●リプレイ本文
●切なる想い
「もう少しで傭兵達が来ます。落ち着いて下さい」
警備員が必死に女性を説得するが、人は理性だけの生き物ではない。頭では理解できていても冷静になれない時もある。ましてや婚約者が破壊された工場内にいるとなれば、心が二つに張り裂けそうな想いになる。
女性は泣き叫びつつ、工場へと走り出そうとする。その時である。彼女の腕を掴んだのは新条 拓那(
ga1294)であった。
「これから救助に向います。ここは危険ですから避難所の方へ」
普段は敬語を使わない拓那であったが、女性の気持ちを考えたのか、丁寧に告げた。自分にも似たような経験があったためか、拓那は女性の気持ちが痛いほど分かった。
「貴方達が‥傭兵‥ですか? どうか‥どうか‥助けて下さい!」
女性は涙を浮かべつつ、救いを求めるように両手を組んだ。
「私達も全力を尽くします。ですが、最悪の場合も想定して‥覚悟をお願いします」
マーガレット・ラランド(
ga6439)がそう告げた後、鳴神 伊織(
ga0421)も女性に覚悟をしてもらいたかったのか、何かを伝えるような眼差しをしていた。夜明・暁(
ga9047)は覚醒し、優しさが込められた光を放つ。瞳と髪は緋色に変化し髪が美しく輝いていた。
「私は‥諦めません、絶対に‥諦めませんから」
暁は女性の心を癒したいと想い、そう告げた。傭兵達は女性の婚約者がどうなっているのか前もって知っていたが、それでも励ます者達が多かった。
「生きていたら、必ずつれて来ますので」
レイヴァー(
gb0805)も事実は知っていたが‥「生きていたら」‥その言葉で女性は何かを悟ったような表情をしていた。それでも彼らが救出に来てくれたことは彼女にも理解できたらしい。無言で頷くと、警備員と一緒に避難所へと歩いていった。
傭兵達は救出班A、救出班B、殲滅班と役割分担を決め、直に工場内へと入った。周囲は軍人達が包囲していたこともあり、中にいるキメラを退治し、生存者の救出に専念することができた。
救出班Aの拓那、暁、レイヴァーは東の非常階段から昇り、救出班Bの九条・命(
ga0148)とヒューイ・焔(
ga8434)は西の非常階段から2階へと駆け上がった。ヒューイが事前に工場の見取り図を本部に申請していたおかげで、非常口の場所は直に分かった。非常口の扉は破壊されており、次々と青い鼠キメラが突進してくる。
九条はキアルクローで叩き込むようにキメラの頭部を狙って攻撃し、ヒューイは携帯していたイアリスで流し斬りを放ち、奥へと進む。
「俺達には雑魚でも一般人には脅威だから、ある意味、やっかいかもしれん」
九条は生存者がいないか呼びかけつつ、2階の部屋を一つ一つ探し回っていた。ヒューイはイアリスでキメラの攻撃を受け流し、建物の見取り図を頼りに九条の援護をしていた。東側から拓那の声が響いた。彼も生存者がいないか走り回っていた。少し経つと拓那、暁、レイヴァーがヒューイ達の前に現れた。
「残念だが、西側には生存者はいなかった。そっちはどうだった?」
九条が拓那達に尋ねると、レイヴァーが答えた。
「こっちもいなかったです。キメラは倒しましたが‥」
救出班は合流した後、1階へと続く階段を降りていく。青い鼠キメラが4匹飛び込んできたが、ヒューイがハミングバードで両断剣、さらに流し斬りを放つ。レイヴァーは脚甲「ペルシュロン」を駆使し疾風脚を発動させ蹴りで応戦、拓那はツーハンドソードでキメラの尻尾を切断しようとしたが通常攻撃だったため、傷を負わせる程度で尻尾を切り裂くことはできなかった。レイヴァーが蛇剋を構え瞬即撃で攻撃すると、尻尾を切断することができた。どうやら特殊能力を使わないと尻尾を切り裂くことはできないと拓那は確信した。
「キメラは後回しにして、一階へ急ごう」
拓那がそう言うと、皆は走り出した。拓那はキメラを倒すことより救助を優先することが先決だと考えていたこともあり、キメラとの戦闘では防御に専念していた。青い鼠キメラは尻尾を振り回していたが、暁は回避すると長刀「乱れ桜」で流し斬りを放ち、接近するや天照で流し斬りで止めを刺す。
「いおりんから、連絡が」
ヒューイの無線機に殲滅班の伊織から連絡が入った。どうやら一階に生存者を2人見つけたが、地下からキメラが湧いてくるように出てきていたようだ。拓那達が一階の大部屋に辿り着くと、生存者を守りながら戦っていたマーガレットと伊織がいた。
「マーちゃん?!」
ヒューイはとっさに援護に入った。伊織は豪破斬撃を発動させ鬼蛍でキメラを攻撃していたが、マーガレットが生存者の治癒をしていたこともあり、ヒューイ達が来るまで一人で戦っていた。マーガレットが練成強化を施していたこともあり、なんとか持ちこたえていたが、伊織は傷だらけになっていた。九条、レイヴァー、暁も技を炸裂させ、キメラを倒していく。
拓那はマーガレットに協力して応急セットで生存者の応急手当をしていた。大部屋にいるキメラを全て退治すると、九条は無線機で外部にいる軍人に連絡‥すると、担架を持った軍人達がやってきて、生存者2人を運んでいく。マーガレットは練成治療で伊織の怪我を治し、彼女の無事を確認すると、皆は地下倉庫へと向かった。
