タイトル:【収穫祭】実りの贈り物マスター:音無奏

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 15 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/11/13 21:42

●オープニング本文


 ドイツ、収穫祭当日。
 傭兵達の働きにより、何も欠ける事なく祭りは行われ、前日にやや曇りがちだった空も今日は薄く水色を湛えている。
 雨の名残などどこに消えた事か、道辺には水溜り一つ見当たらない。
「頑張って掃除した甲斐があったのよ!」
 ‥‥人力だった。

 準備の甲斐はあるらしく、石畳の街道は人々が絶えず行き来を繰り返す。
 古びたウィンドウにはオレンジの花々、緑の葉飾りが添えられ、小振りのバスケットが所狭しと並んでいた。
 ブックカバーで古風に包んだ書籍、リボンを飾ったワイン。ガラスに閉ざした妖精のマスコットや、作りたての食べ物各種。
 店によって異なる仕立てのバスケットは、華やかに街道を飾り立てている。『花かご』と称される名の通りに。

「土産用の花かごだよ、自作を好む人々だけとは限らないからな」
 いつの間にか傍に来ていたクラウディア中尉が口を開く。
 今回身につけるのは普段のUPC軍制服ではなく、黒のジャケットに白いブラウスが覗く私服姿。
 纏う雰囲気は普段とさして変わらないのだが、此方の方がやや鋭利さを増し、デザインゆえか襟元が少しばかり華やかになっていた。
「回る場所に困るのか? ‥‥そうだな」

●教会 〜傭兵専用エリア?〜
 クラウディアに連れられ、最初に訪れたのは教会だった。
 重厚な建物の前、門から続く石畳は広く、人の通る場所を十分確保した上で、両端には修道服のシスターたちが屋台の後ろで店番と準備をしている。
 幾つかの屋台には子供たちも混じり、それぞれ花かごや食べ物などを並べたり、机を拭いたりと細やかな手伝いをしていた。
 大量生産が叶わず、或いは店を持たない誰かに寄付された花かご。
 お持ち帰り用のワインやチーズ、牛乳などが奥に並び、手前には軽食エリアが提供されている。
 火を使う場所は危険だからと、引き離された子供達はパンケーキが焼かれる屋台をもの欲しそうに覗き見し、他のシスターに注意されて慌ててミルクティーを作る作業に戻る。
 チーズが足りなくなれば、誰かが在庫を持ってこようと駆け出して、一同の傍を通りかければ挨拶をして慌しく去っていった。
「此処だけは貴様らに見せておかないとと思ってな」
 傭兵達がいぶかしむと、向かいの屋台をあっちと指差す。
 葡萄のパウンドケーキを切り分けたもの、ハムとチーズのサンドイッチ、アップルパイ。オムライスと、蛸入りのシーフードグラタンがカップサイズで。
 林檎のコンポート、葡萄パン、クッキーの詰め合わせがそれぞれの籠に振り分けられ、収まっている。
「伯爵から送られて来た、傭兵達が獲って来たものをメインに作った花かごと食べ物だ」
 集まった人々が噂するには『バリエーションが増えました』との事らしい。それもそうだろう、送られてきた食材は様々な組み合わせを発揮し、メニューを華やかに飾る。
 余談だが、傭兵専用エリアの花かごは限定50籠である。

●町 〜花かご作り〜
「クラウディア様から花かごを頂いたのですわよ」
 傭兵を見かけて駆け寄り、挨拶を交わすとクレハは花かごを見せて笑った。
「で、ですね。私も作ろうと思って、今から街を回るところなんです」

 どこを回るべきか、といわれると実に困る。前述した通り、祭りに気合を入れた町は様々な花かごを並べ立ててくるのだから。今回は『何が、どういうものが欲しいか』を軸にして考えた方がいいだろう。
「完成してる花かごも素敵ですけど。私は自分で作ろうと思いますの」
 籠は店で購入する事が出来た。当然ながら、ここでも様々な籠が人の目を迷わせる。
 収穫祭だけに食べ物が多いのは当然だが、花かごの花は『実り』を意味する、つまりは職人によって作られた各種作品もその中に含まれ、籠に詰めるのはほぼなんでもありの世界と化していた。
「籠を飾り付けたいなら私の所に来るといいのよ」
 話を聞いていたのか、ひらひらとした白いドレス、同色の花を髪に飾った小さな女の子がクレハの傍から声を上げた。
 何人かは見覚えがあるかもしれない、髪飾り屋の工房にいるエアーデだった。冒頭で変な事を暴露したのも彼女だろう。
 工房は本日臨時休業で、代わりに籠の飾りつけをやっているのだと彼女は説明し、隣の和風髪飾り屋は通常営業だと付け足す。
「飾り付けは私がやってもいいし、自分でやりたいならそれでもいいわ」
 相変わらず、求めれば彼女が教えてくれるのだろう。
 本来なら和風の品が専門だが、今回に限っては純洋風のものも作ると彼女は言う。
 普段着とはかけ離れた衣装を指摘すると、スカートの裾を摘み、夜のイベントで踊る衣装なのだと彼女はくるりと回った。引っ掛けたエプロンは衣装を汚さないためなのだと注釈し、似合うかどうかを尋ねてくる。
 ‥‥花かごを作るなら、日が暮れる前に回った方がよさそうだ。夜になったら町はきっと混雑するだろうから。

●ホール 〜息抜き〜
「‥‥別に、自分は楽団についてきただけです。毎年来てますから」
 姿を発見し、礼を交わした傭兵達に対し、リエル曹長はそう言葉を告げた。
 伏し目がちの瞳が何かを問うように傭兵達を見上げ、ツッコミがないのを見ると困ったように視線を逸らす。
「‥‥午前は音楽ホールで演奏しています、午後はラウンジにいるかと」

