タイトル:【DA】ブリンディシ急襲マスター:音無奏

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 12 人
サポート人数: 4 人
リプレイ完成日時:
2009/05/16 06:53

●オープニング本文


「空戦って嫌いなんですよね、‥‥僕、障害物の森でうろちょろする方が得意です」
 一般人なんだからそれはそうだろうと、ユズが一般人だと露程も思っていないイネースは内心頷いた。
「『あれ』は使わないのですか?」
 イネースが問えば、ユズは不思議そうに首をかしげる。「人形です」と事務的に付け足す声に、ユズはああと頷いた。
「使いませんよ。‥‥今回は『僕が作った凄い兵器』であって、『博士が作った凄い兵器』ではありませんから」
 違いは主にネーミングセンスにあるのだと、イネースは以前ユズに語って貰った事がある。
 戦利品とでも言うべき鹵獲KVに腰掛けて、ユズは実に楽しそうに笑んでいた。
 作品における自信、或いはこれで戦場を蹂躙する事に対する高揚と既望。思い出すそれはそう遠くない内にイネースも体感する物で――。
「じゃあ――始めましょう」
 ユズの言葉にイネースは頷き、回線が開かれる。


 依頼概要に示されたのは【イタリア地域:輸送護衛】、担当者の名前はユネ・ケルタン。それと共にもう一人の名前が記されており、注釈には今回の暫定代理である事を付け加えられている。
「ユネ・ケルタンが過労でぶっ倒れたらしい」
 訝しげに顔を見合わせる傭兵たちに対し、クラウディア中尉は淡々と現状を説明した。

 今回の件は、ユネが担当していた一連の事件とも関係する。
 かつて、占領地帯だったイタリアの復興はまだ終わっていない。幸い、スペイン・バルカン半島ともに人間側は主権を取り戻し、回復は徐々にだが進んでいく‥‥筈だった。
「‥‥前回の続報から始める」
 ‥‥人災とでも言うべき大混乱に見舞われたイタリア・ナポリ地域。
 発電所は故障し、事故による線路・運輸の停止、キメラの活動も活発になり、結論から言えば――治安の低下。
 物資が届かず、キメラの討伐がされたとはいえ払拭しがたい不安。食料がなくなるかもしれない――そんな噂が一人歩きを始め、その結果は。
「‥‥暴動寸前、だな」
 対処が後手になっていると言われれば返す言葉もない。
 バグアが攻めて来たわけではない以上軍にとっては管轄外で、『事故』の対処はそれぞれの業者が復旧を行うのを待つしかない。
 それは時間の問題であり、しかしその最中にも様々な事項が悪化し続けている。
 停電は依然として続いたまま。発電所は復旧寸前でまたショートが発生し、もっと深いところで見落としがないかの再検査で復旧の目処は未だ立たず。
 交通に関しても、新たなキメラの被害が重なって復旧の進捗は思わしくない。軍も各地方に部隊を派遣し、治安維持に乗り出してはいるようだが――。
「とりあえず‥‥物資と食料が問題だな」
 国内にも備蓄はあるが、それを使い切るのは国力の低下を意味する。イタリアの周辺三島がまだ危険地帯に属し、すぐ近くにアフリカがある身としては好ましくない。
 空輸は輸送量の都合で供給が追いつかず、イタリアの負担は確実に増していた。
「‥‥モンテネグロから海路で物資を輸送する、今回はそれの護衛だ」
 モンテネグロはギリシャの北方にある。イタリアとの距離はごく僅かであり、三島経由の地中海ルートが危険な状況では最短で突っ切れるルートの一つ。
 もちろん、『潰すとしたら』の第一候補地でもある。
「順調なら移動は一日で‥‥」
 ブザー音が耳をつんざく、それに対してクラウディア中尉が顔をしかめ、ほぼ直後のタイミングで伝令が入ってきた。
「お話中失礼します。‥‥ブリンディシが、イネースに」
「‥‥なるほど、そっちで来たか」
 ブリンディシはイタリア東南部にある、長靴と呼ばれた半島のヒール部分、今回の目的港だった。


