タイトル:天使の指先マスター:沼波 連

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/20 22:38

●オープニング本文


 太陽が光を地上に降り注ぐ。地上では人類とバグアが戦闘を繰り広げていた。太陽もびっくりして墜落しかねないほどの大音響が響く。人類側からは砲弾や機関銃が、バグア側からは破壊光線と生体爆弾がスコールのように放たれた。
 殺意と破壊の雨は要塞化された町に降り注ぐ。破壊光線は土嚢やバリケードで減退させられ、生体爆弾は弾着前に弾幕に撃ち落とされた。
 もろもろの破片のなかを小型キメラの大群が駆け抜ける。町に飛び込み、陣地を内側から食い破り、防壁を破壊しようとしているらしい。しかし機関銃の設置された陣地から火線が走って小型キメラを食い止める。足止めを喰らったところにグレネードが撃ち込まれて吹き飛ばした。
「ヘイ! 次弾装填頼むぜ」とグレネードの射手。
「小型キメラの侵攻が止んだぞ。弾薬を確認しろ。いや、いまのうちに弾薬ベルト持ってきてくれ」と機関銃手。
 手隙の小銃手が弾薬を確保に走り、グレネードの射手は再装填を完了してぶっ放した。
 弾薬を取りに行った小銃手が戻ってくると、機関銃の給弾手が流れ弾で死んでいた。小銃手は代わりに収まって弾薬ベルトの準備を始めた。
「小康状態ってやつですかね、戦況は」と小銃手。
「おう。いやあ、弾ァばらまくぜ」と機関銃手。その視線の先には地形の色にカモフラージュした小型キメラの群がいる。
 機関銃が火を噴いて押し返す。絶え間ない銃撃にキメラのフォースフィールドが反応して赤く瞬いた。じりじりと侵攻してくるキメラにグレネードが撃ち込まれ、フォースフィールドもろとも粉々にした。
「きりがありませんねえ」と小銃手。荒野にぽつぽつとある蟻塚のようなものを見ている。キメラの巣なのだが地平線まで広がっている。それからわきの丘をみた。「あそこに陣地を作れたら一気に侵攻できるんですか。まったくこんなんじゃ無理な話です」
「そうでもねえさ」と機関銃手は空をあおぐ。
 かん高い音が空から降ってきて町全体が一瞬陰った。戦闘機に護衛された輸送機が補給物資を投下、さらに落下傘兵も降りてくる。 
「ほらよ、守護天使が降りてきた」と機関銃手は左前方を示す。「今降下してきた連中は能力者だぜ。あそこにある丘で陣取って攻勢の機会を作ってくれるはずだ」
「狙撃兵の援護の下で突撃ってわけですか。最高ですね」
「連中は天使の指を持っている」

 時間は遡る。ULTのオペレーターはあなたたちへいった。
「アメリカのとある陣地から援軍の派遣を依頼されました。この陣地は兵力物資ともにそれなりの量が集まっていますが、SES搭載兵器を持たず、決定的な打撃力に欠けています。そこであなたたちの出番です。依頼主によれば陣地のそばに丘があるそうで、ここから攻撃をしてほしいそうです。依頼主はあなたたちの戦端を切ってもらい、一気に領域を確保する予定です。それでは速やかなる解決をお願いします」
 とここでオペレーターは立ち去ろうとするあなたたちの背中へ言葉を投げた。
「知っていますか? 現地では、兵士たちはあなたたちのような人々を守護天使と呼んでいます。彼らの期待にそってあげるのも悪くないでしょう」

●参加者一覧

鳳 湊(ga0109
20歳・♀・SN
緑川 安則(ga0157
20歳・♂・JG
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
千光寺 巴(ga1247
17歳・♀・FT
みづほ(ga6115
27歳・♀・EL
夜柴 歩(ga6172
13歳・♀・FT
岡村啓太(ga6215
23歳・♂・FT
ユーニー・カニンガム(ga6243
24歳・♂・FT