 ささやかな模様が、白い床に落ち着いたバーントアンバーで描かれ、広々としたラウンジには四人がけのテーブルが並べ立てられている。
 照明は僅かに色付くクリーム色のシャンデリア、折戸は薄い白のカーテンで覆われ、束ねられた下の部分から外の景色が覗いていた。
 祭りは始まったばかりではあるが、ラウンジには既に人影が見え隠れし、
「‥‥で、何で貴女がここにいるのですか」
 リエルの冷ややかな視線に晒され――彼はそれがデフォルトなのだが、ノーラ・シャムシエル(gz0122)はごまかすように笑った。
「ええと、ここでケーキバイキングがあるって聞いて‥‥ね?」
「‥‥ありますよ」
 席に囲まれたラウンジ中央のテーブル。
 始まるのは10時以降だが、確かにここではデザートバイキングが行われるのだという。
 ケーキを主に、果物を添えたアイスクリーム、プリンや特殊レアチーズケーキ、クリームで飾り立てたワッフル。保冷中で並べられてはいないが、フランス組の収穫物も一部此方に移されている。
 ワインと紅茶、ジュース類は綺麗にラッピングされてたためカウンターに飾られ、並べられるモンブランはイタリアからの栗を使ったもので。
 別のホールにはタイからの香り米、スペインからのハム、日本からの京野菜とマグロを使った本格的なディナーもあるとのこと。当然だが夜にならないと開かれる事はない。
 ラウンジの一角にはピアノとそれを囲むソファも置かれ、夜は楽団のメンバーがここで交代しながら演奏をすることになっていた。
「此方は町に比べてやや静かです、他のお二人も夜になればいらっしゃるでしょう」

●参加者一覧

/ 花=シルエイト(ga0053) / 柚井 ソラ(ga0187) / 如月・由梨(ga1805) / 叢雲(ga2494) / 終夜・無月(ga3084) / 宗太郎=シルエイト(ga4261) / 神森 静(ga5165) / 緋沼 京夜(ga6138) / アンドレアス・ラーセン(ga6523) / クラウディア・マリウス(ga6559) / 不知火真琴(ga7201) / リュウセイ(ga8181) / ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280) / 神無月 るな(ga9580) / 沙姫・リュドヴィック(gb2003

●リプレイ本文

 さして強くない日差しが降り注ぎ、芝生の上、石畳の道に薄く木陰を作っていた。
 緩い風に煽られ、広げられた枝葉が揺れ動く。
 町は喧騒で満ち、人々は花かごを抱えて歓声を上げる。
 実りを分け与えることを人々は喜びとし、言の葉に記憶を添えて一年の収穫とした。

●教会
 教会前。石畳を挟んだ敷地内には芝生が広がり、そこでは祭りの来訪者がちらほらと滞在していた。
 手には軽食を、或いは連れを伴って。笑い声を上げては何かしら言葉を交し合っている。
 時折横切る子供たち。体いっぱいの元気で祭りを走り回り、顔見知りに遭遇し、町のどこかに目新しいものがあると聞けば連れ立って駆けていく。

 細める視線の先には黒いシャツの青年の姿。人当たりがいいのは子供も青年も同じで、挨拶を交わされ、すぐに打ち解けた両者は芝生に移動しつつお互いのことを教えあう。
 青年が傭兵であることを聞けば、子供たちはシスターの元へと彼を引っ張っていき、人の良いシスターは驚きつつも礼儀正しい青年を好意的にもてなした。
 時折子供たちに引っ張られつつも、店番の手伝いを行う青年。ふと自分を眺める視線に彼が気づき、

「よぉ、クラウ。楽しんでるか?
 ――いてっ! 遊んでやるからちょっと待ってろってっ」
「ああ、京夜。‥‥うむ、それなりには」

 子供を抱えたまま向かってきた緋沼 京夜(ga6138)を前に、クラウディア・オロール(gz0037)中尉は目礼をしつつ口元を緩めて笑った。
 樹陰の下、ベンチに腰掛ける中尉の傍にはここの子供らしき女の子が一人。肩にもたれて瞳を閉ざしており、明らかに眠っている彼女を起こさないためか中尉は身動きが取れていない。
 首をかしげる程度に肩をすくめるも、困った様子はさほどなく。普段の物静かな振る舞いを見るに、こういう状態が嫌いな訳ではないのだろう。
 むしろ貴様の方が――そう言わんばかりに中尉はついてきた子供たちに視線を回す。
 中尉とも顔見知りなのか、言葉を交わす二人を子供たちは興味深げに眺め、何人かはベンチの周囲に陣取り、盗み聞きする態勢でいる。

「ん? ああ、施設生まれなんでこういう雰囲気が懐かしくてさ。人手はあるに越した事ないだろ。ただ遊ばれてる気もするけど。
 クラウはこれからどうするんだ?」
「ああ、特に予定はないが。ちびが起きたら町の方を覗きに行く位か――あと、午後はリエルのところに甘いものの差し入れ」

