●リプレイ本文
集荷場所は慌しい。
それも当たり前か、出発はすぐそこに迫っているのだから。
フランス国内某所、車が立ち並ぶ倉庫街。
日差しはやや曇り気味で、枝に緑が点る中、空気は未だ冷たい。
町の喧騒からやや離れた静寂の中、数人の男女は身支度を整え、そこに集まっていた。
一行に囲まれるのは大型トラックが三台、いずれも迷彩布で荷台を覆われていて、中身を覗くと、その内二台はコンテナ車になっている。
残り一台の荷台はほぼ空、周囲の面々の物だと思われる様々な武装が中に置かれ、ついでに1.5m余りの「てんたくるすのぬいぐるみ」が自己主張も激しく鎮座していた。
他に人影はいなく、倉庫街は静かだ。周囲の人間が踏み鳴らす足音だけが一帯に響き、海が近いのか、水が水を叩く波音と、鳥の鳴き声が遠く響く。
一行はUPCの依頼を受け、これからスペイン前線地へ向かおうとする能力者達だった。
依頼内容は『物資の護衛』。依頼主はドイツのある教会からで、輸送品は食料となっている。
前線の食料状況を改善するため、送られる援助。積荷の確認は既に完了しているのか、コンテナ車の扉は硬く閉ざされ、出発間近である事を察させた。
予備タイヤ、迷彩布、全てよし。確認を終わらせたレーゲン・シュナイダー(
ga4458)がその事を声上げて報告し、ぱたぱたと車を半周して、一同に合流する。
こんな所かと、出発が近づき、手の空いた守原有希(
ga8582)が士官服を着た女性、今回の運転手の一人、クラウディア・オロール(gz0037)少尉へと声をかけた。
「少尉、初めまして。守原と申します」
向き直り、挨拶に軽く返礼する少尉。
「知っていると思うが‥‥クラウディア・オロール少尉だ」
一緒に、周囲にいるほかの能力者にも目礼した。何度か依頼を共にした仲もいたが、それはそれで。
佐竹 優理(
ga4607)が差し出した手にも手を合わせ、握り返し、向けられる笑顔に淡く笑んで返す。
そろそろ出発するか、と、車に向かう途中、オリガ(
ga4562)に包んだサンドイッチを手渡した。
「‥‥足りなかったら言うんだぞ」
●移動
ここから過ごす数日は、移動の比率が圧倒的に高くなる。
ドライブといえば聞こえはいいが、いずれ飽きはくるし、警戒という名の緊張も携えての行進だ。
長旅の疲労を懸念し、能力者達は面子を二班に分け、道中の警戒へと交互に分けた。
A班、先頭トラック助手席には佐柄 麟(
ga0872)、中間トラックは飯島 修司(
ga7951)、護衛トラックは助手席が優理で、荷台に乗って後方を警戒するのがクラウディア・マリウス(
ga6559)。
残る面子はB班で、今は荷台に身を置き、休憩を取っている。
てんたくるすの巨体は現在クラウディアとオリガの背もたれと化し、エメラルド・イーグル(
ga8650)もその傍で黙々と休息を取り、瞳を閉ざしていた。
日を重ねるごとに、道程の危険性は高まっていく。初日こそ大した事はなさそうだが、それでも警戒を怠れる物ではない。
向かう先はスペイン、通り過ぎていく景色を目に、クラウディアの顔に不安の影が差す。
イタリアは大丈夫だろうか、と。大規模作戦の戦場、そう遠くない故郷を思い――心配する心は、完全に払拭し切れなかった。
大丈夫、とか。これから判る事、とか。様々な理由で自分を納得させようとはしているのだが。
(「‥‥でも、今は、やるべき事をきっちりと、だね!」)
大きく息を吸って吐き、持ち前の明るさで不安を隅に押しやる。一つ、一つ、順に解決していこうと、思いを胸に。
「シスターからの差し入れ」と称して少尉より渡されたサンドイッチは、現在、出発前にと半分ほどを消化していた。
割とぎっしり詰まっていたそれは、残りは後でと、現在荷台の隅に保管されている。
笑顔で生活するには日々の食事が充実していなければ、というのはレグの弁で、似たような事を思っている人間は割と多い。
今回お届けする物もそうだが、能力者にもこの差し入れに釣られた人間がいたりいなかったりする。
修司曰く、兵站の確保は近代戦の常識じゃないですか、正論だ。
数日間走り続け、大分スペインへと近づいてきた。
散発的に発生した襲撃もなんとかやり過ごし――森林・山間での迷彩が功を奏したのか、撒いたり轢いたり逃げたりと、戦闘回数はなんとか抑えられている。
明確に見えはしないのだが、運のよさも関わっているのかもしれない。
地図などを参考に、開けた場所へ出る前には一時停車。先頭の助手席に乗車していた人間が双眼鏡交えて前方確認をした後、先へと進む。
