●リプレイ本文
●01
ここは、南側居住区画の会議室。部屋に備え付けられている大画面は沈黙している。その横に備え付けられた端末の内部を、先ほどから調べていた和菓子部の部長が傍らに立つハミル・ジャウザール(
gb4773)に告げる。
「これで、こちら側である程度各階のカメラを操作出来るように成りました」
「そうですか。では、さっそく調べて見ましょう。といっても、流石にCSIの設備みたいなのは無いですよね」
「あるようだね。それもこの居住区画に」
端末を操作するハミルを見ながら終夜・無月(
ga3084)は答えた。テーブルの上に幾つかの書類や図面などが、所狭しと並べられている。それらは、この会議室に置かれていた物や、この特殊実地試験に参加した時に配われた事前資料、そして、彼が持ち込んだこの海底施設に関するモノとかだった。無月は、無線機で何処かに手短に二三指示を伝える。
「え、有るのですか?設備が?」
心底驚いたようにハミルが振り返る。
「ああ、今、白川さんに確認してくれる様に頼んだのですが、医務室には科学捜査の設備というより法医学で使われている機器などが備えられているようだね。まぁ、大規模な研究所にあるような最新のものとかではないだろうけどね」
「僕は、また、医務室と聞いて学校とかに在る保健室に毛の生えたようなものかと思っていました。そうですか、そういったモノがあるのならあの会議室の状態等を詳しく分析できますね」
ハミルが、少しだけ安堵した表情を浮かべる。
「と云っても、扱える人間の居ないことには・・」
「その点は、何とか成ります。僕は、学園でアルトラ・クリフトフ氏の講義と研修を何度か受けていますし、先ほどの和菓子部の部長さんは選択科目に法医学を取っているので扱えるはずです」
「クリフトフ?」
「ええ、法医学の教授でして学園でその科目を教えている人物です。僕が受講した時にあの部長さんの顔を拝見していますので大丈夫かと思います。」
「そうか、ならそれを踏まえて調査したほうが良いね」
そう無月が呟くと無線機が鳴る。白川からで、内容は医務室にそういった分析に使える設備があるとのことだった。そこで無月は、各調査班に伝えようとする。
「妙だな。ノイズが多くて上手く伝わらない」
「じゃ、内線で試してみましょう。近くに居ますし」
ハミルは、画面に映し出されたカメラの映像で各調査班の位置を確認しながら端末の操作をする。
●02
「まずは三人で調査だね!さぁ、行こう!ナンナ!」
そう陽気に云うとアイドルの卵・ムノー(
gc0690)は、ビスクドールを片手で抱き上げもう一方の手でナンナ・オンスロート(
gb5838)の手を掴んで西側居住区画の廊下を会議室へと脇目も振らずに突き進んでいく。その後ろから霧島 和哉(
gb1893)が周囲を警戒しながら前へ行く二人に続く。
「あ、ちょ、ちょと、待つて。ムノーさん」
ナンナがムノーを引き留める。
「そうですよ、ムノーさん」
霧島が二人に追いついて云う。
「ナんでー」
ムノーが何処か幸せな表情を浮かべ歌うように答える。視線は、二人ではなく医務室と書かれたプレートに釘つけになっていた。
「会議室に行く前に他の部屋を見て回りましょう。誰か居るかもしれませんし」
ナンナは霧島に同意を求める。霧島は、頷き返す。
「そうしましょう。ムノーさん」
「そうーだねー」
何処か夢心地で答えるムノー。視線は医務室に釘つけに成ったままだった。
三人は、手分けした各個室と医務室に人が居ないか探したが、誰も居なかった。
そして、三人は問題の会議室へ踏み込んだ。
扉を開けた先には、むせ返るような湿度と鼻孔の奥に突き刺さるような濃厚な鉄錆びの臭いが三人を包んだ。
「あ、はは‥‥。これは、また‥‥酷い事に‥‥なっている‥‥ね。んー‥‥。キメラとか‥‥強化人間‥‥の、仕業‥‥なの‥‥かな?」
霧島は、この赤く煙りそうな匂いを深く吸わないようにしながら呻く。
「あはは。なんだッカさぁー、綺麗だネーっ、カずや、お花が、咲いてるミたーいっ」
ムノーが、明るく上ずった声を発するとまるでお気に入りの場所だと云わんばかりにスキップしながら中に入っていく。会議室は、惨状を別にすれば、むせ返るような匂いが満ちるばかりで動くものはなくただ、静かだった。そんな中、鈍く湿り気を含んだ小さな音が聞こえた。壁に張り付いて変色し始めていた挽肉状の塊が、落ちる音だった。それを皮切りに何かをかみ砕き飲み下す乾いた音が断続的に響く。ムノーが医務室から持ってきたカラフルで色とりどりの錠剤を頬張り喉を引きつかせながら嚥下する音だった。
「だめだよ・・・ムノー・・さん・・・一度に・・沢山飲み込んじゃ・・」
霧島が、すかさず後ろから止める。
「・・・・・いやはや、又、奇妙なことに巻き込まれているようだね」
ムノーは、先ほどまでの鳥が歌うような明るい声でもなく、舌足らずな幼子の声でもない。それは、高齢で男性的な声で霧島に告げる。
霧島は眉を顰める。気絶から覚めた時は、アイドルの卵、夢見る少女、名探偵と各務 百合は、ムノーという同一名で性格の違う人格が、変わる代る彼女の意識にその顔を出しては無意識に沈んでいく。眉を顰めたのはそんなことではない。そんなことは、付き合いの長い霧島には見慣れた光景だ。だが、問題はその人格後退の早さだ。今までにない速度で人格が目まぐるしく変わっていっている。こんな時はどうするのだっけ?