 話しつつ、門のほうに視線を向ければ何人か見覚えのある傭兵たちの姿が向かってくる。
 門前の階段を駆け上がり、挨拶に来た月森 花(ga0053)が先日の花かごの礼を告げれば、中尉は頷き「こいつらにも言ってやれ」と周囲の子供たちを見回す。
 お土産を作ってくれたのは彼らだからと――そう聞くと、花は少しばかりしゃがみこんで子供たちに「ありがとう」と微笑んだ。
 続いて、不知火真琴(ga7201)、叢雲(ga2494)の二人が挨拶に訪れ。リュウセイ(ga8181)が挨拶とともに、
「つまらないものだけど、手土産。新しい枕代わりにでもつかってくれ!」
 そういってクマのぬいぐるみを手渡せば、中尉は微妙な沈黙とともに受け取り「‥‥私は子供か?」と呟きを漏らす。
 挨拶を終えた傭兵たちが町へと向かう中、京夜の手が空いたにもかかわらず、子供たちはじゃれつくことなく横からその顔をじっと見つめている。
 視線に気づき、どうかしたかと京夜が問うと、後ろ手を組んだ子供たちは首を振って大したことではないと示した。
「ううん。あのね、クラウもここの出身なんだよ」
「余り戻ってくることはなかったけれど」
 息の止まる気配が空気に混じり、呼び戻す声に紛れて消える。
「‥‥オロールさん?」
「あ、ああ。すまない、マリウス」
 震える指は掌へと隠され、止まった息を吐き出し。異変に傍の女の子が目を醒ませば、背を押し出して子供たちの中に混じらせた。
 揺らいだ精神を秘めきれたかすら知りえず、表情を淡く浮かべて閉ざす。
 クラウディア・マリウス(ga6559)、アンドレアス・ラーセン(ga6523)の二人に挨拶の返礼を告げ、
「いい日だな」
 と穏やかな言葉を零す。
「あ‥‥はいっ、今日もよろしくお願いしますねっ」
 マリウスの言葉には瞳を細め、柔らかく頷き。
「少し久しぶりか。この間は良い時間だったぜ、感謝してる」
 アンドレアスの言葉には、『それはよかった』と別の吐息を笑みとともに零した。
「そうだ! 街を見て回る時、俺の花かごも見繕ってもらっていいかな。ラスへのお土産にお菓子の詰め合わせが欲しいんだ。
 余裕があったらでいいからさ」
 京夜がそう声をかければ、指を唇に当て、思考でイメージを作っているのか物思いにふけりつつ頷いて。
「いつもお願いしてばかりですけど、選んで貰えますか?」
 花かごをねだるクラウディアには頷きを返し、少し笑んで自分が嫌でないことを示す。
「行って来る」
「あ、夜はホールに行くんで会えたらのんびり話そうぜ♪」
 京夜の誘いに頷きを返し、中尉がベンチから離れ、京夜がシスターたちの手伝いに戻り、クラウディアとアンドレアスが町に向かうのを見るや。子供たちは神無月 るな(ga9580)のほうへと向かっていった。
 新しくよってきた子供たちにもるなは穏やかに接し、買ってきた食べ物、お菓子を抱える腕から分け与える。
「アイスクリームは何時食べてもおいしいのですよ♪」
 勝手に与えて大丈夫でしょうか、そう思いつつシスターのほうを窺えば、特にとがめられる様子はなく。
(「こんな世界だから‥‥せめて未来の芽は明るく育ってもらいたいものですね」)
 そう心に思い、空を見上げた。

●音楽ホール
 ホールの演奏、中間休憩。
 宗太郎=シルエイト(ga4261)はリエル曹長のところを訪れていた。
 チェロのケースを楽屋に預け、二人して休憩所に足を運ぶ。無骨な黒いソファに腰掛け、宗太郎から手渡されたミネラルウォーターをあおり、零れ落ちた雫をハンカチでぬぐった。
「お上手でしたよ。さっき毎年って言ってましたけど‥‥長いんですか?」
「‥‥そうですね、大学生の頃からでしょうか」
 表情の割には落ち着いたアルトが柔らかく響く。オーストリアの出身ですからと端的に答え、自分でも説明になってないのだと気づくと「音楽は幼い頃からやっています」と言葉を付け足す。
 どこまで話すかと、沈黙を挟んで紡がれる言葉が漏らすのはリエルが実に無節操に音楽を好んでいることであり――メインはチェロであるが、他にも色々と嗜んではいるようだった。
 音楽が好きなのかと問えば、彼は首を振って「大気のようなものです」と言葉を零す。話が軍の所属に移れば、「ひどい目に遭いました」と複雑そうな言葉を漏らした。
 言葉が絶え、休憩時間の終了が迫り、遠くから喧騒が伝われば、
「‥‥こういう日常の中にいると、ホッとします‥‥」
 と宗太郎の言葉が空気に溶ける。
「‥‥そうですね」
 背もたれに体を投げ出したリエル曹長が呟きを返す。薄い沈黙を挟み、すっと席を立った。
「そろそろお時間ですか?」
「はい」
 身だしなみを整え、「ご馳走様です」と手にしたミネラルウォーターを掲げて見せる。
「近いうちに怪我したら、その時はお願いします。私、それなりに無茶しますから」
 去り際、宗太郎から投げかけられる言葉に振り返り、探るような視線を向け、冗談の色がないのを見ると口元を吊り上げて皮肉げに笑う。
「俺のところに来れるならぶっちゃけ大丈夫だと思うのですが」
 考えておきます。そんな返事を律儀に行い、リエルの姿は曲がり角にて見えなくなった。

●町
 柚井 ソラ(ga0187)は町を歩く。
 喧騒を耳にし、緩やかな風が背中に触れ、煽られた髪が頬をくすぐった。
 指先でそれを払い、歩みを進めながらいろんな店を流れる視界で追っていく。
 焼きたてのパンの香りが嗅覚をくすぐり、お菓子の甘い香りが意識を誘う。
 青と白のパラソルの下に設けられた休憩席、実りを祝ういろんな食べ物。町を駆ける子供たちのはしゃぎ声が傍を通り過ぎ、カラフルな風船がふわふわと店先にゆれる。
 店から籠を一つ手に入れ、工房へと赴いた。
 お土産用に花かごを作ってみたく、白いリボンと季節の花で飾り付けたいのだと申し出るソラは窓際の材料エリアへとつれていかれる。
 リボンを渡され、お花選ぶのは苦手だからエアーデさんに見立ててもらえると嬉しいですとソラがお願いすれば、エアーデは花かごの中身を問うてくる。
 ワインを‥‥と、言いかけて自分が飲む訳ではないことを慌てて示し、「お世話になってる方にあげるのです」とワインを包みたいことを述べた。
 外には湧き水のようにビールが転がっているのを思い出して口元を緩めつつ、約束事を守るのはいいことよねと内心笑みを重ねて、エアーデは花飾りへと手を伸ばす。
 ピンクに色付く酔芙蓉を選び取り、数瞬の思索を挟むも、無闇に華美な装飾は好まずソラへと渡した。
 添えられた葉飾りとともにソラがそれを受け取り、籠に縁取って、白いリボンをぎゅっと飾り付ける。
 「ありがとう」の気持ちを込め、出来あがったかごに満足げな笑顔をこぼして。
 ―――楽しいお祭りの雰囲気も、一緒に籠に詰めて持って帰れたらいいのにな。
 そんな思いを抱き、籠を抱え上げた。

