●リプレイ本文
●出会い
雲一つない快晴。周囲を見渡すと荒野‥所々に大きな岩が点在していた。
その一つに少年が住み着いていたらしい。
「春一、俺は用事があって2、3日出かけるが、その間は仲間がここにいてくれることになった」
ネオガルド・ネルガーがそう告げるが、高遠・春一(たかとお・しゅんいち)は無言のまま‥‥あんなにしつこく居たネルガーが出かけるとなると、やはり不安なのか、春一はやや戸惑いを見せた。すると火絵 楓(
gb0095)は挨拶代わりにと春一に抱きつく。
「しゅんちゃんハロハロー♪ はじめまして、アタシは火絵楓。よろしくね〜」
「な、なんだよ!?」
鳥の着ぐるみ姿の楓を見て驚くのは当然として、春一はネルガーの仲間が来るとは思ってもみなかったのか、かなり動揺していた。
「そんじゃま、皆、後は頼むな」
ネルガーはそう言い残すとふぁん(
gb5174)と一緒にその場から立ち去った。事情を聞いていたサルファ(
ga9419)は危険地帯に近いとはいえ春一を警戒させたくない想いから軽装備をしていたが、護衛もするつもりだったのか愛用の武器等も持っていた。
「‥‥」
幡多野 克(
ga0444)も今回の依頼に参加したのだが、到着してからはあまり喋らなかった。だが、心中ではいろいろと春一が家出した原因を考えていた。
(「‥‥周囲との孤立を深めてしまい、孤独感を抱えている‥? そんな中で自暴自棄になって、危険の迫る洞窟で暮らしている?」)
克は性分なのか、なかな皆の中に溶け込むのに時間がかかった。だからこそ、春一の気持ちが理解できたのかもしれない。
サルファは挨拶をする程度で、洞窟周辺を巡廻していた。警護しつつ、春一の様子を伺っていた。彼にも春一の気持ちが痛いほど分かっていた。だからこそ、少年を助けたいと思い、やってきたのだ。他の者たちが春一の説得に当たっていた。説得とはいえ、初対面の者にいきなり言われても春一とて言うことは聞かないだろう。それが分かっていたのか、サルファは自分の意見を押し付けたくなかった。それは他の者たちも同様だろう。
「今日の夕飯は鍋料理にしようと思ったんだけど、どうかな? これなら皆と一緒に食べられるし、身体も温まるよ」
陸 和磨(
ga0510)の言葉に、シーク・パロット(
ga6306)が首を傾げた。彼は自分のことを猫と呼んでいるが、格好も猫グッズであった。
「それは賛成ですが、食材はどうするのです? ここの洞窟は防空壕か何かなのです?
だとしたら、保存食とかもありそうなのです」
「あの‥あまり言いたくないけど、ネルガーさんの知り合いって変わった格好してる人が多いね」
やっと春一がまともな会話をしたきたせいか、火絵はニコニコした顔で抱きしめた。
「しゅんちゃん、そんなことはどうでもいいの〜、個人の趣味だしね〜。あたしだって鳥の格好してるもんね〜」
「なんだってそう抱きつくんだよ」
春一はやや怪訝そうな表情。
「気にしない。気にしない。ところで、猫さんも言ってたけど、ずっとここにいてさ、食べ物とかどうしてんの?」
火絵が言っていたことは、シークも疑問に思っていた。
「そうなのです。いつもどうしてるのです?」
「‥‥察しの通り、ここは防空壕だよ。保存食もあるけど、それはどうしても魚が釣れない時にだけ食べてる」
「魚?! それじゃ、この近くに川があるのです? 猫はウサギの狩り方とか教えるつもりだったのですが、君は凄いのです」
シークがそう言うと、春一は洞窟の中へと入っていった。まだ昼間だったが、洞窟の中は暗い。灯りは夜だけにしていたようだ。暗闇に続く洞窟の奥を見て、セシル シルメリア(
gb4275)は微かに身体を振るわせた。
その様子に気がついた鬼道・麗那(
gb1939)がセシルに声をかける。
「どうかした?」
「え? い‥いえ、なんでもないです」
「そう? なんだか具合悪そうに見えたけど‥無理しないでね」
「‥‥お気遣いありがとうございます」
セシルは微笑むが、どことなく苦しそうにも見えた。麗那とセシルのやり取りがあったことなど知らず、春一は釣り道具を持ち出すと、川へと向かった。シークと楓が春一の後を追った。
「しゅんちゃん、待って〜」
ローラーブレードで軽やかに走りつつ楓は少年の名を呼ぶ。春一と言えばマイペースに川で釣りを始めていた。シークが隣に座る。
「猫も野宿暦が長いのです。君は2週間以上もこんな生活続けていたのです?」
「‥‥まあね」
シークはニパっと笑った。
「自分で調達できてるのなら完璧なのです」
