●リプレイ本文
――駅前、依頼の待ち合わせ場所にて。
現地に向かいながら、クレハは傭兵たちと会釈を交わす。
井上冬樹(
gb5526)から向けられる初対面の挨拶には丁重に礼を返し、力になれる事なら言って欲しいのだと説く今給黎 伽織(
gb5215)には頷きを返した。
「よぉ、クレハ。レグ様と一緒に遊びに‥‥もとい仕事しに来たぜ。蜘蛛は任せとけ」
気軽な言葉を緋沼 京夜(
ga6138)からかけられれば、クレハは首を傾げ、「今度はもう少し別の用事でお呼びしますね」と吹き出して口元を綻ばせる。
久しいのだと、レーゲン・シュナイダー(
ga4458)とともに笑めば目元が細められ、別れ際、お互いの仕事に順調を願って指を重ね合い、各自の仕事へと向かった。
参道に足をかければ、繁る葉緑が視界を埋め尽くす。日差しによって薄められ、透明感を増した景色は言うならば瑞々しい。
一角だけ強められた白の視界が光の方角を告げる。日差しの下、聳える鳥居を潜って境内にたどり着いた。
強烈な陽気がCerberus(
ga8178)を迎える、のどかと危険のバランスは何とも言えず、感覚に意識が思索を向ける。
慎重に気配を張り詰め、裏手に踏み込んでも討伐対象である蜘蛛の姿は見えない。
森の幹には張り巡らされた白い糸が名残として見え、目撃が真実であることを告げていた。
まずは敵の姿がないことに、僅かな吐息を漏らす。
――古びた神社の裏手に着く化け蜘蛛、といえばなんとも古典だ。
神域の光は強く、陰る宵闇にはアヤカシも惹かれる所があるのか。そんな筈もないのだと長谷川京一(
gb5804)は口元に笑みを浮かべ、左手に和弓「夜雀」を握って歩みを進めた。
目撃地に敵の姿がいないとなれば、この先は二班に分かれての探索になる。
レグ、京夜、伽織、冬樹で一組。Cerberus、五十嵐 彩斗(
gb1543)、佐藤 潤(
gb5555)、京一で一組。
各自方向を決め、警戒を強めて茂みに踏み入り、全方位に気を配る。
「女性が2人‥‥華やかな班で嬉しいな」
軽い言葉を漏らせば、一班の伽織が甘く笑みを作った。髪は覚醒に応じて白銀に、深紅と化した瞳も表情に応じて笑んでいる。
エミタが作動し、エキスパートの持つ感覚強化が警戒を一層強固な物としていた。
探る動きはゆっくりと、自分たちがかき分ける草葉の音にすら、聴覚は敏感に反応を示していた。やや緊張があることを内心認めながら、冬樹はゆっくりと視線を巡らせる。
――これが自分の初仕事。他の人たちに比べればまだ全然力不足で、しかし自分で選び踏み出した一歩に後悔はない。
出来る事から頑張ろうと思っていた。木漏れ日による光の反射に注意を払い、カンテラを傾けて異状が浮かび上がらないかどうかを確かめる。
或いは足下など、見落としやすい場所に気を払って。細糸は光の反射で見つけられる可能性がある、かき分けた茂みを照らして貰えれば、レグが屈託ない笑みを冬樹に向けた。
二班の京一も、一班同様小型フラッシュライトを使って周囲の探索を進めている。
一人で全てを兼ねる事は困難で、京一が足下に注意を傾ければ、潤は頭上に注意を向ける。
この近くにはいないようだと、報告してくる仲間に了解の旨を返し、Cerberusは双眼鏡を神社に向けて入れ違いになっていない事を確認した。
木々が多く、視界は良好とは言えないが、神社の方に異状は見えない。
話に聴く図体なら、よもや見逃すこともないだろう。神社の方も無事であることを告げ、場所を変えて探索を継続する。
「蜘蛛ですか‥‥まあ、デザインに面白みはありませんが、何かの参考にはなるでしょう」
