●リプレイ本文
●01
アムール川は海のような大河だ。岸から向こう岸がかすんで見えるほどなのだが、その川面を巨大な怪魚の群が横切った。
それは6機の水中用KVで、それぞれは巡航形態を取っているのだが、6機のうち3機もがアマゾン川に潜む巨魚を連想させるビーストソウルだ。
6機は3機ずつの2班に別れると、前衛に2機、距離を空けて後衛に1機という三角形を倒立させたような陣形で進む。
この流域で撃破されたUPC機は目眩ましを喰らったあと、機体後方に回り込んだ敵機からの攻撃で撃破されている。後衛の1機は敵機からの背後への一撃を避けるためにいる。
この戦いに対する各パイロットの心構えは、敵の戦法を封じる陣形を除けば、通常の遭遇戦らしかった。
「バナナは太るから嫌い」ビーストソウルのコクピットで藤田あやこ(
ga0204)は呟く。「戦闘はダイエットになるかしら」
コクピットの中はあやこの体臭に混じってバナナの匂いがしている。しまい忘れたらしいレーションの殻が足下に転がっている。
あやこはそうぼやきつつ、ディスプレイから目を離さない。しかしその視界は水平方向にはよくなかった。
同じころ、あやこと同じ班のキア・ブロッサム(
gb1240)は水中センサーの表示を見つめていた。
「‥‥目視が効かない。センサーが頼りか。‥‥でも機械は人間と違って上面のごまかしが効かないから‥‥厄介ね」
アルバトロスのコクピットの中で綾野 断真(
ga6621)は乗り慣れない機体を扱っているせいか、やや険しい表情をしている。
その顔を火器管制装置の表示が照らしている。
表示の内容は綾野と相性のよい傾向にある銃器、今回は水中用ガウスガンのスタンバイだった。しかし照準先は水中なので不明瞭な視界だ。
「大波の目眩ましがなくても視界は曖昧か。空中のように見えるところは手の届くところというわけにはいきませんね」
どこか弱さを感じさせるその呟きを綾野は恥じたらしく、眉間がわずかに寄せられた。
水分子の隙間を潜るような慎重さで進む6機だったが、見られていることに気がついた者はいないようだった。
●02
6機の前方の川底に3機のヘルメットワームが潜んでいた。待ち伏せの時間は長く、機体は砂で覆われていた。3機のうち1機だけ機体のカラーリングが黄色だったが、砂の色合いのせいで何色かもうわからなくなっている。
黄色のヘルメットワーム、バナナフィッシュ機の強化人間は敵接近のアラームを聞きつけると、読んでいたサリンジャーを閉じて、AIの僚機に命じる。
「発見はこちらが速い。小細工はいらない、教本通りの奇襲でいく。――――プロトン砲、同時発射、用意」
3機は同期した動きで6機のKVを照準する。動いた拍子に積もった砂が煙のように舞った。
この攻撃に気がついたのはあやこ、キア、そしてLoland=Urga(
ga4688)の3人。
「――――なに!?」「センサーに反応‥‥?」「――――来たか」
だが、遅い。
同時刻。同地域を飛行していたUPCの無人偵察機には水蒸気爆発が川の流れに沿うように生じたところを撮影することになる。
沸騰して真っ白になった水中。連射されるプロトン砲。泡をまといながら数条の光が水中を飛ぶ。
「させるかよ」とウルガーは唸ると、呼びかける。「こちらマン・キラー・ビースト、リア、弾幕を張るぞ、連携開始! レミィ、敵が距離を詰めてくるはず、接近戦用意だ!」
「了解! 煮え湯をのまされるんじゃなくて放り込まれるとは!」
リア・フローレンス(
gb4312)は叫び返す。台詞が受けたらしいウルガーの豪快な笑い声を聞きながら、打ち合わせ通り、射撃を始める。
泡立つ水中をガウスガンの弾体が切り裂くように飛ぶ。
「プロトン砲など一直線にしか飛ばん! 射線から位置が推測できる! 敵機が見えんでも当たるわ!」
「おおざっぱでいいの!? だったら、あたしも大盤振る舞いだよ!」
レミィ・バートン(
gb2575)の機体は接近戦に重きを置いた装備のビーストソウルだ。遠距離に届く兵器はガトリングナックルのみだが、陸戦用なので、この場では効果が弱いが、構わずにぶっ放す。
「おおざっぱで構わないってのは銃使いとしては聞き捨てならないのですがね」
苦笑しながら綾野もまたガウスガンやホーミングミセイルを発射する。
「‥‥私はお金がもらえれば、‥‥どんな方法でもいいかもしれませんよ」
キアはいいながらトリガーを引く。
彼女のKF−14から敵のいるとおもわれる範囲へ魚雷が扇状に放たれた。その口調通り、命中率を重視した冷静かつ現実的な射撃。
弾幕に次ぐ弾幕、まるでプロトン砲連射を凌ぐかのような勢いだった。
●03
「なんだ、この弾幕。奴らは怯むってことを知らないのか」
バナナフィッシュ機の強化人間は呻いた。コクピットでは警告音と僚機が被弾した旨の報告で割れそうだ。
「だが、やってやる」と強化人間は戦術支援AIに命じる。「敵の戦力を順位づけろ。危険度最大から削る」
最優先目標として表示されたのは不運なことに綾野機、アルバトロスだった。
アルバトロスは新型機だからデータが少なく、戦術支援AIは正体不明機の危険度を高く考えるという慣例に従って、これを最優先目標とした。
それは目の前の現実を考慮に入れない杓子定規な判断だったのだが、強化人間は気がつかなかったようだ。
