●リプレイ本文
かさ、かさ、と。木の葉を踏む足音が響く。
注ぐ木漏れ日が足元を照らし、鬱蒼とした森の空気は心持ち冷たい。そんな冷気が肌を撫でる中、森へと踏み込む八人の人影がいた。
遠く、車が遠ざかっていく音がする。それを耳に捕らえつつ、更に奥へと。
手に持つのはこの周辺の地図だろうか。一人一枚、広げられたそれは現在位置と思わしき記号と、何かの範囲を示す赤い円形、そしてその円の外縁付近に×印が一つ記されている。
×印の傍に書かれたのは『SOS』、――救助を求める表記だった。
「罠かもしれない。でも、本当に助けを求める人がいるのかもしれない。‥‥なら、行くしかないのが人間ですよねぇ」
一行の中、最初に斑鳩・八雲(
ga8672)がそう漏らす。やや困ったような笑顔に棘はなく、事の実態を気にかける様子だけが見て取れる。
今回、彼ら傭兵達へ依頼されたのは探索任務。不確かながら確認された救助信号、それを発信したと思われる生存者の捜索と、事が真であった場合の救出。
状況自体は極合理であるものの、場所が敵地付近だけに罠の懸念もあるし、ひょっとしたら通信の乱れによるただのノイズかもしれない。
しかし、危険な偵察任務に赴いた人間が、負傷して救助を求めているかも知れないのだ。
もし本当にそうなら、見殺しに出来る筈もなく、そんな思いを抱える夏 炎西(
ga4178)はこうして捜索隊に加わっている。
「どんな場所だって、救助を求める人がいるなら、ね」
今回は危険ライン付近での行動、そのため一歩間違えれば危険性は跳ね上がる。でも、だからといって助けを求める人を見殺しには出来ないと、黒崎 美珠姫(
ga7248)は強い言葉と共にふんわりと微笑んだ。
「任務の生命線です。予備も含めてお願いします」
そういって炎西が申請したため、地図は各人もう一枚ずつ予備を所持している。地図には鏑木 硯(
ga0280)の手によって捜索予定範囲が書き込まれ、現在向かう途中だった。
「ジャングル探検隊ってか」
ジャングルではなく森林なのだが、リュウセイ(
ga8181)がそう称するのも判らなくはない。森は想像以上に深く、これが道のある場所ならまだ兎も角、道すらない森は距離と方向の把握を困難にする。
方位の測定自体に問題はない、地図はあるし、方位磁石は探索に分ける各班が所持している。
「大体この辺‥‥かな?」
美珠姫が地図とにらめっこしながら、歩みを止めた。問題は距離だけ、こればかりはある程度どうしようもないのだが、確認する手段がないというのはやはり心細い。
辺り一面は木、木、木、目印になりそうなものなどある筈もなく、現在地の把握は道に出ないとほぼ不可能に近い。
反対する要素もないので、顔を見合わせた一同が頷く。そして八人が四班へと分かれた。
御影・朔夜(
ga0240)と硯、南雲 莞爾(
ga4272)と八雲、炎西と美珠姫、白鐘剣一郎(
ga0184)とリュウセイ。分かれた四班は事前に決められたルートへと向かい、踏み込む前に確認の意味合いを含め互いに視線を交わす。
「別行動だががんばれよ!」
リュウセイから美珠姫に声がかけられる。それに視線を向けた美珠姫が柔らかく笑みを浮かべ、笑って励ましの言葉を返した。
「そっちこそ。期待しているよ」
そして、森林の奥へと。時刻は早朝、これから丸一日かけた捜索が始まる―――。
●捜索
段差を静かに飛び越え、大分下の地面に着地する。
事前に聞いてはいたが、やはり地形は悪い。土壌による段差、太く這う木の根‥‥真っ直ぐ立っているのも困難で、捜索にも手はかかる。