ゲームの参考として、舞台に興味を示して依頼を受けた彩斗はさしておもしろいものを見つけた様子ではなかった。
至ってオードソックスな化け物である。探索とてRPGでは使い古された話であり、状況から何かを採用するにしても取捨と捻りは必要だろう。
「一班、敵と遭遇したよ‥‥ッ!」
緩やかな緊張を、一班からの無線連絡が破る。伝え来るレグの声は覚醒状態に切り替わり、一班が戦闘に突入した事を示していた。
無線の向こうで鞭のしなる音が響く。探索手順に沿った位置情報が示され、それを手がかりとして二班が急行する。
レグによる錬成弱体が施され、後方から矢と銃弾が立て続けに飛んだ。
後衛は二人ともかなりの後方に位置している。回避による巻き添えの心配はなく、京夜は持ち前の俊敏さで蜘蛛の攻撃をかいくぐる。
先に向こうに気づかれたため、全員集合のちの奇襲は行えていない。
となれば、全員が揃うまで耐える事が一班の最優先となった。蜘蛛のはき出した糸があちこちに張り付き、足場を覆っていく。
縦糸なら触れても平気‥‥なんて事もなさそうで、敵を捕らえるためにはき出されたそれが良心的だとも思えない。
動く場所を慎重に選びながら、敵の能力を見た京夜が感想を内心に漏らした。
‥‥戦いが長引くほど、こっちが不利になるタイプか。
そのうち、動ける場所も限られる事になるだろう。堪え忍ぶ方針とは微妙にかみ合わないが、全力を出せない今では致し方ない。
蜘蛛の攻撃を妨げるタイミングで、冬樹の矢が飛ぶ。乱戦による誤射の懸念もあったが、京夜が回避に専念してくれたおかげでその影響も薄い。
元来の作戦通りでいいのだと判断し、冬樹は照準を敵の足へと向けていた。
動き回る敵に対し、部位狙いの精度は本来低い。多少でも補正するため、狙いは敵が動きを示す先にずらされている。
「その行動は予測済みです」
突き刺さるに至らずとも、掠めた矢が敵の機動性を削いでいった。背後から複数の足音が駆けつけ、二班の到着を告げる。
空けた片手には閃光手榴弾を持ち、彩斗が対峙した敵との間に距離を測る。一つ見据え、
「本当にただ大きいだけですか。期待して損しました」
大きく合図を発し、ピンを抜いた手榴弾を投げた。
転がったそれが発動するのは30秒後、各自慎重にタイミングを計る中、戦闘は続けられる。
‥‥しかし手榴弾の発動を気にする余りか、傭兵たちの動きは多少ぎこちなくなっていた。
巻き添えを食らうのもよろしくないが、派手に動けば発動の位置がずれる可能性がある。ダークファイターの自分は多少の攻撃では倒れないのだと、Cerberusは回避を考慮せず、負傷を覚悟の上で蜘蛛の攻撃を受け止めにかかった。
此方を縛するという事は、向こうも動きがある程度制限されるということ。ましてや傭兵たちは一人で戦っているわけではなく、囮になった一名が攻撃を凌ぐ事が出来るのなら、攻撃の手はより確実に加える事が可能になるだろう。
まき散らされた糸で足場がなくなる事を思えば、後半ではそれもまた一つの作戦。
ある程度固定されたポジションに応じ、後衛たちは射線が通る場所へと移動する。神社の位置も多少気にするが、ここまでくればさして心配は見えない。
糸が締め上げる力は見た目以上に強く、Cerberusの体がきしみを上げた。踏みとどまる足に力を入れ、引き寄せる力に逆らえば手足が痺れ始める。
一部だけでも切断するべきか。周囲が一瞬迷うものの、今からナイフを熱するのは時間がかかりすぎる上に、本人が望んだ状況である故に攻撃は続行された。