疲労といえば長旅によるものと、硬い荷台が蓄積させるもの位で、それもてんたくるすのぬいぐるみが大半をカバーしてくれている。
「こちらは万事順調。人生と一緒で、平和が一番ですね」
無線から修司の連絡が入り、同感です、と麟が相槌を打つ。
漂う緊張は極薄く、先で山を越えると、少尉から連絡が入った。
―――そして現在、休息時間。
長い間走行を続けていたし、難所を前にするという事での休憩だ。
山岳前の開けた広場に車を止め、一同で周辺を囲む。車から降り、固まった体を伸ばす者も少なくはない。
ずっと同じ場所でじっとしているというのも辛いもので、それは休息を取る時とて同じだ。
この周辺は緑が深い、風が吹くたびに枝葉が揺れ、波音に似たざわめきを漏らす。体を引き伸ばし、吸い込んだ空気は清らかで、僅かに冷え気味か。
ほわ、と、少し大人びた香りが立ち上がった。
芳香が辺り一帯を包み、元を辿って振り向けば、レグがポットセットでコーヒーを入れている。
日はやや傾いた具合で、ティータイムにはまだ早いが、疲労的には丁度いいかもしれない。
「運転お疲れ様です。あったかいコーヒーをどうぞ」
コーヒーを運転手三人とオリガに淹れ、次は紅茶を淹れ始めた。
有希と麟は荷物から赤白饅頭を引っ張りだして皆に分ける、レグが作った甘めのクッキーは出発数日で平らげられていた。
「お疲れ」「お疲れんこん」「お疲れ様です」と言葉が交わされあい、喉を鳴らす音が僅かに響く。
大人びた香りと優しい香りが交じり合い、菓子の甘さが思考の淀みを打ち払う。
交わされる言葉はなく、休息の香りに浸る。国境はすぐ近くに迫っていた。
●国境越え
山岳地帯は寒い。今回はB班が先に担当に着き、A班は荷台で体を休めていた。
B班は先頭車両にオリガ、中間車両にエメラルド、護衛車の助手席に有希が乗り込み、レグは荷台で警戒を勤めている。
空気は肌寒く、山に入ったあたりから、一行は次々と防寒具を着込んでいた。
この辺が一番の難所だけあり、荷台で姿勢を崩しているものはいない。背筋を立て、傍らに武器を、体を休めつつも、襲撃に対応出来るよう備えている。
見た目だけは、あくまでも和やかに。
大分順調に此処まで進んできたとはいえ、長旅の疲労はやはり拒めない。この中、少しでもリラックスすべきと、他愛ない言葉がいくつも重ねられていく。
「フランスからの食料って、どんなのが入ってんのかねぇ?」
優理が投げかけるその興味深い話題から、
「いい天気ですねぇ‥‥空が随分と近いですよ」
という修司のそんな世間話まで。
能力者達は体の半分以上を迷彩布に埋もれさせ、顔だけ出して雑談を行う。この車両だけ迷彩布を被せない、なんて訳にもいかないために。
「このまま見つからずに目的地に着くと良いのですけど‥‥」
双眼鏡を手に、レグが呟く希望的観測は望み薄だった。
ばさばさと、羽根を撒き散らしながら頭上を通りゆく鳥はなんとも不吉で、深い森は奥に潜むものを錯覚させる。
重苦しい圧力の中、車を走らせた。奥へ向かうにつれ、それは強く、どす黒く。首筋を刺す感覚、一般的に敵意と呼ぶものが一行を取り囲む。
幾重にも囲み、重ねられる悪意は、不本意ながら想定していた範囲にある。
問題はどんな相手で、どれだけ数がいて、いつどこで仕掛けられるか、だ。
停車して迎え撃つか、それとも振り切るか。一同の方針は振り切れるなら振り切ったほうがいい、というもの。だが、狭い山道はスピードを出すのに向いてなく、高速走行中を襲撃されるのは危険この上ない。
―――決断は明快だった、停車。
急激なブレーキに前へと衝撃が走り、それが戻った頃には全員が戦闘態勢へと移行していた。
それぞれのエミタが力を発動し、覚醒へといざなう。
「星よ、力を‥‥」
胸のペンダントに左手で触れ、祈るクラウディアの左腕に星を繋いだ光のブレスレットが現れる。白に近い光色のブレスレットは幾分か熱を持っているような気がして、その心強さを感じながら、超機械αを握り締めた。
同じく覚醒を完了させた麟とオリガは、タイヤや取っ手を踏み台に車上へと上がり、高所を確保する。
風が靡き、レグの髪を撫でた。舞い上がった髪がブラウンからプラチナブロンドへと変化し、柔らかく肩へ背中へと戻っていく。
「‥‥やれやれ、おいでなすったかい」
普段のぱやぱやした口調から一変する、ドスの効いた声。スパークマシンαが力を受けて起動し、電圧を散らした。
乱闘が始まる。
側面から来た、即時停車を行ったお陰か、敵は散発的に飛び出してくる。最適地形でないのは向こうも同じか、これを見る限り、一行の迎撃判断は的確と言えただろう。
飛び出すキメラはそう特異な姿をしている訳ではなく、樹林から飛び掛る攻撃を受け止め、投げ返す。
