●リプレイ本文
●事前準備
幸いにも、現地への到着は日中に行えた。
今回訪れたのは、それなりには発展しているが、未だ前時代の風格を色濃く残すという町並みだった。
道幅は広く、車両は少ない。眩しい日光が気持ちよく、本日は雲一つない良天気。任務でなければ観光としゃれ込みたい所ではあるが、能力者達にそんな余裕はなかった。
活気のない町並みは痛々しく、その悲しみは余人が知る由もない。
思わず自分たちの顔も翳ってしまいそうになるが、その原因を解決に来たのだから、と気合を入れなおす。
今回の貸出要請は残念ながら、上手く通らなかった。
無線は三台しか貸して貰えなかった上に、申請した防臭マスクについては手配するのに時間が掛かるといわれる始末。幾ら例の脱力攻撃を防ぐために必要とはいえ、能力者達には時間がない。
「普通のマスクなら幾らでもあるんだがな。‥‥風邪用の」
結局はその提案に従い、マスクの上からマフラーを巻くといった形で妥協する事になった。
冬とは言え暑苦しい格好だが、脱力攻撃に見舞われるよりはましだろう、自分たちが戦闘不能になったら元も子もない。
だが、不調はラストホープだけに留まらず、子供達の輸送手段については、免許を持たない人間に車両を貸し出す事は出来ないと現地で申し訳なさそうに拒絶され、その代わりにキメラを討伐した後なら車を回してくれるという約束を取り付けた。
それと、キメラに関しての情報提供。
キメラが来た方向については目撃者がいないが、去っていった方向は予想通り鉱山の方向で、音楽が聞こえて来た時間は零時を回った位。キメラに関しての情報は説明以上のものはなく、クラウド・ストライフ(
ga4846)が特徴についての情報を聞けば、南雲 莞爾(
ga4272)にそれは士官に説明されただろうと冷たく突っ込まれ、予想通り女性士官が説明した以上の情報はない。
ランドルフ・カーター(
ga3888)の要請―――発見時の通知には住民も一応頷いてくれたものの、その顔つきが不安に曇るのは仕方ないのか。何せ、キメラが出現したら恐らく連絡どころではないのだから。
「必ず、絶対に、なんとしてでも助けたいし、助けなければない」
囚われの子供たちを思い、ぎりと両手が握り締められる。遠く馳せた思いは、届くのだろうか。
●地形把握
情報収集の後の行動についてはやや案が分かれたものの、結局は周辺地形の把握と言う事で話がつき、現在はある程度分かれて把握に努めている。
地図を見る限り、この街は山の麓に広がっている。周辺には森が広がり、徒歩で移動可能な範囲に沼などの特殊な地形はない。
常識的範囲では追跡の障害になる地形はなさそうだが、相手はキメラなので常識が通用するとは言いがたいだろう。だがそこまでは考えても仕方がない。
「ここ辺りが良さそうですね‥‥」
住民から聞いた情報を元に、MIDNIGHT(
ga0105)とアイロン・ブラッドリィ(
ga1067)は狙撃に適したポイントを捜索していた。
アイロンが足を止めた場所は街の外へと通じる大通りで、視界は広く、確かに迎撃には理想的かもしれない。
MIDNIGHTのヘアーゴムで纏められた髪が風に靡き、顔に掛かった髪を払おうと一瞬視界が逸れる。
「‥‥‥‥あっち‥‥」
目に入ったのは大通りの角に面する四階建てのマンション。屋上はあり、恐らくこの上ない迎撃ポイント。
事情を話して屋上に入れて貰う。目測通り、そこからは森が一望出来、少し移動して下を向けば大通りも問題なく目に入る。
高さも視界も問題なく、遮蔽物になりそうなものも見当たらない。
「‥‥‥‥ここ‥‥」
ここを迎撃ポイントにするのはどうか、というMIDNIGHTの意思表示にアイロンが頷く。
ふと下を見れば、他の能力者達がやはり迎撃ポイントの選定中で、アイロンは彼らに向かって声を張り上げ、自分たちの狙撃ポイントを伝える。
