●リプレイ本文
青空に花が咲く。炎の花だ。発射音がすると空の一点で火球が膨らみ、地上へ砲弾の破片が飛び散る。連続発射されて火炎の雨が降りしきる。遮蔽物から顔を出したら首を持っていかれそうな天気のなかを疾走する5人の人影があった。人影の遮蔽物から遮蔽物から移動するさまは水切りの小石のようだった。
この人影こそ戦場へ手紙を運ぶという依頼を達成するために派遣された能力者だった。
先陣を切っていたホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が後続へハンドサインを送って茂みへ身を隠す。後続もそれぞれの遮蔽物へ隠れた。
何者かの近づく気配にホアキンの左手の掌が光る。ホアキンはその手で剣をとって相手の出方をうかがう。そこへ見知った声がかけられる。
「‥‥俺だ。武器は不要」と姿を現したのは真田 一(
ga0039)だった。真田は接触部隊とも囮部隊とも別行動をとって先に敵地へ侵入していた。
「砲撃の確率分布図の作成は終わりましたか?」と尋ねるラルス・フェルセン(
ga5133)に真田は「終わった。しかし作成中に移動中の砲撃部隊を発見した」
一同は一瞬静まる。破ったのは黒川丈一朗(
ga0776)だった。
「‥‥‥‥バグア側の人類による砲撃部隊か。殴りづらいな」
リン=アスターナ(
ga4615)が不安そうに火のついていないタバコのフィルターを噛む。
「襲撃すれば砲撃が止むわ。でもしかし彼らだって好きでやっているわけではないわ」
「悩むほどのことじゃない。簡単なことだ」とカルマ・シュタット(
ga6302)「武器や車両だけぶっ壊して撤退しよう」
一同はうなずく。部隊を目視確認した真田を水先案内人として能力者たちは移動する。ここまで点在するキメラを避けながら移動してきたが、そばにバグア側とはいえ人類がいるせいかキメラの姿はみられない。
能力者たちは遮蔽物に隠れながらの移動を止めて全力で走る。能力者たちの耳元でうずまく風音の中に大砲の発射音が混じり始める。やがて視界の先に2メートルほどの土の塊がみえきた。いくつも並んでいる。そのひとつが轟音とともに火を噴いた。それはカモフラージュを施された戦車だった。
真田、ホアキンが抜刀・抜剣する。
「ついてこい。アスターナ」と黒川。「先行するぞ」
返事はない。次の瞬間、黒川とアスターナは戦車隊の目前に近接、同時に拳を叩きつけた。
装甲が切り裂かれる。かん高い音が荒野に響き渡った。
戦車と同じくカモフラージュしていた随行歩兵が黒川とアスターナへ銃を向ける。しかし銃声とともに倒れた。フェルセンの精密な射撃だった。
戦車は襲撃者が能力者と気づいたらしく砲を差し向ける。随伴歩兵もろともに吹き飛ばすつもりとおもわれたが、砲口へシュタットの槍が投じられた。
「助かったわ」と戦車のそばのアスターナが呟く。しかし砲塔は再び動き始める。狙われたのはもっともそばにるアスターナだ。
「馬鹿なこと。自殺するつもり」
「‥‥させないっ!」
二筋の閃光が走る。真田の二刀流が砲を切断する。同時にホアキンが砲塔をなます斬りにした。兵士が引きずり出される。
投擲した槍を回収したシュタットが空を見上げる。炎の花が咲いている。
「他の火砲も潰しにいくとするか」
一方そのころ人類側陣地ではヴォルク・ホルス(
ga5761)と樋野・よし美(
ga6460)がカメラマンを探していた。樋野は空を見上げる。
「気のせいやろうか。砲撃の数が減ったような」
「囮部隊の連中、上手くやりやがったな。俺らも目標を確保しようぜ」
陣地は慌ただしい。重機関銃と迫撃砲が弾幕を張り続ける。オオカミ型のキメラが火線を縫うようにして陣地へと侵入するが、小銃手が食い止め、ときにそれすらも突破されたが、そのときは狙撃手が撃ち抜いた。
物陰から敵地をみやったホルスがいう。
「様子が変じゃねえか。なんで波状攻撃を仕掛けてくる? 数は無駄に揃えているだろうに」
「そうやね。さっきから囮部隊から『敵キメラ多数及びバグア側人類の砲撃部隊発見、撹乱を開始する。目標の確保と撤退の勧告を試みよ』と通信があったのに」
指揮官に会うと答えは判明した。陣地の指揮官は若い男で大尉だった。砲弾の破片で本来の指揮官が負傷して指揮権を委譲されたそうだった。
