タイトル:再戦・冬将軍マスター:音無奏

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/04/05 01:14

●オープニング本文


 暦は既に三月、だが雪は今だ溶けずにいた。
 そこは高く険しい山だった、深い雪の帳が人を拒み、隔絶された世界を作り出す。
 そこは怪鳥の住処だった、かつてからではない―――ごく最近、そうなっただけの話。
 気候は二月より幾分かマシになっただろうか‥‥いや、どっちのみ、防寒具を脱いだら凍結する気温だ。多少の誤差など気休めにもなるまい。
 しんしんと今は穏やかな雪も、いつ牙をむくのか判らず―――。
 美しい白の要塞は、未だ冬に閉ざされていた。

「―――再討伐だ」
 女性士官の顔色に最早翳りはなかった。
 柔らかい表情は傭兵達への信頼ゆえか、不安な様子もなく――いつもと変わらず、淡々と説明を始める。
「地形自体は、それほど変わってはいない」
 戦場は前回と同じ雪山、ターゲットの巣も変わらず、崖の一歩手前にある。
 樹林はある程度下がった場所にしかなく、雪に覆われた岩肌は、お世辞にも有難い地形とは言えない。
 周辺は能力者達が戦うのに十分な広さがあるものの、崖っぷちには変わらないのだ。気を払わないと、キメラ討伐どころでなくなる可能性もあるだろう。
 天候条件も前回と同様だ、山の天気は気まぐれなので、いつ大雪になっていつ降り止むかは判らない。
 ターゲット――ロック鳥も、別段前回より変わった様子は見られない。
「‥‥怪我は全て治っていたがな、あの生命力は伊達じゃないようだ」
 特別な能力こそないものの、素の身体能力はかなり高く、運動能力も高ければ打たれ強くもある巨鳥。
 身長は2メートルを超え、体格が体格だけにパワーも高い、地上では然程回避力が高くないのが唯一の幸いだろうか。
 ただ、それも地上に限った話、空戦を挑むとなると、戦いは絶望的だ。
 打たれ強いのは元より、それに圧倒的な回避力が加わる。幾ら図体のでかい相手とはいえ、空飛ぶ鳥を撃ち落すのは至難の業だろう。
「空戦になったら、相手の体当たりに注意しろ‥‥まともに食らったら、肋骨位はやられるぞ」
 空戦にならないのが一番なのだが、そういう呟きが士官の唇から漏れる。
 一度地上に縫いとめてしまえば、再飛行には間がある――それなら、戦い方次第で勝機は十二分にあるだろう。
 尤も、今回はそれを阻害する相手がいる訳だが―――。
「―――戦場周辺の樹林にて、新しくキメラを確認した。スライム‥‥だな。氷タイプの」
 RPG最初の雑魚敵と思って侮る事なかれ―――今回はRPGではなく、現実世界のキメラである。
 知性はほぼ皆無、人を襲う本能のみ存在し、攻撃力こそ皆無に近いものの――纏わり付いた相手への強い腐食能力を備えている。
 物理攻撃に強いしぶとさ、再生能力‥‥強敵では決してありえない、だが――冬山での腐食能力は、この上なく致命的な能力だといえた。
「‥‥衣服と体を蝕まれるの、どっちがましなんだろうな」
 言うまでもなく、どっちも最悪。
 この敵に関しては、何体いるかの確認がされていない―――出来なかった、というのが正しいのだが。
 見積もりでは、能力者全員に纏わり付く数は十分にいるだろうとの事。
 それらは樹林一帯を徘徊し、獲物を探している―――つまり、必ずしも戦いに乱入してくる訳ではない。
「――まぁ、完全に遭遇せずってのは不可能だろうな。鳥もついた時に巣にいるとは限らない、徘徊は樹林とは言うが、獲物を見つけたらこっちにだって来るだろう――」
 天候と同じく、いつ来るか判らない障害と言った所か。
 その性質ゆえ、今回はスライムの全滅は求められていない。必要に応じて適度に相手してやれ――そう女性士官は説明する。
「樹林がそんな感じだからな‥‥今回、私は同行できない」
 前回は衛生兵の護衛として士官が同行していた。だが今回は傭兵達の足手まといになる可能性が高いため、現地に能力者を送り届けたら離脱するとの事。
 衛生兵の待機がなくなるのは無論の事―――車の方まで撤退すれば平気、なんて事がなくなるため、今回の作戦には適切な戦況判断が求められる。
「迎えが必要になったら、合図をよこせ――迎えにいく」
 口に出しては言わなかったが、撤退、討伐完了問わず――な事は明らかだった、信頼とは別に、無理はするなって事だろうか。
 前回の討伐で敵を減らしたとはいえ、危険度は健在。決して傭兵達に討伐の強要は出来ない、だが。
「‥‥一度戦いが経験されてる相手だ、貴公らなら遅れを取ることもないだろう」
 説明は完了した、そう言わんばかりに士官は書類をまとめ、息を吸って宣言する。
「―――腕に自信のあるもの、このターゲットを討伐する気があるもの―――名乗り出ろ」