「場所が場所だけに細心の注意を払うよう心掛けないとな」
木の陰、茂みの裏、剣一郎はそういった所を手早く、次々と点検していく。
風向きを気にしながら嗅覚を差し向け、やや湿った土の匂い以外に、他の何かがないかと思考を張り巡らせる。もしも生存者がいるのなら、負傷した血の匂い、或いは撃墜による焦げた匂い、そういった類の手がかりが漏れている筈だ。
―――ここには、ないか。
共にいるリュウセイに何かおかしい所はないかと問うと、リュウセイは周囲を見回したのちに首を振り、同じく「ここにはなさそうだ」と返した。二人の意見が一致するのならそうなのだろう。
彼らが探索を進める最中、C班。
炎西の迷彩服は土埃で汚れている、正しくは到着と同時に汚していた。緑と茶の混ざった模様が現地の土と草葉に塗れ、一層隠密性を深くしている。
同じく迷彩服を纏った美珠姫は炎西の後ろについていた、移動中、互いの死角を潰すと同時に手がかりを探していく。
匂いや風向きを含め、音にも気を配り、地面に人工物が落ちてないかどうか丹念に探し、人が向かいそうな水源には特に注意を払う。
戦闘の痕跡は? 危険ラインで撃墜された隊員が救助を求めているのなら、決して無傷と言う事はないだろう。血の匂いに誘われたキメラと交戦したかもしれない。キメラの死骸、血痕、草が踏まれた場所はどうか。一つ一つ、人がいた痕跡を見落とさないよう細心に捜索していく。
ここにはまだ、ない。現時点では確認出来ないある種の安堵と、この先にあるかもしれないという不安が不思議な緊張を作り出す。
「こっちかな‥‥?」
地図を参考に、見当をつけて高所へと。地理が間違っていないのを確認しつつ、周辺を見通すのにいい場所を探していく。
ルートから外れないように気をつけながら、適度な高所を確保。更なる視界を確保するため、丈夫で崩れそうにない木を探し、手をかける。
「それでは、いってきます」
そう言って、炎西が木の上へと上がっていった。手をかけると同時に覚醒、身を隠し、身体能力を上げた状態で上がっていく。
時折頭上の方も気にかけながら、がら空きになる下方は美珠姫が見張り番についた。
双眼鏡を手に、周囲一帯を見渡す炎西。シグナルミラーのような反射光、KVや戦闘機の残骸はないだろうか、どのような状態であれ、撃墜されたのなら、その残骸が木々を押しつぶし、それなりに目立つ筈だ。
「――当たり、ですね」
捉えた。複数箇所に渡る撃墜の痕跡。流石に高所からの視界は良好で、下方の状態こそ見えないものの、それなりにサイズがある機体の残骸はすぐに発見できた。
方位磁石を頼りに、現在位置に見当をつけ、地図に機体残骸の位置を大まかに書き込む。
念のため、高度を上げてもう一度周囲を見渡し、見逃しがない事、記入違いがない事を確認したのち、下へと。
「黒崎さん、とりあえず、一度皆さん呼んで置きますか?」
機体の残骸があるとはいえ、そこに生存者がいるとは限らない。ひょっとしたらキメラに追われて移動しているかもしれないし、全く関係ない別の機体かもしれない。
しかし、希望に一番近いのはその辺ではないだろうか。
少し逡巡したのち、美珠姫がゆっくりと頷いた。掲げるシグナルミラーが示すのは「救助対象発見」の信号。正しくは「手がかり発見」なのだが、そう外れてもいないだろう。
●救助
C班の招集により、一旦集まった面々で情報交換が行われた。
各人の地図には機体残骸発見の位置が書き込まれ、探索時の参考にされている。複数あるため場所は各班で分担、元の探索ルートに近い場所をそれぞれ担当する事になった。