 二度目のドイツは、記憶と違った貌を覗かせていた。
 初夏に訪れたときは閑散としていて、木漏れ日が静かに降り注ぐ穏やかな町。
 今は紅葉に包まれ、賑わい、冬を前にした温もりを示している。
 軒下には色紙で作られた装飾が舞い、ピエロが道辺でパフォーマンスをしているのは‥‥まぁ一応ありかもしれない。
 浮ついた雰囲気がうつったのか、面白いものを見つけるたびにややはしゃぎ気味な真琴が見に行こうと叢雲を促す。
 二人とも籠をそれぞれ一つ抱えて、せっかくだから、今回も花かごは交換しようと――今回もそのときと同じように中身は秘密で。
 叢雲は穏やかな笑みを浮かべて真琴の後ろを歩き、真琴の言葉や喧騒に耳を傾け、言葉を返しながらも籠の中身に悩んで思索にふける。
 ヴァレス・デュノフガリオ(ga8280)とともに祭りを歩くクレハとすれ違えば、笑顔で挨拶を交わし、またそれぞれ赴く方向へと向かっていった。
 雑貨街を覗きつつ、そこらじゅうにある甘み屋を冷やかしながら。一度通った広場に抜けてきたところで、叢雲が少しお土産タイムにしないかと提案する。
「秘密ですから」
 そういわれれば、首をかしげる真琴も納得がいったように頷き、待ち合わせをエアーデの所に定めて一旦別行動とした。
 ―――要は、花かごを作るための別行動タイム。
 街を回ってる間にこっそり作ればいい話であるが、叢雲の決めた『花かご』は作るのに多少時間がかかりそうだった。
 ‥‥待たせるのもなんですから。
 思考を纏めつつ、見物中に定めたケーキ屋さんへと訪れる。自分で作りたいのだと教えを請う叢雲に、ケーキ屋さんは「うちは厳しいぞ」と豪快に笑う。
 ―――で、二時間弱経過。
 微妙に感服の混ざったケーキ屋さんの笑い声に見送られ、包みをふたつ抱えた叢雲は心持早足に工房へと向かっていった。
 当然のように真琴は先に到着していて、もてあました時間を雑談でつぶしていた。
 もう少し待ってあげますと笑う真琴に感謝の意を示しつつ、エアーデから工房使用の許可を取得する。
 仕上げを終えた叢雲から差し出されたのは、ザッハトルテと黒い森名産のサクランボやリンゴを使ったケーキを包んだ花かご。籠には真琴をイメージした白い花が飾られている。
 もう一つの包み――余ったケーキは工房を借りる代金としてエアーデに贈呈され、それは感嘆の声とともに受け取られ、喜ばれた。
 花かごを受け取り、真琴は笑顔で叢雲に礼を述べる。
 自分から差し出すのはアンティーク調のシルバーと黒革のブレスレット。籠自体はリボンとレースでシンプルに飾られ、魔よけ、厄よけの花といわれるゼラニウムも一輪。
 叢雲はよく危ない依頼に行くから、お守り代わりにでも――ブレスレットはパーツを変えればストラップにもなるので、好きに使ってくれればと言い、籠については言葉を伏せる。
 ゼラニウムの花言葉は色々あるのだけど‥‥真琴が迷いつつも定めたのは「君ありて幸福」。‥‥無論、恥ずかしさゆえに言葉にされることはなかった。

「すごい、街の中がにぎやかだわ。祭りの賑やかさは、好きな方だわ」
 祭りの喧騒を背に、花かごを作ろうと、神森 静(ga5165)もまた工房を訪れる。
 飾り付け方を教わりながら秋の花を中心に、コスモスやりんどうを使って籠を彩っていく。
「うまく、できたら、写真でも撮って残しておこうかしら?」

 教会後、クラウディアとアンドレアスの二人は町の散策に乗り出していた。
 祭りの雰囲気にクラウディアの足取りは弾み、いつのまにか駆け足になって町並みに引き寄せられていく。
「下、石畳だし、足元気をつけろよ。転ぶぞ‥‥こら、走るな!」
 振り向いて自分を手招くクラウディアを早足で追いかけ、アンドレアスが叫ぶ。
 銀髪が揺れる後姿は、自分が追いつくのを見るとまた駆け出していて。
「平気ですよー、なんだかお兄ちゃんみたいですねっ」
 そんなはしゃぐ声を発する傍から足を引っ掛け、ぴたんと躓き転んでいた。
「ほわっ! あう、イタタタ」
 気まずそうにクラウディアが苦笑し、言わんこっちゃない、と足を速めたアンドレアスがそれを助け起こす。
「ほら、大丈夫か?」
「はいっ」
 手を取って立ち上がり、服の埃を払って。今度は走ることなく、二人で街並みを歩く。
 走ることはやめたものの、程なくすればクラウディアは元気を取り戻し、アンドレアスを引っ張ってあちこちへと赴いていた。
 今回も子守役だが、のんびり出来ればいいか、と。フランスから送り出した葡萄の行方を気にかけつつ、アンドレアスは引っ張りまわされながら華やかな街の風情に目を細める。
 人々は皆幸せそうに、笑顔で。触れる空気が温かい。
 ―――きっと、守るべきはこういう日々なんだろうな。