「敵はヒドラを待っているんだよ。現在集結中のキメラはウィザードビーストとガードビーストの群だ。もっともこいつらだけならこの陣地は落とせない。だからバグアはヒドラを派遣してきた。おそらく集結中のキメラはヒドラと合流後、侵攻を開始するのだろう。ヒドラでこちらの火砲を受け止め、四つ脚どもで蹂躙するつもりだ」
そういって若い指揮官は肩をすくめた。だから君たちの相手はできないよとでもいうように。
ホルスが用件を切り出す。
「通信社の記者がいるはずだ。彼に手紙を渡すのが俺たちの任務だ」
「記者か? 残念だったな。彼は亡くなられたよ」
ホルスと樋野が凍りつく。
「母堂からの手紙をわざわざ? それとも恋人か? まだ若いのに残念だが、よろしく伝えてくれ」
「「若い?」」
「ああ。カメラマンの助手が破片で怪我をしてね。当たり所が悪かった」
「うちらはカメラマンさんのほうに用件があるんです。娘さんからの手紙を預かっています」
若い指揮官は渋い顔をした。それから表情を改めて手を打った。
「なるほど。だったらカメラマンを引き取ってくれないか。撤収せよといっているのに聞いてくれない。職務熱心にも持ち場を離れない。無理に離そうとすれば、ほら、このようにだ」
指揮所のテントが揺れた。無精ひげを生やした男が入ってくる。首にはカメラが吊られ、ジャケットには通信社の印があった。目標のカメラマンだった。
「報道の権利の侵害です」とカメラマンは口火を切った。指揮官をまくし立てる。ガトリングガンのような勢いにホルスと樋野は目を丸くするが、指揮官は慣れているらしく、軽くいなした。
「きみの言い分は了解した。戦争報道の重要さも理解しているつもりだ。しかしきみは撤収したまえ。我々からはきみを守る余裕がもうすぐ失われる」指揮官はホルスと樋野をみた。「2人から聞いたよ。きみには娘さんがいるそうだね。きみがどれほど職務熱心な男でもどこかに娘ともう一度会いたい気持ちを抱えているだろう。実行に移したまえ」
「いや、しかし!」と反駁するカメラマンに指揮官は近づく。このとき指揮官はホルスと樋野へ意志深長な視線を投げかけた。
2人がどうなるのかと見守っていると指揮官は若干の抵抗の末に折れてしまい、カメラマンの取材を黙認した。あとは軍は面倒をみないということだった。
カメラマンは満足げに指揮所をあとにしようとした。指揮官に礼をいって背を向けた。瞬間、指揮官の腕がカメラマンの首に蛇のようにまきつく。カメラマンは崩れ落ちた。
「「!」」
おもわずいきり立つホルスと樋野を指揮官は制止する。
「愛すべき人物だが、邪魔なんだよ。連れて帰ってくれ。手紙を届けに来たんだろう? 手紙には返信が必要だ。本人を連れて帰れば返信をもらうより喜ぶだろう」
とはいえあんまりなやり方にホルスと樋野は口をあんぐり開ける。そこへ指揮官は付け加える。
「撤退したまえ。実はこの陣地を破棄するんだ。さすがヒドラ含みの大群には抵抗しきれない。もっともやられっぱなしというわけじゃない。罠を張った、いやこれから張る。この陣地へあいつらを引き込んでから航空部隊に爆撃させる。私はこれから部隊を2つにわけてキメラを誘導するんだ」
そういって指揮官は指揮所をあとにした。2人とすれ違い時、ニヤリと笑って「吹っ飛ばされるなよ」とささやく。
ホルスと樋野は顔を見合わせたあと、囮部隊へ爆撃の情報を入れ、カメラマンを回収した。
「そういえば、ホルス。一緒の依頼は初めてだな」
「うん? そうだったか」
夕焼けの荒野でホルスとシュタットはそう言い交わした。能力者たちは帰路についていた。戦場からすでに遠く日常会話をする程度の余裕があった。
「兄さん‥‥やっぱり子供には親が必要だよね」というホルスの目はカメラマンに向けられている。
指揮官に倒されたカメラマンは陣地から撤退後、息を吹き返した。最初「軍は横暴だ」などと顔を真っ赤にしていたが、娘からの手紙を渡されて静かになった。父親としての役目を思い出したらしかった。もっとも助手を亡くしたこともあって満足そうではなかった。
カメラマンの横をいくホアキンは淡々とした口調でいった。
「兵士の生死も、娘さんの手紙も、共に戦争の真実だ」
彼方から砲撃音が聞こえてくる。やがてかん高い音が混じり、空から爆音が降ってきた。戦闘機部隊が能力者たちの上空を通過した。辺りが陰る。夕焼けが一瞬消えて夕闇となった。
戦闘機は爆弾を投下する。やがて来る夜を追い払うかのように爆弾は一帯を焼き払った。