「地下の照明はやっぱり破壊されていたね」
拓那はランタンを持っていたが、暗視スコープも付けていたこともあり、地下倉庫の隅で倒れていた人を発見することができた。
「よかった。まだ息がある」
すさかず手当てをする拓那‥彼が助けた人物は実は女性の婚約者の弟だったようだ。懸命に兄の名を呼び続けていた。だが、今の拓那にはその事実は知らない。
「大丈夫です。安心して下さい」
拓那は必死に怪我人を励ましていた。そんな中、青鼠キメラは拓那達の想いとは関係なく、暴れまわっていた。伊織は懐中電灯で周囲を照らし、接近してきたキメラに氷雨で応戦していた。護身用の武器がなかったら、どうなっていたことか‥それよりも、伊織はキメラ退治が当たり前というのは、あまり良い気分ではなかった。内心、嫌な時代になったと感じていた。それでも助けを求めている人々がいるのは事実‥伊織は仲間の援護をしつつ、キメラ退治に集中していた。
マーガレットは主に治癒を担当していたが、拓那の背後から襲ってくるキメラに気が付き、スパークマシンで電撃を放つ。
「工場にいた研究員達を襲うなど私は許しませんよ。優秀な頭脳が咀嚼され未来の希望が葬られる‥これもバグアの狙いならば見過ごす訳にはいきません」
電撃の衝撃で後方に倒れるキメラ‥レイヴァーが疾風脚の蹴り技を繰り出し、暁が流し斬りを叩き込む。ヒューイは活性化を使った後、ハミングバードで両断剣、流し斬りで残りのキメラを倒していく。九条は一階へと逃げようとするキメラを見つけると超機械「ブレーメン」でダメージを与え、一気に駆け寄ると強烈な一撃を放った。
「全部倒したか?」
九条が呟くように言うと、ヒューイが提灯を使い、周囲にキメラがいないか見渡してみた。どうやら地下にいたキメラは全て退治できたようだった。暁は無線機で現状を軍に伝えると、救出部隊の軍人達が駆け込んできた。
「お疲れ様です。地下の生存者は一名ですか?」
軍人のリーダーが敬礼すると、暁は「そうです」と応じる。生存者は担架で運ばれていき、レイヴァーと拓那は遺留品がないか、しばらく探し回っていた。暁は傷を負っていたが活性化を使うと自力で立てるようになり、1階へと歩いていった。
●数日後
「‥‥どうやら計画が狂ったようだな。あの女性を実験台にするつもりだったが‥まあ、いい‥‥代わりはいくらでもいるからな」
黒服の男はそう告げると、工場から立ち去った。
救出された人々は近辺の病院へと輸送され、1ヶ月前後入院することになった。マーガレット達は救出した人々の中に女性の婚約者の弟がいたことを知り、見舞いにやってきていた。本来ならば親族以外、病室には入れなかったが、2時間の面会時間が許された。
「あの‥良かったら、どうぞ」
マーガレットは女性にココアを渡した。互いにどう言えば良いのか分からず、しばらく沈黙が続いたが、最初に話し出したのは女性の方だった。
「‥‥助けて頂いてありがとうございます。彼は‥‥亡くなったと聞きましたが、彼の弟は助かりました。本当にありがとうございます」
意外にも女性は落ち着いているように見えた。いや、そう見えるだけだとマーガレットは気がついた。拓那はそっと1枚の写真を女性に手渡した。女性と男性2人が写っていた。工場の2階に落ちていたのを拓那が拾った時はバラバラになっていたが、レイヴァーと協力しパズルのように組み合わせて後ろからテープで修正したのだ。
「今すぐは無理でも、いつか元気になって下さい。貴女がこの一件で生きる力を失ったら、きっと婚約者の人、ずっと気に病むと思うんです」
拓那がそう告げると、女性は悲痛な表情を浮かべた。
「‥‥気休めは止めて下さい。彼が亡くなったことに変わりはありません。‥‥ですが‥嘘偽りなく‥‥彼のことを教えて下さったことは感謝して‥います」
そう言うと、女性は写真を持ったまま、すすり泣いた。写真に写っていたのは女性と婚約者と彼の弟だったのだ。
「‥‥どうか、忘れないで欲しい。それでも貴方は『独り』ではないと言う事を」
レイヴァーには‥生きろ‥ということは言えなかった。拓那とレイヴァーの女性への言葉は一見すると相反するものであったが、二人が女性の想いを気遣うことに変わりはない。人それぞれ、一つの物事に対する捕え方は違うが、助けたい想いは女性にも伝わったらしい。
「‥‥確かに‥今すぐは無理ですが‥彼の弟が生きて戻ってこれたのは貴方達のおかげです。正直、誰も助けに来なかったら‥私は‥能力者を憎んでいたかもしれません」
「‥力不足で‥すみません」
拓那が謝罪すると、ベットで寝ていたはずの男性が目を覚めした。
「‥‥義姉さん‥‥その人達を憎むのは‥筋違いだよ。兄さんは‥俺を庇って‥‥憎むなら俺を憎んで‥くれ」
「?!」
女性は振り返り、男性の方へと近付いた。
「目を覚ましたのね。良かった‥彼だけでなく‥貴方まで戻ってこなかったら‥私は‥‥」
婚約者の弟が生きていたことが、今の女性にとって救いとなっていた。傭兵達の想いは無駄ではなかった‥それが現実になるには時間がかかるかもしれないが、小さな希望は確かに存在していたのだ。