そしてA班、朔夜と硯ペア。
心なしか足が速いのは、墜落地点が近いためか。とはいえ経過地点の捜索を怠る訳にもいかず、早いような遅いような‥‥そんな緩くじれったい感覚が続く。
機体の一部が、見えてきた。空気に異臭がないのは、少なくともオイル漏れは起こしていないと言う事だろうか、早足で駆け寄り、まずはコックピットを確認する。
――‥‥いない。
硯が漏らしたため息は安堵か、生存はまだ確認出来ていないが、いきなり死亡を確認するよりは遙かにましだろう。
「‥‥少し、薬品の匂いがするな。そう時間が経っている訳ではないか‥‥」
ゆっくりと周囲を見渡したのち、ぽつ、と朔夜が漏らす。
薬品の匂いがして、パイロットがいない。と言う事は自力で手当てを行ったのち、どこかに移動したのだろうか。機体の座席には血痕が漏れている。匂いは薄く、そこから辿る事は無理がありそうだが、付近にいる可能性は高いだろう。
周囲へと足を向ける。隠れるに適した場所はないだろうか、負傷しているならそう遠くにはいってない筈だが‥‥。
機体を中心に、周囲を見て回る。深い森をかぎ分け、地道に、しかし丹念に。
「‥‥‥‥いました!」
見つけた。段差になっている下の部分、土壌の壁が直角を作り、そこに寄りかかるようにして倒れているパイロットの姿。
意識は‥‥ない、体には荒っぽくも手当てした痕跡が残っている、必要最低限の処置だけ行い、ここに避難した後に力尽きたか。
呼吸はあるし脈もある、顔が青白いのは失血のせいだろう。てきぱきと救急セットを取り出す硯の横で、朔夜がシグナルミラーを掲げる。
「血の臭いも消したいですし、ちょっと手当てしますよ」
相手の意識はないのだが、一応断っておいた。丁寧に手当てをやり直し、そして血の匂いを洗い流す。
硯が手当てを完了させた頃には、急行した全員が到着していた。
硯がパイロットを背負い、他班の面々がそれを護衛する形で帰還ポイントへと向かう。
「囮位にはなるだろう」
そういって血が染み付いた衣類は切り取られ、剣一郎の手によって投棄された。
13時の迎えまで後少し。途中、美珠姫が心配げに何度かパイロットに目をやるが、パイロットが目を覚ます気配はない。
(「頭を打っている事はないと思うんだけど‥‥」)
顔に血の気はなく、髪の間から覗く表情は疲労の色が濃いまま眠りについている。
帰還ポイントに着き、パイロットを降ろした。柔らかい衣類で枕を作り、地面に寝かせる。車両を待つ時間、炎西が用意していた飴玉とチョコレートを取り出した。
板チョコ四枚、飴玉二袋を八人で分ける。
「体力もですけど、練力も切れないようにしないと‥‥長丁場ですしね」
●襲撃
その後、迎えの車両にパイロットを預け、一同は再び探索へと戻っていた。
陽は大分傾いているが、探索はまだ終わらない。全てのルートを走破したとは言い難く、また機体残骸付近の探索も満足に行えたとは言いがたい。
B班、莞爾と八雲ペア。戦闘は回避する方針のため、現在において交戦はない、しかし誤魔化しにも限界が来ている。
この付近で敵を撒いた回数は3回、長引けば長引くほど、周囲の敵が付近に引き寄せられる可能性は高まるのだが、それにしても異様だ。
墜落ポイントが近くにあるため、詳しく捜索を行い所だが、この状況ではどうか。いっそ迎撃すると言うのも手だが、殺傷した場合、ぶちまけた血で更に敵を呼び寄せる可能性がある。
(「‥‥あれは‥‥」)
木々や茂みではありえない塊を莞爾が見咎める。もしかして、そんな予測を抱き、八雲を手招いて歩むスピードを上げ、走りへと移行する。