せめて吐く糸を阻止出来ないかと、潤が狙いを付けて銃を撃つが、上手く弾を合わせられないのか、お互いの弾道を多少そらすだけに終わる。
「無茶するね‥‥ッ!」
鞭が再び地を叩き、レグから治癒の力が飛ぶ。
そして30秒、光の発動に必要な時間が満ち、転がった手榴弾から光が迸った。
傭兵たちが一斉に目を背ける。強烈な光は腕をすり抜けて目蓋を焼き、瞳を閉じて尚目眩を与えるが、失明するほどには至っていない。
一方、蜘蛛の動きは完全に止まっていた。
直前にサングラスを装着し、影響を最小限に抑えた伽織が数秒の中でいち早く復帰する。
止まった蜘蛛を好機と見るや、次弾を素早く装填。エミタから力を呼び出し、『影撃ち』の一撃で敵の足を正確に吹き飛ばした。視力を回復させた傭兵たちが、次々と畳みかけにかかる。
「さぁ夜雀、妖食いの時間だぜ!」
矢羽に指を添え、京一がつがえるのは弾頭矢。薄く翠色に発光する瞳が矢先の照準を合わせ、鋭さを増した一撃をエミタの力で放つ。
着弾とくぐもった爆音。狙いは多少それてしまったが、首元に埋まった矢が派手に破壊をもたらしていた。
頃合いだと見たのか、レグの鞭が二度振るわれる。一回は敵の無防備を再び誘う弱体の力、二回目は京夜に与えられる強化の力。
「京夜! やっておしまいッ!」
「レグ様の命令とあらば。んじゃ、悪いな――これで終いだっ」
足が強く地を踏む。流れ込む力によって覚醒状態が引き上げられれば、京夜が纏うオーラの輝きが増し、炎のような煌めきが更に重ねられる。
力が重なり、ライガークローが帯びる光は紅と白が交互に輝く薄紅。京一に開けられた首元の傷を狙い、膨大な力を伴ったかぎ爪が体奥へと深く抉り込まれた。
‥‥首をはねれば目眩も最早関係なく、吹き飛ばされた体が何度かバウンドした後、茂みに突っ込んだ蜘蛛は完全に動きを止めた。
武器で突っつき、反応を返さぬとなれば確実だろう。
念には念を入れ、アーミーナイフで蜘蛛の腹を突き刺し、子蜘蛛がいないのを確認した段階で、京一はようやく安堵の息をつく。
「居ないか‥‥あれ、キモイからなぁ」
戦闘を終え、覚醒を解かぬままレグが京夜に向かって笑んだ。
踏み込めばぐっと距離を縮め、鞭の柄先で京夜の顎を持ち上げる。
「‥‥京夜。今回の戦闘、なってないねェ」
「うぇ、がんばった方じゃ‥‥いや、え、あの、ぎゃ――!」
何かまともな言葉を返す暇もなく、しなやかな鞭が京夜の体を打った。空気を切る動きに、体より聴覚が先に反応を示し、それ以前の意識レベルで京夜が縮こまる。
しなやかな鞭をぐいと引っ張り、口元に示したレグが再び笑んだ。こんなもの大した事ないのだと、唇の動きでそれを告げ、更に言葉を現実として重ねる。
「物理攻撃力皆無なんだ、大したことないだろう?」
そして十数分後、傭兵たちはクレハのもとに報告に来ていた。
予想より遙か早い仕上がりにクレハは怪訝さを示し、暫し思索すると一つの問いを発する。
依頼内容は化け物の討伐、そして周囲の見回り。見回りは討伐対象以外にも危険な存在がないかという点において、念を入れて傭兵たちに依頼されていた事だった。
無論、化け物を探すための探索とはまた別の話になる。
報告した後は、潤も散歩がてら見回る気があったようだったが‥‥。
「‥‥皆様、もしかして見回りのことを忘れていませんか?」
「‥‥あ」
そんな訳で、更におよそ二時間半後。
今度こそ依頼を全て完了させ、傭兵たちはクレハの元に戻ってきていた。
一帯の安全を取り戻してくれたことに、クレハは笑みを浮かべて礼を告げ、仕事が終わるまでどうぞゆっくりして欲しいと述べる。
