●リプレイ本文
機械類に囲まれた部屋の中。ヘッドマウントディスプレイを装着し、ユズはワームたちとのリンクを確認する。
側には人形が二つ投げ出されていた。
仮想視界に点と線で作られた擬似的な戦場が形成され、それを俯瞰する視点の横、立体的なウィンドウが飛来し、開始された戦闘モニターを告げる。
あれはなんだったのだろうと、傭兵たちは困惑していた。
「人形劇とはね‥‥ずいぶんとおちょくってくれるものです」
困惑が強いのか、或いは諦めか。バグアって変な奴ばっかだなと周防 誠(
ga7131)は苦笑しつつ、頭痛薬を口に戦闘態勢に移る。
――面倒な。
言動は不可解だが、配置自体は至極真っ当な様子に南部 祐希(
ga4390)は吐息した。
抜かなければならぬ事に変わりはない、制圧しようと武装を構え、それぞれやや違った困惑に包まれたまま、傭兵たちはそれぞれ役割に向かって陣形を展開する。
「さて、どこまでいけるかやってやろうか」
戦争を遊びと思っている事に呆れを感じ、人の命はチップほど軽くないとCerberus(
ga8178)は微かな怒りさえ込めて。
敵は前衛にディアブロとディスタン、後衛に亀とキューブ。
邪魔をするならねじ伏せるまで。ディアブロを前に想起させられる、かつての苦々しい思い出とともに如月・由梨(
ga1805)はハイ・ディフェンダーを振るい、UNKNOWN(
ga4276)と共に先陣を切る。ブーストをかけ、祐希ともタイミングを合わせて接敵。一歩手前で距離を詰めずにわざと空振りし、もう一歩踏み込んでアグレッシブ・フォースを重ね、目障りだから消えて貰おうと雪村を振るえば――。
ふとすれば聞き逃しそうな破裂音と共に、帯びた光をぶれさせた雪村が手の中でその刀身を霧散させ、攻撃を消失させた。
「‥‥ッ?!」
驚愕は祐希と由梨二人分の物、力を失った雪村に気をとられているが、祐希が放つガトリングも思う軌道を描いてはいない。
祐希がそれに気づくのは数秒後の事。一歩を踏み込み、UNKNOWNが軽やかに槍を振るおうとすれば、立ちくらみにも似た目眩が機体をぐらつかせた。
「‥‥おや?」
呟きとともに、口元のタバコが煙を揺らめかせる。たたらを踏み、矛先がぶれれば二機の敵KVがタートルワームへの道を開ける。
強行突破‥‥では断じてない。攻撃は一つたりとも掠らず、強引に解釈するなら空振った武器を避ける行動。
「グラナダに咲くアーモンド、春の香りに誘われて、気がつきゃ白銀咲く頃も暴れ燕の防人よ。背中に背負った花言葉、希望の二文字は伊達じゃねぇ!」
エルガ・グラハム(
ga4953)が声を張り上げ、好物のチョコを口にロックオンキャンセラーを起動する。
道は開かれた。敵KVのダメージ以外予定に変わる事などなく、迷う要素はないはず。ブーストを起動して突入するCerberus、ヒューイ・焔(
ga8434)、平坂 桃香(
ga1831)に続き、四人が強引に道を押し開こうとすると。
ディアブロもディスタンも突入を止める事はなく、それどころか攻撃を避けるそのままに、一斉に近くから飛び退いた。
<Command :一斉射撃>
視界は光に覆い尽くされ、音は遠い。丁度、敵KVが飛び退いた場所――傭兵たちが固まっている突破口という名のデッドラインに向けて、タートルワームのプロトン砲射撃が相次ぐ。
一撃が肩を打ち抜いたと思えば、別方向から足の感覚がもぎとられる。脇腹が熱に染まり、胸を打ち据えられても声は出てこない。
祐希が痛みをこらえ、放った煙幕すら突き抜けて。
立て続く四撃目でエルガはプロトン砲に機体を貫通され、五撃目でCerberusが倒れ伏し、合計八発が走った後、戦闘能力を保っているのは射撃直線上にいなかった引きつけ役の四人と桃香のみだった。
途中から特殊能力【翼面超伝導流体摩擦装置】を稼働させたヒューイは辛うじて機体を破壊されずに済んだが、損傷率が95%を越えた機体に続戦能力はとてもじゃないが存在しない。
「‥‥くそっ!」
口惜しくも離脱。これ以上戦場に留まると自身に危険が及び、それは仲間にまでツケを及ばせてしまう。
痛む体を引きずり、機体から這い出て身を隠す。僅か十秒にも満たずに三機リタイア、エルガ機の破壊とともにロックオンキャンセラーは消え失せ、傭兵たちを呪縛するジャミングだけがその場に残った。
『油断さえしなければ、‥‥情報に関係なく砲台の意味がわかったはずですよ。もう、遅いですけど』
射撃が止んだ後、思わず発生した空白の時間に向けられるユズの唯一の言葉。
解釈の差など関係なく、あれが答えだったのだと。傭兵たちの慢心に憐憫さえ込めて、言葉は締められた。
もう一度突入してみるかと、無機質な挑発さえ込めて敵KVが再び道を防ぐ。
傭兵たちは引かず、僅かに負傷した手足を動かして再び武器を構えた。
敵KVへの行動は引きつけから撃破に移っているが、本気を出しかねるのか傭兵たちの動きは鈍い。
原因はタートルワームの周辺を浮遊するキューブにあった。無理に突入しようとした結果は先ほどの通りで、しかしあれが存在する限り此方の攻撃はろくに当たらない。
