●リプレイ本文
―――昼間はきっとまだいい。
お化けは夜にしか出ないというのが通説で―――今回のキメラも昼には出ないという話だ。
でも幽霊とは違い、キメラは昼にも確実にどこかに存在する訳で―――張り詰めた空気が痛く、寒さが肌に沁みる。
●下見
昼間でも人気が少ないのは寒さのせいか、それとも通り魔故か。
がらんとした町並みはモノクロ写真のように現実味がなく、取り残されたかの様な錯覚を彷彿とさせる。
今は昼間、だが神経を張り詰めている者は能力者達の中に何人いるだろうか。
まずは過去の襲撃地点に印を付け、その周辺で交戦場所を選定する。
広く、閉じられ、障害物が少なく、照明があり、屋根がある箇所。
流石に全ての条件を満たすのは難しいが、ある程度までならなんとかなりそうだ、と藤川 翔(
ga0937)は思う。
ただ室内と言うのが厳しく――キメラ討伐のためとはいえ、戦闘が予想される状況で、敷地を今から貸し出してくれる場所が少ないため―――そこまで多くの場所は確保出来ていない。
それでも全体的にチョイス出来た場所はそれなりに多く、これなら大丈夫かな、とクロード(
ga0179)は頷き、それぞれの場所を強く記憶する。
「‥‥何で‥‥男性の方を‥‥特に狙うのでしょう」
一人ごちる。
今回のキメラは女子供と集団は襲わないという習性を持ち―――後者はまだ判る、前者は?
「‥‥男性に‥‥不遇の扱いを受けた‥‥そんな人形をモデルに‥‥作ったのでしょうか?」
呟く。
「‥‥市松人形の呪いと言えば‥‥人形をモヒカンにしたら‥‥襲われた‥‥というのを聞きました」
人形でそれならキメラも恨むだろうな、とファルロス(
ga3559)は笑い、既に場所の選別を終わらせたのか緑茶などを飲んで寛いでる。
地図、懐中電灯、無線‥‥今回申請した備品はどうにか貸し出して貰えた。無線の質がそんなに良くないのが気懸りだが、大した支障にはならないだろうと判断し、愛輝(
ga3159)は懐中電灯を腰のベルトに下げ、一通りの準備を完了。
刻は夕方、間もなく夜が訪れる。
相変わらず周辺は静かで、耳を澄ませば雑踏の音が聞こえそうだが―――遠い。
●囮
しんとした静寂の中、能力者達の足音だけが耳に響く。
余りにも冷たい静寂はそれすら幻聴だと錯覚させ、能力者達から現実感を奪っていく。
立ち眩みのような感覚。
気が付けば市松人形がすぐそこにでも潜んでいる様な気がして―――当然のように、そこには何もいない。
人形自体は特別恐ろしそうに思わないが、この雰囲気は余り心地のいいものではない、とエリザベス・シモンズ(
ga2979)は思う。
隣にいる月森 花(
ga0053)は怖いものが苦手らしいが、仕事だとある程度は割り切っているようだ。
「子供は狙わないっていうけど‥‥ボク達こども?」
そう花がリズと目を合わせて首を傾げる、自分の身長と花の身長を見比べ―――狙って貰うのは難しいかもしれません、と苦笑。
キメラの襲撃を誘うため、能力者達は人数を三組の班に分けている。自分達はあくまで遊撃なので狙われなくてもさして問題はないのだが―――。
無線機から定期連絡が届いてくる、質が悪いせいかノイズが多い、声が良く聞こえない。
それを思うのは恐らく皆同じで―――囮班に所属する月影・透夜(
ga1806)も顔をしかめながら無線を終了させる。
隣ではドクター・ウェスト(
ga0241)が暗視スコープで辺りを見回しており――愛輝が黙々とその傍を固める。
吐く息が白く、進める足音がやけに響く。
街灯の光が闇を際立たせ、遠く伸びた影絵にすら最早恐怖心は皆無だ。
意識も感覚も全てキメラの気配だけに一点集中。
そんな透夜の肩をちょいちょいと突っつく気の抜けた指先。
仲間に一歩遅れる。