「‥‥おっと」
綾野は機体を横飛びさせた。すぐ脇をプロトン砲の光が過ぎ去った。スクリーンが瞬いて被害状況を知らせる。彼のアルバトロスは耐久力は高いほうではない。
何か感じるものがあったのか、綾野は回避運動を連続、機体を変形させて川底にくっつくようにした。
すると機体上面をプロトン砲の光がかすめた。
「私を狙ってきているのか。そういうのは困りますね」
綾野はさらに機体を人型に変形させると、沈没した大型船の残骸を盾にする。その残骸に向かってプロトン砲が叩き込まれる。
「みなさん、敵がなぜか私を狙ってきます。この隙をついて集中砲火を」
そういうと同時に綾野は機体を大型船の陰から飛び出させた。プロトン砲の火線が追ってくる。
この火線を目印に僚機のKV5機は火砲を展開する。
「綾野さん、もう少しです」とリアの通信。「敵ヘルメットワーム1体の動きが鈍ってきました。有効打を与えています」
言葉の通り、効果はあったらしい。ヘルメットワームは追い詰められた末に狙いを変えたらしく、綾野の機体を狙ってこない。薄暗いコクピットで彼が安堵の息を吐いた瞬間、機体が揺れた。対水圧構造が破れ、内部に水の流入する音。
アルバトロスは身体から金属槍を幾本も生やし、川底に沈み、膝をついた。続いて胸部が吹っ飛んでコクピットが水面に射出された。
「‥‥いい動きだった。けれど脆すぎる」
バナナフィッシュはアルバトロスのパイロットを無視して旋回、投射機にリロードしながら、僚機に向かう。
●04
「綾野さんがやられた!?」
動揺の様子を見せるリアにウルガーがいう。
「今は目の前の敵に集中するんだッ」
2機のヘルメットワームは5機のKVと一定の距離を保ちながら攻撃を仕掛けてくる。
バグアのほうがセンサーの性能が勝っているため、距離を離されるとKVの攻撃はなかなか当たらない。
ウルガーとリアはヘルメットワーム2機に狙いを集中する。
リア機がガウスガンを連射するなか、ウルガー機からホーミングミサイルが連続発射される。
ホーミングミサイルに対してヘルメットワームは回避運動を採るのだが、その移動先にリア機の連射が炸裂する。
被弾にヘルメットワームの動きが停まった瞬間、レミィのビーストソウルがブーストを作動させて一気に距離を詰める!
強装アクチュエータ『サーベイジ』がレミィ機の全身にエネルギーを送り込む。高められたエネルギーにビーストソウルが震える。
「まずは左を喰らいなさいッ」
レミィ機は左腕を大きく振りかぶる。試作型掌銃「虎咆」、起動。その左掌はヘルメットワームに押しつけられた瞬間、瞬き、装甲を撃ち抜いた。
――――そして、これが、とレミィ機は、もう1機のヘルメットワームへ振り返って、右腕を突きつける。そこには巨大な拳、バーニングナックルが装備されている。
「バアアァァニングッ! ナァックル!!」
衝撃波が2度走る。
一度はバーニングナックルの命中によるもの。2度目はヘルメットワームの爆散によるものだ。
衝撃波に押されてレミィ機は雄々しく仲間のもとに戻る。だが、そのあいだを金属槍が走った。
●05
「‥‥こいつら、手強い」とバナナフィッシュの強化人間は呟いた。「だが、ヘルメットワームを2機も墜とされた以上、こちらもこのまま帰れない。せめてもう1機削る!」
強化人間は1機だけ混じっているテンタクルスへ機体を向ける。
僚機を失った黄色のヘルメットワームはもはやKVの的と化した。しかしバナナフィッシュは蛇をおもわせる、巧妙かつ素早い機動で火線を避けると、リア機に牙を剥いた。
「距離を取って回避する。くう‥‥敵機の速度が速すぎる。接近戦のつもりか、だったら!」
リアは武装からディフェンダーを選択、迫ってくる黄色のヘルメットワームを見据えながら、トリガーに指をかける。
スクリーン一杯に黄色のヘルメットワームが広がる。リアはトリガーに指をかける。
バナナフィッシュは金属槍をありったけ撃ち込む。
リア機はディフェンダーによる防御を試みるが、投射された無数の金属槍はディフェンダーを貫き、リア機に命中した。リア機はハリセンボンのような姿となり、行動不能かと思われたが、各所から泡と火花を散らしながら、反撃の一撃を繰り出した。
バナナフィッシュはそれを紙一重で回避、速度を高速域に乗せて、流域から離脱していく。
バナナフィッシュの後部スクリーンにテンタクルスがパイロットを脱出させたのが映り、さらにKF−14の追跡が映る。強化人間が焦りの表情を浮かべる。
「貴方‥‥落とさないと商売にならないの‥‥解って?」
パイロット、キアのささやき。
キア機が多連装魚雷「エキドナ」を投射。バナナフィッシュの至近距離で放たれた24発の魚雷はその黄色い機体を粉みじんに粉砕した。
キアは自機を爆圧に乗せると、水面を目指した。機体を人型にしてリアの脱出装置を捕まえる。
リアが脱出装置からKF−14を見上げる。無事だ。表情に安堵と照れ臭さが表れている。
この様子をKVのカメラ越しにキアは見下ろした。
「‥‥そうやってぷかぷか浮いているのは、なんだかバカンスじみています‥‥よ。次は‥‥バカンスで海に来たいものです‥‥ね」
そういうとキアは機体を悠々たる大河の流れに身を任せた。
いまは空を飛ぶものはなく、空の高みにあるのは風だけだった。