●リプレイ本文
●宴の前に
繁華街に雪が降る。舞う雪は街路に照らされて白い花吹雪のようだ。街路に雪化粧が施される。夜が深まるにつれてと白い道に足跡がつき始める。帰路を急ぐ人々は上着の襟に首をすくめ、白い息を吐き、ポケットに手を突っ込んでいる。これらの人々の表情はどこか和やかでポケットの中で愛しい人からもらったチョコレートを握っているかのようだった。
しかし街の一角にはチョコレートをもらうあても贈るあてもない人々がビアホールに集まって憂さ晴らしをしていた。その集いは『悲しいバレンタインを慰め合う会』といった。
ビアホールの向かいの建物の屋上でくしゃみをした人影があった。
「ほむ、寒いです!」と赤霧・連(
ga0668)が身体を震わせた。床に伏せて弓を横に構えてビアガーデンの玄関へ視線を注いでいる。身体には髪と同じ色の雪が積もっている。赤い目だけが目立ったが、上空を見上げる者はなく、まつげにまで積もった雪がうまく隠していた。
ビアガーデンの玄関ではクラウド・ストライフ(
ga4846)とクーヴィル・ラウド(
ga6293)、それに全国から寄せられた『バレンタイン残念でしたプレゼント(爆発物込み)』をUPC基地へ預けて戻ってきた真田 一(
ga0039)が入場者の身体検査を行っている。これは入場者に紛れての襲撃者の侵入を防ぐためだったが、入場者はVIPクラブへ入るような気分にさせられた。中性的な美青年の真田へ招待状を渡し、野性的だが人懐っこい美青年のストライフと有能な執事のようなクーヴィルにコートを預けるのは悪い気分ではなかった。
真田がリストを見る。すべての参加者にチェックがついている。
「よし。今のでラストだ」
「了解。次は店内作業だな」とストライフはタバコを咥える。「ちょっと一服させてくれ。接客中は煙吸えないんでね」
クーヴィルは冷静に突っ込みを入れた。
「それは違う。接客のために派遣されたんじゃない」
「判っている、判っているって。おどけてねえとやってらんねえよ。『こんな日にこんなところでこんなこと‥‥なんか虚しくなってきたな』っておもわない?」
「始める前に『まぁ‥‥みんなの笑顔? を取り戻すためにも頑張って警護しないとな』と君がいうのを俺は聞いた。がんばれ」
同調される気配がなくてストライフはすねたらしく大昔の不良のようにうんこ座りをして思い切り煙を吸い込む。タバコがジリジリジリと音を立てて一気に短くなる。
「いいな、いいな、彼女のいる奴は余裕だよな」
「そうだな。戦場において愛の対象を持つ者は生還率が高い」
ストライフはあきれたような盛大に煙を吐き出す。
「レアのことをいってんだよ。わかんねえかな」
「‥‥意味不明だ。なんのことだ?」
(「この絡みっぷりと鈍感さ。2人の冬はきっと長い」)
真田の突っ込みは心の中で行われたのでストライフとクーヴィルには聞こえなかった。
向かいの屋上では赤霧がくしゃみを立ててづけにしていた。
一方その頃、レア・デュラン(
ga6212)とステイト(
ga6484)はビアガーデンの裏、搬入口を警護していた。そこへ真田から無線が入る。
『参加者に不審者はいない。会場は安全だ。そちらはどうか?』
にまにましているデュランが受けた。
『うふふふふっ。お疲れ様です。こちらも問題ありません。業者もあと一台来たら終わりですよ』
『それは僥倖。しかしあんたはどうなんだ』
『何がですかあ。ふふふっみなさん、メリーバレンタインですね』
『‥‥そうか(浮かれているな)、通信終わり』
ステイトが手に息を吐く。顔が湯気に包まれる。
「どうやら平和なバレンタインになりそうですね」
「んっふふふふふ。そうですね。みんな幸せになっちゃいますよ」
任務の緊張度が下がるにつれてにまにまにさを増すデュランにステイトは首を傾げる。
「楽しそうですね。このあと何か予定でも?」
するとデュランは顔を真っ赤にしてくねくねした。察したらしくステイトは「お幸せに」と呟く。
雪の降ってくる空を見ながらステイトはさらに呟く。
「俺もチョコ欲しいなあ」
そこに角からトラックがやってきた。
トラックを止まらせてステイトとデュランは両側から挟む。
「メリーバレンタイン! 荷物持ってきましたよ。シャッター開けて下さい」
「はい、メリーバレンタイン! すいませんが、荷物チェックさせて下さいね」
「わかりました」
デュランがトラックの後ろへ回り込む。このあいだにステイトは無線で真田と連絡をとっている。
『こちらステイトです。業者のトラックが到着しました。はい、最後のものですって‥‥‥!』
ステイトは無線機を放り出す。同時にトラックが搬入口へ突進した。
金属のひしゃげる音が響く。
トラックの正面がシャッターへめり込んでいる。
「レアさん、大丈夫ですか!?」
「ゴムパインが!」
アサルトライフルの発砲音が響き、爆発音が立て続けに鳴った。
トラック後部のドアは展開していてゴムパインがこぼれ落ちてきた。デュランは後退しながら発砲する。