「しゅんちゃん、すごーい。これで10匹目だよ」
楓はお菓子を食べていた。ゴミは持ち帰るのが基本だ。
「‥‥夕飯まで時間あるからまだ釣るよ」
「これだけあれば十分なのです?」
「今日の夕飯は鍋料理にするって和磨って人が言ってただろう。1人一匹じゃ足りないじゃん」
春一の表情は暗かったが、シークと楓は少年の言葉がうれしかったのか互いに顔を見合わせると満悦の笑みを浮かべていた。
夕方になると、春一たちは洞窟に戻ってきた。和磨はせっせと夕飯の準備をしていた。
「あ、お帰り。そろそろ日も暮れるから洞窟の中の灯り、付けておいたよ」
「‥‥。‥‥ありがとう。‥‥これ‥鍋料理に使って」
春一は古ぼけたバケツに入った魚を和磨に差し出した。
「これ、君が釣ってきたの? ありがたく使わせてもらうよ」
「明日はシチューが良いのです」
シークがそう言うと、和磨は楽しそうに微笑。
「明日は何しようかって考えてたけど、シチューなら俺でも作れるかな?」
●経緯
その頃、ネルガーとふぁんは春一の姉‥翔子の家に居た。居間に通されて、テーブルの上に翔子は紅茶を並べた。
「‥‥春一の様子はどうですか?」
翔子が心配そうに言うと、ネルガーは落ち着かせるように優しく応えた。
「元気ですよ。自分で自炊してますし、今は俺の仲間たちが春一の護衛もしてます」
ふぁんは春一を説得する為に彼を戦場へ連れて行き、死ぬとどうなるかを見せるのはどうか‥彼の目の前で、銃弾を何かに発砲し、それでどういうことになるか体験させるのはどうかと話してみた。だが、ネルガーは事情を知っていたのか、翔子の代わりに説明した。
「春一は嫌って言うほど人が死んでいくのを見た。バグア兵に両親も殺され、翔子さんは春一を庇って瀕死になったこともある。今は翔子さんも治ったが、春一は両親が死んで翔子さんが怪我したのは自分が無力だからと思い込んでいる。戦場に連れていった所で何も変わらない気もするが‥」
その話を聞いて翔子は泣くまいと我慢していた。ふぁんの案も悪くはないが、新米能力者の荒療治としては効果がある可能性もある。だが、今回説得する相手は一般人の少年だ。下手をすれば余計に自宅へは帰らなくなるだろう。
「では、お姉さんに洞窟のところまで来てもらうというのは? もちろん危険地帯には近いから私が翔子さんの護衛もするつもり。ただ春一君の今の心境だと、お姉さんの姿を見たら逃げ出すかもしれない。それで私なりに考えがあるんだけど‥」
ふぁんの考えを聞くと、翔子は躊躇いもせず了解した。
「良いんですか? あそこは一歩間違えればすぐにでもバグア兵が来るかもしれない所ですよ?」
ネルガーはそう言うが、翔子の決心は変わらないようだ。
「翔子さん‥辛いかもしれないけど‥協力ありがとう」
ふぁんの案が通用するか、後日‥分かることだろう。
●再会
春一も他の者たちとの生活に慣れてきたのか、意外にも積極的に全員の朝食を作るようになっていた。
「君は料理も上手だね。俺はまだまだ修行中ってとこかな」
和磨は親睦を深めるには一緒に食事をするのが良いと考えていたのだが、どうやら春一も日に日に和んできたようだ。とは言っても、表面上は相変わらずのひねくれ者‥とは言え、初日と比べると緊張感がなくなってきたことは和磨も感じていた。
食器を片付けた後、麗那はここ最近、セシルの様子が妙だと思い、さりげなく聞いてみた。
「夜‥ちゃんと寝れてる? 場所が変わると寝つきが悪くなる場合もあるから」
セシルは心配かけまいと何か隠しているような様子だったが、麗那はこれ以上、追求することはしなかった。
「突然なんだけど、今度‥新曲出すんだよね。聞いて貰ってもいいかな?」
「麗那さん、歌手なんですか?」
セシルがそう言うと、麗那はちらっと春一を見た後、話を続けた。
「まだ新米アイドルだけど、いつかライブにきてくれると嬉しいな」
「猫も歌が聞きたいのです」
そう言われて麗那は笑顔で歌い始めた。
『tomorrow』
もしも翼があったなら
今すぐ飛んでいきたいよ
こんな時代に生まれたからなんて
諦めるのは嫌だから
私は明日が明日が好き
暗い夜は抱きしめて
心閉ざしてしまわぬ様に
寒い夜は抱きしめて
心凍らせてしまわぬ様に
負けない明日が
きっとそこにあるから
‥‥春一は黙っていたが、シーク達は拍手していた。
「よっ、ただいま。皆、お疲れさん」
ネルガーの声が聞こえ、春一が振り返った。ネルガーの隣にはふぁん‥そして、翔子の姿があった。
「用事があるって、こういうことだったのか」
