●オープニング本文
前回のリプレイを見る ブリンディシ外洋、補給艦の上にて。
ユニヴァースナイトほど大規模な整備環境ではないが、それでもKVのために、海軍の中には簡易的な専用整備場が用意されていた。
幸い、前回の戦闘では大破も出なかったため、程なくすれば再出撃が可能だそうだ。
――戦況は。
問われる現状に対し、士官は淡々と現状を報告し始めた。良くも悪くもないな、と。
陸側に置ける軍の侵攻は成功していた、ただそれは効果的な成功ではなく、「ひとまず返り討ちに遭ってはいない」という意味にある。
この状態が続くのは好ましくないが、かといって傭兵たちが陸戦に移るよう命じられる事もなかった。
海側の制圧はこれからと言った所で、それを完遂しないことには、地上の制圧が行えても、救出のための時間を取る事が出来ない。
「仕方ないさ」「俺たちがやるしかないんだろう?」と無線越しには陸上部隊の軽口が伝わり、「早く来いよ」という声援に、良いところを全部くれるなら構わないけどな、と誰かが続けて爆笑が湧く。
制圧が完了したら陸側へと移る、それがどのタイミングになるかはまだなんとも言えない。その中、陸側の部隊は幾つか陸側の状況を教えてくれた。
――生存者が一部見つかったとの事だ。
逃げ出してきたのか、最初から捕まって居なかったのかは質問出来る状況にないため不明だが、兎に角陸軍が救助対象である民間人を一部連れ帰ってきたのだ。
不安と緊張。僅かでも手が届けば、全て届かせる事が出来るかという期待を抱いてしまい、勝算の不明瞭さが思考に不安の影を落とす。
ただ、まだ何か仕掛けられるかもしれないのだと、始まったばかりの戦いは行方が見えなかった。
「それと、前回の戦闘に関する解析結果も出ている」
青いゴーレムの能力は暫定的に「水銃」そして「水盾」と名付けられた。
原理はよく判らないのですっ飛ばされたが、とりあえず「水を打ち出す見えない弾丸」及び「攻撃を逸らす水流操作」の二つらしい。
見えないかつ持ってないだけで、ちょっと特殊な銃と盾と思っていいそうだ。
そして、前回ついに出る事のなかった水中の束縛能力。これに関しては迷彩搭載の他のワームが潜んでいる、と推測されていたが、姿を現して貰えなかったため、情報にはかなりの疑問が残っている。
「いるとは思うのだが‥‥通常レーダーに引っかかってないのは勿論、熱源探知にも引っかかっていない」
前回、傭兵たちの戦闘中に一通り試したらしい。
どうすればいいのか、という傭兵たちの問いに対しては、
「案外引っかかってみれば突破口が見えるかもしれん、といっても敵前で動けないのは致命的だから、その辺を考える必要があるがな」
足止めは、恐らく範囲に影響を及ぼす展開型の能力だと付け加えられる。
「無理に引っ張り出す必要もない、というのも一つの考え方だ。ただ‥‥」
タートルワームに近づけず、敵の主力砲台が野放しになる事が、敵組み合わせに対しての懸念だった。
足止め能力の打ち消しに関しては、微妙な表情で首を横に振られた。その場になってからでないと効果が判らないために、堅実性に欠けるのだろう。
失敗はイタリアの危機に繋がるため、博打な選択肢は勧められない。多くの特殊能力は「破壊すること」が一番の潰し方で、今回もそのセオリーに従うのが一番安全だと教えられた。
全体の作戦は相変わらず、傭兵たちが頼まれたのはブリンディシにおける制海権の奪取協力だ。
敵編成は前回と変わらず、必要な助言は前回の報告書に記述されたのと同様で、進軍中もたつかないように気を付けろと士官に重ねて告げられている。
恐らく、今回は作戦中にバルカンから援軍が到着するだろう。最悪攻略軍がバックアタックを受ける可能性もあるのだと指摘されていた。