●参加者一覧

花=シルエイト(ga0053
17歳・♀・PN
御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
ヒカル・スローター(ga0535
15歳・♀・JG
白鴉(ga1240
16歳・♂・FT
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
ベーオウルフ(ga3640
25歳・♂・PN
宗太郎=シルエイト(ga4261
22歳・♂・AA
オリガ(ga4562
22歳・♀・SN
バーナード(ga5370
21歳・♂・FT
美海(ga7630
13歳・♀・HD

●リプレイ本文

 そこは冬に閉ざされた山だった、白と灰と濃緑が重なりあい、未だ大地が眠りから醒めぬ場所。
 雪を被った木々は重く枝垂れ、己を支配する季節の元、深く沈黙を守っている。
 漂う空気は未だ氷点下、外界の春など知らぬと言わんばかりに空気は痛く、冷たい。
 熱を持つのは山を駆ける一台の車両のみ、冬に挑む能力者達を乗せた、車両だった。
 車両に同乗しているのは十人の能力者、運転するのは今回の依頼を説明した女性士官。車内は割と静かで、登り詰める意志のようなものだけが、沈黙を僅かに動かしている。
 意志の名は決意、この戦いが二度目の挑戦ゆえか、面子の中には前回も参加し、今回で復讐を誓うものも少なくはない。
 満ちる沈黙も、秘める意志も、全てはそのため。御影・朔夜(ga0240)はいつもと同じように、気だるげな息を吐いた。
 心に漂う言葉はない、今回ばかりは、内心の倦怠に憎悪が勝っている。ひたすら続く無言は強いものを秘め、表に出る事なく己の奥底へと沈んでいく。
 白鴉(ga1240)は発車した頃から落ち着きがない、今回の作戦用に支給されたシーツは硬く握り締められ、皺が出来ていた。
 刀を握る腕も、余分に力が入っている。心にちらつくのはかつてその身に受けた強く重い一撃、体を内部からシェイクされる感触と、暗転しそうになる視界。
 今度こそ勝利を、と思う心は本当。でもやはり怖いと、前回の敗北が冷たく心を撫で上げる。‥‥でもそんな事言えない。葛藤は内心に押し込められ、言葉は飲み込まれていた。
 運転席の方を覗き込み、宗太郎=シルエイト(ga4261)が運転を担う女性士官へと声をかける。
「お久しぶりです。今回は随分大きな人食い鳥のようですね?」
「久しいな、シルエイト、バーナード。少しでかくなったか」
 顔見知りが多いせいか、返答する士官の口調は普段より幾分か砕けている。バックミラーごしに視線を投げた後、頷き、「伝承よりは小さいかもしれんが」と言葉を綴る。
「鳥型キメラ‥‥初めての依頼を思い出しますね‥‥」
 バーナード(ga5370)が呟く言葉に女性士官は笑う。
「今回の相手、その時見えたのと同じ奴だぞ」
 返されるのはそんな言葉。言葉の直後に車が止まり、目的地に到着した事が示された。
 停車した場所は丁度樹林が途切れる場所、後ろには樹林、先には岩肌が覗く雪地。此処から少し歩けば、ターゲットが巣を構える崖に辿り着くという。
 各々の武装を車から引っ張り出し、能力者達は出発の準備を整える。オリガ(ga4562)が携帯品に潜ませるのはスプロフ四本―――万が一の場合は、もう一度焼き鳥にしてやると、敵を仕留めるため、あらゆる手を尽くそうとする彼女もまた復讐に燃える一人だった。万が一がなかった場合は、帰りの車で酒盛りだろう。
 月森 花(ga0053)が申請出来たカイロは一人につき一枚、安物ではあるが、ないよりましだと、同行する仲間に配る。
 最後に訪れたのは宗太郎の元、やはりカイロを握らせ、手に手を重ね合わせ、両手で彼の手を包み込む。
「また一緒の依頼だね」
 浮かべる笑顔、隠れる思いは窺い知れない。視線はまっすぐ宗太郎の瞳を捉え、柔らかい笑みのまま、まじないの言葉を呟く。
「‥‥勝利をこの手に」