地形は両脇共に樹林、麟とオリガを車上に配置したまま、一行は二組へと人員を分け、両方の迎撃へと配置する。
道の前後は士官達が回ってくれた、目に見えない覚醒を行った少尉と、部下二人で片方ずつ。
ここ数日、錬力の消費は抑えていたため、余力はまだ十分。今日がラスト一日な訳だが――余力を残す制限は未だ掛かってるため、全力は出せない。ラスト一日とはいえ、到着するまで気は抜けないのだ。
「これは皆の気持ち。やけん、邪魔せんで貰うよ!」
依頼主のシスターは、この物資は人々から募った協力だと言っていた。前線の食料事情が良くないと聞き、少しずつ集めていたものだと。
お届けするのはただの物資じゃない、前線の兵士を大切に思う気持ちと、感謝の気持ち。それを抱くのは傭兵達とて同じで、だからこそ、物資を傷つけられる訳にはいかない。
襲撃を弾き返し、刀を振るい、銃弾を叩き込む。気がつけば受け止める攻撃は増える一方で、見れば敵の数は徐々に増えていた。
仲間を呼ばれたか。
頭上からはばさばさと羽音、それを気にかけつつ、レグの超機械が麟とオリガの武器を淡く光らせる。
「さァ、やっておしまいアンタ達!」
光を灯した貫通弾が、麟の手によって放たれた。
「星の加護をっ」
クラウディアの強化は優理と有希へと、相手する敵の状況、味方のコンディションを見ながら、回復と強化、弱体を使い分けていく。
修司がファングでキメラを殴り倒し、その体を傍へと蹴りよける。そして次の攻撃をがっちりガード。
回避運動を行うほどのスペースはなく、防御形態は基本的に受けへと限定されていく。
「凡百の牙ですが、鋭さは請け負いますよ」
また一匹と、敵を転がした。対処しきれない分の敵はエメラルドによって打ちのめされ、キメラが車に近づく隙はない。
数と体力の我慢比べ、どっちが先に力尽きるか、だ。
「キメラどんだけ出るんだよ‥‥めんどくさいねぇ」
どっちにせよ、戦う事になりそうな相手だ。今戦っても大して変わらない――なんて事もなく、思考の隅で、勘弁してくれと願う自分がいる。
怪我と体力は別物だ、怪我自体はこの面子にとって大して問題ではない。
「後発のために憂いを絶っておく、と考えたらどうでしょうか‥‥っ‥‥」
幸いなのは、敵がそう強い訳ではなく、ある程度体が鈍っても問題ないということ。言葉を漏らす有希のこめかみには汗が浮かび、息も僅かながら上がっている。
攻撃が来るのは、上空を含めて全方向。
上空の敵は上の二人が主に対処し、数が増えた場合は、手の空いている人間が援護に入っている。
「射撃は不得手で‥‥当たれば御の字です」
修司はそういうが、猫の手も借りたくなるような数なのだ。やれる事をやるしかないだろう。
●到着
「‥‥ついたぞ」
‥‥そして、その後。予定を三時間ほどオーバーして、一同はスペインの簡易基地に到着していた。
車が停車した瞬間、上がる歓声らしきもの。荷台の迷彩布を引っぺがせば、精根使い果たした能力者達が転がっている。
手には武器を握ったまま、しかし疲労で体は起き上がれない。少尉はその様相に苦笑を漏らし、もう少し休ませてやるか、と迷彩布を元に戻す。
休憩や怪我の治療などを含めての三時間超過、あの後も襲撃は頻繁に続き、打ち倒したキメラの数など数えたくもない。
「冗談抜きで、よくやったよ」
そういう少尉の言葉は、素直に受け取ってもいいのではないだろうか。
後発の危険性が減ると思えば聞こえはいいが―――それにしては、重労働だった。
いつのまにか、荷台と助手席には人数分の毛布が投げ込まれている。今と帰りはこれで休め、と言った所か?
「ついた〜‥‥」
かみ締めるように、クラウディアの言葉が感慨深げに漏らされる。自分達は物資を守りきり、届ける事が出来たのだと。
コンテナ車には凹み一つなく、今こうして現地へと搬入できている。
物資を下ろすのに通りかかる兵士達が「有難う御座います」「お疲れ様です」と言葉をかけてくる。
ぴょことレグが体を起こし、律儀にそれに返礼していた。
今日はここで休憩。一応帰りの路程もあるのだが、少なくとも来る時よりは随分とましになっているだろう。
「少尉、私達からの気持ち、依頼主にお願いできますか?」
ふと、有希が体を起こし、少尉に手紙を渡していた。一瞬怪訝そうに手紙を見つめるも、直後、納得したように手紙を受け取る。
手紙はよじれてしまわないよう、ファイルへと収納。車の運転席へと預けられた。
荷台から眺める星空は澄んでいる。
同じ位清らかな空気を胸いっぱい吸い込みながら、一行の任務は成功の名の下、終了を告げた。