●リプレイ本文
突如鳴り響く警報、無線から飛び込んでくる敵襲の知らせ。
その余りにも突然な事態に、機体整備の手を止め、暫し言葉を失う傭兵達がいた。
心を打つ不吉な反響に、ランドルフ・カーター(
ga3888)が息を呑む。心が冷え、身体機能が一瞬で停止するようなその錯覚。
喉に詰まった何か、恐怖と呼ばれるものが体を締め付ける。何度聴いても良い物ではないと、警報を耳にそう思う。
周囲に仲間達がいないのを確認し、胸前で指を組んだ両腕に力を入れる。自らを叱咤する言葉が、漏れた。
「さぁ、落ち着きたまえ、私! 年寄りの怯えは周りに簡単に感染する‥‥」
機体から飛び降り、一同が集まっただろう場所へと赴く。予想通り面々は既に集まり、依頼を手配した女性士官、クラウディア・オロール(gz0037)少尉もまたその場にいる。
かわされる簡単な打ち合わせ。時間がないのだろう、役割だけを簡単に決め、後は各自機体へと走りながら言葉を交わす。
「この人数でステアーの相手か〜。まあ、数が少ないなりの戦いって奴を見せてやるかね」
要するにこういうことらしい。――時間制限は増援が来るまでの三分、それまでステアーを突破させるな。
出発した後に襲撃を喰らい、輸送機を守りながら戦うよりは幾歩かマシだが、それでも割と負担の高い任務には違いない、そう思ってキョーコ・クルック(
ga4770)が苦笑を漏らす。
「ステアーってことは乗ってるのはジャックか? リリアンか? どっちにしろ丁重にお引取り願うだけだけど!」
リリアンはユニヴァースナイトの方で襲撃報告が上がってるため、こっちのステアーはジャックだろう。
「‥‥五大湖戦でのバグア側の英雄か‥‥。この戦争を終わらせる以上は避けて通れない相手だ‥‥」
いつでも出撃は出来る、そう言いたげに八神零(
ga7992)の視線が漆黒と真紅で彩られた自分の愛機、フェンリルへと視線を向けた。
「バグアを葬る為の‥‥僕の相棒だ」
シャープに光を反射する機体がそこに佇む、言葉なく映る存在感こそ互いの信頼の証だろう。機体はただ強くそこに在った。
「私の機体じゃ、少々心許ないですね‥‥」
R−01に乗り込みながら、宗太郎=シルエイト(
ga4261)が考え込む。体をコックピットに半分だけ入れ、しかしそこから体をクラウディアの方に向けて半分だけ乗り出して、
「‥‥少尉! ウーフー余ってたらお借りしたいのですが!」
R−01がショックを受ける擬音が聞こえた気がした、勿論無機物なので気のせいだが。
「余ってないな」
終了。R−01はいつも通りで、とてもリアクションをしそうには見えない。
「‥‥新型を投入するのか、上の人達も大分奮発してるな」
「こいつは岩竜と同世代だよ、性能の割にはコストがぶっ飛んでるからラインに乗らなかっただけで。稀少には違いないが」
カルマ・シュタット(
ga6302)の言葉にそうクラウディアが答える。
「駄目ですか‥‥それじゃ、少尉と相乗りで」
「さて諸君、そろそろ出ようか」
シカトされた。一同に仕方なさそうな、苦笑にも似た雰囲気が漏れ。各自コックピットのキャノピーを閉める。
「皆にいと高き月の恩寵があらんことを‥‥」
いつもの言葉を口にした後、宗太郎を除き、終夜・無月(
ga3084)が最後にコックピットへと入った。
無表情ながらも哀愁のオーラを背負う宗太郎に、R−01が柔らかく映るのは錯覚だろうか。コックピットに体を引っ込め、黙々とキャノピーを閉める。尻尾があれば小さく振っていそうな、ジョークを放置されるのは割ときついらしい。
●
十三機のナイトフォーゲルが空港を発つ。眼下は街の代わりに藍色の海が広がり、色の濃淡で緩やかに波を描いている。
それを背景に空を翔けた。組むのは三機編隊が二組、二機編隊が三組、ウーフーがその僅か後方につき、情報管制を担う。
接触は早く、目標が見えた。遠目でも確認し易い大型ヘルメットワームと、対照的に小さく見える黒い機影のステアー。キューブワームこそ姿は見えないが、恐らくヘルメットワームが運んでいるのだろう。
