タイトル:後方戦線・二日目マスター:音無奏

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/12 06:07

●オープニング本文


 雪こそ降っていないものの、漂う風は刺すように冷えている。
 灰色の大地に深雪が被さり、周辺には色素の薄い世界が広げられていた。
 ――吐く息までが白く混じり、ここだけは冬の長い世界。

「‥‥前線ではなく、後方に参じる依頼です」
 抑揚も乏しく、リエル・イヴェール曹長は言う。指される地図はロシア西部、空港から道路沿いに指を滑らせ、競合地帯に踏み込むかどうかの所で指は止められていた。
 これ以上は戦況が良くならない限り進むことは出来ぬと示された、前線すれすれの限界ライン。
 それが今回赴く拠点。小規模ながら空港を持つ街が隣に存在している、森林・山岳地帯に囲まれた小さな街だった。
「ここからもう少し東北に近づけば戦場です、連中の背中を叩く形なので怪我人が大量にいるわけではないのですが‥‥」
 バグアとは単純な戦力・性能差というモノがある。消耗は必然的に避けられず、慢心で後方をおろそかにする事は出来ない。

 今回、後方を担う傭兵たちが行える事は大まかに以下の数通り。
 補給地点周辺を始め後方の安全確保、空港から搬入する物資の護衛、前線への状況確認と報告、並び余裕があれば怪我人や消耗部隊の輸送・護衛。
 周辺の敵分布は現地で再確認する必要があり、しかし拠点周辺で上手く掃討が出来れば、後方に抜ける可能性があるのはキメラのみだろうと予測されていた。
 また、周辺で戦闘が起こるとしたら陸戦のみで、飛行ワームはおそらく此方に来ないだろうとの見立ても立っている。
 危険度はそう高い訳ではない。だが、今回傭兵たちに同行するのは後方専門の面々のみで、直接戦闘に加われる戦力は傭兵たち以外に存在しない。
 前回との差を問われれば、あれは特殊ケースなのだとリエルに僅かな苦笑が滲んでいた。
「情報の管制・中継は自分が担います。傍受したい方は無線機を忘れないように、それと一応防寒着も」
 今回も前回同様、KVの使用許可は下りているが、必ずしも使う必要はない。
 また、KVを使うなら走行速度には注意するようにと伝えられている。AU−KVやリッジウェイなどの陸戦専用機こそ問題ないものの、ワイバーンを除いた他の機体は、走行速度が高くないため直接護衛には向いていない、と。

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
ヴィス・Y・エーン(ga0087
20歳・♀・SN
クラリッサ・メディスン(ga0853
27歳・♀・ER
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
美崎 瑠璃(gb0339
16歳・♀・ER
ユウキ・スカーレット(gb2803
23歳・♀・ST
ハミル・ジャウザール(gb4773
22歳・♂・HG
秋津玲司(gb5395
19歳・♂・HD

●リプレイ本文

 深く雪を被った森林の中、山岳地帯の奥。
 色素の薄まった空と、黒に近い木々に建物のくすんだ赤茶。到着した街は静かで、人影は全くと言っていいほど乏しかった。
 代わりに用意されたのは、傭兵たちに使えと言わんばかりの開け放たれた広場。

 今回の依頼、後方の支援任務。
 傭兵達の仕事は、穿って言えば拠点と補給線の護衛で、幾ばくかは情報取得や救助の部分も噛んでいる。
 やる事こそ多いが、決して難しい話ではない。目立たないが重要な仕事であり。
「縁の下の力持ちってやつかな‥‥」
 そんな事を思い、月森 花(ga0053)の口から言葉が漏れた。
 補給拠点がなければ、傭兵を含めた戦士たちは前線で戦う事が出来ない。此処を守りきる事が、前縁で頑張ってる人たちを助ける事になる。
「♪犬は喜び庭駆け回るっ‥‥じゃないけど。Lapis、今回は思いっ切り走り回ってもらうからねー。頑張ろっ!」
 似た心境を抱え、美崎 瑠璃(gb0339)がワイバーンのコンソールに触れた。寒い上に忙しいとなれば良好な環境とは言えないが、こういった裏方の仕事も最前線の戦闘同様に気は抜けない。
 元気を出していこう、そう思えば寒さも少しは薄れ、今日一日動き回る事も出来る気がし始めていた。
 ――或いは、戦う事より助ける事が性分なのか。乾いた音を立てて閉じる地図の奥、K−111改の座席で煙を吐く唇が覗く。