 樹林から少しばかり歩き、道の続くままに上へと向かえば、坂道の終わりに、開けた場所へと辿り着く。
 一帯は岩場を主とする地形だが、今の季節は雪に埋もれて見えない。白一色の大地が陰影にて凹凸を示し、広がるだけだ。
 遠く、双眼鏡から覗く巣に鳥はいない。更に先、地面が途切れる場所から下方の地形、雪を被った樹林が小さく頭を出している。
 踏み込む前にシーツを広げ、頭から身に纏った。普段なら誰かを脅かすのに使われそうなその格好は、今回身を隠すのに使われている。
「能力者の名に懸けて、今日こそ奴らを仕留めてくれるわ」
 ヒカル・スローター(ga0535)がシーツの下で銃を抱え、小さく誓いを呟く。寿 源次(ga3427)がそれに頷き返し、言葉を続けた。
「この時をこのメンバーと。僥倖だ、今度こそ!」
「美海も勝利のために微力ながらお役に立つのですよ」
 地形確認。樹林は遠く、少なくとも銃弾が届く距離には存在しない。清々しいまでに一切の遮蔽物が存在しない周辺地形は、いっそ隠れ場所に悩む必要を省かせる。
 距離に余裕を持って前衛を、そのやや後方に後衛を配置する。
 いずれも銃器の射程範囲外だが、余った距離は戦闘が始まってから詰めればいいだろう。適度な距離は、囮が活動するために必要だ。
 伝説の鳥の名、ロック鳥を冠するのはどんな相手なのかと、ベーオウルフ(ga3640)がまだ見ぬ敵に戦意を高めた。
 勿論、伝説そのものを引っ張ってきた訳ではないだろう。だがそれは能力者を一度退けた程の実力を持つ、故にそんな相手と命を代償にしても戦ってみたかった。
 脚部につけられた爪に滑り止めの効果はない、そもそも滑り止めと攻撃用の爪では用途も形状も異なるのだから、これは仕方ないだろう。
 適度な場所を見積もり、シーツを纏ってうつ伏せの体勢を取る。当然、そんな事をすれば、
「つ、冷たい‥‥」
 防寒具は着用してるし、シーツも纏っている、だが冷たい。触れる場所から冷気が沁みこみ、気分的にも体温は低下する。
 地形と天候の二重攻め、一応これでもまだましな方で、雪はまだ降ってきていないし、真冬よりは環境が僅かにましである、具体的には気温が−10℃から−9℃になった位。
「なんということだ、心が燃えてて寒くない!?」
 白鴉はあくまで強気、実際は洟をずるずる言わせてるし、がちがちに凍えているが、意気込みだけなら寒くないと嘯く。
 視界に映るのは、灰色に煙る空と、雲の隙間から僅かに覗く強い日差し。準備を完了させた能力者達は無言の時を過ごし、日差しが雲の中に引っ込んだ頃、それは戻ってきた。
「来た‥‥」
 白鴉がシーツを脱ぎ捨てて、刀を構える。
 飛来するロック鳥は単体、徐々に迫ってくる巨体。突撃する勢いは、風を切る音すら聞こえて来そうで、本音を言えば真正面から向かい合いたくなどない。

