●リプレイ本文
●告白すれば良いというものではない
新米能力者の特別臨時講習会が行われることになった。集合場所である会議室には国見・翼と中川・陸の17歳新米能力者コンビと‥7人の能力者が挨拶をしていた。どうも一人姿が見当たらない。
「シメイがいないですね?」
最上 空(
gb3976)がそう言うと、柿原ミズキ(
ga9347)も不思議そうに辺りを見渡した。
「そうだね。どうしたんだろう?」
その頃、水鏡・シメイ(
ga0523)は道に迷っていた。会議室は訓練所の5階にあったのだが、未だに辿り着かない。彼は極度の方向音痴だった。
「水鏡君から連絡があったのだが、少し遅れるそうだ」
佐竹 優理(
ga4607)は後輩の手前、敢えて具体的な理由は言わなかった。
初日、皆の挨拶が終わり、少し休憩した後、翼とミズキは組み手の練習をすることになった。
ミズキは軽くステップを踏むと、翼の懐に飛び込み、喉元に手を当てた。ピタっと一ミリ前で手が止まる。翼の喉にはミズキの手は触れていなかった。小さく微笑すると、翼は参りましたとばかりに両手を揚げた。
「さすがっすね」
翼が感心したように言うと、ミズキは溜息をついた。
「どうしたんすか? 挨拶ん時はすんごい元気だったじゃないですか?」
「ボクも同じような事あったんだよね」
最初は意味が分からなかったが、ミズキの話を聞いているうちに翼は先日好きな子に振られたことを思い出した。
「ミズキ先輩もっすか」
翼はそう言うとうな垂れた。ミズキも思わず顔を下に向ける。
「ボクってどう見えるのかな。遠慮しなくて良いからさ」
「ミズキ先輩は例えるなら『ひまわり』みたいで健康美人って感じですよ」
「お世辞でもうれしいよ。ありがとう。って、ホントはボクが翼を慰めるつもりだったんだけどね。なんか逆に慰められたかな?」
「お世辞じゃないですよ。俺は本当にそう思ってます!」
2人の様子を見守っていた空は、どうにも歯がゆい気持ちになり、やってきた。
「実践なら既に戦死しているかもしれませんよ?」
空の言葉に、翼とミズキは頭を上げた。
「そだね。今は訓練中だったね」
ミズキは直に気を取り直したが、翼はまだしょんぼりしていた。空は躊躇いもせず、翼に念を押した。
「今から5分以内にメロンパンとチョココロネとココアを買って来て下さい!」
「それと訓練に何の関係が?」
そう翼が言いかけると、空は睨みつけた。と言っても可愛いので怖くないと翼は感じたのか、きょとんとした顔をしていた。
「いいから、さっさと買ってくるのです!」
空の叫びに、翼はとっさに走り出した。‥‥5分経過。
「買って‥きましたよ」
「10秒遅いのです。次は空とミズキの二人で翼に攻撃をしかけます。実戦のつもりでやらないと怪我しますからね」
「ち、ちょっと待って下さい。少し休憩を‥」
翼は買物袋を空に手渡し言うが、空の目は本気だった。
「キメラはいつ襲ってくるのか分からないのですよ?」
「翼‥行くよ」
ミズキは訓練所のグラウンドということで手加減せずにソニックブームを放った。
空は回避できたが、翼は避けることができずに吹き飛ばされた。
「やり過ぎたかな? 大丈夫?」
ミズキが駆け寄り声をかけるが、翼は気絶していた。