 それぞれの役割に応じて、傭兵たちは三つの班に分かれていた。
 ハミル・ジャウザール(gb4773)は花と共に。借り受けた車両の横で準備を整える傍ら、任務の反復を行っている。
 物資から申請したのは毛布・カイロといった暖を取るもの、それと幾つかは自前で用意した食料類、救急キットは持参。
 二人の仕事は前線の情報取得、余裕があれば負傷者の救助であり、回収が必要な人員の状況を考えれば適正なチョイスと言えた。
 ‥‥借り物の車両、大事に使わないと。
 言い渡された仕事はどれも初めて行うものであり、戸惑いを孕めば、何事も経験なのだと前向きに意志を固める。
 全て整ったのだろう、口元をマフラーで覆った花が助手席に乗り込み、出発の合図を示した。
「さぁ、行こう」
 クラリッサ・メディスン(ga0853)、UNKNOWN(ga4276)、秋津玲司(gb5395)は周辺の安全確保を。
 UNKNOWNからの申請は、人数分行き渡らせた地図と飲料・毛布の予備、連絡の確立に行動範囲の確認。自分たちというよりは全体向けの調整に重点が置かれており、備えを厚くするものだった。
 前線の人々と共に戦いたかったのだと、玲司が内心注ぐ憧憬は理性によってたしなめられる。経験が浅い事は理解していて、彼らの枷になることは望んでいない。
 結論は出ていた、はやる気持ちはこっそりと埋め置いて、今現在、自分が出来る事に全力で臨む。
「後方の安全確保も、重要な任務のひとつ。さて、頑張るとしますか」
 空港からの物資護衛はヴィス・Y・エーン(ga0087)にユウキ・スカーレット(gb2803)、瑠璃が。
 駆け足で拠点内の物資点検を終えてきたのか、重点的に搬入して欲しい物資リストがクラリッサより護衛班に託されていた。今までの戦いで、医薬品は幾らあっても足りない事を理解しているのだろう。リストにはその辺の記載が特に多い。
「サイエンティストの端くれとしては自分が出来ることはせずにおれませんもの‥‥。再び戦場に立たせる為の治療に矛盾を感じない訳ではありませんけれど」
 リストを託した後、機体のコックピットでクラリッサは一人ごちる。
「物資が無い事には継続して戦闘できないからねー、ちゃんと届けてあげないとー‥‥はー、早く終らせて、あったかいコーヒーで温まりたいもんだよー」
 護衛班では、一帯を満たす寒さにヴィスがぼやいていた。−10℃を越えない比較的マシな気候とは言え、氷点は超えている。
 白い息が風に揺れ、銀色の景色に重なれば春が間近だとは信じがたい。ここは本当に同じ地球なのかと、ユウキの心までが悴みかけ、二度漏らす息が風花に混じった。

 数々の準備を終え、傭兵たちはそれぞれの目的地に向かって出撃する。
 細かく行われる定期連絡は各人の現在状況を明確にし、それに応じて付近の情報が無線によって伝えられていた。
 クラリッサより付近の敵情報を問われれば、リエルは前線から推測される概要を述べていく。
 前線を抜け、後方を狙う敵は決して多くない。空港と拠点の二つに目標が分散してしまっていて、いっそまばらと言ってもいいくらいだが、逆に纏まった殲滅が困難で、常時の警戒を強いられる。
 取り合えずは、拠点周辺の安全を確保しておく必要があった。聞き出した情報から、クラリッサは敵がいるだろう地域に向かう。玲司は地上から拠点付近の見回りを、UNKNOWNは上空を旋回し、付近に敵影がいないことを確認すれば捜索範囲をより大きく伸ばしていく。
 樹影は深く、視界は悪い。緊張感がうっすらと引き延ばされ、戦いの兆候を求めて感覚が鋭敏に張り詰める。
 静止した空気に、触れるかのような些細な感覚。元となる方向に機首を回し、首に提げた双眼鏡を向ければUNKNOWNの視界が不自然な錆色を捕らえた。
「拠点東北2.5km地上‥‥ゴーレムが三機、だな」
 報告を送れば、各人から返答が立て続けに返る。30秒もせずして、同期した情報パネルから敵の位置が地図に表示され、クラリッサと玲司の現在位置から、最短で辿り着くルートが続けて表示された。
 誘導に従い、二人が機体を走らせる。その間、UNKNOWNは一帯の旋回を続け、がら空きになった拠点付近を含め、他に敵影がいないことを確認していた。
 敵に辿り着くのは、クラリッサの方が早い。機盾「アイギス」を片手に、構えたマシンガンの照準を合わせる。
 この辺一帯は疎開命令が敷かれていて、軍以外の誰かが巻き込まれる心配はない。間合いを取り、敵が一歩踏み出すことで相手を射程に収まれば、トリガーと同時に、弾倉が立て続けに打ち出される快音と火花の白が咲いた。
 火花と衝撃、コマ送りのモーションで揺れ動く視界の中、クラリッサは自らの攻撃に手応えを感じる。
 効いている、だが数を含めれば分は良くない。一歩後退したのは相手の攻撃とほぼ同時で、レーザーが盾を掠め、腕の傍を熱線が擦過していく。
 後二ターンほど、管制から持ちこたえる時間を数えつつ、ここは控えめに牽制するべきだと思考が結論を出した。
 離れた距離を詰められそうになったら、すかさずトリガーを引き、弾幕を打ち込んで進路を阻む。被弾の衝撃に一機が硬直している間、目標を別のゴーレムに向けてこれも牽制。
 しかし攻撃の密度が足りない事は補い切れず、一体に攻撃を向けている間、弾幕の隙間を縫われ、盾を持つ腕に一太刀を受けた。
 痛みが体を走れば、集中力がぶれる。声が漏れるほどの痛みではないが、操縦桿を持つ腕から力が抜ける。
 が、保っている意識の間、玲司の到着が無線より告げられれば、なんとかなりそうだとクラリッサの表情に笑みが浮かんだ。