それを踏まえての作戦内容は――ブリンディシに駐在しているバグア海軍を壊滅させ、バルカンからの援軍を一刻も早く迎え撃つ事。
ブリンディシの防衛軍に手間取った場合、バルカン軍の迎撃が間に合わないのは勿論の事。バルカン軍を先に迎え撃っても、ブリンディシ側から挟み撃ちされる可能性もあるため、援軍が到着する前にブリンディシの戦力を削いでおくことが重要とされていた。
傭兵たちに託された作戦内容は、「ブリンディシ沿海側の攻略を手伝い、一刻も早くイタリア海軍に迎撃態勢を整えさせる」事だ。
●リプレイ本文
――光景には、既視感がつきまとう。
それは変り映えのしない海底故であり、一部の傭兵達には、実際に踏み入った事のある戦場であったからだった。
音を押しつぶすように、海は重苦しい。
照明は遠くまで届く事が出来ず、戦いのイニシアチブは敵に握られている。
息を吸い込み、如月・由梨(
ga1805)は集中で疲労した目を瞬いた。攻撃は最初に闇を突き抜けて来る、これは確実に予想出来ていた。
停滞する外界は感覚を狂わせる。内心には予感にも似た焦りが生まれ、理性がそれを否定する。
――焦るな。予感を裏付ける根拠などなくて、進めていけばいずれたどり着く事が出来る。
赤崎羽矢子(
gb2140)の表情には苦笑が浮かんでいた。任務が達成出来るかどうかなんて正直解らなくて、浮かぶのは無茶言ってくれるなぁという表情に伴う言葉と、出来る限りはやってみるというささやかなやる気だった。
未だ残る浮かれ気分を手指に押し込め、荒巻 美琴(
ga4863)は戦場での落ち着きを保っている。冒頭に浮かれていたら義兄である篠崎 公司(
ga2413)にたしなめられ、思うのは。
(「‥‥冷静だよ?」)
そわそわするのはきっと高揚感。今回は自分から頼み込んで、義兄に任務へ同行して貰っていた。突き進めばその先には敵がいて、そこが彼と共に戦う戦場だ。
お互いを繋ぐ無線も今はノイズのみがあり、満ちる沈黙には事態を厄介だとする色がある。それは先ほど羽矢子が言ったような、後退不可故に生まれる無茶苦茶な任務もだが。
「水中で水流操作の能力とは、‥‥極悪だな」
全員が少なからず思っていただろう事を、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が代弁した。
向こうの能力範囲によっては――それこそ何をされるか解ったものではない。
「殴ってどうにか出来る能力なら、話は早いんだけどな」
拭いがたい不安は残るのだと、ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は言葉に含ませる。
「‥‥ここでやらなければ、イタリアを奪還できない訳ですし」
目標まで推測1kmを切った。僅かな緊張で精神を引き締め、フォル=アヴィン(
ga6258)は前方を見据える。
●戦場
戦闘開始は刹那の閃光を合図とした
避けるべき距離の判断など間に合わず、攻撃だと察知した瞬間、傭兵達は急加速の移動によって回避行動を行う。身の横を擦過するのは極太な光の砲撃、射線上10m幅が焼き払われ、熱が収まった頃、傭兵達の意識が放出されたアドレナリンによって鼓動を刻み始める。
高揚の前兆だ。意識は冷静を保ったまま、戦いに向けて判断のギアを上げていく。300mと言わず、600m地点から危険はすぐ側に存在していた。
距離が遠かったために回避行動を取る事は出来たが、それによって解ったことは。
「絶好調ですねぇ‥‥向こう」
簡単に黙ってくれそうにはないと、漏らす言葉の向かいには須磨井 礼二(
gb2034)の笑みがあった。
敵砲撃の精度は高い。肉薄する緊張は、機体性能すら踏み越えられそうな危機感を与える。そして、
「‥‥!!」
由梨とCerberus(
ga8178)が立て続けに被弾し、後方へと吹き飛ばされた。