「翼、起きて」
そう言いつつ翼の頬を軽く叩くミズキ。ゆっくりと翼を目を開いた。
「俺もまだまだだな‥こんなんだから彼女の一人も‥」
地面に倒れた翼の呟きに、空は見下ろした。
「まったく、まだヘタレなこと言ってるんですか。じゃあ、空を思い人だと思って全力で愛を情熱的に叫んでみて下さい」
翼はとっさに立ち上がった。
「それなら、まかせて下さい。俺、慣れてますから」
そう言うと、翼は空に向かって思いっきり「好きじゃー!!」と叫んだ。
「‥‥なんか翼が振られる原因が分かったのです」
空はそっけなく言うと、ミズキを連れて立ち去った。
後に残された翼は呆然と立ち尽くしていた。
●様々な教訓
「昨日の成果が出たか、確認させてもらうよ。国見君も武器を持って」
会議室のある通路で、佐竹は刀を手に取り、構えた。翼も見習い、武器を取る。
しばらく沈黙したまま、二人は動かなかった。優理の構えに隙はなく、凛とした顔立ちであった。
「何か感じた?」
「何も‥感じなかったです」
翼は正直に告げたが、内心厳しいことを言われるのかと思い、ドキドキしていた。
「それで正解。構えた時、私は平常心だったからね」
「平常心? ゆるがない心ってことですか?」
「ま、そんな所だね。そいじゃ私の講習終わりー」
優理は冗談で言ったのかと思い、翼は拍子抜けした。
「終わりーって、まだ10分も経ってないですよ」
「いや、本当に終わり。飯奢るから中川君も連れてきな」
「え? マジで終わり?! 陸も一緒で良いんですか?」
「食事は少しでも人数が多い方が楽しいだろう? ヤングの遠慮は見苦しいからねー。有難く腹一杯食うんだ!」
先輩の好意を無駄にすることは後輩としてできないと感じた翼は、会議室で待機していた陸に声をかけ、3人で昼食を食べることになった。相談した結果、ファミレスへ行く事になった。ここなら翼も陸も緊張せず食事できると優理は判断した。
ウェイトレスに案内されて席に着く3人。数人振り向いていたが、優理は気にもせず話し始めた。
「ここだけの話さぁ、能力者に基本的心構えなんか無いだろっつって。能力者にも色んな奴いるし。その人に合ったやり方とか考え方がある筈でね。強いて言うなら、自分なりのやり方が見つかるまで死なない事‥かねぇ。あ、色んな奴って言えばさぁ‥」
そう言った後、優理は今まで出会った能力者達の特徴を説明した。優理はきめ細かく翼と陸に説明しながら食事をしていた。
水鏡が目的地の会議室に到着したのは2日目の昼だった。優理たちが戻ってくると、和服姿の水鏡がお辞儀をした。
「遅れて申し訳ありませんでした。水鏡・シメイと言います。よろしくお願いします」
「それじゃ水鏡君、後はよろしくー」
優理は会議室から立ち去った。
「本当は空さんの後の予定でしたが、ここに来るのが遅くなってしまって本当にすみませんでした」
礼儀正しく言う水鏡に、翼も礼をした。
「いえ、そんなに気にしないで下さい。それでどんな訓練を?」
「私が用意したゲームをやってもらいます」
「ゲームってシューティングですか?」
水鏡が持ってきたのは恋愛ゲームだった。会議室にあったテレビにゲーム本体をコードで繋ぎ、ソフトをセットする。綺麗なメロディが鳴り、オープニング画面になった。
