●リプレイ本文
森の緑が、清らかに風に靡く。
「ここって温泉あるんだ。たまには長風呂もいいかなぁ」
狭間 久志(
ga9021)はキョーコ・クルック(
ga4770)と共に、キャンプ場を訪れた。
時折、キョーコが口元を押さえて、具合が良くないことに気付き、久志は妻を気遣いながら荷物を持ち、キョーコのペースに合わせて歩いていた。
「休養で来てるんだし、無理しないでな。ゆっくりして行けばいいさ」
「ん‥‥? あ、大丈夫だから。気にしないで?」
キョーコは微笑むが、久志にはそれが気がかりであった。キョーコの手を繋ぎ、安心させるように話しかけた。
「人間の都合に合わせて手が入ってるから、人にとって過ごしやすいのは当たり前なんだけど。里山みたいに手が入ることで光の入りやすくなった自然ってのは、自然その物よりいろんな動植物や虫、魚が生きていけるんだってな」
キョーコは久志の気遣いがうれしくて、つい手を握り返した。
2人で森を散策していると、休憩所があった。
「少し休もう。何か飲みたいものはあるなら‥‥」
久志がそう言いかけた時、キョーコがこう告げた。
「お腹すいちゃったから、お弁当にしよっか? 腕によりをかけて、お弁当作ってきたんだよ〜」
「そうだな。そろそろ昼頃だし、ここで食べるか」
「じゃ〜ん、いっぱい食べてね〜」
キョーコは木製のベンチに座ると、テーブルにお弁当を並べた。
「これ、一人で作ったのか? 大変だったろ?」
キョーコの手作り弁当を見て、久志は驚いていた。
ちらし寿司、唐揚げ、マリネ、酢の物、鮭の南蛮漬け、他にも美味しそうな料理がある。これをキョーコ1人で作ってくれたのかと思うと、久志はうれしかった。
「ありがとう。どれから食べようか」
「えと‥‥レモンかけちゃっていい?」
そう言って、キョーコは唐揚げに目を向けた。
「唐揚げにレモンか。僕は気にしないからいいけど、ソレって結構揉める話題だよな」
キョーコは照れながら、から揚げを紙皿に取ると、レモンを多めにかけていた。
「そんなにか!? 妊婦じゃあるまいし‥‥ん‥?」
久志は最初、あまりの多さにびっくりしていたが、どうにもキョーコの様子が気になっていた。
「あ‥その‥‥ちょっと前から‥‥酸っぱいのが‥‥すっごい食べたくなって‥‥」
もしかして‥‥?
●
修行のため、村雨 紫狼(
gc7632)はキャンプ場付近にある森の中にいた。
常識や知識を得るのも生きるために必要であるが、己の身体も鍛えることも大切だ。
紫狼はさらに奥義を極めるため、川岸にて抜刀の構えを何度も繰り返していた。
開祖から受け継いだ二天一流の魂、人間の誇り、人間賛歌を心の大黒柱としていた紫狼であったが、力と憎しみに溺れなかったのは、愛する者がいたからであった。
「これからも世界を護る為、日々の努力は欠かさないッ」
紫狼はひたすら構えを組み、自らを覚醒させた。
「はあああ‥‥ッ、震えるぞ我が黄金の魂ッ! 響けよ我が黄金の血潮ッ!! 現出せよ我がエミタ、セイクリットゴールドッオーヴァーヘヴンッ!!」
黄金の龍騎士が出現し、紫狼は金色の光に包まれる。
その時であった。草むらから人の気配がした。
「‥‥?!」
紫狼はすぐさま覚醒を解除し、元の姿に戻った。
「‥‥誰だ?!」
確かに人の気配はするが、出てくる様子はない。紫狼は草むらへと歩き出し、そこにいたのは‥‥?