案の定、此方に気付いたのか、ヘルメットワームから幾体ものキューブワーム、更に小型ヘルメットワームまでが零れ落ちてきた。その数、キューブワームが十八機、小型ヘルメットワームが三機。
‥‥中々派手な軍勢だな。
敵数を数え終わり、これから立ち向かう脅威にカルマが息を吐く。撤退を許さないとはまったく言ってくれる、今回はそれだけ重要ってことなのだろう‥‥自分達の背後にあるのは人類本拠地の一つ、ジェノヴァなのだ。歩く脅威を近づかせる訳にはいかない。
守るべきはコンテナだけではない、無論、コンテナも重要ではあるが。
味方増援まで三分、短いような長いような‥‥これが本物だと思って頑張ろうと、石動 小夜子(
ga0121)は思う。
ここで頑張れば、別の場所で戦っている大切な方が少しは楽になる‥‥かも、しれない。
そんなに自信がある訳ではないが、ステアーを引きつけられた時点で、その目的は半分達していると思う、後は守りきるだけなのだ。
「思い通りにはさせませんよ‥‥ジャック‥‥」
無月の金色の瞳が冷ややかにステアーを捕らえる、二組の三機編隊が本隊を離れ、三組の二機編隊が前へと進んでいく。ウーフーは三機編隊の片方につき、追従してキューブワームへと向かい、もう片方の三機編隊はヘルメットワームへと向かっていく。
互いの距離が縮まる、最初に砲火を切ったのはジャック・レイモンド駆るステアーだった。
兵器の射程が届かず、しかしお互い目視範囲内にいるその距離。主砲が展開し、気軽に無造作に砲口を無月の方へと向け、
来る。
各編隊が散開し、同時に空を光の帯が貫いた。
広範囲を払う極太レーザーが、超長射程から一同を襲う。
派手な開始だ。
「‥‥ジャック・レイモンド。相手にとって不足はない」
ダメージ状況を確認しながら、零が改めてステアーを見据える。コックピットの男は、不敵な笑みを浮かべて機体を滑り出させていた。
無月とジャックの機体が空中で交差する、無月の後ろやや上方にはベル(
ga0924)がつく。
力を溜めたG放電装置がステアーに向かって放出され、それを避けたステアーが機銃を無月に向ける。双方から響く銃声、タイミングを計っていたベルが射撃の直前で射撃を割り込ませ、それはあっさりと回避されるも、弾幕の狙いは僅かに逸れて、無月の機体を掠めるに留める。
細く息を吐く、ベルのこめかみをひやりとしたものが伝う、今回は上手くいった、次も上手くやらないと。
「‥‥せめて‥‥少しでも役に立ちたいな‥‥」
迷惑をかける訳にはいかない、前に立てないのなら、せめて迷惑にならないようにしなければ。
稲葉 徹二(
ga0163)、クラーク・エアハルト(
ga4961)ペアが攻撃に入る、徹二が側面から距離を詰め、3.2cm高分子レーザー砲を射撃する、光の軌道が細く一直線に走り、後方からはクラークがUK−10AAMを射撃するが、キューブワームの妨害もあり、レーザーはステアーに届く前に霧散し、AAMは誘導を狂わされて墜落した。
「くっ‥‥!」
調子の悪い計器類に、クラークが悔しげな息を漏らす。ヘルメットワームへ向かった班を見れば、やはり彼らもジャミングに苦慮していた。
彼らの役目はあくまでヘルメットワームの足止め。撃墜こそ優先目的に入っていないものの、この状態でまともに回避行動を取れるかどうか、そう言われると疑問を感じざるを得ない。
ジャミングの影響は知覚兵器にまで及び、まともに力を蓄えられない小夜子のアンジェリカは半端窮地に立たされている。
注意をひきつけようとホーミングミサイルの攻撃を放つが、それもジャミングで狂わされて明後日の方向に飛ばされる、気を引く事すら困難になっていた。
ランドルフは思う、現状では全てを本命と考えるどころか、全てが本命クラスに相当すると。洒落にもならない。
「‥‥レッドランプだらけだな‥‥まだまだこれからさ!」