 ――空港。戦線が保たれているゆえか、ここに辿り着くまでは平穏そのもので、しかし障害物のないだだっ広い滑走路に到着してみれば、遠方は戦いらしき砂埃が舞い上がっている。
 小さな空港だ、しかし前線に近いゆえ標的となっているのだろう。
 戦線が易々と抜かれる事はないだろうが、兆候が視認できる程度には敵が近く、見つかる前に運んでしまおう、そう三人に思わせるには十分な状況だった。
 食料、機材、弾薬。大量な物資を積んだ三台の大型トラックを伴い、三人は空港から出発する。
 部隊の前方には瑠璃、後方にユウキを、ヴィスのLM−01は二人に挟まれる形で部隊の直衛に。距離と戦場が離れすぎているのか、全員の情報統括を行う余裕こそヴィスになかったが、自分たちの周辺に限定すれば、処理は十分に間に合わせる事が出来た。
 戦線から抜けた敵が増えれば、無線から報告が飛ぶ。情報に返答を返して数分もせず、岐路にさしかかる前方辺り、瑠璃が遠目に映る敵影を確認した。
 輸送隊に停止を促し、武装を手にする。向こうも此方に気づいたのか、自分たちに向かってきている。
 ライフルで射撃する時間はない、輸送隊を巻き込まないように、瑠璃は数歩前進して率先的に距離を詰め、レイピアを構え素早く切り込んだ。
「あたしのレイピアが! 光って唸るーっ!!」
 ユウキも輸送隊前方に移動し、瑠璃を援護できるポジションに位置する。ヴィスは輸送隊の傍から離れず、万が一に備えて警戒を続けている。
 交わす剣戟が金属音を響かせ、レイピアを握る瑠璃の手に手応えが返った。身を引き、距離を取って敵の攻撃を弾き返し、再び空いた距離にマシンガンを打ち込む。
 銃撃の反動、そして受けた衝撃に空白が出来、その瞬間を狙って、ユウキの放つ高分子レーザー砲がゴーレムに向けて飛んだ。
 被弾を示す着弾音、敵に身悶える暇を与えず、瑠璃のレイピアが被弾したばかりの場所をなで切りにする。
 当然、破損した箇所の方が無傷な所より脆い。刃先は敵の装甲を抉り、内部に届いて削り取る。
 戦闘をちゃんと進められている事に対し、ユウキが安堵の息を吐いた。ひとまずは及第点、ワイバーンの初陣で不安もあったが、なんとかこなせそうだ。