「ありゃ? これって恋愛モノ?」
「そうです。ゲームだからと言って気を抜いてはいけませんよ」
水鏡はそう言うが、翼には先輩の意図が分からなかった。だが、水鏡なりに何か考えがあってのことかとも思い、翼は水鏡が用意した恋愛ゲームを1時間半程度でクリアした。結果、失敗した。
「俺、こういうの苦手なんすよ。いつも失敗ばかりで‥現実でも『良い友達』止まりで」
自分で言ってて情けなくなってきた翼。ここに空がいたら頭を叩かれていたことだろう。だが、今は水鏡だけで、彼は丁寧に告げた。
「自分の事だけでなく、女の子の事もちゃんと考えてあげないといけませんよ。これからも『良い友達』でと言われたとしても、果たしてそれで終わりを意味するものなのでしょうか。『良い友達』として付き合って、相手の事を色々知って、そうすれば、またチャンスが訪れるかもしれません。踏み止まらず、前に出てみるのもいいと思いますよ」
「それって恋愛に限らず、対人関係にも当てはまりますね」
翼の答えに、水鏡は優しく微笑む。
●似た者同士
「初日でも挨拶したが、改めてよろしく頼む。オッサンじゃ面白くもねえだろうが、何かの縁だと思って付き合っておくんな」
風山 幸信(
ga8534)の気さくな笑顔に、翼は少し落ち着きがなかった。風山はその様子に気がついていたが、緊張しているせいかと思い、こう言った。
「そういや、おまえの友達‥陸だっけか」
「そうです」
「んじゃ、陸も一緒に訓練ってのはどうだい?」
「はい。それじゃ呼んできます」
そう言って翼は訓練所に入ると、陸と一緒にグラウンドに走ってきた。
練習用の刀で打ち合う風山と翼。いつになく翼は真剣な表情だった。
「なんだ、結構やればできるじゃねぇか。人間相手と違って、キメラの動きは予測がつかねえ。知識は必要だが、先入観は捨てるこった」
風山は何度か翼と打ち合った後、今度は陸の番となった。2人が打ち合っていると、翼は地面に座り込み、俯いてしまった。それに気がついた風山と陸は「休憩」という名目で翼に近付いた。
「どうした? 疲れたのか?」
風山が翼に声をかけるが、当の本人からは返事はない。微かに泣声が‥。翼は我慢しているようであったが、風山と陸には翼のすすり泣く声が聞こえていた。
「おいおい、どうしたってんだ? 俺との打ち合いがそんなに痛かったのか?」
「ち、違い‥ます。‥‥親父のこと、思い出して‥‥昔、こんな風に親父と訓練したことがあって‥」
翼の言葉に、風山はなんとなく悟った。自分と似たような過去があったのかもしれない‥ならば、何も言うまい。翼の心が落ち着くまで、風山はそっとしておいてやることにした。
日が暮れ、辺りは夕日色に染まった。翼も落ち着いたのか、ゆっくりと立ち上がった。
「風山先輩、すみません。せっかく訓練に来てくれたのに俺のせいで台無しにしてしまって」
「気にしなさんな。最終日の夕飯は俺が奢るが、どうだ? まあ、奢ると言っても蕎麦だがね。翼だけじゃなくて陸も一緒にな」
「ありがとうございます。翼も喜ぶと思います」
そう言ったのは陸。今の翼には過去の思い出が一杯で答えることができず、頷くだけで精一杯だった。
●初デート?