霧島は、彼女を受け持っている主治医の言葉を思い出そうとした。
「まずは、・・調査ですネ・・・・・オ片付けしなくちゃ・・・沢山集めて・・」
それは、ひどく感情が希薄な声だった。霧島はナンナの方を見た。ナンナは、出入り口に幽鬼のごとくたっていた。その姿は、いつの間にかフリル付きのエプロンを着込み両手に掃除用具を持っていた。その目は、底なしの深淵を映していた。
「さぁ・・・おかたづけ、はじめましょう」
●03
「あー、これって誰が片づけるかよー」
アレックス(
gb3735)が会議室の有り様を肉眼で確認してそう嫌悪を顔にだす。
「それならば、自分がやりましょう。誰もやりたがないことをしてこと、力がつくということですから・・」
そう真顔で答える神棟星嵐(
gc1022)。
「うーん、普通なら現場保存でそのままにしなくちゃイケないのだけどね」
鹿島 綾(
gb4549)が溜息を吐く。
「あー、確か片付けで思いだいたけど、鉄道のマグロ拾いのアルバイトや死体洗いの話を思い出したよ。いやね、和菓子部の部長から暇つぶしに聞いた話なのだけどね」
苦笑しつつ鹿島がしゃべる。
「鉄道で鮪?」
アレックスが首を傾げる。
「そう、これは、高額アルバイトという種類の都市伝説の類なのだってさ。まー、この場で話すような事じゃないよな」
鹿島は、首を振って話を切り上げる。
会議室は、西側と同じように濃厚な匂いに満ちていた。そして、程度の差こそあれ、部屋全体がそれこそ天井まで真っ赤だった。正確には、赤い飛沫や大きく広がった染みで、斑模様に部屋を染めていた。本来の会議室は淡い象牙色だったため、どうしても真赤に染め抜かれたような印象を持ってしまう。
神棟が空調機器を作動させる。低い唸りを発しながら力強く動きながら、淀んだ空気を換気していく。
「じゃ、始めますか。」
アレックスが新鮮な空気を深く吸い込み言葉と共に吐き出す。
鹿島と神棟が、医務室から見つけてき研修用鑑識セットを使って辺りを調べ始める。アレックスは、会議室のドアを遮蔽に使いながら廊下の様子を窺う。
「なぁ、やっぱり、他のグループの奴らは、もう脱出しちまったんじゃねーの」
アレックスがぼやく。
「いや、爆発が発生して俺達が駆け付けるまでの時間で、両グループが全員騒ぎもせずこの海底施設から居なくなるというのは不自然だ」
鹿島が答えながら挽肉状の固まりの一部をピンセットで、透明なプラスティクケースに入れる。神棟は、赤い染みに試薬を吹きかけ専用ライトを当てながら報告する。
「ああ、やっぱり反応でましたね」
「じゃ、それしみ込んだ付着物も回収して置こうぜ。後、気付いたかい神棟」
「?何かへんですね。鹿島さん」
「ああ、事故にしろ、事件にしろ、本来なら転がっているべきものが見当たらない」
「気づきました。確かにあれの欠片は見当たりませんね。詳しく調べなければ解りませんが挽肉状の塊の中にも其れらしい物はないですね」
神棟と鹿島の会話を聞きながらアレックスは、無線機を弄りながら二人に聞く。
「で、何がないって?」
鹿島が答えて曰く。
「白くて棒状の物。詰まり、骨だな」
「そうか、こっちからも報告。無線機が一度なったけどノイズが酷すぎて使えねー」
アレックスが苦虫を潰したような声で告げる。
唐突に内線がなる。顔を見渡す三人。受話器に一番近いアレックスが取る。
相手は、ハミルだった。
「なんだって!」
アレックスがバネ仕掛けの如く飛び出して行った。
「なっ!」
「ちょっ」
二人の声は、勢いよく閉まるドアに砕けて消えた。
●04
逆光で影絵になっている二人の大人から少女はそれらをもらった。
誕生日のお守り。一つは、サンダシとラピスラズリで造られた物。もう一つは、ポフラとブラックオパールで造られた物。
お礼の言の葉だけでは足らない。形ある物でこの喜びを返そう。
暗転。
周りには知らない人々、沢山の赤の他人。
十字架から延びる長い影が足元まで伸びている。