浮かべた予測は正解だった、負傷者。それと、森に紛れる何かの気配。
負傷者に意識はない、抱きかかえられないことはないが、その場合機動性は格段に落ちるし、そもそもまだ容態のチェックを行っていない、行う時間はない、‥‥戦うしかないか。
「――――騒がしいヤツだな」
仕方ない、そんな息と共に言葉を吐き出し、刀を抜いた。照明銃が打ち上げられる。
その情報は瞬時に伝わり、全員が疾走を開始した。
「あの信号は‥‥どうも急いだ方が良さそうだ」
剣一郎が呟く、照明銃は本当に緊急の場合しか使用を合図されていない。リュウセイのGooDLuckが発動し、余分な遭遇を運によって回避していく。
「刀とサーベルの変則二刀流‥‥。まさか、こんなことを試す日が来るとは思いませんでした」
八雲もまた得物を手に取る、飄々とした構えは掴み所がない。莞爾の後方に位置し、その死角を完全に防ぐ。
無音、前兆なしで飛びかかってくるキメラを二人が迎撃した。
硯が超高速で敵に迫り、刀を叩き込む。前衛の多い一同に対し、キメラ達はその防壁を抜ける事が出来ない。
「天破双月流・一之太刀”漣”!」
リュウセイの菖蒲が怯んだ敵を切り伏せた、パイロットの傍には唯一の後衛である朔夜が位置付き、その得物を構えている。
一旦敵がいなくなったのを確認し、一同は武器を降ろした。
「こちらの動きを嗅ぎ付ける連中がいないとも限らない。俺は歩哨に立つので手当ては頼む」
剣一郎が振り向かずに声をかける、その声に頷き、炎西と美珠姫が後方に下がる。
「‥‥大丈夫、気絶しているだけです」
余り時間はかけられない、ミネラルウォーターをかけて血を洗い流し、簡単な応急処置を施した後、硯がパイロットを背に背負う。
「‥‥照明弾を打ち上げたので、迎えが来ている筈です、急ぎましょう」
八雲の言葉に頷き、移動が開始された。
パイロットを背負う硯の傍には朔夜が着く、やはりと言うか、今回は何事もなく帰還ポイントに到着出来そうにはなかった。
「ならば此処で、操刀の鬼と化し‥‥零を為す」
先頭をいく莞爾が両手に刀を構える、持ち前の機敏さ、その瞬発力を持って、敵が反応する前に目標を切り伏せる。振るう刀は眼に見えない、残影が刀の色である紅弦を描く。
走りながら、リュウセイは隣にいる剣一郎を覗き見た、微妙に期待する視線。
「俺を踏み台にきりこめっ!」
「‥‥何を言ってるんだ、お前は」
そう苦笑された。
●帰還
22時、ラストの迎えが来た。一同は帰還ポイントに集まり、探索の結果を報告しあっている。
四班共に担当全ルートの捜索は完了、また撃墜ポイント付近は念を入れて捜索完了しており、走破後ももう一度全ルートの捜索を行ったが、他に生存者、並び異常な所はなかったと言う。
それでもまだ見落としが気になるのか、硯は絶えず後ろ、先ほどまで探索を行っていた方向を振り返っていた。
「もし俺が遭難者なら懐中電灯の点滅などで報せると思いますから‥‥」
本当に見落としはないかどうか、今回を逃せば、恐らく遭難者の生存率は格段に下がる。
目を凝らして見る森に光ものはない、木々が黒い影を作り、風にそよいでいるだけ。
(「‥‥大丈夫、かな」)
そう結論付けた、念には念を入れ、あれだけ何度も繰り返し、丹念に探したのだ。付近に他の遭難者はいないだろう。
気持ちに整理を付け、車に乗り込む。いいのか、と確認される言葉にはい、と頷いた。
一同が去った後、森に人間の気配はなくなった。暗い闇には動物だけが潜み、低く蠢きを繰り返す。
表向きの静寂、しかし、狩場に獲物はいない―――。