(「Message: 戦闘起動:ガーディアンとのリンクを確認:A完了:B完了:C完了:D完了:システムオールグリーン――」)
(「Mode: Marionette」)
 太陽の光すら受け付けないように、黒の装甲は闇色に淀んでいた。血よりも昏い赤が飾り模様としてそれを彩り、黒の機体はイオニア海に禍々しく君臨する。
 それをとりまくように四機のウーフーが、武装と搭乗者以外はかつてとさして変わる事のなかったまま。黒の機体を守るように、物言わず無機質な武装だけを向けていた。
 ――ウーフーには見覚えのある傭兵もいたかもしれない、乙女座と交戦して鹵獲された機体たち。
 放映されるのは交戦記録。未確認機体の接近を察知し、迎撃に向かった一部隊が容易くねじ伏せられる映像だった。
 大量のキューブが取り巻くせいか画質は悪く、だが辛うじて状況は確認出来ている。
「キューブと、‥‥あれは、KVなのか?」
 ウーフーのせいか、周囲のキューブは動きが普段より早い気がする。
 黒い機体のフォームはワームではない、そして発する信号は登録されていたものであった。各KVはそれぞれ搭乗者の情報が記録されており、基地から確認する事が出来る。
 ――KVだ。ただし、元がつくが。
「‥‥PM−J8、アンジェリカ」
 空に舞い、光条を放つ冷酷な姿に元の面影は見られない。ただ一つ、おそらくは元の搭乗者のものであろう、鴇の紋章がこれ見よがしに引っかけられていた。
「――『リリス』。裏切り者の死に損ないに、相応しい名前でしょう?」
 直接回線に向けられた。イネースの声が。
「死に急ぎたい方はどなたですか」
 ノイズ混じりに歪んで響く、宣戦布告。

●参加者一覧

御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
棗・健太郎(ga1086
15歳・♂・FT
如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
終夜・無月(ga3084
20歳・♂・AA
南部 祐希(ga4390
28歳・♀・SF
瑞浪 時雨(ga5130
21歳・♀・HD
藍紗・バーウェン(ga6141
12歳・♀・HD
クラウディア・マリウス(ga6559
17歳・♀・ER
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
御崎 緋音(ga8646
21歳・♀・JG
辻村 仁(ga9676
20歳・♂・AA

●リプレイ本文

 海上には、緊張と悪意が喜悦と混ざり合って薄く張り詰められていた。
 ガリーニンから出撃した傭兵たちに、黒いアンジェリカたるリリスが対峙する。

 リリスが一機、それを囲むようにウーフーが四機。
 敵の周囲は一機ごとに八機のキューブが浮遊し、六組のロッテに分かれた傭兵達は、それぞれ簡易的に割り振った相手へと向かった。
 御影・朔夜(ga0240)、終夜・無月(ga3084)だけはリリスの相手を。ウーフーの輪を突っ切って入り込めば、ジャミングによる重い不快感が二人を襲う。
 南部 祐希(ga4390)と共に空を駆け、慣れ親しんだ感覚が御崎緋音(ga8646)を満たす。深い既知とのかつてに酷似した、覚えのある感覚。
 僚機の機体が共通するからだろう、機体のカスタムこそ各人によって違うが、肌が機体の特性を覚えている。
 黒いアンジェリカ、元は藍紗・T・ディートリヒ(ga6141)の機体。
 機体を敵に使われる背徳、緋音が望むのはそれを彼女の手で始末させてあげる事で、目的には障害を排除する事が必要だ。
 祐希をロッテの前衛に。詰めた距離、視界に浮かぶキューブへと照準を合わせ、超伝導アクチュエータのトリガーを弾いた。
 ‥‥ここで一気に減らす。
 射出した弾丸がキューブの傍を擦過する、手応えがないのを確認しながら弾を再装填して更に一発、‥‥駄目。
 機体能力で運動性は引き上げられているのに、当たらないもどかしさが不調と共に目眩を募らせる。上手く動けない事に対する苛立ち、ロケットランチャーがあらぬ方向で爆発を起こし、祐希が唇を噛む。
 ごく僅かな動きを示し、瑞浪 時雨(ga5130)が放つロケット弾はキューブに回避される。
 ゼラス(ga2924)のMSIミサイルも同様に、余波が響いた様子すら奴らには見えない。
「んっ‥‥。やっぱりこっちはきつい‥‥?」
 レーダーを狂わせる元来の能力に加え、速度の上がったキューブは攻撃を受け付けない。その様子を確認すると、ゼラスは武装を持ち変える。
「この頭痛キューブが! その面、蜂の巣にしてやるよ!」
 手動でライフル系の照準を合わせれば、ミサイルよりは気休め程度の効果を得られよう。が、操縦者にも影響を及ぼす怪音波の不調は響く。
 ――捕らえ切れていない。
 キューブの速度が上がったとは言え、精々その辺の機体と同等な運動性。しかし両者が重なる事で攻撃の殆どが捌かれている。
「祈りはいらない‥‥。成すべきを成すだけ‥‥」
 戦いの意志は萎えていない、不吉な感覚を微かに抱いたまま、時雨は敵を見据えて新たに照準を合わせる。