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友人からの誘いを受け、叢雲(
ga2494)は出発前に買い出しをしていた。
「この酒も良いですね。これと、これもなかなか」
様々な種類の酒を手土産に、パンフレットを頼りにキャンプ場へと足を運んでいた。
その途中、川で釣りをしていた大泰司 慈海(
ga0173)と遭遇した。
「久し振りだね。今回はレグちゃんに呼ばれてさ」
「大泰司さんもですか。レグさんから何やら話したいことがあると知らせがきたのですが、もしかして‥ですかね?」
叢雲はキャンプ場まで慈海と一緒に向った。
「もしかしなくても、かもね」
慈海が意味ありげに笑うと、叢雲は小さく微笑した。
待ち合わせ場所に到着すると、レーゲン・シュナイダー(
ga4458)の姿があった。慈海と叢雲が辿りついた頃には、エイミー・H・メイヤー(
gb5994)、朧 幸乃(
ga3078)も来ていた。
「皆さん、お久し振りです」
叢雲が皆に声をかけると、互いに懐かしい話題で和気藹藹。ズウィーク・デラード(gz0011)が待ち合わせ場所である宿泊施設の大広間にやってきたのは、夕方であった。
「レグ、やっと休憩がとれた‥って‥‥なんだなんだ?!」
てっきりレーゲンと二人きりかと思いきや、懐かしい顔触れを見て、さすがにデラードも驚きを隠せなかった。
「ズウィークくんと会うのはほんと、久しぶりだねっ」
慈海がそう言うと、叢雲が含み笑いを浮かべる。
「いやいや、この度は‥とでも言っておけばいいでしょうか」
「なんのことだ?」
デラードはさらりと言っていたが、なんとなく察しは付いていた。
レーゲンは仲間を集めて、どうしても伝えたいことがあった。
「お忙しい中、来て下さってありがとうございます。‥実は、ですね。私、デラードさんと、婚約‥しました」
「まあ、そういうことだ。これからもよろしくな」
デラードは皆の顔を見ると、レーゲンの隣に寄り添った。
「しっと団参謀の俺の前で、婚約発表とはいい度胸してるね、ズウィークくん」
茶目っ気たっぷりに慈海はそう言いながら、祝福も兼ねて瓶を持つと、デラードの頭にビールをかけた。
「俺は鋼の心を持ってんだよ」
デラードはお返しとばかりに、慈海の頭にビールを捧ぐ。二人ともビールまみれだ。
「なんとも相変わらずといった感じがしますね」
叢雲はビール・ジョッキをデラードに手渡すと、幸乃にワインを勧めていた。
「レグさん、おめでとうございます」
幸乃は静かに微笑むと、レーゲンが笑い返す。
「幸乃さん、好きなひととお幸せに」
「‥‥ありがとう。レグさん、いつまでも、お元気でお幸せに。これからは、バグアなんかよりももっと大変な、子育て‥‥待っているかもしれませんから、ね」
幸乃にも大切な人がいるのだ。だからこそ、レーゲンの言葉がうれしかった。
「慈海さん、これからもデラードさんを呑みに誘ってあげてくださいね☆」
「レグちゃんのお墨付きなら、喜んで」
慈海がニコリと笑うと、デラードは思い出すように呟いた。
「これで今後の飲み会も楽しめそうだな」
以前にも、何度、友と酒を飲んだことだろう。
「叢雲さん、白猫さんとお幸せに」
レーゲンは懐かしむように、そう告げた。
「レグさんも、末永くお幸せに。あぁ、そういえば。真琴さんからもよろしく伝えておいてくださいとの言伝です」
叢雲は最初の出会いを思い出し、感慨深くなった。
色々な思い出が脳裏に過る。
「ま、何はともあれ。今後ともよろしくお願いします」
叢雲が乾杯すると、デラードたちは酒を飲み始めた。
(‥‥分かってはいたが‥‥やはり‥‥)
エイミーもまた、レーゲンの誘いで来ていたのだが、様々な感情が渦巻いていた。だが、決して顔には出さず、冗談交じりにレーゲンを抱き締め、こう告げた。
「おめでとう。ついにあたしの憧れの姫のハッピーエンドか」
ゆっくりと離れて、さらにエイミーは言った。
「幸せに‥‥世界一幸せに」
飛び切りの笑顔のエイミー。
すると、レーゲンがそっと抱き寄せ、エイミーの髪を撫で、頬に口付をした。
「エイミーはたった一人の大切な幼馴染。ずっと支えてくれて、ありがと、です。大好きです‥!」
「‥‥式のドレスはあたしにデザインさせてくれ」
エイミーがそう応えると、レーゲンは頷いた。
「もちろんです。‥‥いつか子供が生まれたら、お洋服、作ってくださいね」
「‥‥ああ、任せてくれ」
エイミーは精一杯、『幼馴染』を演じていた。最愛の人が幸せになることを願って。
デラードに視線を向けると、エイミーはふと一言だけ。
「軍曹氏、レグをお願いします」
目を背けず、深々と頭を下げた。
「‥‥分かった。約束する」