「はいっ、これでいいのよ」
 軽い音を立て、エアーデが身長を補う踏み台から飛び降りる。
 花の前に回りこんで店の鏡を指し、出来栄えはどうかと顔を見上げて尋ねた。
 二重に重ねられた紫のオーガンジーリボン、中央に飾った葡萄飾りが枝垂れるように桃紅の髪に揺れる。
 様子を窺うように花が首を傾け、落ち着いた赤いワンピースとの馴染み具合を確認すると、礼を言って外へと赴いていった。
 外で待つ宗太郎と合流し、腕に抱きつく勢いで手を絡める。近い手を握り合い、もう片手は腕に添えて。喜びを表情いっぱいに浮かべ、興奮で少し赤くなった顔で恋人の顔を仰いだ。
 ‥‥人ごみで迷子にならないように、ね。
 心の中で力いっぱい言い訳をしながら、柔らかく微笑む宗太郎を見ると安心したように歩き出す。
 時間は大丈夫かと問えば、
「ああ、用事はもう済んでいるから大丈夫だ」
 と安心させる返事が返ってきた。
 行こう、という呼びかけの代わりに歩む速度を早め、繋いだ手が宗太郎を祭りの最中へと誘う。
「あれがいいかな‥‥うーん、こっちがいいかな‥‥」
 教会の花かごも気になるものの、花かごはやはり自分で作りたかった。
 贈ることは彼にはまだ内緒、街を歩きながら何がいいかと悩み、ヒントを探し、食べることしか想像出来ない自分にうな垂れる。
 ‥‥ここは彼の故郷でもあるわけだから、家庭をイメージするものがいいかな♪
 気を取り直してコンセプトを定め、店先を覗く。ドイツの家庭料理とか‥‥街をまわればいろいろ見つかるよねと信じて。
 作った花かごを二人で贈りあい、喜びに顔を綻ばせる。胸に温もりを抱え、祭りはもう少し続きそうだった。

●ラウンジ
 一部の傭兵たちが町に居た頃、昼のラウンジ。
 正しくは昼を一時間ほど過ぎた辺り。クラウディアとアンドレアスの二人は町を一周した後、デザートバイキングに訪れていた。
 休憩を取る人々で席は疎らに埋まり、寛いだ雰囲気の中、思い思いに談笑が広げられている。
 ラウンジ中央には無地の食器に飾られた色とりどりのデザート、見た目も繊細に仕上げられた数々が柔らかいライトの下に並べ立てられていた。
 上にゼリーを敷かれ、艶やかな紅を示すストロベリームース。美味しそうについた焼きプリンの焦げ目。
「アスさんっアスさん! これ、美味しそうですっ」
 心持足取りは速く、テーブルを前にしたクラウディアがアンドレアスを呼ぶ。しかし彼が近寄るのを確認する前にまた目移りし、
「わわっ。こっちも可愛いっ美味しそうっ」
 と歓声を上げていた。
 アンドレアスが何かコメントを発する暇もなく、いつの間にかお皿を取りにいったクラウディアはケーキの選別を始めている。
 これがよさそうだと見つつ他のものに目移りし、見に行こうと駆け寄ればぐるりと一周してどっちにしようと悩み始める。
 気に入ったものを皿に載せ、甘い香りにくすぐられて引き寄せられ、逡巡も僅かに思い切って手にし‥‥。
「見て下さいっ、どれも美味しそうですよー」
 そういってアンドレアスの前でにこにこと笑顔を見せる頃には、手にした大皿は満杯になっていた。
 結局、取りすぎとかそういうのは思考の外に放り出したらしい。
「太るぞ」
「大丈夫ですっ! 少し運動すれば平気ですよ!」
 どこからそんな自信が来るんだ、そんなことを内心で突っ込みつつも、特に咎める事もなく好きにさせた。
 外した視界の先をカウンターに飾られたワインが掠め、不意打ちに息が詰まる。
 胸を後ろから刺されたような鈍痛、思考が浮かぶのと同時に痛みは引き、幻のような感触だけを体に残す。
 馳せる思いはフランスへと。葡萄畑ではしゃいだ記憶、あの時は別の意味で青年を守ろうとしたことを思い出し、心を縛る思いと混ざって苦い笑みをもらす。
 でも傷つけてしまった、守れなかった。
「あー‥‥ほんと、情けねぇな」
 溢れ出た後悔が思考を埋め尽くし、その重みにうな垂れた頭を乱暴にかき上げる。
 自身への叱責が自分を傷つけていた、幾らあっても足りないだろう自己嫌悪。かの人を案じる焦り。
 冷却を求め、並べられたコップを手にして冷水を煽った。

 それで、午後。およそ三時くらい。
 今度はソラがラウンジ、ノーラ・シャムシエル(gz0122)のところに訪れていた。
 ケーキのテーブルを前にちょっとそわそわ、お皿を取る前に一周し、どきどきしながら小さめのワンホールケーキを見つける。
 そういう仕様であることを他に並んでる同じケーキから確認し、崩さないようにどきどきしながら取ってきたお皿の上へと乗っけた。
 どきどきは収まらず、そわそわしながら移した視界にお目当ての顔を見つけると駆け寄っていく。
「シャムシエルさん、こんにちはっ」
 緊張とかそういうのに多少息を乱し、顔を紅潮させながらにっこりと笑いかける。
 挨拶を返され、ノーラの視線が抱えてるワンホールケーキに移ると多少たじろぎ、照れたようにまた別の笑みを漏らした。
「え、ええと。ワンホール一人占めは小さい頃からの夢で‥‥」
 通路をふさがないように移動しつつ、続ける言葉にまた笑みが重なる。
 シャムシエルさんも一緒にどうです? ケーキ、お好きなんですよね? とソラが誘えば、
「ふふ、あたしも大好き。だから、一緒に食べましょうか?」
 そういって、ノーラはソラに微笑んだ。
 というわけで、二人仲良く座って並んでワンホール独り占め。
 ソラは元々小食で、基本的にはちょっとずつ、いろいろ食べたい‥‥のだけど、今回は特別。
 ワンホール丸ごとのケーキにフォークを入れ、少しずつ切り分けて口に運ぶ。
「えへへ、一人占めは格別なのです」
 そういって口の周りにクリームをつけつつ、おなかいっぱいとばかりににっこりと笑んだ。
 夜は‥‥お食事も――キメラは食べないけど――したいけどこの時間ならきっとまだ大丈夫。
「ふふ、ほっぺたについてるわよ」
 そういってノーラはソラの頬へと手を伸ばす。指先で、頬についたクリームを掬うと、そのまま自分の口元へともっていき、出した舌先で舐め取った。
 幸せそうに笑むソラの顔が赤く染まり、あわわと慌て始め、ノーラはそんなソラを気にする風もなく笑みを向ける。
「ソラ君、これから何か予定あるかしら? 演奏まで時間あるし、日向ぼっこにいこうと思うんだけど」