春一がポツリと言うと、翔子はふぁんと一緒に背中を向けて去っていった。てっきり心配で姉の翔子が自分の元へと駆け寄ってくると春一は思っていたのか、姉の行動を見て呆然としていた。
「‥‥。なんだよ‥‥ここまで来て‥嫌味かよ」
春一が冷たい眼差しで翔子に向けて言い放った。その時である。セシルは思いっきり春一の頬を叩いた。セシルは寝不足であったが、今はそんなことはどうでも良くなっていた。
「春一さん‥貴方は今、自分が何を言ったのか分かっているのですか? 翔子さんにとって貴方は家族であり、弟なんです。心配して来てくれたのに‥ああいう言い方はないと思います。お姉さんが貴方のことをいらない、いなくなればいいなどと考えるはずはありません」
春一は叩かれた頬を手で覆った。
「‥‥そうだよ‥姉さんはそんなこと考える人じゃない。俺が姉さんの側にいると、また俺を庇って大怪我するんじゃないかって‥‥両親だって俺を‥庇って‥‥死んだ」
少年の本音が出始めた。克が静かに春一の前に立ち、真摯な瞳で告げた。
「春一さんは‥人に見捨てられた事って‥ある? 喧嘩ができるなら、まだいい‥。どんな形でも‥自分の方を見てる事に‥変わりはない‥から‥。俺の事を‥誰も見ない‥関心を持たない。期待‥されない‥。存在を殺されると‥言うのは‥本当に‥地獄だよ‥」
克にも過去、何かあったのだろうか。それを知る者は少ない。
「春一さんは‥幸せだと思う‥。こうして…誰かがお節介を‥焼いてくれる‥。助けに‥来てくれる‥。ネルガーさんだって、そう‥みんな、春一さんを心配して‥来てる‥。その事実を‥しっかり見て‥お姉さんの元に‥帰ってあげて‥」
克はどこか哀しげな表情ではあったが、春一を励ましたいと思っていた。それはサルファも同様であった。
「君のことを、君以上に心配している人がいる。それは君のお姉さんだったり、ネルガーさんだったり‥俺‥‥俺たちも。もう少し耳を傾けてやってくれないか?」
一息つくと、サルファはさらに言った。
「あと、自分の命をもっと大事にしてくれよ。‥そうでないと、俺達が何のために戦っているのか分からないじゃないか」
それを聞いて、春一の目から涙が零れ落ちた。
「俺は‥普通の人間だから‥‥無力だから、あなた達みたいに力もない。俺じゃ姉さんを守れない。俺がいたら姉さんは自分を犠牲にしてまで僕を守ろうとする。サルファさんたちだって本当は僕を守るために来てくれたんだろう? なぜそうまでして他人を助けようとするんだ?」
そう問われて、サルファが答えた。
「何故、か‥。俺は大切な人達を二度、目の前で失った。あの時の悲しみ、苦しみ‥そんなものを他の人にも味わってほしくはない。春一君には残された者の気持ちを少しでも分かってもらいたいから。そして、自分のことをもっと大事にしてもらいたいから‥そんな理由ではダメか?」
「‥‥」
春一は黙り込んでしまった。和磨は見かねて、そっと側に寄ってきた。
「俺達のこと、もっと信じてくれると嬉しいな。俺は何も確信させられるだけのものを持っていないかも知れない。ただ裏切るようなマネはしないよ。自分で言うのもなんだけど、嘘とかそう言うの下手なんだ」
和磨は苦笑していたが、どこか安心させるような顔立ちであった。
「待っていてくれる人の気持ち、思い返してみないかい? もし、君が翔子さんだったらどう思う?」
「‥‥」
皆の声がなくなり、風の音だけが聞こえてきた。春一は涙を拭った。
「‥姉さん‥ごめん‥」
その言葉を聞いて、セシルは安堵した。彼女が聞きたかった言葉だったから‥。ふぁんが翔子を連れてくると、春一は姉の所へと駆け寄った。
「ごめん‥ごめんなさい」
「私の方こそ、ごめんなさいね」
そう言って春一を抱きしめる翔子。
「姉さんが謝ることじゃないよ」
そう言う春一は涙が止まらなかった。それは翔子も同じだった。2人の様子を見て、皆が安堵の表情を浮かべていた。
翌日。春一は実家へ帰ることになった。
「昨日の歌、初めてのバラードナンバーなんだけど、どうだった?」
麗那がはにかみながら言う。春一は一見すると無表情だった。
「ま、良いんじゃない?」
「あ、そうそう! 麗那ってホントはキャラが違うとか皆にネタばらししちゃダメよ!」
そう言いながら、小指を差し出す麗那。その意図が分からず春一は不思議そうな顔をしていた。
「再会の約束なんだけど」
「しゅんちゃんは鈍いな〜」
楓が抱きしめると、春一はようやく笑顔を見せた。
「そ、そんなの分かってたよ!」
その様子を見て、翔子達も楽しそうに笑っていた。