デラードにそう言われて、エイミーはようやく自分が今まで避けてきたものを見つめることができるようになったことに気が付いた。
見透かすような瞳。それが怖かった。
自分の気持ちを悟られまいと、ずっと避けてきた。エイミーは純粋さ故に、大人の心に敏感であった。
だが、今日は‥今日からは前を向いて、素直に祝福できる。
うれしい。‥‥寂しい。
今までは大切なレーゲンの隣に、涼しい顔つきでいるのを見ると悔しかった。
そう、今までは‥‥これからは違う。
心から願っている。大切な人が幸せになることを。
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今夜は話も盛り上がり、ようやく落ち着くと、デラードは温泉に入ることにした。
(ビールまみれじゃ、レグと‥‥)
そんなことを思いつつ、男湯に入ろうとすると、慈海がそっと近づいてくるのが分かった。
とっさに回避すると、慈海は勢い余って湯船に突っ込みそうになったが、すかさずデラードの腕を掴み、そのまま2人は湯の中に落ちてしまった。
「まったく仕方がないな」
デラードは苦笑していたが、慈海らしいなと思っていた。
「俺はね、転んでもタダじゃ起きないよ」
「おかげで、男二人で湯に入る始末になっちまったな。魂胆が見え見えだったけどな」
デラードが楽しげに笑う。慈海は温泉で再度、祝福をしてやろうと思っていたが、一緒に飛び込む羽目になってしまった。
「野郎同士の祝福なんて、これくらいが丁度良いかもね」
慈海はそう言いながら、タオルを頭の上に乗せた。
「なにはともあれ、お幸せにーっ」
「俺はすでに幸せだけどな」
「またもや出たね、ズウィークくんのデレデレ発言。ご馳走様ー」
「だってよ、考えてもみろよ。今回は俺の好きな名言通りになった」
デラードは友に祝福されて、とても満足していた。
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キャンプ場での食事担当は、アルティメット調理器具を揃えていた慈海がすることになった。
「バーベキューが定番だけど、毎日だと飽きるしね。ホイル焼きとか、キノコの網焼き、リゾットとか、色々と作ろうかなっ」
「一人で人数分作るのは大変でしょう。料理の下準備なら私も手伝います。つまみとか食事の材料も前もって手に入れてありますから」
叢雲がそう言うと、慈海が頷く。
「助かるよ。それじゃ、よろしくっ」
「あの、私も‥少しなら、手伝います」
幸乃も空き時間に料理をしようと考えていたが、人手が足りないと聞いて手助けすることにした。
「ありがとう。これでメニューの幅も広がるよ」
慈海は楽しい時間になりそうだと、ワクワクしていた。
食事は皆と一緒にすることになったが、それ以外の時間は各自、好きなことをして休日を過ごすことにした。
翌日、昼食が終わると、慈海はサイクリング。行き交う人々、全身に風を感じて、颯爽と走る。
「今日は天気も良いし、気持ちいいな〜」
慈海は自転車を走らせながら、自然のコースを満喫していた。
休憩室で読書を堪能しているのは叢雲。外から聴こえる野鳥の鳴き声は、ナチュラル・メロディであった。
幸乃は宿泊施設のコインランドリーから洗濯物を取り出すと、篭に入れ、裏庭に出た。家族連れの姿もあったが、幸乃は物思いに耽りながら、洗濯物を干していた。
今回はレーゲンたちに会えて、これから‥のことを考えていた。
(考えて進まないだけの自分から、進む自分に。私も、負けてられませんもの‥‥なんて、ね)
昨夜の集いで、皆の姿や仕草を眺めながら、幸乃はそう思っていた。
目覚めた時には、朝食の手伝いをして、その後、森の中を散策しつつ薪代わりにと小枝を集め、昼は慈海たちとバーベキュー。
今は、昼過ぎ。快晴で、洗濯を干すにも適していた。そんな日常的な流れが、ゆっくりゆっくりと流れていく。思い出は水のようにすくうことはできるのだろうか。だとしたら、零れおちた思い出の水は、どこへと流れていくのだろう。
幸乃は『思い出』に包まれながら、清閑に時を過ごしていた。
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「なにっ、見つかったか?!」
紫狼は少年と一緒にお守りを探していたが、ようやく発見することができた。
修行中、草むらにいたのは一人の少年だった。キャンプ場へ行く途中、偶然、親子の会話を聞いてしまったが、内容から察するに母親は‥‥。
いや、これ以上は言うまい。紫狼はそう思い、無駄話はしなかった。
聞かず、言わずの優しさもあるのだ。
「お兄ちゃん、手伝ってくれてありがとう」