一番危険な位置にいる無月とベルが未だ被害軽微でいられるのは、偏にジャミングの影響が少ないライフルを選んだベルの妨害と、息の合った連携のお陰だろう。
計器類は半端あてにならない、削られた分は自らの勘と経験、そして操縦の腕でカバーするしかない。
当然、キューブワームの掃討に当たった三人も無事でいられる訳がなく、たとえウーフーの効果範囲にいようとも、数で上回るジャミング相手には例外にならなかった。
出来る限りジャミングの影響が少ない場所から崩すべきと、御山・アキラ(
ga0532)は大きく迂回して端の方へと向かう。
「まずは数を減らす」
端の方なら、ジャミングはそう大量に重なる訳ではない。完全に影響を受けない事は不可能だが、デコイ相手にはそれでも十分だ。
まずはスナイパーライフルR、一発撃った次に127mm2連装ロケット弾ランチャーへと切り替え、射程ぎりぎりからキューブたちを狙撃していく。
伴随してきた宗太郎、伊藤 毅(
ga2610)も討伐に加わり、極緩やかにだが、キューブの数が減らされていく。
「‥‥慣れねぇなぁ、この頭痛は。さっさと墜とすか!」
ジャミングに顔を顰めながら、宗太郎は狙いをつけたホーミングミサイルを次々に叩き込んでいく。自分はそんなに力を持つ訳ではない、ステアーのような大物とはやりあえない。
だからせめて、皆が思いを貫けるように、その他大勢は必ず抑えてみると敵勢に挑む。
ステアーの狙いが徹二とクラークにシフトした、徹二はハイマニューバを起動、ラージフレアを撒いて回避行動へと移り、無月とベルが戦線から離脱し、代わりにキョーコと零が攻撃班として打撃に加わる。
離脱した二人は上空に移って一息をつき、無月が戦場を改めて見回す。
「ベル‥大丈夫?‥」
「はい‥‥」
「ん‥でも余り良くないね‥」
キューブの影響で知覚兵器はまだ使えない、零がソードウィングでの接近戦を挑み、キョーコはライフルでステアーに狙撃を加えていく。
「魔狼の牙をその身に刻め‥‥」
キョーコが放つ弾丸をステアーは敢えて受け、弾き、打撃の強い零のソードウィングを優先して回避。通り抜け、背を向けた零に向かって弾幕を放つ。
着弾。操縦に枷がかかった状況では思うように動きを行えず、被弾が辛い。
「皆‥‥ここは場所が悪い‥」
ステアーを引き離そう、そう要請が回線を通じて全員に響く。
ステアーの目標がシフトした事により、徹二とクラークがフォローに、キョーコと零が囮に、態勢を立て直したベルと無月が攻撃班に移る。
ようやく手が空いたと、見渡しのいい所へと移動し、戦場を視界に納めつつ、徹二がジャックへの回線を開いた。
「あァ、鬼の娘から伝言が。
『女性に、他の女の持ち物を贈るような女心の判らない人は呪われなさい』
だそうで‥‥はは、意外と粗忽でありますな色男?」
言葉には僅かな沈黙を挟む、く、と回線に噛み殺した笑いが返事として響き、
『別に献上した訳ではないが‥‥呪い程度で俺がどうにかなるとでも?』
心底愉快そうな、そんな言葉が返ってきた。
「そういや、アンタは何でこんな事やってンですか? ヒーローやるのもそこそこは楽しいと思いますがね?」
『‥‥英雄か、幻想だな。俺はそんな物“信じない”』
触れるまでもない話だと、細微な蔑みすら含んで言い捨てる。
キョーコと零がステアーへと攻撃を重ねた、それをジャックは軽々と機体を逸らして避け、機銃の弾幕を返礼として返し、追い討ちで紫の光砲を放って両機を射撃軌道へと押し込む。
回避困難、着弾。激しい衝撃が機体を揺らし、煙があがる。装甲が吹き飛ばされ、破片が海へと落下していった。
大きく損傷を受けながらも更に交戦は続く、攻撃が放たれ、ジャックが再び回避運動に入った所、無月とベルが追い討ちを仕掛け、ジャックを追い込むように射線を重ねる。
交戦中、間違って見当違いな場所に迷い込んでしまわないよう、フォローの二人はチェック役だ。
二周目のシフトに切り替わる、キューブワームも減り始め、光学兵器の調子も戻りつつあった。
‥‥いけるか‥‥?