「お待たせ。今日は思いっきり楽しもうね」
白のAU−KVをバイク変形してやってきたのはアリエーニ(
gb4654)‥長い金髪を靡かせてバイクから降りた。フルフェイスヘルメットを翼に渡す。
「アリエーニ先輩、本当に俺で良いんですか?」
翼の顔は真っ赤だ。
「時には息抜きも必要だよ。気にしないで乗って」
「乗ってと言われましても」
AU−KVは本来1人乗り用だが、2人乗りでもなんとか移動できる。要するに2人乗りすると密接度が高くなる。躊躇いがちの翼にアリエーニは腕を引く。
「ちゃんと捕まってないと大怪我するよ」
翼が後ろに乗った瞬間、アリエーニはAU−KVを走らせた。反動で翼はアリエーニの腰に抱きつく。
翼は女性に腰に抱きついたのは初めてだ。しかも年の近い女性だ。
「気持ちいいでしょー? あたし、気分が沈んだ時はこうやって走るんだ」
翼も所詮は男‥心は有頂天になっていた。着いた先は温泉プールだった。
中に入り、白ビキニのアリエーニが登場。翼だけでなく他の男性も目を見張る。
「似合う?」
翼は何度も頷くことしかできなかった。泳いだ後の休憩中、アリエーニは言った。
「告白できる勇気があるのは凄いと思う‥あたしは臆病者だから。あたしは、せめて手の届く範囲の物を守れる様になりたい。心掛けてる事があるとすれば、自分を客観的に見る気持ち、かな」
「参考になります」
そう言いつつ、翼はアリエーニのビキニ姿が気になって仕方がなかった。
夕方。真白(
gb1648)はお気に入りの公園に翼を誘った。ベンチに座りつつジュースを飲む。
「こうやって公園でまったりしてると、自分が平和な世界にいるような気になりません?」
「少なくとも、ここにいると心が安らぎますね」
翼がそう言うと、真白は眼前の砂山で遊んでいる子供達の姿を見て微笑んだ。
「私は友達と外で夕方まで遊んで、家に帰ったら『おかえり』って言ってくれる人がいて‥こんな幸せを『守る』為に武器を取りました。翼さんは何故武器をとったんですか? 戦闘も恋も難しく考えなくていいんですよ。人を守る為に何が出来るか? どうやったら仲間が戦いやすいか? 要は人を思いやる気持ち‥心に余裕を持って、周囲を見てみるといいかもしれませんよ」
真白は翼の答えがなくても、励みになればと話していた。翼は黙って聞いた後、思い切って言った。
「俺は‥家族を失った‥だから1人でも悲しい想いから救いたいって思った。真白先輩は俺のこと心配して来てくれた‥それがうれしいです」
逆に応えられなかったのは真白だった。だが、その信念で乗り越えていけるようにと心の中で願わずにはいられなかった。
●最終日
「我が輩がドクター・ウェスト(
ga0241)だ〜」
お決まりの挨拶。会議室で講義が始まった。能力者の知識的な講義だ。基礎中の基礎ということなのか、ドクターは熱弁で語る。
「我々『能力者』はバグアの装備から発見されたエミタ鉱石を使用した小型SES『エミタ』のエネルギーを扱える。そして『エミタ』がなければ著しく消耗するほど依存した細胞へと変質している」
さらに講義は続き、一時間が過ぎた。
「マッハ6のKVを操縦できるのは能力者だけであり、軍人ですら一般人では耐えられないのだよ。‥翼君、何か質問はあるかね〜?」
「SESは何の略ですか?」
「スチムソンエネルギーシステムのことだね〜」
「教えて下さってありがとうございました」
さすがに一時間近くの講義は疲れたのか翼は少し目眩を起こしていた。ドクターは全く平然としている。
「最後に1つだけ言っておく。もし恋人ができたらどうするのだね? 恋人の危機には目の前の一般人が倒れるのもかまわず駆けつけるのかね? これで我輩の講義は終わりだ〜」
翼が立ち去ると、ドクターは自前の紅茶で一服していた。
「お疲れ様。何か得られる物はあったかな? 恋愛相談はいつでも受け付け中。また走りに行こうよ、ね?」
会議室から出る翼を見つけるとアリエーニは飲み物を差し出し片目を瞑る。翼は照れくさそうに受け取る。
「佐竹先輩の言う通り、色々な人がいるっすね。恋愛話‥また時間ある時にでも。この後、風山先輩と約束があるんで」
夕方、翼と陸は風山と共に蕎麦屋へ行き、そこで翼より風山の方が2倍の振られ記録があることを知った。上には上がいるものである。
「しかしあれだ、人ってのは面白ぇよな。何度振られても、もう恋なんてしねえと思っても、結局また人を好きになる。そういう風に出来てんだろうな。サルが二本足で立つ前から‥もしかしたら、命の始まりの時からよ」
風山の話が耳に入ったのか、それとも偶然なのか、蕎麦屋の大将は「母なる海に〜大地よ〜」と小声で歌っていた。