「――久しいな」
 かつて交わした言葉を、朔夜が回線に向けて問う。
 鹵獲された事に後悔はしていない。そぐわぬ饒舌さも昏い悦楽として、惚れた女性への贈り物だと思えば、自らの機体すら安いものだと口ずさむ。
 ――自分の機体は、言葉通り庭に飾っているのか。
 問いに挟まれるのはやや長い沈黙、思索を挟み、城を貰いに来たのだとイネースは短く告げた。
『飾る場所は、綺麗な方がいいですから』
 戦いの先手は朔夜が握る。無月の行動に合わせるべくキューブに狙いを付け、その隙間をリリスが縫う。
 装置が帯電を繰り返し、発生した電流が無造作に朔夜を捕らえた。電撃が機体を走り抜け、硬直に畳みかけるように電撃が三度繰り返される。
 通信装置からは機体が破損するノイズ。フィードバックされたダメージが体を打ち、硬直した腕と共に息を詰まらせた。
 照準をつけ、無月からK−02ホーミングミサイルが放たれれば、交戦の視界が白い煙で埋め尽くされる。
 連続する爆音と、一層広がる白煙。煙が散った後には、お互い変わる事もなく飛行を続けていた。
 ――敵に届かぬまま、カプロイアミサイルは空中で同士討ちを引き起こして散る。
 少なからず驚愕する二人に対し、リリスは攻撃の手を緩めない。朔夜が反射のままに攻撃を向け、キューブが回避するのを後目に。二機に近づくと、放たれる光条が宙を舞った。

 (「駄目だ」)クラウディア・マリウス(ga6559)は直感する。
 ウーフーに対した四組は、いずれも苦闘している。突破はおろか、攻撃を当てる事すら出来ていない。
 キューブ掃討の加勢に訪れたシエルと世鳴。クラウディアとロッテを組む如月・由梨(ga1805)もまた同様に。
 辻村 仁(ga9676)が放ったカプロイアミサイルこそキューブを捕らえていたが、それも撃墜には至らず、膠着が続いていた。
 慣れぬ頭痛に、八神零(ga7992)がぼやきを漏らす。目の前の障害すら越えられない自分に、藍紗が不甲斐なさを噛みしめる。
 傭兵達が、ウーフーの攻撃を受けた所で傷は掠めた程度。それも積み重なり、ゼラス&時雨ペアは満身創痍が近づきつつあった。
 二人が対するのは、奇しくもゼラスのウーフー。焦り以上に苛立ちが募るも、事実どうしようも出来ていない。
「てめぇらに使われるってのはな、癪を通り越してイラつくんだよ‥‥っ!」
 叫びに応える奇跡は起きない。キューブがウーフーを操っているのか、棗・健太郎(ga1086)が推測を張り巡らせるが、その様子は見えなかった。
 リリスの光条が、無月を穿つ。予想より強い衝撃が機体を揺さぶり、痛みに耐えながら無月は機体の飛行を支える。
 味方が各自の敵を抜けられてない以上、自分達が離脱した所で状況の打開にはならない。
 片方がリリスを引きつけ、片方がCWの殲滅に専念しようと思うも、キューブへの攻撃は周囲同様に振るわぬままだ。
 由梨が気遣わしげに耳を傾ける。報告される無月の被弾を聞き、心を焦燥が満たす。
 もしもまた「あのような事があれば」。心の片隅が黒く染まりかけるのを制止し、保った冷静さで戦いへと没頭した。
 戦場に目を広げながら、クラウディアは次弾を装填し、狙いを付けキューブを穿つ。攻撃は届かず、キューブに回避されて海の彼方に消える。
 返る手応えは『このままでは勝てない』。根拠こそないが、クラウディアは自身の感覚に突き動かされ、表示される情報と記憶を必死で改める。
 仁の戦いを見る限り、カプロイアミサイルはキューブに対して有効なのだろう。しかし無月が放ったそれは届かずに散った。
 ‥‥ジャミングが濃いから、とか。
 ジャミングは近づけば近づくほど濃度を増し、キューブを中心に発されている。敵の陣形はウーフーを四方に配した大型ファイブカード。
「‥‥あ」
 ――つまり、五機周辺で発されるジャミングはお互いの範囲に重なり、効果を増している。
 直撃を受ける場所も、普段よりかなり広くなっているはずだ。
 中心のリリス、或いはリリス周辺のキューブを射程に収めようとすれば、必然的に四十機が織りなすジャミングの中に突っ込む事になる。
 この陣形の前では、長射程を誇るカプロイアミサイルすら例外ではない。故にミサイルは誘導を狂わせられ、同士討ちを引き起こして散ったのだろう。仁の攻撃が届いたのは、陣形に近づかずにいたから。
「‥‥っ!」
 アンジェリカの片翼を砕かれ、時雨から呻きが漏れる。幾度も穿たれた体はダメージを積み重ね、今も痛みを残している。
 痛みは脳まで達し、揺さぶられる意識が諦めろと訴えているようだった。
 力が入らず、操縦桿を握る手が萎えそうになる。弱音を漏らしそうな自分を強く叱咤し、戦意を立て直した。
「辻村さん‥‥出来るだけ敵から遠ざかって、カプロイアミサイルでキューブを攻撃してみてください!」
 クラウディアが無線に向かって要請を出す。出した答えに迷っている場合ではない、傭兵達の機体には綻びが出ていて、どのみち退路は細い。
 ここで敗れればイタリアが壊れてしまう。光のブレスレットが浮かぶ腕は、無意識にペンダントに添えられる。
 自分達はキューブの動きを捕らえ切れていない、だがこれで一角を崩すことが出来れば、陣形に綻びが出る。
 このままリリスと対するのは不利であることを悟り、僅かな不本意さを孕みながら、無月と朔夜が本格的に遁走すべく機を返した。