再び打撃班にシフトしたクラークがアンジェリカの調子を気にかける、計器類の復帰率はおよそ70%と言った所か。
出し惜しみの出来る相手ではない、とはいえ乱発が賢い訳でもなく、現状では兵器を最大出力まで引き出せるかどうか不安定だ。
ジャックの攻勢を押し留めたければ、引く訳にはいかない。
北米で受けた傷が疼く、判断を迫るように。自分の機体は果たしてどうなのだろうか?
―――いける。
結果が出た。
「行きます‥‥!」
ブースト点火、SESエンハンサーを起動。‥‥大丈夫、問題なく展開完了した。
クラークが押しに入った事を察し、全員がそのフォローへと回る。ステアーを引き付ける無月とベルが弾幕を撒く、敵の攻撃を牽制しながら、少しずつ機体をずらし、回避運動で大きく機体を逸らした所を徹二の3.2cm高分子レーザー砲がステアーを狙って穿つ。
光の軌道が突き抜ける。回避運動で囮班とステアーの距離は離れ、照準が外れた。キューブからも離れる。
ステアーはクラークが後方から放ったM−12帯電粒子加速砲を機体を捻って回避し、再加速。
ブースト空戦スタビライザーを起動し、追いすがるクラークが二回目を放つ、避けられる、でも。
‥‥追い込めてはいる。
「まだまだ‥‥!」
まだいける、戦える。
『ああ―――』
ジャックが口元に笑みを浮かべる、それは好戦的な、嗜虐や闘争心が混じった狂的で純粋な笑みで。
『―――実に楽しませてくれる』
●
「なんとか‥‥守りきれたのか?」
辛うじて飛行を維持しているキョーコがそう漏らす、空も海も、既に静寂を取り戻していた。
ステアーは対戦した面子のうち、徹二を海に叩き落し、キョーコと零を戦闘不能まで追い込み、無月に深手を負わせ―――。
無理やり突破する事も出来ただろうに、交戦から一分ちょっと、天秤が完全に傾きかけた頃合でジャックは機体を引いた。
満足した、久しぶりに楽しめた戦いを終わらせるのは惜しすぎる―――ただそれだけの理由で。
元々ゾディアックの連中に立てる義理もなく―――あの余りにも下らない逸話は自分の趣味より優先されない。
良いようにあしらわれた気がしなくもないが―――コンテナを取られなかっただけ、目的は果たされたと言えるのだろう。
帰ったら皆にコーヒーでも淹れよう、そうクラークは思い。
「‥‥一旦帰って、機体直して休むか。海に落ちた連中も回収されてる頃だろう」
ため息をつき、クラウディアが帰還指令を出した。お疲れ様、そう労わりの言葉を共に重ねて。
コンテナ結果―――『ハズレ』。