 ‥‥‥‥なんか、前にもこんな事があったような。

「――アクセス」
 朔夜が小声で呟いた、キメラの視認と同時に、能力者達が覚醒状態に入る。
 白鴉の体に走る、激突の衝撃。後衛から飛来した照明弾と、ロック鳥が交差する。
 吹き飛ばされそうになる体を意地で踏ん張り、視線を後方へと向けた。
 敵の滑空に淀みはない、白鴉を押しのけ、ロック鳥は再び空中へと上がっていく、照明弾は‥‥避けられた?
 照明銃はスタングレネードや通常で言う照明弾とは違う。光は三秒で燃え尽きるし、殺傷力のないそれは、相手が視認する前に飛行の勢いで弾かれた事だろう。そもそも当たってない可能性のほうが高いのだが。
 もう一度射撃を試す気には‥‥なれない。飛行中において、相手の回避力が圧倒的なのは前回で証明済みだし、照明銃はそう多く持参されている訳ではないのだ。
 鳥は未だ滞空中、視覚を奪われた様子はない、悪寒が駆け巡る、これは前回の報告書に記載されてたパターンと同じだ、と。
 相手の目が眩まない事には跳躍作戦は行えない、飛行中の相手がどれだけ手強いかは言うまでもなく、消耗戦は一度敗北を喫している。
 はらはらと雪が舞い始める、緩やかな前兆は僅か数秒だけで、今日は最初から勢いが強い。地面に放置されたシーツが風で舞いあがり、はためく音を立てる。
「‥‥少々勿体無いのですが」
 オリガが惜しげにスプロフを取り出した。携帯するのは前回のおよそ倍、ひっくり返さないように戦線から下がり、簡易的な火炎瓶を作成する。
 瓶口を空け、束ねた布にアルコールを含めさせる。それを瓶口に詰め、ライターで着火。勢いよく燃え上がるそれを、美海(ga7630)とベーオウルフへと渡す。
 鳥は上空でUターン、勢いをつけ、再び急降下を敢行する。それを白鴉が前に走り出て、迎え撃った。
 やはり怖い、前回と同じ対象を目の前にして、身に沁みた恐怖が喚起される。幾重にも重なる既知感、フラッシュバックにも似た感覚。
 だが同じ轍は絶対に踏まないと、その思いだけで心身を押した。
 白鴉を中心に、火炎瓶を持つ二人が両脇に散開する、作戦のタイミングを伺う宗太郎とバーナードが、一歩後ろで武器を構える。
 迫る巨体、衝突まであと僅か。ぶつかる瞬間、此方からも力をぶつけ、一瞬だけ敵の突進を食い止める。その隙に火炎瓶が投擲され―――

