●リプレイ本文
高速道路の料金所が粉砕される。壊したのは足の生えた工場という冗談のような代物だった。足の生えた工場は高速道路の広い車線を占領して走る。工場と防音壁が接触して火花を散らした。
この火花は上空のヘリからも視認できた。漸 王零(
ga2930)は「速度が落ちているな。好都合だ」と声をもらした。このヘリには事件を任された能力者たちが乗り込んでいた。
「強行突入するならばな」と返したのはクラウド・ストライフ(
ga4846)だった。
「そんな状況にはならないといいですがねえ」と人の良さそうな青年ソード(
ga6675)がいった。
「無理かとおもうが」とカルマ・シュタット(
ga6302)がいう。
静かに緊張している4人に対して白鴉(
ga1240)はお気楽そうだった。
「あそこに、あそこに俺の求めるツンツンヘアーが!」
白鴉はどうやらツンツンヘアーに何かしらの憧れがあるようだった。ストライフはタバコのフィルターを噛みながら苦笑する。潜入したら一番にガスを浴びてもらおう。まあ男だしな。それにしてもうちの女性たちは、とストライフはみた。
小柄な少女が並んでヘリの窓から工場を見下ろしている。「ほむう」と唸っているのは赤霧・連(
ga0668)で、前髪を一房だけ稲妻形にしているのは覚醒中の獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)だった。ストライフの目は2人が闘志満々にみえた。
「ロボットです。工場ロボット、二足歩行で工場変身! 自爆スイッチはあるのでしょうか! す、凄いです」というのは赤霧。
「何ともはや、シュールにシュールの天丼で若干お腹いっぱいの感もある状況だがー。ガスの化学組成は興味深いねー」というのはグナイゼナウだった。
能力者たちは行動を始める。能力者たちのヘリが降下する。高速道路をいく工場は進みながら身震いする。工場の壁に割れ目が走ってガスが噴き出した。「ふふ、待ってろよ、俺の浪漫!」と嬉しそうな白鴉の声がローター音にかき消される。ヘリは一旦上昇するとスピーカーから放送を始めた。
「あー、あー」とグナイゼナウはマイクをとった。「こちらは貴社の画期的な新製品に興味を持った者だ。デモンストレーションの最中お忙しいかとおもうが、話を聞かせてもらいたい」
工場からの反応はない。しかし工場は進行速度を下げた。漸が工場の壁面を指さした。
「見ろ。スピーカーが壊れている。なんらかの理由で連絡できないのではないか」
能力者たちは迷った。そのあいだもヘリは工場の上空をホバリングする。すると工場は完全に足を止め、ガスを噴射する割れ目を閉ざした。攻撃意志がないかのような態度だった。
「この獄門にはお客様には攻撃しないと予想がついていた!」
嬉しそうなグナイゼナウを乗せたヘリは工場の屋上へ着陸した。ここで能力者たちは説得班と破壊班に別れた。説得班は工場長を説得して工場の停止を図り、破壊班は説得の失敗した際、培養槽を破壊することになっていた。
「狂いの仮面よ。今ここに」
漸はそう呟いて覚醒する。髪と眼球の色が変わり、頭部が仮面上のエネルギーフィールドで保護される。異形の戦士は暗殺者を連想させる素早さで姿を消した。向かった先は培養槽だ。
能力者たちは事前に工場の情報を入手していた。レイアウトに変更がなければ、1階は培養槽で、2階は社屋になっているはずだ。説得班は隊列を組むと2階へと侵入した。
「出迎えもないと興味深いねェー!」
獄門を中心に進む説得班。SPのように獄門のまえをいくシュタットはストライフをみた。2人の視線が交わる。工場が静かすぎると確認し合う。
やがて放送が流れてきた。工場長の声が能力者たちを管理室へと案内した。管理室には作業服を着た初老の男がいた。この人物が工場長だった。
工場長は管理室の機器を操作すると、獄門の前に進み出た。その手はごまをするつもり満々でもみ手をしている。
そのとき工場が横揺れした。KVの足音に似た音が連続する。能力者たちは身構えた。
工場長は呑気にいった。
「お気になさらずに。今のは工場が走り始めた音です。お客様には何の害もありません。無害といえば世間では誤解されているようですが、新製品のシャンプーも無害なのです。そのうえヘアワックスや育毛剤の効果もあります」
工場長の営業トークが始まった。しかし赤霧は聞いておらずソードをちらりとみた。
ソードはうなづいた。ソードの位置からなら工場長の操作したコンソールがみてとれた。詳しい操縦方法はわからないが、今のだけでも止めることはできそうだった。これでいつでも工場の制御は奪える。
「なるほど。素晴らしい見解だが。しかし獄門としては触媒が気になるな。どうやってやったのか」
グナイゼナウは工場長を持ち上げる。工場はどんどん気を良くしているようだった。
工場長は懐に手を入れると一本のスプレーを取り出した。
「いかがですか。どなたか試されてみれば」
「はい! はい! はい!」と元気よく手を上げたのは白鴉だった。「俺、ずっとツンツンヘアに憧れていて」
飼い主にまとわりつく子犬のような白鴉に工場長は目を細め、スプレーを吹きかけた。紫色の煙が拡散するとそこにはハリネズミを頭にのせたような白鴉の姿があった。
ストライフとシュタットが額に手をあて、ため息を吐いた。赤霧が「ほむ」と手鏡を白鴉へ差し出した。受け取って白鴉は崩れ落ちた。
グナイゼナウは白鴉を指さして工場長へいった。
「工場長、君の発明は実に画期的だ。しかし利用者は喜んではいないようだ。改善の余地があるのではないか」
びしりといわれて工場長は恐縮したかのようだった。ここは攻めるときとグナイゼナウはいった。
「工場を停めたまえ。君も判っているはずだ。このデモンストレーションが犯罪行為に値することが。今やめなければ、君の価値ある発明も犯罪に汚名によって灰燼に帰してしまうぞ」
工場長は崩れ落ちた。ストライフから拘束を受けながら、工場閉鎖の窮地に立ったとき送られてきた不審なメールについつい応じてしまったと語った。工場長のいうには、新製品のアイディアは元ドローム社所属の研究者を名乗る人物から入手したとのことだった。確かにドローム社は軍事産業を中心にあらゆるビジネスへ食指を伸ばしているが‥‥はたして、このようなスプレーを開発できるだろうか?