やけに小さい手が透夜の服を掴んでいる。
手は小さく、腕は長く。
身長など余裕で超えてるその腕、ありえないそのカタチ。
視線が合う。
着物の裾が風に揺れている。
にぃ、と歪められる狂気に満ちた笑い。
黒い髪が流れる。
むき出しの刃が鈍く煌く。
それは攻撃の合図で―――。
「で、出たああああああ!」
薙ぎ払われる刃が透夜の喉元を掠める、浅い。
「マジで怖いぞ、アレ! 待機班、こっちは遭遇した、全力で‥‥うわっ! 来た!! 怖っ!」
走る勢いを殺さず踊る刃、ケタケタと笑い声が響く。
「ほう、アレがイチマツドールのキメラか〜」
暗視スコープを外したドクターが走りながらそんな事を呟く、足幅は小さいのに物凄い速さだ。
「ビデオライブラリに似たようなものが〜・・・、さ、さ、サ●コ〜?!」
違うって。
●誘導
引き離すつもりなんて最初からありはしないのだが、全力で走ってるのに距離は離れるどころか縮まってすらいる。
速度の加減が必要ないのは楽だが、追いかけられるというのは精神衛生的に良くない。
追いつかれたら何か怖い事をされるんじゃないのかと―――いや、考えるまでもなく、追いつかれたらみじん切りにされる。
「‥‥ドクター! 先回りを!」
人形の足の速さは覚醒した透夜や愛輝とタメだ、ドクターでは確実に追いつかれる。
サイエンティストの支援がないのは辛いが、後衛を狙い打ちにされるよりはマシだと判断した能力者達はドクターと囮B班に離脱を要請。
出来れば翔の支援が欲しかったが、翔ではついてくるだけでも辛いだろう。
どうせこの速度なら5分もせず予定地に到着する、その程度なら耐え切れる―――!
無線機からはリズからの方向指示が飛び、そのお陰で誘導は順調。
能力者達は追い込むのか誘い込むのか、認識が一致しない点があったものの―――余りにも高速で移動する相手が幸いしてか、能力者達が攻撃する暇もなく、そのせいでキメラが途中で逃げ出すような事もなさそうだ。
人形が途中、駆けつけてきたリズと花に視線を少しだけ移し―――。
―――フ、と笑った。
「む、むっかぁ〜〜!? 何あれ〜〜!?」
到達したのは小さな古い体育館。
近づく人もいなく、それどころかここ最近は寂れる一方で、その内取り壊されてしまうであろう場所。
古くはあるものの、交戦には十分な広さがあり―――昼間に準備したお陰で室内には煌々と明かりが灯り、障害物も全て撤去されている。
市松人形と一戦交えるには絶交な戦場、出入り口は一つ。
追い詰めた。そう、能力者達が。
扉が閉ざされる、三人を追いすがって館内に飛び込んだキメラを能力者達が囲む。
自分を囲む能力者達を市松人形が怪訝そうに見渡し、嵌められた事に気付くとじり‥‥と身構える。
「へぇ、かわいいじゃないか。何であんなのが怖いんだ?」
ファルロスがそう漏らす。隠密潜行を使っていたのだろう、囲む数が更に増えた事で人形の表情が険しくなる。
「猫みたいな顔してるな」
人形が、跳ねた。
●逆襲
超機械による電磁場が発生する、人形の動きが鈍る。
流石に小回りの効く人形と言えど、広域攻撃は避け辛いのか、超機械による攻撃にはてこずってるようだ。
人形は回避だけではなく、攻撃も的確だ。
更に人形が飛ばす髪の毛という名の黒針はただ明るいだけでは回避が厳しく、着実に能力者達に打撃を加えていった。
だが入った傷の悉くはサイエンティストに回復され、人形は消耗する一方。
それでも尚人形は刃を振るう。回避しきれない攻撃に愛輝の足が引き裂かれ、追い討ちをかけようとする人形をファルロスの弾丸が制止する。
飛ぶ黒針を愛輝は辛くも受け止め、一旦戦線を下がる。
リズの射る矢が人形を一歩退けさせ、その隙間にクロードが滑り込む。
