タイトル:白色の憎しみマスター:沼波 連

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/06/20 04:38

●オープニング本文


 アメリカの砂漠地帯で1人の兵士が岩の隙間に身を隠していた。対物ライフルを構え、倒すべき敵の出現を待っていた。
 砂漠地帯には狼型キメラが出現する。このなかに白い個体がいる。他の個体よりも大型で、リーダーかボスのように群れを率いている。
 彼はこの白いキメラに部隊を全滅させられた。生き延びて他の部隊に配属するとそれも襲撃された。襲撃と全滅を幾度も繰り返され、彼は愚かな妄想と理解しつつも、白いキメラを殺すために軍を抜けた。
 あの白色は俺の苦しみを楽しんでいると彼はおもった。だから全滅した部隊の部隊章を防塵コートに貼りつけ、UPCから装備を持ち出し、ただ1人で砂漠へ赴いた。
 復讐が必要だと彼は岩の隙間でおもう。このとき対物ライフルの照準装置にUPCのジープが映った。
 ジープは狼型キメラ3匹に追われている。狼型キメラは手負いの獲物で遊ぶようにジープを翻弄している。
 彼はトリガーに指をかけた。対物ライフルの銃身が跳ね上がった。エミタの埋め込みによって強化された身体能力を発揮、銃身を押さえ込み、空薬莢を排出、小型魔法瓶のような弾を再装填した。再びトリガーに触れた。
 大砲のような銃声が響く。同時に彼は対物ライフルを捨て、岩の隙間から躍り出る。SES搭載の斧を手にしている。
 2発の狙撃で3匹のうち2匹は行動不能だ。肩から血を噴き出しながら倒れている。戦闘ヘリの前面装甲を撃ち抜くようなライフルでもキメラに致命傷を与えられない。この程度の威力ではフォースフィールド越しに有効打を与えられない。けれども場合によっては時間を稼いでくれる。
 残った1匹はジープに体当たりした。ジープは横転した。彼は怒りの雄叫びを上げながらこのキメラに突進したが、キメラのほうが反応が早い。
 彼は反射的に武器を握っていない腕を突き出した。キメラに噛みつかれるが、痛みを感じなかった。
 彼は軍を抜けてすでに長い。エミタのメンテナンスをしていないせいで身体の各所が不具合を起こしている。スキルは使えないし、身体能力は下がるし、五感も鈍っている。
 痛くないならば、と彼はキメラの首筋に斧を叩き込んだ。エアインテークがせきこむ。SESが発動してキメラの首を落とした。
 彼は濡れた犬のように身震いした。返り血を払いながらジープへ駆け寄った。彼自身は救急装備を使い切っていたが、ジープには積んであるはずだった。仲間を助けなくては。
 ジープの兵士は2人だ。1人は意識がない。もう1人は彼をみて目を剥いている。
 彼はキメラを気にしながら、味方だといった。
 兵士はSES搭載武器をみて納得したようだった。
 彼と兵士は横転したジープを元に戻す。燃料が漏れていたが、10キロ程度なら走れそうだ。10キロ走れるなら、走っているあいだに、無線で最寄りの基地からの仲間と合流できる。
 兵士の1人が彼方を指した。丘を越えて白い狼型キメラが姿を現した。続いて狼型キメラの群れが現れた。
「逃げるぞ。早く乗れ。あんた、脱走兵みたいだが、死ぬぞ。キメラよりも軍法会議のほうが優しいぜ!」
 彼は斧を握った。力みすぎて腕が震えた。
「ありがとう。悪いな。先にいってくれよ。おれはあの白いオオカミを倒さなくてはならないんだ」
「馬鹿をいうな。何のためにそんなことをいう。本当に死ぬぞ」
 彼は防塵コートの部隊章をみせた。
 防塵コートの部隊章の数は両手に余る。普通の兵士なら片手の指を越えることはない。死ぬか、廃兵になるからだ。
 走り去るジープを背に彼は斧を振り上げた。
 遠くから声が聞こえる。ジープの兵士のものだ。死ぬな、能力者を呼んでくる。持ちこたえろ!