みぞおちを殴られたかのような痛覚。視界がかすむが、震える腕は操縦桿を握り続けている。回らない頭で操縦桿を倒せば視界上方を追撃が擦過した、更に踏み込む。無意識と勘のみで回避行動を続ければ、やっと痛みが引き、判断力に余裕が戻り始める。
触れれば痛むのが解っている故に、体のダメージ確認はしない。機体がまだ動く事だけ数値で確認し、操縦を立て直す。
油断していたとか、特殊能力を使わなかったのが問題なのではない、たださっきのは“砲撃のタイミングが殺人的に良かった”だけ。
それでも、
――時間とチャンスを与えたのは、私たちですね‥‥。
由梨は吐息する。刻まれた痛みは自分に何かを教えてくれるだろう、いずれ考えるべき事、踏み込む余地があるのを示す証拠であり、忘れないようにしようと無性に思う。
反撃にはまだ間合いが足りない、そして距離は300mを切った。
●300m先
300mを越えた地点で、攻撃の密度は暴力的に増した。無論、敵の向けてくる攻撃が、だ。
青ゴーレムの放つ「水弾」が敵の弾幕に加わり、対処方法はほぼ確立しているものの、察知しづらいというのは単純に厄介であると傭兵達は思い知る事になった。
銃身が見えないため、誰が狙われるかからして勘頼りになる。無機物が示してくるのは殺気ではなくごく僅かな予備動作のみであり、傭兵達が凝視するかの人形達は、精密かつ硬質的な不気味さを孕んでいる。
避けきれず、浴びせかけられた弾幕が機体に細かい傷を作り続ける。
作戦のため、傭兵の何人かが気を遣って仲間を護ろうとするが、同時に損傷はそれを原因として嵩んでいった。
仲間の傍で、仲間を守ろうとすれば自分の身を盾にするしかない。仲間に当たるからという理由の下、回避は封じられ、盾もない水中戦が負傷に行き着くのは必然なのだろう。
先行班の被弾を減らすという、後々役に立つ行動故に言葉が挟まれる事はない。ただ身を案じる、気遣わしげな沈黙が満ちれば、
「大丈夫」
続けられる、と含んでユーリは告げた。
続かない言葉を互いへの了解として、傭兵達は固まったまま距離を詰めていく。
じりじりと近づく獲物を光砲が凪ぐ。直線上を貫通するプロトン砲については、庇うことも出来ず、各自回避行動を取らざるをえない。逃げ遅れれば、巻き込まれるだけだ。
何人かの傭兵達は、互いの距離を大きく取る事で巻き添えの回避を試みた。攻撃される回数自体を減らす工夫は大きく奏効し、違う形ながら傭兵達の余力を保つ。
――必ず届かせる。
傷を作りながら、また一歩。そして相対距離、150m地点にたどり着いた。
●150m先
ずいぶんと長い道のりだったと羽矢子は思う。
視界の先、敵を視る照準に手応えはあった、決しておぼつかない暗闇ではないと確信しながら、羽矢子は更に距離を詰めるべく機体を踏み込ませる。
加速し、これまで自分たちを守ってくれていた仲間を抜き去って先頭へと位置した。ここから先は守って貰った自分たちの役目――身をもって、敵の能力を知りに行くという先行班の役目だ。
敵を前にすれば、散々やられた痛みが感情としてわき上がるのを美琴は感じていた。殴られた分は殴り返すべきだろう、同じく陣形先頭まで抜き、羽矢子とは別の方向から接近を仕掛ける。
応じるタートルワームは砲口を二方面に回していた、それぞれ双方を迎撃する動きだが、攻撃の密度が薄くなっているため、当初ほどの脅威は感じない。
この前侵入しなかった距離へと踏み込む、視界の敵影へ一気に近づこうとして。
100m地点で強制的に引き留められた。
「‥‥!?」
感触はサッカーゴールのネットに突っ込んだのに近い、水に叩き込まれてもがいてる状態――現状そのままだが、受ける感じはより重い。
覚悟はしていたが、やはり自由に動けないという驚愕はある。動きは作れるのに、力が空回りして進めない。