花のスコーピオンが火を噴き、貫通弾によって人形の肩がごっそり抜け落ち、よろける。
「ありがとうございます」
怪我を治療して貰った愛輝が後方に礼を投げながら前に駆け寄り、鋭い蹴りがその隙に叩き込まれる、吹き飛ぶ人形。
床に激突する前に着地をし、追いすがるリズの矢を回避する、今度は着物の裾が吹き飛ぶ。
「ふふ‥‥見えるよ、キミの動き。隙だらけだね」
花の攻撃を再びモロに受け、回避は間に合わない、透夜の攻撃を両手で受け止め、また吹き飛ぶ。
―――本当に軽い、まるで手まりでも攻撃してるかのようだ。
地面をバウンドしながら転がり、だがまだ起き上がる。
花が冷静に次弾を装填し、リズも矢を番える。
即射はそう何度も使えない―――というか、大抵は一度限りだろう。
人形に息をつかせないと言わんばかりに攻撃の雨が飛び、事実人形は交戦開始から一度も止まっていない。
翔とドクターウェストがまた超機械を操作しようとし―――
‥‥キッと、サイエンティスト二人を人形が睨んだ。
人形が走る、愛輝の攻撃を本人ごとかいくぐり、ファルロスの牽制に体がよろけるも止まらない。
リズの矢を飛んでかわし、透夜とクロードの制止をものともせず突破。
超機械を操作しようとする翔に接敵し、その両手を一閃。
超機械が壊れるまではいかなかったが、電磁場の発動が阻害される。
そのまま翔の足元を払う、どたんという豪快な音。
「やばい、あいつ‥‥!」
愛輝が駆ける、ドクターへの進路を阻まれた人形は反射的に方向転換。
リズへと駆ける人形を透夜が阻み、退けと言わんばかりに振るわれた腕を透夜は刃ごと掴む。
「‥‥まずは動きを封じないと。大きさから攻撃力は小さいが厄介だ」
振るわれたもう片方の刃が透夜の腕に突き刺さる、ジャケットを貫通し、透夜の顔に苦痛の色が浮かぶ。
だが透夜は離さない、人形がもがく。相手の体型が小さいのが幸いした、これならなんとか片手でも押さえつけられそうだ。
「いざとなれば、肉を切らせて骨を断つ、だな。伊達にファイターやってない」
クロードと目が合う、アイコンタクトは一瞬で終了し、透夜が人形を掴んだまま腕を大きく振りかぶる。
血管など余裕で貫通してるだろう、だが刃が抜けないせいで出血はそんなに酷くない。
だが腕はずきずきと痛む、頭が痺れて思考出来なくなる。構わない、人形を放る。
「兵法『窮修流』丸目蔵人、参る!」
宙を舞う体、受身を取るにも落下地点にはクロードが待ち構えている。
紫水晶の瞳と目が合う、本能的恐怖で人形がけたけたと笑う。
「手は綺麗に、心は熱く、頭は冷静に」
腰を落とし、刀を鞘に収めて人形を見据える。
射程は文句なしでクロードの方が長い、人形の刃は届かない、構えを崩そうと打ち出される黒針。
「一度剣を抜いたなら‥‥何事にも動じず‥‥」
―――愛輝のアーミーナイフが飛ぶ、体が煽られて黒針の狙いが逸れる。
黒針がクロードの頬を掠める、飛び散る自分の血にクロードは怯まない。
「刃圏に入りし悉くを‥‥斬る!」
人形の首が、飛んだ。
●事後
‥‥がしゃんと胴体と首に分かたれた人形が墜落する、切断面からは筋肉や神経らしきものが覗き、確かに生もので間違いなさそうだ。
翔は転ばされた時に体を打った打撲だけで、大した事もないらしく、ドクターとともに透夜の治療に当たっている。
治療を終わらせた翔がエミタに向かって合掌し、覚醒を解いた花も人形を見て困惑している。
「‥‥‥‥供養」
ぽつりとクロードが呟く、花は一瞬迷った後、こくりと頷く。
「人形はちゃんと処理しないとダメって孤児院の先生も言ってたから‥‥」
――――後日、華やかな着物を着た市松人形を模倣した人形が、どこかの神社にて人知れず供養された。
人形の起源など知る由もない。だが、きっと何かを思った人がいるに違いない―――。