「MIDNIGHTさんがそちら、私はこちらから狙撃いたしますので、射線上はお気をつけ下さいね」
下にいた莞爾が聞こえたという意思表示に腕を上げ、そこから周囲を見回して自分の迎撃ポイントを選定する。
射線を考慮すると立ち位置は難しくなるが、幸いにも戦場は広く、自分が持つ武装にはある程度離れて攻撃出来るものも存在する。
ラン 桐生(
ga0382)やチャペル・ローズマリィ(
ga0050)といったスナイパー達は特に悩む必要はないのだろう。射線の方向を統一するため、狙撃班と同じ方向に陣取った声が次々と上がる。
「ふむ‥‥」
視界は問題なく、遮蔽物もない。逆に隠れる場所がないというのが問題か。
今回のキメラは鈍重を予測されてるだけに、ひょっとしたら遠方からの射撃だけで終わってしまうかもしれない。
「まぁ、射程90メートル程度なら、どう転んでも30秒でつくと思うが‥‥」
五人いるスナイパーが30秒で何発撃てるかは考えない事にした。
●待ち伏せ
銃声が響いてた。
幸い、一度子供を攫ったキメラがそのまま逃走するという事態も起こらず、こうして交戦状態にある。
(「‥‥‥‥いけ‥‥!」)
それが精神攻撃の源かどうかまでは兎も角、音楽は確かにピエロが奏でるので違いなく、その楽器は既にスナイパー達の先制攻撃によって叩き落されている。
そして、能力者達に脱力攻撃は通用していない。深く息を吸うと、くらりとする感触。やはり音楽はフェイクだったのか、無臭無味で目には見えないが、確かに『何か』が散布されているのは間違いない模様。完全に遮断してるとは言い難いものの、戦闘に支障が出る程ではない。
熊の手荷物も叩き落され、艶やかな色の風船が宙に舞う。射撃の雨が止んだ一瞬を突いて莞爾のカデンサが突き刺さり、西島 百白(
ga2123)のコンユンクシオが振り下ろされる。
護衛役なのか、兎の戦闘力は中々高く、ランの予想通り、撃ち合いの分は悪そうだ。玩具に見える悪趣味な銃器は正真正銘の凶器で、プチバズーカと言っても過言ではない。まともに食らうのは避けた方が良さそうだが、中々そうも行かなく、紙一重な攻防が繰り広げられている。
「こんのぉ‥‥!!」
チャペルのスコーピオンが火を噴く。逆に戦闘力がほぼ皆無に近いのがピエロで、攻撃手段すら持たなかったらしく、その動きは他の二体に比べてやや当て辛くはあるものの、集中攻撃を受けてぼろぼろと言った様子。それを庇おうとする熊も百白に阻まれ、身動きが取れていない。
アイロンは射程外に離脱される心配をしつつも、射撃の手を緩めない。毛先があくまで穏やかな彼女の心情を表すようにリズムを叩き、いけると思いながら次弾を叩き込む。
長射程に特化しているMIDNIGHTの方はそんなに離脱の心配をしていないらしく、貫通弾を込めた彼女の銃器はピエロを穿つ。
肩を貫通されながらもピエロは倒れない。表情なんてないのか、華美な衣装を翻し、血を撒き散らし、その顔は先ほどからあざ笑うかのように不変だ。
「おりゃあ―――‥‥!!」
「‥‥御伽噺の住人如きが――――俺を莫迦にする気か‥‥!!」
ランが撃つ高速の弾丸が更にピエロを捕らえ、ピエロがよろける。弱ってるのは確かなのだろう、顔は兎も角として、その動きは確実に速度を落とし、力をなくしているのだから。
そのよろけた足元を掬おうとカデンサを払う莞爾。見事足元を取られ、最早体術も何もなく、ただ死から遠ざかろうと転がっていくピエロ。
「今だ‥‥っ!!」
好機、とチャペルが撃鉄を落とす。
活性化したエミタによって強化された弾丸はピエロの体を打ちのめし。
「幸せを運ぶためのお前らがそれを壊してどーすんだよ、消えな」
ぶん、と。淡い赤に包まれたクラウドの蛍火が振りぬかれた。
●届かない腕
‥‥‥‥時は少し遡る。