 ――夜。陽はつい先ほど完全に落ち、光源は室内の照明だけになった。
 窓からは祭りの灯火が覗き、街並みを浮かび上がらせるものの、此処に差し込むにはやや遠い。
 或いは明かりを全て落とせば薄く照らし出してくれるのかもしれないが、流石にそんな事は出来そうになかった。

 籠を二つほど手に、クラウディア中尉が人並みから見知った顔を捜す。
 ラウンジから出てくるのがそうだと認め、早足に駆け寄った。
「すまない、マリウス。遅くなった」
 クラウディアとアンドレアスの二人を見つけ、抱えた籠の一つをクラウディアに差し出す。籠には薄いレース柄のシートが敷かれ、中にあるものはそれぞれ透明な袋にラッピングされていた。
「教会の花かごから選んでもよかったんだが」
 結局自分で作ることにしたらしい。要望に添い、最大限伯爵から送られて来たものだけを使って。
 クラウディアも輸送に参加したチーズで作ったのは『スフレ・オ・フロマージュ』、出来立てで直行したのか、まだそれなりの温度を保っている。
 スペインのハムは『サラダ』として籠に収まり、原材料の少ないフランスは大人っぽい『ワインゼリー』を仕立てて、上にホイップド・クリームを飾っていた。
 最後に、イタリアからの栗で作った『栗のタルト』。透明なナパージュを塗った栗とナッツ、パイ生地が艶やかな色合いを湛えている。
「まとまりがなくてすまないのだが」
 味は悪くないと思うから受け取ってくれ、と。籠をクラウディアに抱えさせる。
「良かったな、選んでもらえて」
 言葉を交わす二人に別れを告げ、中尉は今度は京夜の方へと向かっていった。

 弟にお土産が欲しいという京夜に、差し出されたのはクッキーの詰め合わせを主とした花かご。
 こっちもレース柄のシートが奥に敷かれ、中身はドイツ基本のクッキー類であるシュプリッツ・ゲベック、バニラが優しく口に溶けるヴィエノワ・クッキー。
 ちょっと軽めに塩クッキーも入れてあり、クリームティーのためにクロテッドクリーム、イチゴとブルーベリーのジャム、ブランデーと一式揃えてる。
「前の依頼で受け取った資料に紅茶好きって書いてあったからな。‥‥差し入れだ、紅茶に合うものを選んだ」
 ケーキ類も入れたかったが、日持ちしないものはよくないだろうと断念したらしい。
 スコーンとかそういうのは自分たちで焼けということなのだろう。
「あんがとっ! 教会のを選んでも良かったけど。クラウの見立てた物の方がラスも喜ぶからさ」
 頷きを返す中尉に京夜は手を差し出す、正しくは指先に引っ掛けられた――、
「んじゃ、これはお礼な。古い戦友からの貰いもんで、チェスの駒を使ったキーホルダーで『キング』を。
 効果抜群のお守りだぜ?」
 宙に揺れる十字架と王冠のチェス駒、中尉は差し出されるそれを手にし、掌で眺めた。
 チェス駒は中尉にとって馴染み深いものだ、何しろ息抜きは毎回部下とチェスをしてすごしているのだから。
 そして『キング』。
 渡す機会を探してた、これは京夜が大切な友人達に送るお守り、他にも駒はあるが王を選んだ理由。
 ―――クラウは分かるだろうか。
 キーホルダーを指に引っ掛けて眺め、中尉はやれやれと苦笑をもらす。
 ―――悪い冗談だ、しかし断れるようなものでもない。
 自分は軍人だから。
「久しぶりに思い出したが。――私は貴様らを勝たせ、命を守るのが仕事だ」
 言い切る声は語る本人さえ不思議なほどに澄んでいた。
 男性のような剛毅さはなく、女性の魅惑さも持ち合わせていない。なんて魅力のない声だろうと内心自分に苦笑する。
 初めて傭兵たちと顔を合わせるときに定めたその在り方、当然すぎて半端埋もれていたが、いやな予感を承知で飲みかけた自分に拒否を示した。
 気を新たにキーホルダーに指を添える、思いは受け取るが、自分がどうするかは思いを託した奴次第。まさかとは思うが、見なかった振りは出来そうになかった。
 二人の間にラウンジからの音楽が割りこむ、言葉は続けられることなく途中で止まり、そのまま飲み込まれる。
「さて、俺は音楽でも聴きながら酒といくか。クラウもどうだ?」
「うむ、行こうか」