異常を示す仲間たちに対して、後続の面々はすぐさま反応する動きを見せていた。最初に打ち込まれたのは、捕らわれた機体周辺に向けられる射撃。弾丸は狙い通りに機体横を通り過ぎ、変化を何一つとして見せない。少なくとも質量のある何かではなかった。
意識を驚きから引き戻し、捕らわれた面々は冷静に現状を分析する。機体は動かせるが、
「思うように、とはいきませんね‥‥」
影響を受けるのは運動性能、つまり回避と命中の双方が大幅に減っていると礼二は判断して、全員に通達した。
悠長に構えている暇はなく、向けられたプロトン砲が動けない威龍(
ga3859)と羽矢子に向けて光を溜め始める。フォルがいち早く妨害のガウスガンを打ち込むが、ゴーレムが張った盾によって攻撃を阻まれてしまう。
盾を破壊するには手数が足りず、放出された光は二人を飲み込んだ。仲間が思わず跳ね退いた先、砲撃が収まった後に残るのは、ガード体勢を取る、熱によって焼かれた二機のKVだ。
焼き付く痛みに肺が異常を訴える。芽生えかけた弱さを否定して、自分たちはまだ出来る事があると、羽矢子は機体の出力を全開まで押し込んだ。
ブーストを点火しての全力移動で機体が動く、無論、その動きは遅く。
「見えない天幕を張られてるみたいだね‥‥」
阻む力は前方だけにあり、後方に向かえば機体を引きはがす事も可能だと羽矢子は感覚的に察していた。
一部装甲を犠牲にして、威龍は向けられた水弾の掃射を凌ぐ。
「力任せに‥‥どうにかなる訳ではなさそうだな」
自傷で何とかなるなら威龍はそれを厭わなかっただろう。だがこの拘束はそんな生やさしいものではなく、真綿で首を絞める、じわじわ殺しに来る類の仕掛けだ。
「‥‥密度の濃いところが、中心?」
何気なく漏らした羽矢子の言葉が、見えない敵に対する答えだった。
言葉を聞く仲間達の反応は早く、他の三人もすぐさま機体の出力を全開にした。
強引に押し開くようにして機体を進める、幾つか試すように押してみた結果、力の中心が進路上に存在しないことは、はっきりと解っていた。
もっと正しく言うなら、自分と敵の射線間には中心が存在しない。常にやや上方か、少し逸れた所に力は存在する。
「今度こそ‥‥!」
仲間達の報告に耳を傾け、予測を割り出した由梨がペイント弾をばらまいた。弾丸が海中に破裂し、鮮やかなピンクをぶちまける。
色によって浮き上がった場所、キューブワームより一回り小さい物体がゆっくりと海の中を漂っていた、緩やかな動きは、暫く見続ければ移動しようとしている動きだと判るが、それは。
「足は遅いみたいですね‥‥!」
さほど苦労せずに照準を合わせ、由梨は物体に向けてガウスガンをぶち込んだ。
戦場が動き始める。KV用ペイント弾を携えたのが由梨一人だったために、彼女の役割は、自然と仲間の補助のため戦場を回るものへとシフトしていた。
当たりの付け方を理解したとはいえ、やはり視覚的な依存は大きい。
敵の能力範囲は恐らく半径50m、小さな見た目に反して装甲は相当固く、殴りつけた感触はゴーレムに劣る事はないだろう。それと、
「攻撃能力つき‥‥!」
美琴の言葉と共に、未だ破壊されずに居たワームからの第二波が襲いかかる。
機体を揺るがすのは、拡散型の“フェザー砲らしき何か”による衝撃。拘束能力を伝うが故に回避行動は取れず、抗いは足掻きに留まってしまう。
一部の装甲が美琴の機体から砕けて落ちる。
Cerberusやホアキン達が、接近するまでの攻撃を全て引き受けてくれていたため、戦場には留まれているが最早無理は利かない。
無論、それ故に彼らも満身創痍だ。だが進撃を妨げるワームは抗いつつも壊滅へと追い込まれ、傭兵達は敵主砲であるタートルワームにたどり着く事が出来ていた。
●接敵