 ハミルの運転で、花たちは前線に向かう。
 良くない視界で注意がおろそかになることを懸念し、速度は控えめに。前方とミラーを交互にチェックし、道中の変化に気を配る。
 半分ほど開いた窓から風が零れ、花のマフラーが靡いた。
 耳を済ませば、極僅かな轟音が聴覚に触れ、前方の戦闘を予感させる。
 視界が開けた先、二人が見る前線は、大分攻め手に偏ったものだった。
 追撃という形ゆえだろう、UPC側の塹壕はまだ少なく、敵拠点だと思われる街より離れた場所から、じわじわと戦線を狭めている。
 単体の性能ではバグア軍の方が強く、数で勝ってるとは言え、UPC軍の消耗は避けきれていない。
 着弾により塹壕の一角が目の前で爆散し、砂吹雪に目を背けたのも束の間、花は素早く車から降り、兵士達に混ざって負傷者を下がらせた。
 その間も轟音と怒号は止まず、目の前の兵士を下がらせたのちに周辺の確認を。より消耗の多い塹壕に滑り込み、攻撃が止んだ隙間を縫って後退を促す。
 ここまで押してきた分、バグア軍の抵抗が比較的激しいのだろう。後方からは輸送車が満載になった声が飛び、下がる旨が伝えられる。
 戦場に長居する事はよくない。花は自分が護衛に来たことを説明し、車から降ろした物資を手早く配ったのち、輸送車の助手席に乗り込んだ。
「必ず連れて帰る‥‥少し我慢してね」
 ドアを閉めるとほぼ同時に、声が上がって車が発進する。ハミルは状況確認を兼ね、連絡要員として前線に残った。
 事前の説明通り、前線は追撃戦になっている。が、バグアとて勢力拠点を手放すつもりはないのだろう、この辺は攻防戦だ。
 自分と共に行動する余裕がありそうな兵士は見あたらず、ハミルは単身状況を確認しては逐一後方に報告する。
 大がかりな戦闘は初めてで、本当なら前線での戦闘も誰かに教えを請いたい所だが、これでは自分で見て学習するしかないだろう。
 最も、正規軍のKV部隊は少なく、この辺りでKVを扱うのは自分たちだけだから、学ぶ時は応用が必要になりそうだが。
「対多数の陸戦なら、まずは塹壕を使って攻撃を凌ぎます。飛び武器を持てば自分たちからも反撃出来ますよ」
 少しは気を利かせてくれたのか、リエルが説明を添える。
 一通り見回った頃、ハミルは一旦前線後方に戻り物資を積み上げた。ココアは後で淹れるとして、お酒はどうしようかと悩めば、適当に積んでおけばいいのだと無線から返事が返った。
 気付け用には品種が微妙らしい、説明に内心頷き、他に用途も思いつかないハミルは毛布の横にお酒を積み上げる。

 初回ではない、拠点周辺で行われる別の戦い。玲司が放ったレーザーを最後に、ゴーレムは完全に動作を停止した。
 戦闘を終え、クラリッサは一息をつく。この辺は粗方見て回っていて、一度帰還しても良さそうな頃合いになっていた。
 現在、花が負傷者を連れて拠点に帰還している真っ最中で、護衛班もゴーレムを突破して拠点に向かっており、色々とごたつく頃だろう。
 ユウキもいるのだから、強いて戻る必要はなさそうだが‥‥‥‥ほぼ直後、花とUNKNOWNからそれぞれ敵出現情報が無線に入る。
 前線のどこからか紛れ込んだのだろう、花からはゴーレムとの遭遇情報が、その花たちの帰還進路へ重なるように、UNKNOWNから複数キメラの目撃情報が飛んだ。
 ――とりあえず、帰還はもう少しお預けらしい。
 かなりの経験と強さを持つ花だが、生身でゴーレムと対し、更にキメラと遭遇するとなれば負傷者を守り切るのは手に余る。
「ここは抑えておく、とするか」
 UNKNOWNの参戦宣言に、リエルから了解とひとまずの制止が飛んだ。
「最速で駆けつけられる着陸路に誘導します、管制に従って下さい」
 山岳・森林地帯を多く含む拠点一帯の地形で、着陸を行える所は決して多くない。
 接触してからの着陸が一番早いのは確かだが、空対地攻撃は命中率が皆無に等しく、目くらましくらいの効果はあるとしても、機体の安全より優先されるものでもない。
 何より、降下中は機体が隙だらけになるので、空中変形着陸は余程でない限り禁じ手とされ続けていた。
「了解した」
 言葉を交わす間も惜しく、指示された箇所で着陸を行い、人型に変形したUNKNOWNのK−111がグングニルを構える。
 道路の先には、怪我人を気遣って速度を出し切れない輸送車と輸送車に追いすがるゴーレム、助手席から身を乗り出してゴーレムに応戦する花。
「皆の命、ボクが守ってみせる‥‥」
 生身でゴーレムの攻撃を受ける事は流石に辛いのか、外套の袖は一部がほつれ、消し飛んでいる。
「花、キメラはこの先だ」
 言外に注意を促し、KVと輸送車が道路ですれ違う。玲司とクラリッサも此方に向かっていて、後方では彼らが花に加勢してくれるだろう。
「――らいおんさん、参上」

 その後。大した怪我人も出る事はなく、未だ前線にいるハミル以外の傭兵は拠点に帰還していた。
 見回りなどは、各人の補給を済ませてから再開する事になったらしい。
 KVを整備に預けている間、クラリッサとユウキは運ばれてきた怪我人の手当をしている。
「えへへ。リエル曹長、どうかな? あたしもLapisも、この前より頼もしくなったでしょ?」
 空港からの路程、護衛班は遭遇した障害を残らず蹴散らし、物資は滞りなく届けられていた。
 瑠璃から同意を求められれば、リエルは思索するように沈黙を挟み、記憶に差異があることを認めれば、頷きを返す。
「そうですね、そんな気がします」