忘れ去られたどこかで、意志をなくした子供達がいた。室内には嗅ぎ取れない何かが散布され、子供達は皆して四肢を投げ出し、虚空を眺めている。
明かりはなく、室内は暗い。空に星は見えず、遠く漏れ出る街の灯りが辛うじて漆黒を押し留めてるのみ。聞こえるのは微かに繰り返される弱い呼吸だけで、音すらもその空間には存在しなかった。
(「‥‥‥‥誰‥‥?」)
その淀んだ世界に、何かが踏み込む。
意志を取り戻した訳ではない、ただ子供の中の誰かがぼんやりとした意識でそれを認識しただけ。
(「黒い‥‥ヒト?」)
黒いのは灯りがないせいだが、子供はそれに気付かない。
遠くからは排気音が聞こえ、ああ、車の音だな、とどこか他人事のように思う。
気がつけば周囲の気配は減っていて、いつの間にか部屋の出入りも多い。
(「‥‥‥‥眠い‥‥」)
どうでも良い事だ、と思った。今はこの気だるいまどろみに包まれていたい。
次々と子供たちは運び出され―――そして、誰もいなくなった。
●追跡
ピエロが倒れた後は、もう話にならなかった。ピエロよりは幾分かマシの熊だったが、能力者達を捌くには到底力不足。むしろ、動きがピエロより鈍重な分、手早く片付けられてしまった方だろう。
ピエロと熊が倒されると、兎はじりじりと後退していった。それは能力者が望んでいた事態であり、能力者達はそれを黙認する。
キメラの動きは目測通り、本当に鈍重だ。走ると言う概念がないのか、これでは歩くだけで追いつく事が出来るだろう。見失う心配こそないものの、これは忍耐力との勝負になりそうだ。
能力者達のストレスは刻一刻と溜まっていく。子供たちの安全が心配なのと、暗闇の森にいる緊張感、疲労。また暗視スコープは山道を歩くのに不向きで、取り外しの手間が苛立ちをより一層と深めていく。
(「‥‥‥‥大丈夫かなぁ‥‥」)
どれ位歩いただろうか、何故か動悸が早い、得体のしれない不安が走る。背後に誰かがいる様な―――チャペルは思う、人はそれを『嫌な予感』と称するのだと。
そして兎が、振り向いた。
そう、能力者達にキメラが気がついてない訳がないのだ。轟音を立ててキメラが爆散した。
その破壊力は能力者達を吹き飛ばして有り余り、辺り一帯を火の海に包んでいく。誰一人として難を逃れた能力者達はいなく、怪我を負わなかった能力者などいない。
「な‥‥っ!!」
能力者達が絶句するのも当然だろう。途中まで上手く行ってた、いや、上手く行ってた様に見えたのだ。
「証拠湮滅か‥‥!?」
ありえるとしたらそれだろう。どういう指令を受けていたのかは知らないが、このキメラは恐らく野良ではない。誰かの指令を受け、そしてそれに従い、ここで爆散した。
「子供達が‥‥!!」
ランドルフが切迫に染まった声を上げる。嫌な予感はここにきて確信となり、時間は一刻の猶予もない。
―――どうか、無事でいてくれ。そう祈りを胸に秘め、能力者達は駆け出した。
●結末
―――朝方、撤収された拠点らしきものが鉱山の一角で発見された。
そこに残っていたのは小さなメリーゴーランドと、熊と兎、そしてピエロのぬいぐるみだけ。その他には何も残されていない、手がかりも、そして子供たちも。
「ああ‥‥っ!!」
がくりと、ランドルフが膝をついた。
「あの野郎‥‥っ!!」
能力者達の呻きが洞窟を満たす、憤怒、悲愴、絶望、無力感。
ぬいぐるみの人形は、首が切れていた。そう、能力者達は依頼を達成している。
「‥‥‥‥っ!!」
だが、誰がこんな結末を望んだと言うのだろう。子供たちを助けたくて、助けた後に有難うと笑ってほしくて。そうやって頭を撫でてやりながら街に返して、また今度なと自分たちも笑って‥。
助けられなかった。そう、残酷に言ってそういう事なのだ。
日は眩しく、本日も良天気。
だが、暫くの間、能力者達の心が晴れる事はなかった‥‥。