戦場にたどり着く状況は、傭兵達の予定とかなりかけ離れていた。
後方退避が三機、中破まで踏み込みつつあったのも三機。これ以上押される訳にはいかないと、後方の面々は巻き添えを食らわないように各方向へと散開している。
完全な不可抗力で――フォルは単機でタートルワームの相手をしていた。
それは先行班の四人が負傷で後退を余儀されていたため、亀の相手をする人員がいない状況から生まれたものだ。
フォル自身ゴーレムの相手をするつもりだったのだが、亀を野放しにすることは、負傷者の事を考えても得策ではないと自ら判断した。
結果、「負傷者を射線に入れず、ゴーレム班の邪魔をさせない」という二つの目的のため、フォルは亀の周辺にて機体を走らせていた。
無論、自分一人でどうにか出来る戦力ではないが、先行班とて完全に離脱した訳ではなく、援護はある。
誘導を混ぜて多方向から攻撃を仕掛ければ、踏み込む隙は着実に生まれつつあった。
踏みこたえるゴーレムを、張られた盾ごと打撃する。続けていけばいずれ通せると解っているが故に、ユーリは連撃を止めない。
急激な後退にてダメージを相殺され、距離を取られれば、空いた射線から公司の狙撃が飛んだ。
足を止めず、敵を追うためにユーリは加速する。本来なら一撃入れた時点で素早く離脱するべきだが、亀がなかなか砲撃を向けて来ないため、必要性は薄れつつあった。
亀の相手を望んだのはフォル自身だ。この中で最も損害の低い機体だったため、思考を隔てて本人より志望された。
世話をかけた、とCerberusは思う。戦果は未だ離脱せずに済んでいる事が何よりはっきりと示していて、まだ死ぬつもりはないのだと、Cerberusは自分に対する意志を固め直した。
盾を砕く手応えを得れば、由梨はS・インヴィディアを攻撃に乗せる。レーザークローが抵抗を受けて食い込み、更に押し込めば、砕き通す感覚を得た。
これでゴーレムは三機破壊。最後の一機はホアキンに体当たりで轢き飛ばされ、変型レーザークローによる貫手を受けている。特殊能力の性質もあり、ゴーレムはやはり非常にタフだ。予定変更して先に亀を仕留めるべきだったかもしれないが、ここまで来たら変わらないのだから、最後まで突き通そうと由梨は結論した。
「先行班は、‥‥当然一番危険な役割ですよね」
少し楽観しすぎる所があったかもしれない。なんとかなったのは、被害を抑える工夫がアドバンテージとして大きく働いたのと、機体の頑張りのおかげ。そして、当然のように仲間達がそれぞれ立ち回ってくれたためだ。
早々に戦闘能力を失った先行班にせよ、彼らが身を張ってくれたために、今回最大とも言える障害を排する事が出来たのだから。
「‥‥皆さんのお陰です」
やや性急だと自覚しながらも、負傷した彼らを気遣って、公司が労りの言葉を紡いだ。
「先行班の役目だけでも果たせた――ええ、とりあえずそれだけでも喜んでおきましょうか」
礼二が浮かぶ笑みを一層深くする。突発事態が起こってもすぐ反応出来るように、勤めを完遂する証として、戦闘態勢は最後まで保たれたままだった。
戦場の再現を終え、仮想視界がユズの前で砕け散った。
無機質なレポートは、イタリア軍が海辺戦力の突破に成功したことを示しており、カウントダウンを告げるタイマーが「00:00」の数字を赤く点滅させる。
「バルカンの援軍が来る前‥‥とまでは行きませんでしたが。ブリンディシの戦力突破には成功、と‥‥」
挟み撃ち自体は成立しなかったらしい。コンソールを操作し、『実行待ち』と点滅するタスクをユズは差し戻す、代わりとする別のタスクを呼び出し。
「軍が戦って死ぬのは当たり前ですからね、痛めつけても余り面白くありません」
だから、と吐息混じりに笑んで。
現実世界、拠点とつなげた傭兵達の無線が、慌ただしい喧噪に包まれた。