少年はうれしそうにお守りを手に取り、泥だらけの顔になっていた。
それだけ必死だったのだろう。
「お父さんには、このこと内緒だよ。言ったら心配するからね」
少年がそう告げると、紫狼は腕を軽く回しつつ、気合いを込めた。
「なかなか見所があるな。俺の姿を見ても逃げようともしなかった。人間の素晴らしさは勇気の素晴らしさだ、忘れるな少年!!」
「うん、忘れないよ。本当にありがとう!」
少年の瞳からは哀しみが解き放たれ、新しい希望へと満ちていた。
それを確信した紫狼は、ふと笑顔を見せた。
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キョーコと久志は宿泊施設の一室で休んでいた。
「先週、病院行って来たら‥‥その‥妊娠‥‥してるって‥」
赤面したキョーコからのうれしい知らせに、久志は照れ笑いを浮かべた。
「お、おぅ‥そっか。はは、なんて言えばいいんだ? こういう時は‥‥でも、そういうので病院行く時は一緒に行くから。相談しろ。甲斐性なしみたいじゃないか」
「久志を喜ばせたくて‥‥機会を見計らってたら、報告が後になっちゃったけど、お腹の子とも、よろしくね?」
キョーコは大切な子を守るように自分のお腹に手を当てた。
「この子の未来を守れたんだよね?」
そう言うと、キョーコは久志に抱きついた。
「未来を守った‥‥そんな大した事したんだっけ?」
久志はそう言いながらも、キョーコのお腹を優しく撫でる。
「だって、あたしと久志がいるから、この子が生まれてくるんだよ。それって、未来を守ることにもなるんじゃない?」
キョーコはそっと久志の口元にキスをした。不意打ちだったせいか、久志はきょとんとした表情だ。
日々、良いように生きてきた。朝日が昇り、日が沈み、自分ができることをしてきただけだった。
「‥‥これからも同じように積み重ねていければ、残せる物の1つくらい作ってやれるだろうか」
久志はそう呟くと、キョーコを抱き寄せた。
子供が産まれたら、またここに来ることができれば良いなとキョーコは久志の耳元で言った。
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レーゲンはデラードが待機している部屋に招かれた。
ドアを閉めると、デラードは何も言わずにレーゲンの手を取ると、唇を重ねた。
深く、深く、情熱的に。
レーゲンはデラードに身を委ねる。
「‥‥ズウィークさん」
「レグ、俺にとって『家族』と呼べるのは、お前だけなんだ」
デラードはそう言いつつ、レーゲンを抱きしめた。
いつになく、デラードは甘えているようにも思えた。
「‥‥ズウィークさん、これからは私も家族‥‥一人じゃないです。私がいます。あ、結婚式は人型形態『相棒』さんの掌の上でとか楽しそうですよねっ」
「それは良いな。それがお望みなら今からプランに入れておくか。レグ、ホントにありがとな。俺と一緒にいてくれて‥‥」
どことなく、しんみりしているデラードに気付き、レーゲンは穏やかに微笑んだ。
「スカイフォックス隊の皆さんとも、休憩時間に会って、お話ししました。アーサーさんはとても喜んでいました。ウィローさんは子供みたいにはしゃいでましたよ。サジさんは「年貢の納め時だな」とか言ってましたけど、どういう意味でしょう? 智久さんからもお祝いの言葉をいただきました。ジンウさんは自分のことのようにうれし泣きしていましたよ。皆さん、ズウィークさんにとって大切な人達ですよ?」
「‥‥ああ、そうだな。そうだった。俺は独りじゃなかった。仲間がいて、友人ができて、そのおかげでレグとも出会うことができた」
デラードはレーゲンと巡り会い、今、こうしているのは皆の支えがあったから‥と改めて実感していた。
二人の影が重なり、夜も過ぎていった。
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翌日の昼過ぎ。
エイミーは小さな丘の上に座り、空を見上げていた。
透徹の青空を眺めていると、いつしかエイミーの頬に一筋の涙が零れる。
空を飛ぶ楽しさを教えてくれたのは、レーゲンだった。
エイミーにとって、大切な人。
「‥‥十二年来の初恋の終止符か」
涙で、自分の想いも、昇華されたような気分になった。
「さて、次なる姫の為にあたしは精一杯自分を磨くとしますか」
エイミーにはもう、迷いはなかった。
この輝かしい空のごとく、どこまでも広がる空間。
それは、様々な想いを見続け、一人一人の人生さえも内包していた。
大気が母のように惑星を見守っている。
果てしなく、果てしなく、人の歴史も息衝いていた。
その名は、地球。
この星の行く末を見るのもまた、人の子孫であろう。