●リプレイ本文

 能力者は人類側陣地を出発すると狙撃ポイントの丘へ向かった。全員が夜間迷彩や暗視装置を装備している。能力者たちの足取りはまったく淀みなく、まるで亡霊の歩みのようだった。
 風の音や木々の幹のこすれる音に能力者は足音を紛らせる。あまりに静かなので前方をいく1匹のオオカミ型のキメラは能力者を察知しない。
 先頭をいくフェンリルこと緑川 安則(ga0157)は後続に隠れるようにサインを出す。後続たちは動きを止め、闇の中に溶けこんだ。フェンリルはオオカミ型キメラの嗅覚を危惧した。姿は消せるが、臭いはそうそう消せない。
 しかしオオカミ型キメラは能力者たちに気がつかなかったようだ。遠吠えをすると機嫌のよい柴犬のように軽い足取りへ姿を消した。
 能力者たちは闇から亡霊に戻って丘を再び目指す。
 オオカミ型キメラの遠吠えが朝の近い夜の闇に響いた。
 この林を通り抜ければ丘はあと少しというところで霞澄 セラフィエル(ga0495)はとまどった。眼前に一対の蛍の光のようなものが現れる。オオカミ型キメラの光る目と気がついた瞬間、荒い息が聞こえ、獣臭に鼻をつかれた。
 睨み合う霞澄とオオカミ型キメラ。この距離なら霞澄は一撃で音もなく殺せる。しかしまたオオカミ型キメラも霞澄の青白い喉を食いちぎられる。濃密な一瞬のあとオオカミ型キメラが口を開いた。
 その前あごと後あごのあいだに唾が伝っているのを霞澄は暗視装置越しにみてとった。やられると思った。しかし牙は届かない。オオカミ型キメラの首筋が黒く塗られたツーハンドソードによって落とされた。千光寺 巴(ga1247)の一撃だった。
「助かりました」と小声で霞澄。返す千光寺「このキメラですが、どうも様子がおかしいですわ」
 能力者たちはフェンリルを中心にして円形の隊形をつくって伏せた。周辺警戒を行う。
 周囲に警戒を払いながら千光寺はあのオオカミ型キメラの動作を思い返す。
(「やはりおかしいですわ。あのキメラ、霞澄さんを狙おうとせずに別のことをしようとしていました」)
 闇から姿を現すものはいない。闇を裂くのは星の光と遠吠えだけだ。ここで千光寺は気づく。
「みなさん。残念ながら我々の行動がキメラに露見した可能性があります」
「どうしてじゃ。我々は死のように音もなく進んでいるはずじゃがのう」
 小柄な影が問いかける。夜柴 歩(ga6172)だ。
「あのキメラは絶命するまえに口を開きました。けれどもあれは間合いの外です。おそらく攻撃以外の目的でおこなったのです。例えば、遠吠えをするために」
「ちっともわからぬ」
 夜柴は得物のグレートソードでやるようにぶった切った。鳳 湊(ga0109)が解説する。
「このあたりのオオカミ型キメラが遠吠えするのは警報装置だからだ。敵を発見したら鳴いて仲間を呼び寄せるし、定期的な遠吠えが消えたら異常ありでやはり仲間が現れる。そういう仕組みなのではと千光寺さんは言っている」
「なるほど」
「では先を急ぎましょう。この場にいるのはまずい」
 みづほ(ga6115)がそう言うと、ユーニー・カニンガム(ga6243)が楽天的に返す。
「大丈夫さ。どんな奴らが来ても連係プレイでバッサバッサに斬り倒してやるよ」
 ここで岡村啓太(ga6215)がさらに返す。
「ふふん。そういうおまえの足が震えているぞ」
「なにいってやがんだ。啓太がぶるぶるしているから周りが震えてるようにみえるんだよ」
「つまり2人とも怖がってるんじゃな」
 そう夜柴がいったところで鳳が教師のような口調でいう。お喋りはそこまで、行動を開始する、と。
 能力者たちは丘の狙撃ポイントに到着した。狙撃班の鳳、緑川、霞澄、みづほは位置についた。護衛班の夜柴、岡村、千光寺、カニンガムもまた周囲に身を潜める。
 狙撃班の背後を守る岡村は遠吠えを耳にした。
(「遠吠えの感覚が変わった。やはり千光寺さんの言うように連絡に使っていたのか」)
 先ほどのキメラとの遭遇後、遠吠えの調子が変わった。切迫感のある響きに変わり、それがしばらく続いた後、もとの調子に戻った。フェンリルは仲間に予想を伝えていた。敵キメラが遠吠えの消えた地点へ派遣されたはずだと。このために能力者たちは予定していた行程を変更して迂回して丘にたどり着いた。おかげでもう朝が近い。
 岡村は丘を何気なしに見下ろす。そしておもわずうめいた。暗視装置越しに丘を登る無数の光の玉をとらえた。ゆらゆら揺れるそれは無数のオオカミ型キメラだった。どうやら仲間の死骸を発見して周辺警戒をしているらしい。
「あらあら、参りましたね」と千光寺がおっとりともらす。