「ドローム社製とは考えにくいですが、この工場ロボットの技術はバグアや洗脳された人物からのものだったのかもしれませんネ」と赤霧は感想をいった。
「さて」とソード。「工場を邪魔にならない場所へ移動させましょうか」
ソードはコンソールをいじって工場を後退させようとした。とりあえず高速道路から降ろそうとした。途端、ばちんという音がして、ソードは弾き飛ばされた。ソードの身体は壁にぶつかって床に転がる。
シュタットは人の焼けるいやな臭いを感じ取った。床に転がるソードをちらりとする。外傷は一見ない。コンソールをみる。不正な使用者には高電圧が流れるようになっているのか。シュタットは工場長をみやる。工場長は無罪を主張するかのように首を横にふっている。シュタットは小太刀をコンソールに差し込み、剥がした。
コンソールから煙が上がった。中身が焼き切られている。これでは工場は制御できない。
「まずいな」とストライフ。「今、外の警察から連絡が入った。工場が速度を増している。なにかとぶつかって中身をぶちまけたらたまらないぞ」
工場が大揺れした。能力者たちは周囲のものに反射的に捕まる。工場長が床を転がる。
「いかんな。脱出するぞ」とシュタットは工場長を背負った。
能力者たちは屋上へ向かう。屋上に停めたヘリコプターは幸いにも異常はなかった。能力者たちは乗り込むが、1人足りない。漸はまだ工場内だ。
能力者たちは焦った。凄まじい速度で工場は走り、白鴉以外の髪が突風でなびいた。
漸から無線が入る。
『現在、工場1階にいる。培養槽を破壊していたら出られなくなった。この揺れで通路が一部崩壊したのだ。窓から脱出する』
「無茶です!」と赤霧。「工場と高速道路の壁のあいだにはほとんど隙間がありません。今だってガリガリいっています」
「いや」とストライフ。その視線は後退する先をみている「もうすぐ大阪湾に出る。あの辺りは防音壁がない」
「でも」とソード。「ひょっとしたら工場ごと落ちるかもしれません」
『ならもう少し速度を落としてやる』
そんな漸の返信。同時に無線機から凄まじい騒音が響いた。蛍火をおもうさまに振るっているようだった。しかし速度の落ちる気配はない。
能力者たちはヘリに乗り込んだ。ヘリは上空へ舞い上がる。ヘリは工場を追跡していく。やがて能力者たちの視界に大阪湾が映った。そして防音壁の切れ目がみえてきた。
ヘリは工場の側面によせる。
『漸!』とストライフが無線機に怒鳴る。『ヘリをつけた。脱出を。時間がない。でないと魚の餌になっちまうぞ!』
ストライフの視線の先には急カーブがあった。工場の速度ではおそらく曲がりきれない。しかしなんの気配もない。
急カーブが迫ってくる。これ以上並走すれば工場の落下にヘリも巻き込まれてしまう。ヘリは上昇を始めた。
その瞬間、さっきまでヘリのつけていた窓が破れる。異形の戦士が姿を現す。漸だ。
漸は工場の行く先をみやった。状況を理解する。ヘリを見上げるが、もはや時間はない。今回収させたら工場ごと大阪湾へ転落してしまうだろう。漸は覚悟を決めた。
ヘリで赤霧は目を伏せた。眼下では盛大な水しぶきがあがっていた。工場はついに大阪湾へ転落した。漸は間に合わなかった。巻き上がった海水が涙のようにヘリに降り注いだ。そして能力者たちの歓声で赤霧は目を開けた。
高速道路の灯に漸が片腕でぶら下がっている。漸は覚醒を解除する。灯を掴んでいる腕は脱臼していた。痛みが酷くなる。けれども仲間のヘリに親指を立て微笑んだ。