二つの棺桶があった。中は空だった。だから、二つのお守りを一つずつ入れた。
もう、お守りは必要ない。
同情の眼差しは要らない。慰めの言葉は要らない。憐憫の涙は要らない。
見たいのはあれらの血潮。聞きたいのはあれらの断末魔。欲しいのはあれらの死骸。
狩らなくちゃ。
集めなくちゃ。
空っぽの棺桶を満たさなくちゃ。
『しっかりしろ、ナンナ・オンスロート!』
その声に引っ張られるようにナンナ・オンスロートの意識は過去の自分から戻っていく。
気がつけばナンナは、医務室の簡易ベッドに横になっていた。
アレックスは、叫びながらナンナの頬を叩いていた。それを手で制して聞く。
「ここは?」
周りにはアレックスの他にもAB両方の調査班のメンバーが、心配そうな顔を向けていた。
「ここは、南側居住区画の医務室です。ナンナさん、お体の調子は、もう大丈夫ですか」
無月が、少し離れた所から声を掛ける。
「えぇ、もう大丈夫です」
そう告げてナンナは起き上った。
「分析の結果が、出たので説明しますね」
そう眼鏡の位置を直しながらハミルが告げた。
「東西の会議室から得られたサンプルで判ったことなのですが、肉片は人間のものではありません」
「じゃ、何だったんだ?」
とアレックス。
「あれは、豚のものですね。」
「豚?」
「えぇ、豚肉です。」
「あの赤い液体も豚の物なの?」
霧島が聞く。
「あれは、人の血液です。ですが、東西居住区の医務室から輸血用の血液が無くなっている事から、それを使用したモノと思われます」
「つまり、これは何らかの課題と云うことだと?」
鹿島がハミルの説明を聞きながら眉を顰める。
「その可能性が高いですね。」
と無月が答える。
「じゃよぉ、最初の爆発も含めてこの状況全部、課題ってことかよ」
アレックスが嘆息するように云う。それにハミルが答える。
「下層の調査を行わないと何とも云えませんが・・。爆発が起こった時と、会議室のモニターに映像が映るまでに殆ど時間差がない事や、未だに何のアクションもしてこないことなども緊急事態の適応課題と推察します」
「爆発で思い出したのだが、明日の午後に予定していた疑似爆弾の調査と解体というがあったよな。その疑似爆弾が本物ということはないだろうか?」
鹿島が真剣な表情で云う。
「どちらにしろ、下層の調査もして視なくてはいけないと思いますが・・・」
神棟がそう告げて皆の顔を見る。無月が嘆息しつつ肯定する。
「そうですね。では、調査に行くメンバーを決めましょうか」
下層部の昇降区画は静寂に満ちていた。ただ、耳を澄ませば、微かに機械類の駆動音が。聞こえている。アレックスは、深く深呼吸する。注意深く周りを見渡して見るが人の気配というものが感じられない。神棟が監視カメラに向かって手を振ってこの区画に降りたことを伝えている。鹿島が手振りで先を急ごうと伝えてくる。アレックスと神棟は鹿島の後を追う。向かった先は、元採掘区画。確かにこの前まで隔壁で閉ざされて居た場所だ。今は、破壊されている。
「内側から吹き飛ばしたという感じですね。どう見ても」
神棟は隔壁の残骸を調べながらそう呟く。
「次は、発電所だな」
三人は、発電区画へと向かった。海洋温度差発電の仕組みを応用した発電設備が、並んでいる。
「やはり、設備の至る所に疑似爆弾が、仕掛けられている」
鹿島が、二人に告げる。
「やれやれ、これを解除しろってことか」
アレックスが疲れた顔をして云う。
全てが終わり、参加者は帰りの船舶に居た。
藍色の空を、黄金色に染まった夕焼け雲がゆっくりと動いていく。それらを甲板で眺めている女性がいた。
紫のアフロヘアーに、極彩色の渦巻き模様のジャンパースカートを着込んだ女性。その女性は、煙管の火皿に刻み煙草詰め込んでいる。それが、今回の特殊実地試験を発案した人物である。その名をレズリー・セジウッックという。
「貴女が、今回の試験の考案者でしたか。・・少しお時間を頂けますか」
無月は、その女性の背中に静かに声をかける。