「さあ、宴の始まりじゃ!」
「へっ、ゾロゾロと出て来やがったな。それじゃ、クライマックスいくぜっ!」
 夜柴とカニンガムは鼻息が荒い。
 みづほが狙撃姿勢を解いて護衛班に加わる。
「気を静めて下さい。我々が突出していることを忘れないでください。朝が来る前に戦ったら我々は全滅です」
 夜柴はいった。
「奴らはわしらを見逃してはくれまい」
 みづほはうなづく。
「発見されたわけではありません。もし近づいてきたらぎりぎりまで接近させて、それから無音で同時に倒しましょう」
 護衛班はうなづく。
 朝は間近のはずだったが、岡村には遠くにおもえた。
 能力者たちは身を隠し、息を殺し、闇に溶けこむ。オオカミ型キメラの群はそんなことなど知らないかのように丘を登り切った。
 伏せ撃ちの姿勢をとっているフェンリルの視界にキメラの足が映った。心の中で『私は石、私は石、私は石』と繰り返す。鼓動がだんだんとゆっくりになる気がした。
 霞澄はキメラにまたがれた。首筋に息づかいをかんじて総毛立ちそうになった。
 鳳は焦りを自覚してさらに焦った。そばにいるキメラが散歩中の犬のように臭いをかいでいる。人間は焦るときに焦りの臭いなるものを出すらしい。思い出してどんどん焦ってくる。そのたびに体中に吹きつけたスプレーを思い出して打ち消す。ハンティングに使うキツネに似た臭いを放つスプレーを使用していた。キメラは鳳を少しだけ嗅ぐと興味を失ったようだった。
 護衛班はキメラを倒すための位置取りを始める。亀のようにゆっくり動き、時には動きを止めて周囲のものと一体化した。やがてそれぞれの得物へ手を伸ばした。
 オオカミ型キメラ、その中でも一回り大きいものが立ち止まった。護衛班は静かに動揺した。一回り大きいキメラに合わせて他のキメラも立ち止まる。露見したかという思いが護衛班に走る。しかし一回り大きいキメラは丘を見下ろしただけだった。この視線の先には地平線があった。やがて地平線が輝き始める。太陽が姿を現そうとしていた。
 そのとき護衛班は牙を剥いた。オオカミ型キメラの群は太陽を見ることなく絶命した。同時に狙撃班が攻撃を開始する。その発砲音に護衛班の照明銃の音が重なる。
 霞澄が覚醒する。「妖を射る熾天使」という称号通りの姿を現し、斉射後に跳躍、3対の光の翼を翻して、丘を駆け下りる。陽動を開始した。
 夜柴は本領を発揮する。グレートソードを片手でくるりと回すと肩に担いで駆け出す。向かう先は銃弾飛び交う人類側陣地だ。人類側陣地は能力者の攻撃を合図として攻撃を開始、バグア側へ雨あられと砲弾や銃弾を撃ち込み始めた。その有様は流星群が地上をかすめているかのようだった。
 丘を滑るように下る夜柴はキメラを発見、勢いをつけて跳躍した。急降下しながらグレートソードを振り下ろす。キメラが真っ二つになった。破壊衝動の発散で夜柴は笑った。そこへ横からキメラが襲いかかる。夜柴は対応しようとするが、グレートソードがめり込んでしまっている。地面から抜けない。
 ばちんとキメラの頭が弾け、しぶきが夜柴に被った。みづほの的確な射撃だった。みづほは斜面に転がっていた石を遮蔽物にして射撃を開始、次々とキメラを撃ち抜いていく。
「遅れました」
 千光寺が到着、夜柴のわきへふわりと着地した。
「よしっ! 歩、巴、オレも今からそっちに行くぜっ!」
「よっ手伝いに来たぜ夜柴」
 岡村とハニンガムも到着、土煙を巻き上げて着地した。
 眼下では人類側陣地への攻撃が行われている。その火線の切れ目からキメラが陣地へ飛び込もうとするが、出撃した兵士が撃ち落とした。わらわらと兵士は姿を現す。大攻勢を一気にかけるようだった。
「あぶねえな、連中気がついているか」
 地形にカモフラージュしたキメラが火線に頭を伏せている。丘からでは兵士がキメラに気づいているか岡村には判別できなかった。
「守護天使とまで呼ばれてしまってはなんとしても任は達成せねばなりませんね」
「壊すことしか能のない天使じゃが、兵士よ、任せるがよい」
 みづほがいってくる。
「フェンリルより連絡です。狙撃班は移動しながら敵を駆逐するとのことです。私はそちらの護衛をします。あなたがたは本隊と行動をともにして下さい」
 次の瞬間、みづほの姿が消える。残された能力者たちも自分たちの戦場へ向かう。それぞれの武器を構えて火炎の海へと身を投げる。
 同時に敵の生体爆弾が丘に投射される。朝日がかげるほどの土煙があがり、おさまるとそこには頂上部にクレーターができていた。それでも戦闘は続く。人類とキメラの断末魔が爆音にかき消された。