再び戻ってきた神社では、数人の職人による改修の見積もりが行われていた。
外観や耐久度、村の希望なども織り込んでバランスを取り、意見を交わしあって答えを導き出す。
より細かい調査のために、職人たちが各々神社の方へと散れば、クレハは結果を待つため傭兵たちの方に戻ってきた。
自身を労る傭兵たちにまた笑んで礼を告げる。八人は境内に散り、残った時間を思い思いに過ごしながら、帰りを待ち続けてくれている。
風に揺らされ、木漏れ日が目映く形を変える様子に冬樹は僅か目を細めた。吸い込まれるような、境内ののどかさに身を浸せば遠く子供たちのはしゃぎ声が聞こえてくる。
‥‥安全を取り戻し、神社で遊ぶ事が許されたのだろう。内心安堵混じりに推測を零し、空間に満ちる神聖さに思考の緊張がほどけていく。
風がそよぎ、木の葉が奏でる波音にはハーモニカの音色が静かに混ざっていた。
音を引く音色は、この景色に酷く似合う。風が痕を残すように、言葉を拒む感情にクレハが黙せば、吹き手であるCerberusが言葉を添えた。
「昔、恋人に吹いてやった曲だ‥‥今はいないんだがな‥‥」
調和する自然は古くからこの地に根付いている、引き込まれる感覚はある種の望郷に近い。
「名前を変えようと心はそう変わらないか‥‥懐かしさを感じるな」
覚える既知感は、かつてこの地にいたCerberusの記憶だろう。傭兵としての原点回帰を思い返せば、それは割と遠くなったものかもしれないと感覚が伝えてきた。
神社に思い出でもあるのかと、京夜がクレハに問えば暫し逡巡が与えられる。
記憶は子供の幻想じみたもので、本来なら口にするのも憚られるのかもしれない。
‥‥ただ、幼い頃。天蓋を覆う木々を感じ、不思議に守られているような感覚を壊したくなかったのだと。
正確に伝える言葉を持たぬ事に何度か口ごもりながら、記憶は纏まりを欠いたままに語られた。
京夜とレグから贈られた桜餡の手作りロールケーキは、休憩時間なのをいいことに早速食される。
「久しぶりに会心の出来だ‥‥スパルタだったけど」
レグ曰く、ケーキは覚醒状態で監督させて貰ったとのこと。切り分けた一切れを口にして、舌で溶けるクリームにクレハは瞳を細めた。隣でにこにこするレグを見れば笑みが深くなり、一口を食し終えれば完全に笑みを作る。
先に告げられる礼には感謝が示されていた。おいしかったのだとクレハは言葉を重ね、大切な手つきで食事は続けられる。
「今度はクラウも連れて紅葉を見に来よう。だから、がんばってくれ。期待してるぞ」
京夜の言葉に裏付けられるのは、クレハの仕事と思いに対する応援。誘いには頷きが返され、本日数度目の感謝がクレハの内心でひっそりと告げられる。
涼しさを孕んだ風が凪ぎ、見上げる純度の高い空色には、深い緑の枝葉が日差しを遮りながら重なっていた。
「桜や紅葉もいいけど‥‥陽射しを浴びて青々とした木も綺麗だよね」
色彩の強い、或いは生命力の季節とでも言うべきか。
強い日差しの下でこそ流れる水は輝き、自然を彩る。透き通る水が冷たさの恵みを示し、花々はこれぞとばかりに色を咲かせるだろう。
人知れぬ場所では、人以外の命も息づく。生命力溢れさせる夏は、動物たちにとっても活力の季節なのか。
「夏は、自然がもっとも美しく生きる季節ですから」
実を言うなら、季節の楽しみはまだ知り尽くしていないのだとクレハは伽織に零した。
「クレハちゃんは『紅葉』って書くんだね。何か由来があるのかな?」
伽織の問いにははい、と頷く。自分は三人目の子供だから秋になぞらえて『紅葉』、季節に沿った名前なのだと、口元を緩めて語りを終える。