<Start: ブースト空戦スタビライザー>

 光条がリリスから放たれ、機翼を切り裂く。バックミラーが光に染まり、続いて衝撃が体を穿つ。
 左翼破損、機体装甲剥離。飛行を崩し、離脱どころじゃなくなった朔夜の機体がまた一撃を受け、機体の上下が完全にひっくり返る。
 痛みを通り越した完全な白、重心がおかしく回り、機体が海面に墜落する。
 機体を返し、リリスは反対方向に離脱した無月に狙いを付ける。先手をリリスに取られたためか、距離は取り切れていない。
 加速をつけられれば、或いは。
 墜落した相方を気遣いながら、しかし確認する余裕がないことに歯噛みする。
 後方から白が舞い、光に相応しい速度で追いついてきた。

「‥‥50秒間近」
 イタリア軍接近の報を受け、救助班が海上への降下に備える。
 ミカガミの片翼をもぎ取られる。直撃よりは遙かにましだが、損傷した機翼がバランスを維持しきれない。
 幾度もの追撃を凌いだ機体はとうに限界が近く、踏みとどまる激動の中で追撃の衝撃が走る。
 エンジン停止、絶望的な知らせをアラームと共に表示させ、ミカガミが海に落ちた。

 敵のいなくなったリリスは、藍紗達の方へと向かう。藍紗達にとってはある意味好都合ではあったが、今は状況が悪い。
 付近のキューブは二機ほど落とせている。が、落とすべき敵を前に、藍紗の感情が力及ばぬ事を訴える理性とせめぎ合う。
 唇からは、悔しげに呻く息が漏れた。
 万事休すか、そう思ったのも僅かな間。仁と零が戦域に割り込んで来た。
 二人がウーフーを突破し、自分達の加勢に来たことが管制によって伝えられる。予定からは大幅に外れたが、仲間はまだ共に在った。
 キューブ達の相手を仁達に託し、藍紗は棗と前衛を入れ替える。
 手が空いたとは言え、自分達はまだキューブの範囲内、逃走の先には総崩れが見えていて、持ちこたえるしかない。
 出来るか、という問いは考えないようにした。手に取った鬼の面を被り、感情を覆い隠す。
「‥‥我が魂を弄んだ罪‥‥決して許さぬ」
 剣翼を翻して切り込む、キューブの影響下では光学兵装が使えない。手応えがないのを予想通りとしてすぐさま旋回し、ごく僅かに遅らせたタイミングで棗が、藍紗ももう一度機体を走らせる。
 連続で行われる接近戦。リリスは機体を落として回避、目標が元の位置から大きくそれ、旋回も大きくなった二機に対し、リリスの光条が舞う。
 すがりつくように攻撃が吸い込まれ、機体が揺れ動く。
 ウーフー戦によって生じた綻びが、攻撃を受けて機体に響く。
 ‥‥まずい。
 何度も持ちこたえられるものではない。攻撃を行うためのスピードは削がれ、距離を取ったところでもう一度旋回。敵と再び対し合い、瞬間光の帯が藍紗の機体を貫いた。
「‥‥粒‥子、砲」
 痛みが行き場をなくし、呼吸を止める。腹を貫かれるような空白がフィードバックされる。
 よもや自分の機体にトドメを刺されるとは。思考だけ動く時間の中で無念さを抱き、藍紗の機体が海面に堕ちた。
「姉様‥‥!」
 救助班に対し、管制から救助要請が飛ぶ。不利さを悟った由梨が、加勢するべく機体を飛ばす。
 棗のシュテルンを無視して、リリスは零への接近戦を挑んだ。警戒は強く、零がそれに応じる。
「FR程ではないにせよ、この性能‥‥厄介だな」
 零が漏らす呟きはどこか冷静だった。攻撃は消極的に、回避に重点を置く動きはしかし思った以上に鈍い。
 零が離れれば、リリスは目標を仁と由梨に切り替え、それを嫌った零が戦場に復帰し、リリスに攻撃を向ける。
 由梨こそ無傷に近いが、仁はそれなりに怪我を刻んでいた。
 敵と交差すれば、零とリリスが銃撃を交わしあう。零の頭痛はいい加減限界で、合わせる照準が正確かどうかも最早判断不能。
 光条が装甲を砕き、腕が引きつる。バックミラーに写るリリスの姿。
 予感が走り抜けるのは僅か一瞬。動きが追いつかぬまま、零の機体が落ちる。