 ラウンジ、如月・由梨(ga1805)は空の席を前に、やや緊張を孕みつつ座っていた。
 賑やかな雰囲気を眺め、花かごを無事輸送できたことに対して安堵の吐息を零して。
 折角だからと、恋人にはやや急な参加を強いてしまったものの、訪れたことには微かな喜びを感じている。
 ‥‥無月さんのデートにもなりましたし。
「はい‥‥由梨‥‥」
 テーブルから戻ってきた終夜・無月(ga3084)が二人分の皿を手に、片方の皿を由梨の前に置く。
 皿に載せられたデザートに浮かれそうになるのを抑え、有難う御座いますと少しはにかんで笑む。
 フォークで小さく切り分けたケーキを口にし、体重とかそういうのが一瞬頭によぎるものの、甘いものは美味しいですからと敢えて黙殺する。
 口にしたケーキはひんやりと甘く、思わず幸せに綻ぶ思考の隅で「この時間もお菓子のように甘ければ‥‥」という考えが浮かび、こっそり赤くなってその考えを打ち消す。
 俯いたまま見上げた恋人の顔は柔らかく笑んでおり、「どうかした? ‥‥」と問う無月に首を振り、視線を下げて顔を赤くするとくわえたケーキを飲み込む。
 ピアノの方を見れば、演奏は絶え、リエル曹長がどこかへと向かう所だった。
 無月が視線を向けると、リエルは『使っていいですよ』と肯定の頷きを返して姿を消す。
「行こう? ‥‥」
 いぶかしむ由梨を誘い、デザートを終えると二人してピアノの方へと向かう。
「今日は‥‥演奏の贈り物をさせて貰いますね‥‥」
 今は誰もいないピアノと周囲の席。微笑んで由梨を傍のソファに座らせると、無月はピアノの前について居住まいを正した。
 鍵盤に指をかけ、流水のように音が奏でられる。流れる水を思わせる柔らかな音色、高い音が鋭く強まればそれは凍結を示し、ふと柔らかくなれば光が氷を溶かして輝く。
 それを耳にしながら、由梨はまた思索にふける。
 ‥‥まさか自分に演奏が捧げられるとは。
 昔は自分もピアノの演奏会をこなしたものの、傭兵になって一年あまりまともな練習をしていないのだから、いざ弾く側になると自信はない。
 少し前のちょっとした演奏会で、友人のお手伝いとして演奏したのが最後だろう。
 この場でのお返しは出来そうになく、でも二人の時間がすごせてよかったとは思う。
 演奏を終え、微笑んで手をさしだす恋人の手を取る。
 大規模作戦では無茶をしてしまったから、もう心配はかけられない。
 今は自分のことで精一杯で支えて貰ってばかりだけど、いつかは一緒に並べるように。

 休憩所、どこかにある控え室の扉を閉ざし、クラウディアが着替えを終えて出て来た。
 クラウディアの服はマゼンタ色のワンピースドレス。布を重ねたレースにクラレットのリボンを添え、羽織った黒いカーディガンにはコサージュを飾っている。
 昼間、リエルに演奏の許可を交渉する際に用意して貰った品だ。
「お。着飾れば年相応じゃねぇか」
 出て来たクラウディアを目に、アンドレアスが少しは感嘆したような言葉を発し、
「お似合いです。‥‥余り凝ったものが仕立てられなくて申し訳ありませんが」
 とリエルが言葉を続ける。
 ラウンジに戻り、リエルの案内の元直接ピアノの傍に抜け、周囲の顔見知りたちにアンドレアスが軽く手を上げて挨拶を交わし。
 アンドレアスがアコースティックギターを、クラウディアがピアノを前にそれぞれ席についた。
 準備を確認するように視線を交わし、自分と一緒に演奏したいとはいい度胸だとアンドレアスが笑みを漏らす。
「クラシックギターとは奏法が違うんで、モドキだけどな」
 視線を楽器に戻し、二人から表情が引っ込んだ。
 まずはアンドレアスが奏でる前奏、軽やかな旋律から始まり、音が一度強くなった後にクラウディアのピアノが加わる。
 また一度アンドレアスの独奏に戻り、繊細な技巧でささやかな音を流し、もう一度勢いを強めて収束した頃にクラウディアの演奏が本格的に加わる。
 時は音を合わせ、或いは同じ旋律を異なる色で奏で、ついてくるピアノは意外と繊細に力強く、哀愁漂うパートも感情豊かに表現して。
 真剣な横顔は普段よりやや大人っぽく、そして内心音を合わせるアンドレアスの状態に驚いている。
 なんだか元気なかったので心配だったけど、演奏が始まればそんな雰囲気など感じさせない。
 ロドリーゴのアランフェス協奏曲、奏でる中に真琴と叢雲の姿を見かけ、アンドレアスの胸はちくりと痛み。
 音は一糸乱れることなく、悲愴な旋律は力強さを増した。
 友人として振舞うと決めたから。
 振り返るつもりはきっとない、願わくは痛みも悲しみも全て音に変える事が出来たら。

 演奏が満たすラウンジで、宗太郎は花と共に席についていた。
 ‥‥うっかり如月さんたちに遭遇したときはどうなるかと思いましたけど。
 見知った顔が少ないのは幸いしたが、某陸戦部隊長兼マグロ猟師に感謝と敬意の念を込めて祈りを捧げた後、此処に来るまで何故か遭遇するカップルの数々。
 こそこそ退散すれば中尉に見咎められて「‥‥何事だ?」といわれるし、
「‥‥ウサ耳、つけてないですね、流石に」
 と漏らせばひんやりとした笑みを頂戴した、そして何故かその中尉はクマのぬいぐるみを抱えていたが何事だろう。
 今度会った時に聞いてみようとか思いつつ、食欲旺盛な花の姿をゆったり眺め、自分もデザートを口にして。
 明日の体重を懸念するが、今日は我が侭許してねっ☆ とばかりに花が満面の笑みでケーキを堪能しているのだ、そんな事言える筈もない。
「プリンも美味しいし、このモンブランも最高〜」
 片付けられた皿の数は思い出さない方が賢明なのだろう、さすがに力尽きたらしい花が、
「はぁ〜、しあわせな時間♪」
 とうっとりしている。
 ラウンジの隅からはアンドレアスの演奏が伝わり、それが食事の余韻に拍車をかけた。
 起き上がった花が宗太郎を誘い、ピアノの近くに訪れる。
 大人の雰囲気を自分もちょっとだけ、宗太郎の横顔を見上げ、花が心の中で「ありがとう」と囁いた。

