にいる。彼女が手にしたハーモニカを見て、エシックは怪訝な声を上げた。
「奏でるのですか?」
「んー、もうちょっと後でかな? せっかちなのは良くないぜぃ」

 罪に怯え、涙を堪える少女がレグの前にいる。
 口を噤み、喪失に向きあう彼女は、かつての自分にとてもよく似ていた。
 裏切りだと自分を責め、終わりの見えないまま、ひたすら待ち続けたその日々。
 泣いてしまえばいいのに、と思う一方、彼女が自分を留め続ける理由を、レグはよく解っていた。
 ‥‥そんな、甘えを自分に許すわけにはいかないから。
 あの人を理由にして、私が泣くなんてどうして許せるだろう。
「ミディさん‥‥」
 レグが肩に触れると、過剰すぎる震えが伝わった。涙が自分に伝染してしまわないように、なんとか堪えながら。
「今は‥‥泣いてもいいんです」
 此処で堪えたら、彼女の心にヒビが入ってしまう。体を抱く気配が、後ろ姿からでも伝わってきた。
 満ちたから溢れて、沁みたから、内側から痛くなる。
 強張りそうになる指を必死に動かして、レグは、ハンカチを彼女に差し出した。
 受け取り、暫しして。依頼人が墓所に歩み寄る。
 ポケットの中から、レグから受け取ったのとは別の、薄く空色を伴うハンカチを手に取っていた。
(あれは‥‥)
 宗太郎には見覚えがある。作り手の祈りであり、全ての原点となった絃で描く花。
 枝で作られた十字架に手をかけると、空色のハンカチを結びつける。風に吹かれ、結び目を中心に広がったハンカチが花のように咲いた。
 シラン‥‥花言葉は「あなたを忘れない」。
 依頼人が自分を送り出す、決別のサインだった。
「私は‥‥これから、自分のために、今生きる全てのために祈ります」

 悼みは、この後も暫し続いた。
 日が明け方を通り過ぎて、戻るべきかと振り返る朔夜の前に、姫奈がいた。
「向こうは、もう少しかかりそうだから‥‥」
 言い訳は、探しに来る途中で既に浮かんでいる。様子を窺う様子の姫奈に向けられたのは、朔夜の吐息だった。
 物思いの様子で、問う。
「もしもお前が喪失を抱えたら‥‥どうする? どう乗り越える?」
 朔夜の問いに、姫奈は答える事が出来ない。姫奈には朔夜の思いなんて分からなくて、経験してもいないことを勝手に想像して答える事は出来ないと、感じていた。
 どういう意図で問われたのか、姫奈にはわからないから、踏み込む事が出来ない。
 それに、笑顔は人を幸せに出来ると信じていたけれど、自分が喪失を抱える側になってもそうでいられるかどうか、わからなかった。
「私は‥‥」
 意図だけでも理解しようと、必死に頭を回転させる。でも、今回も朔夜の方から、問いかけを引き上げられた。
「‥‥別に今じゃなくて良い。機会があれば、聞かせてくれ」

 散った面々が、立て続けに戻ってくる。
 元の場所には少しだけ俯いた依頼人がいて、もういいのか? と誰かが問うと、彼女はしっかりした声音で「はい」と答えた。
 呼びかけを待たず、歩みを進める。
 置いていったものが、大切であるがゆえに後ろ髪を引いた。
 惜別を抱え、この感触も持って行こうと、更に歩みを進める。
 決意は前へ促しながらも少し重くて、俯きがちの彼女に、姫奈が声をかけた。
「ほら、笑顔笑顔♪ ‥‥亡くなった彼もきっと、貴女の笑顔が一番見たかったはずだよ」
 少し、息の抜ける気配がする。
 まだ少し涙に濡れていたけど、彼女は「はい」と応え、確かに笑った。
「‥‥墓参りで、区切りをつける事は出来たのか?」
 朔夜の問いかけに、依頼人は少し考えこむ。
 伝える言葉を探し、選びながら。
「多分、何があっても、これから私に別の好きな人が出来たとしても‥‥、
 私にとって彼が大切であることは、一生変わらないんだと思います」
 彼女は、自分がどう在りたいのか確かめたかった。だから、その答えを口にする。
「色々、難しい事も考えたんですけど。‥‥最後にはそれでいいんだ、って」
 思いは過去にあっても揺るぐことはない、自らの誓いは、自分の中にずっと存在し続けられると、今は思えた。
「彼は、私に大切な感情をいっぱいくれた人。
 それは変わらず、代われず、私の中で常に唯一として‥‥ずっと生き続けます」
 暫し、誰も何か言うことはなかったけれど、満ちるのはほっとしたような、安堵の空気だった。
「うんうん、楽しかったと思えるもんがあるならいいんじゃねー?」
 架の言葉に、彼女が重ねて頷く。帰り道を先行するのだと架が言えば、彼女は僅か感謝の笑みを浮かべて見送った。
「そう、ですねぇ‥‥また気が沈むような事があったら、女性に優しい男性が、クレハさんのお友達にいますから‥‥」
 考え込みながら、宗太郎がにやりとした笑顔を浮かべる。
 話を振られたクレハは、誰なのか考える事もなく、くすりと頷いて笑った。
「そうですわね、貴女が望むのなら‥‥必ず」
 たもとで口元を覆って笑う。どうせまた訪れる事はあるのだから、その時は顔を見せてくれと、クレハは気軽な約束を告げた。

「ええ、皆様に依頼をしてよかったと、そう思いますの」
 帰り道にて、クレハはそんな事を言っていた。
 今回は限りなく、理想的な終え方を出来たと。
「伸ばした手は私じゃ力不足ですから‥‥でも、躊躇いたくはありませんの。助けられるなら‥‥助けたい」