「‥‥って、あら?」
 弾かれた。
 ―――火炎瓶は、瓶を破砕して中身をぶちまけない事には、ある種アルコールランプと同じだ。
 下は雪地、異常な強靭さを持つとは言え、投げつける対象の体は分厚い肉。瓶は破砕する事なく弾き飛ばされ、雪地に落ちて急速に火を落とす。
 敵の被害は羽毛が僅かに焦げただけ、前回と反応が違う理由は、
「‥‥アルコールを被っていないから、か」
 朔夜が呟く。前回はアルコールを被った状態に火をつけたため、割と大雑把な着火でも炎上させる事が出来た。
 しかし火炎瓶となると話は違う、掠らせる位なら容易だろう、だが直撃は困難で、その程度では対象が炎上する事はない。
 状態は割と八方手詰まり。出した手は全て無効が示されていて、残る一手は敵が隙を見せない事にはどうにもならなく、その敵が隙を見せる様子はない。最初から告げられていた、敵は空戦では圧倒的だ、と。
 雪が激しくなるにつれて、詰みの予感が強まってくる、後はどれだけ大きなチャンスを作り、残った一手を繰り出せるか、だ。
 成功させるためにはどうするべきか、ひたすらチャンスを待つだけでは、先に消耗し切った能力者が倒れる事になる。
 ―――前回と同じ手、というのは好ましくないのだが。
 落ちた火炎瓶を朔夜が拾い上げ、瓶口を塞ぐ布を取り払う。それをもう一度前衛に投げ返し。
「‥‥投げつけずに中身をぶっ掛けろ、前回と同じ手で炎上させる」
 同じ手順をなぞる感覚は余りいいものではない、これから起こる事は明確に予想出来て、だからこそそれは朔夜にとって苦痛だ。
 敢えていえば、今回は事後に用意してる余興が少々違う、といった所か。
「貴様の為の一芸だ、少しは付き合ってやれよ」
 遠目に二匹目の鳥が見えたが無視、シエルクラインを構え、これからの射撃に備える。
「焼き鳥にしてやるですよ」
 美海が低く呟く、三度目の急降下で、鳥の身体にスプロフがぶちまけられた。完全に浴びた訳ではないが、炎上させる媒体はそれで十分。
「――Was gleicht wohl auf Erden dem Jagervergnugen――」
 連続射撃、スプロフを浴びた部分を狙い、銃口が火を噴いた。
「貴様は此処で滅べ」
 着火。劈く絶叫、浴びた範囲が少ないせいか、前回ほどの劇的な効果は見えない。だが、今回のそれは後続がある。
 宗太郎が槍を一時的に放棄した、翼を大きく振りかざす鳥の下へと位置し、両手を組んで腰を落とす。
 崖に背を向けないように、自ら簡易的な足場になった宗太郎の手に足を乗せ、バーナードが宙へと舞う。
「宗太郎だからこそ思いっきり踏める‥‥! でっかい魚釣ってくるぜッ!」
 それはどういう意味だろうか。
 鳥と同じ高度へと跳んだバーナードが、振りかぶった斧を、火炎で弱った翼に思いっきり振り落とす。
「今の俺は‥‥! 飛ぶ鳥をも落とす勢いだッ!!!」
 折れたかどうかは知らない、だが下方への衝撃を受け、鳥は一歩先に地面へと墜落した。
 下にはそれを待ち構える能力者達、上には――襲来してきた、二匹目の鳥。
 体は既に落下を始めている、鳥と接触するより先に地面へと戻れるかどうか。恐らくは無理だろう、衝突は避けられない。
「‥‥それなら、相打ち覚悟の一撃に賭けるのみ‥‥!」
 斧を振りかぶろうとして――それより先に、衝撃と共に視界が回った。
「バーナード‥‥ッ!」
 何が起こったのか、本人には判らなかった事だろう、斧を振りかぶろうとして、無理な体勢にバランスを崩し――そのまま、鳥の攻撃を受けて吹き飛ばされたのだ。
 宗太郎が崖の方向に注意していたのが唯一の幸いか、崖の方に吹き飛ばされたら洒落にもならない。
 しかし、かといって彼が無事な訳でもなく―――敵の最大攻撃をモロに受けたバーナードは、雪地に蹲ったまま動かない。
「寿‥‥ッ!」
 体をひねり、ベーオウルフが後方へと救援要請の声を投げる。しかし、後方はいつの間にかスライムに取り囲まれていた。
 花の足元は既にスライムの青一色、銃弾はぷよぷよとした体に阻まれ、内部まで届かず、それを一人で追い払う源次は思うように手が空かない。
 銃弾が効かない事を悟った花は、無理に撃破しようとせず、ただスライムを威嚇し、近寄らせない事に専念する。
「みんなの命綱はボクが守る‥‥」
 だがこのままではまずい。後方のスライムはいずれ全滅するだろうが、それまで欠員が出た前方が持つかどうかは怪しいし、かといって今前方に回ったら花が飲み込まれる。
「寿さん‥‥すみませんが、前方を!」
 判断を下したのは宗太郎だった、素早く前方戦線から離脱し、花に纏わり付いてたスライムを引き剥がす。
 花だけでは無理があるが、負傷の少ない自分が代わりに攻撃を受ければ、暫く持ち応える事が出来るだろう。その間に前方の援護に回ってくれれば、と。
 余裕がある今なら、自分が離脱してもまだ持ち応えられる、というよりは今しかない。源次が加わってくれるなら殊更問題ないだろう。それに、宗太郎にとっては。
「花だけは‥‥守り抜く! 絶対に!」
「‥‥判った。すまないが、頼んだ」
 源次が短く返事し、前線へと向かった。今まで受けた傷の治療、畳み掛けるための攻撃力強化、バーナードの救助――やる事は一杯ある。

●帰還
 ロック鳥の討伐は完了した。
 源次の戦線参入によって前線は持ち直し、地面に縫いつけた一体を打ち倒した後は、消耗戦でも事足りた。
 今は迎えの車に揺られている、後部座席には何故か桜餅の箱、そして急須や湯のみ一式。
「すまんが、茶はそっちで淹れてくれ。出来る限り揺らさないから」
 能力者達を迎えに行こうとする最中、適当に何か温まるものを見繕おうとしたら、この辺を持たされたらしい。
 来る最中、無事帰れたらおでんでも食べたいと思っていた花だが、こういう趣向はどうだろうか。
「今は帰ってただただ眠りたいだけじゃよ」
 ヒカルはそんな事を言いながら座席に突っ伏している、オリガもお茶ではなく、ウォッカを手にぐんにょり。一同のお茶は美海が淹れている。
「冷めないうちに召し上がれ」
 お茶やお酒のお陰か、車内の空気はほんのり暖かだ。車外は未だ白に閉ざされているが、時が経てばそれも融けるだろう。
 降り注ぐ春の日差しを思う、花咲く仄かな香りと、緑を埋め尽くす艶やかな色彩。
 春はそう、遠くはない。