「あ‥‥」
 これで四機目。
 由梨がリリスを抑えているが、いつ崩されるかは判らない。
 祐希と緋音は足止めされている。ゼラスと時雨は撤退ラインが近く、力尽きるのは遠くないだろう。
 クラウディアは決断が迫っている事を感じていた。戦う力はない、性能が届かないのもあるが。
 ‥‥もう、弾薬が尽きている。
 抗う力は自分になかった。手の中で何かが壊れていく感覚に泣きそうになりながら、クラウディアは仲間を守るための言葉を吐く。
「――撤退を」

 その言葉が決定的となり、傭兵達は戦いを放棄した。
 逃走戦の中、仁が途中で力尽き、それを最後の撃墜として傭兵達はイタリア本土に逃れる。
 地上までリリスが追ってくる事はなかった。そして今、リリスとイタリア軍が対峙している。
 周囲を囲まれながら、回線からは笑みの気配が濃く漏らされる。対峙する緊張の中、それを物ともしない声が響き渡った。
「――準備は整いました」
 それは秘めていたものを開け放つ喜悦。響く声はイネースの物ではない、甘さの欠けた少女か、幼さ抜けない少年のそれに近かった。
「イネースさん、――芸術の時間です」
 宣言にはええ、と頷く言葉が返り。
「――始めましょう」

 イタリア、ナポリ。
 始まりは爆発によって伝えられる。混乱と怒号を余興として、炎が咲かせる赤に対し、イネースはうっとりと表情をとろかせる。
 君臨したのは、またもや黒のアンジェリカ。無残に掲げられるのは熾天使の紋章。
 ナポリ襲撃の報はすぐさま回線によって伝えられていた。ざわつきが漏れるイタリア軍に対し、もう一人の声の主――ユズが考える必要はないのだとたしなめる。
「イタリア軍の皆さんは、ここで僕と遊ぶんです。‥‥ブリンディシを、焼け野原にされたくないでしょう?」
 臆していない声明。一人でイタリア軍を相手にするのか、そう言わんばかりの緊張が周囲に張り詰め、ユズはそれを見透かしたように笑んで。
「逆に問いますが、‥‥僕を止められる自信ってあるんですか?」
 言葉の直後、地上、ブリンディシにて爆発が起きた。

 ――遙か海底、ヘルメットワームの内部。
 床には二つの人影が横たわり、他にいるのはKVに腰掛ける一人だけ。
 ユズが腰掛けているのは朔夜のシュテルン。ユズの手によって撃墜されたそれは、ユズの手によって修復されようとしていた。
 手には工具を、通信用のヘッドセットを被り、意識のない床の二人に向かってユズはにっこりと笑みを作る。
「僕は優しいですから、貴方達の事はまだ捕まえないで差し上げます」

 数刻後、朔夜と無月はブリンディシの海岸にて発見される事になる。
 共にいたのは、復帰可能な程度には直された朔夜のシュテルン、各種システムには特に異変もなく。
 ただ、パイロットの顔には海水で消えないよう、油性マジックで「返品」と書かれていた‥‥。