 戦闘終了後、陣地の救護テントで。
「かすり傷です。守護天使殿のお手を煩わせるほどではありません。お疲れのところ失礼しました」
 鳳は治療しようとした兵士からそう言われてしまった。まだ若いこの兵士は敬礼して次の兵士にかわろうとするが、できはしない。というのは片足が折れているからだった。傷口から骨が見えている。
「命懸けで戦っている人達を守る為に私達は来たのです」
 鳳はそういって治療を始めた。的確だが荒っぽい治療行為に兵士はじたばたする。そこをみづほが押さえ込む。
 隣のブースでは緑川と霞澄が治療を行っていた。隣から聞こえてくる叫び声に兵士がこわばる。緑川はいった。
「生存者には必ず生きて帰還して欲しいんだ」
「で、でも守護天使殿。痛いのは‥‥」
 怯える兵士に霞澄は鎮痛剤にならないかと微笑んでやった。
 救護テントのそとでは温食が配られていた。といっても兵士たちの数は多くてすぐに全員に行き渡るわけではない。
 岡村は司令部に許可をとって独自に炊き出しを始めた。もちろん作ったのはうどんだった。
「『さてあらかた片付いたし帰って寝るか』っておもってたんだどな」とハニンガムは大あくびした。ぼやきながら岡村を手伝う。眠そうなくせにうどんを配る手は少しも休まない。
 千光寺と夜柴はお茶を入れてまわった。夜柴が兵士にお茶を渡してはにかんだ。
「‥‥天使の煎れる茶にしては安物じゃが‥‥悪くはないじゃろ?」
 風が吹いて戦場の尖った空気がどこかの空へ舞い上がって消えた。