当たらない事が判ってる以上、運任せに全力を出せるはずもない。
――航空戦、100メートル単位で計算されるその戦いでさえキューブはその威力を遺憾なく発揮する。
とあれば、地上兵器の殆どは間合いに入るだろう。
「‥‥漸?」
「‥‥駄目だ、UNKNOWN。撃てない、撃ったらお前たちに当たってしまう」
遙か後方にライフルを構えた王零でさえこの言葉、距離に加え、乱戦中キューブを狙撃するには敵味方の立ち位置が悪すぎた。
‥‥万事休すか。
吐息とともにUNKNOWNからタバコの煙が吐き出され、ステップを踏むように下がった機体をディスタンの槍が掠める。
攻撃を阻むように誠がヘビーガトリングの弾幕を張り、姿勢を立て直したUNKNOWNがもう一度踏み込めば、槍の一撃を縫うように誠は武器をライフルへと持ち替えた。
が、やはり動きが鈍い。体は動くのに重心が安定せず、攻撃を思うように放つことが出来ない。
光学兵器も使用不能に陥り、中距離手段を封じられた由梨はハイ・ディフェンダーを手に立ち回る。
優先順序は最早言ってられない、どう考えてもこのまま戦う事は得策ではなく。
‥‥もう少し追い込めば、或いは。
狙いは敵KVになく、その分生じた隙は祐希がカバーする。
ガトリングを片手に油断せず牽制、あくまで敵KVのみに集中し、敵が由梨に接近すれば迎え撃つようにロンゴミニアトを放り込んでいく。
祐希が攻撃を請け負ったら、由梨は素早く態勢を立て直して状況確認。僅か一瞬の目視で亀の射線を確認し、それを避けるように気をつけながら、祐希に加勢してもう一度臆せず切り込んでいった。
二人交互で亀の動向を徹底的にチェックし、攻撃の前兆を察知すれば警告に声を張り上げる。
由梨と祐希、二人の息は驚くほどに合い、キューブさえいなければとっくに切り伏せてたであろう敵は攻勢に押されて立ち位置を下げていく。
後方へと突破する隙はありそうだ‥‥が、桃香はその綻びを前に動けずにいた。
もう一度突っ込んだら、もう一度プロトン砲の洗礼を受ける直感に近い確信。
それを証明するように亀の攻撃は割と散発的で、それぞれがすぐにでも攻撃に移れそうな危険を孕んでいる。
一回目の時、痛みをこらえて無理にでも突入できなかったのが口惜しかった。周辺を見る限り、突入したところで攻撃を当てられたかどうかは全く別の問題になっただろうが。
自分が無傷でたどり着ける突破策はなく、切り込んだ所で何か有効な駆逐手段を持ち得ている訳でもない。
先ほどは四人だったせいかなんとか生き延びたが、四機のプロトン砲が自分に集中し直撃したら、確実に戦闘不能になるだろう。
「‥‥UNKNOWNさん、加勢します。どうも切り込めそうにないですから」
突破を断念し、馬鹿正直に前衛から削る事を決めた。少なくとも戦場は広くなるし、固まってる所を狙われる事だけはなくなる筈だ。
「ああ、‥‥行こう」
ハンマーボールが変な方向に飛んでいかないように、桃香は慎重に立ち位置を決める。
調子が悪いのにも慣れたのか、最初よりは落ち着いた様子でUNKNOWNは槍を振るい、攻防を交わす。
矛先をかわされ反撃が飛べば、誠の援護の下また一度距離を離し、入れ替わるように桃香がかざしたハンマーを振り下ろした。
隅に立って振り下ろされた攻撃は、掴む腕さえ放さなければ余程でない限り味方に当たる事はない。
後ろに下がる一歩を軽く、前に戻るステップをUNKNOWNが鋭く踏み出せば、桃香の攻撃をかわした敵に向かって、勢いのままに槍を突き出した。
ジャミングの分荒削りだが、少なくとも敵KVを分担して対処する選択は正しかった。元作戦故に、戦闘は自然と二機を分断する方向に向かい、敵KVの連携という最悪な状況を遠ざける。
このままいけば、或いは。命中精度の高いグングニルなら、この状況でもキューブに槍を届かせる事は出来るかもしれない。
‥‥キューブへの距離を詰める事が出来ればの話。
「左側、来ます!」
攻防の隙間を縫い、飛んでくるプロトン砲が三人を穿つ。交互警告と警戒によって攻撃は察知できても回避行動が間に合わない。
‥‥見えてはいるのに。
警戒もしてはいた、ただそれに対する有効な手段を持っていなかっただけ。僅かな悔しさを混ぜ、誠が喉につっかえた血を吐き出した。
精々は、体を動かして直撃を避ける位。
機体への負担は刻一刻と増していく。痛覚が判断力を鈍らせ、届くまで持つかどうかも危うい。
‥‥痛む体は、機体と同様に。
届かずとも倒れてはいけない、そこまでは‥‥望まれていない。
――最終的に。
傭兵たちは届かずして撤退した。彼らが壊滅を避けられたのは、偏にその機体性能が幸いしたからだろう。
が、敗走したことには変わらない、ワームたちを食い止められなかった分、彼らの知らぬところできっと被害は起こる。
こんな物かと、傭兵たちを退けたユズには特に感慨も喜悦もなかった。奪う気にも直す気にもならず、コンディションチェックを済ませるとシステムを閉じ、操縦室は暗い待機モードへと移行する。