ゴムパインとは手榴弾そっくりの形をしたキメラで下手にさわると爆発するキメラだ。
トラックは再度突進するためか後退する。それはデュランにとって攻撃だ。
デュランの目前へトラックの後部が突進してくる。
デュランは息を呑んだ。その鼻先でトラックは止まった。
トラックは再び突進する。するとデュランの前にゴムパインが再びばらまかれた。
ステイトは無線機を拾い上げながらハンドガンを抜く。タイヤへ向かって発砲する。
『真田さん、ゴムパインを積んだトラックが搬入口へ!』
銃弾がタイヤを引き裂く。しかしすでに遅い。トラックは車体を引きずるようにして搬入口へ滑り込む。床と接触した車体が火花が放ち、騒音をたてた。
ステイトとデュランの目の前で傾いていくトラック、その後部ドアは展開していて、ゴムパインがわらわらこぼれた。
「各個撃破します!」
「ダメ。もし誘爆したら‥‥」
(「ビアガーデンは吹っ飛ぶ、ということですか!」)
ステイトは刀を収めて唇を噛む。
「はい。黒服のお兄さんだよ!」「おどけていい状況じゃない」
二筋の黒い突風が立ち尽くすステイトとデュランの脇を通る。デュランが叫ぶ。
「ヴィルさん!」
ストライフは右からクーヴィルは左から後部ドアを閉めた。さらに2人は錠をかけ直した。重い音がした。中のゴムパインがドアに向かって体当たりする。しかし扉はびくともしない。
トラックの荷台でゴムパインは盛大に暴れているらしく横倒しになったトラックはゆらゆらと揺れる。これを背景にストライフとクーヴィルがそれぞれの武器を抜く。
床にこぼれ落ちたゴムパインはすべて排除された。
しかし、
「ダクトに!」とステイトの叫び。
一匹のゴムパインがダクトへ入り込もうとしている。姿が消えた。潜り込まれた。
「‥‥壊すのは少々申し訳ないが。いくぞ、連!」
「はいな!」
無数の光の筋が閃いた。
ダクトと繋がっているパイプがバラバラになって床へ落ちる。
落下中のパイプの隙間を一本の矢がくぐり抜け、ゴムパインを床に釘付けにした。
ゴムパインは気の抜けた音を立てて弾けた。
能力者たちの視線が一点に集中する。
そこには中性的な美青年と赤い双眸と白い髪の鮮やかな少女が立っていた。真田と赤霧だった。
●宴のなかで
搬入口に突っ込んできたトラックの運転手はバグアから洗脳を受けていた。
能力者はトラックと運転手をUPCへ引き渡すとビアガーデンへ戻った。
参加者の集めたプレゼントには爆弾の混ざっている危険があったので能力者たちはUPCへ検査に出してしまっていた。これらのプレゼントの代わりをなにかしなくてはならない。
能力者たちが事前に用意したチョコレートを持って会場へ入るとそこは真っ暗になっていた。
バグアかと能力者たちは円陣を組む。
そこにドラムロールが鳴り響き、光が乱舞し、能力者たちがスポットライトで照らし出された。
運営委員長の声が響き渡る。
「『悲しいバレンタインを慰め合う会』の立役者、能力者のみなさんの入場です! みなさん、盛大な拍手を! バレンタインを返上して戦ってくれた能力者さんたちに拍手を!」
拍手で会場が爆発した。
クラッカーが鳴らされ、色とりどりのリボンが宙を舞った。
「今日は十分に楽しんで下さいね」と委員が能力者たちへ飲み物を差し出す。
いつも凍りついている真田の顔が一瞬だけ温かくなる。
「厚意に感謝を。実は我々からプレゼントがある」
「はいな!」
と赤霧とデュランが一口チョコを宙へ放った。
会場にチョコの雪が舞った。歓声があがる。
「やはり、気恥ずかしいものだな‥‥」
クーヴィルは女性たちへ手作りチョコを配りながらそう呟いた。
「いいじゃないですか。みなさん、喜んでますよ」
一緒に配っているステイトはそう返しながらデュランの姿を追った。こっそりと人気ないテラスへ移動しているのがみえた。ステイトはクーヴィルの脇を肘で突いた。
「?」
「レアさんに呼ばれているのでしょう? きっと待ちくたびれていますよ」
「しかし」とクーヴィルはチョコの入った箱をみる。まだまだ底はみえない。
「気にしない気にしない。あとはぼくに任せて。ほらバレンタインですから」
クーヴィルは不可解な表情を浮かべた。ステイトは意味深長な笑みを作ると、クーヴィルの背を押してテラスへ追いやった。
頭に「?」の浮いているクーヴィルはデュランの待つテラスへ向かう。両手に花状態のストライフとすれ違いながら。ストライフは失恋した女性の相手を同時にしていて、左右交互に慰めの言葉をかけていた。
一方、赤霧は誤ってウイスキーボンボンを口にしたらしく真っ赤になっていた。そして介抱する真田の顔にほれぼれとして「美少女の才能がありますネ。埋もれさせてはいけません、発掘しましょう!」とメイクを始めた。真田は「‥‥!」と逃げようとするが、赤霧は酔っぱらったせいでくねくねする身体を有効活用してからみつく。
ステイトは笑って真田を助けにいった。
こうしてバレンタインの夜は賑々しく過ぎていく。