 叢雲と真琴は周囲に挨拶したのち、ホールのディナーに訪れていた。
 ラウンジの演奏はホールにも伝わってくる、ディナーに舌鼓を打ち、耳を傾ける叢雲が馴染みを覚えれば友人の演奏だと気づく。
 バイキングも友人との飲みも先日堪能したから、今日はゆっくりと。
 此処ならクラウディアさんとアスさんのセッションも聞こえますし‥‥と、真琴は内心嬉しげに手を合わせる。
 取り留めのないことを考えながら食事を進め、そうすれば叢雲の思考はいつの間にかレシピの方へと飛び、我に返ると料理を嗜む故の性でしょうかと内心自分に苦笑した。
 思考にふける真琴の食事の手が緩む。
 ――気になることがあった。
 聞ける‥‥かな。気になりつつも、なんとなく気軽に聞けなくて‥‥でも、こういう普段と違う場所でなら。
 心はほぼ決まっている、手が完全に止まった。
 叢雲に呼びかけ、発する問い。
 割と今更な疑問なんだけど――叢雲は毎度こうして付き合わされて大丈夫なのかな?
 後半になれば言葉は詰まりがちになり、躊躇を孕みながらも言い切ろうと続けられる。
 ――うちが、夏に色々あった様に――叢雲にも、誰か気になる相手とか居たりするなら、うちって相当邪魔してるんじゃないかと。
 昔からの流れでつい世話係とか言ってるけど、いつまでもこのままな訳にもいかないのだろうし。
 や、うちには別に他に好きな人もいないから良いのだけど、叢雲は?――
 そう言葉を終える頃には、指先が真琴の唇を不安に覆っていた。
 問いに驚き、そんな事を考えてくれてたのかと、叢雲が少し笑みを漏らして茶化せば、反応しきれない真琴が言葉の詰まった表情を白黒させる。
 笑みを少しだけ残し、叢雲が穏やかに言う。結論から言えば、別に気にしていませんよ、と。
 ――今現在、気になる方がいるわけでもありませんし、真琴さんと一緒にいるのは楽しいですしね。
 元来出不精ですから、誘われるのはうれしいですし。――そんな吐息のような言葉が続けられる。
 まだ少しの迷いを抱きつつも、真琴の緊張は大分解け。彼女に言葉がないのを見ると叢雲は言葉を続けた。
 ――世話係云々も今更のこと。自分が好きでやってるようなものですし、気にしないで欲しいと。
 そりゃ、好きな人や恋人ができたら早々世話係なんてできないと思いますが。その事を告げつつも。
「当分そんな人に巡り合えそうにもありませんし、兆しもありませんからね」
 極僅かな苦笑、
「嫌ならさっさと離れてますよ、私は。そういう人間だって、知ってるじゃないですか」
 でも――その可能性――今ではない、杞憂を認められたわけでもない、小心な心が錯覚に小さく跳ねた。

 奏でられる演奏を耳に、沙姫・リュドヴィック(gb2003)はデザートを味わっていた。
「ん〜いい音色。さすが♪」
 たまには息抜きもいいよねと気分は軽めで、でも場所をわきまえて振る舞いを落ち着かせてはいる。
 モンブランを終え、紅茶で余韻を楽しんで。
 他の女性陣同様体重は記憶の底に封印していた、こんな席でそんなことを考えるのは無粋なのだから。
 甘いものは別腹といわんばかりに、何皿目かのデザートに突入し、今度は特殊レアチーズケーキを味わおうと口にして、
「いい食材使ってるわね。調達してきた人に感‥‥」
 強烈なハーブの香りを‥‥知覚する余裕もなく。沙姫の意識はばったりと途絶えた。
「‥‥。フランス組特製、特殊レアチーズケーキですね」
 なんか伯爵から贈られてきた箱にどくろマークが描いていました、そんな不穏な言葉が近寄ってきたリエルの唇からもれるが、作った本人の名誉のために言っておくとケーキの外見はあくまで美しかった。
 ただその味がアグレッシブなおかつアヴァンギャルドだっただけで。
「‥‥大丈夫なのか? これは」
「ご安心を、‥‥事後対応はばっちりです」
 事前にやれよ、そんな周囲の無言の突っ込みを黙殺してリエルが沙姫を起こし、胃薬を含ませると水の入ったコップを手渡す。
 薬とともに水を飲み干し、ようやく意識のはっきりしてきた沙姫が頭を振る。
「な、なんか知らないけど酷い目に遭った気がするわ‥‥」
「‥‥あっちにも一人いますよ」
 しれっとチーズケーキの皿を下げつつ、次に示すのはノーラのほう。
 沙姫同様、ケーキをいっぱい手にしたノーラの皿にはついにその『特殊レアチーズケーキ』が乗り、リュウセイが慌てて制止する。
 そう、あのケーキが危険であることは事前に情報を入手して知っていた。苦手ではあるが、悪い奴じゃないのもわかってる、食い意地張ってる彼女が倒れるのは嫌だから、ここは一つ毒見くらい‥‥!
「ああ、待て! それは俺が食べるから‥‥しまった! 胃薬忘れ‥‥ぐはぁ」
「‥‥ま、放っといても直りますよね」
 きょとんとしてるノーラをよそ目に、リエルはリュウセイを引きずり出すと胃薬を口に放り込む。
 介抱するつもりもないらしく、そのまま席に座り直らせ、テーブルに放置した。
 どうやら買い物を終えたらしく、ヴァレスがノーラとクレハに花かごを差し出す。
 ピアノのほうではクラウディアとアンドレアスの演奏が終了し、
「すっごくよかったです!」
 とソラがぱちぱち拍手を送る。
 着替えのためか、控え室の方に引っ込んでいくアンドレアスたちと挨拶を交わしながら、ノーラの方へと戻ってきたソラが倒れてるリュウセイを見て首を傾げた。
「‥‥どうしたんですか?」
「さぁ‥‥どうしたのかしら」