●参加者一覧

烏莉(ga3160
21歳・♂・JG
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
旭(ga6764
26歳・♂・AA
ユウ・エメルスン(ga7691
18歳・♂・FT
阿木・慧慈(ga8366
28歳・♂・DF
優(ga8480
23歳・♀・DF
パディ(ga9639
22歳・♂・FT
篠ノ頭 すず(gb0337
23歳・♀・SN

●リプレイ本文

●兵士の保護

 白色狼キメラはKVほどの巨石の上から岩の転がる地上を見下ろした。
 兵士がSES搭載の斧を振り上げて、突進してくる狼型キメラを迎え撃つ。狼型キメラの頭部が砕け散り、兵士の全身が返り血に濡れる。兵士は顔面の血を拭いながら白色狼へ斧を突きつけた。
 兵士が叫ぶ。俺はここにいる、俺を殺しこい、そのような気持ちの込められた雄叫びが荒野に響く。
 白色狼は嘲笑するかのように唸った。同時に複数の狼型キメラが兵士へ殺到する。壁のように大きな岩を背後にして兵士は斧を構える。
 兵士のエミタは長らくメンテナンスを受けていない。能力者特有の高度な身体能力は発揮できない。兵士は圧倒的不利だったが、これまでの戦いの経験で補おうとする。
 狼型キメラは兵士の前方と左右から襲撃する。が、やや右からの狼型キメラのほうが早い。兵士の斧が閃いて右から迫ったキメラの肩を砕いた。
 肩を砕かされた狼型キメラは地面に転がる。この身体が後続の狼型キメラの進行を妨害してしまう。
 狼型キメラは兵士の前方と左から迫る。同時攻撃だ。しかし兵士は左腕で前方の狼型キメラの鼻先を叩いていなすと、左からの狼型キメラの頭部を叩き割った。
 いなされたほうの狼型キメラが再び攻撃、兵士は左腕で受け止める。けれども勢いに負けて兵士は押し倒された。
「‥‥くう。‥‥どけよ。‥‥おまえなんかに構ってられないんだよっ」
 狼型キメラの真っ赤な口内を兵士は目前でみた。力の入らない左手で狼型キメラの首を絞めてその顎を押し止め、右腕で落としてしまった斧を探る。右手の指が斧に柄に触れた。
 やれると兵士のおもった瞬間、狼型キメラは前足で兵士の右腕を踏みつけた。兵士は狼型キメラの口臭を嗅ぎながら毒づく。
「これが終わりか。これで終わりか。こんな死様で仲間のところへいくっていうのか」
「‥‥‥‥仲間か」
 霜の降るような囁き。兵士の喉笛を噛み切ろうとする狼型キメラの動きが止まった。この首元にぱっくりと赤い裂け目が生じる。バケツをぶちまけたように体液が噴き出した。
「‥‥それはおまえにとって命を賭けるに値するのか」
 絶命した狼型キメラのそばに黒い人影が現れる。複数の狼型キメラがこの新しい敵を取り込むが、吹きつけてくる威圧感に後ずさりする。
 黒い人影こと烏莉(ga3160)は狼型キメラを睨め付ける。一歩前に出ると、狼型キメラは恐れるかのように後へ一歩下がった。
 烏莉は宣言する。
「この男は渡さない。お前らの相手は俺たちだ」
 同時に銃声が響く。烏莉を囲う狼型キメラに銃撃が降り注ぐ。狼型キメラは白色狼を仰ぎみてから後退する。岩の影に隠れていた能力者たちは銃撃しながら姿を現す。
 UPCから兵士について連絡を受けていたので、旭(ga6764)と篠ノ頭 すず(gb0337)は兵士に取り付いて治療を始める。
 烏莉と優(ga8480)は治療を邪魔させないために弾幕を張る。
 まごついている兵士の身体を旭が押さえつける。
「ちょっと痛いかも、いえ確実に痛いですが、我慢して下さい。‥‥篠ノ頭さん、やって下さい」
 兵士のへし折られている。手首と肘の間が陥没し、肉がえぐれ、白い骨が外へ突き出ている。
 仲間から借りた救急箱を借りていた篠ノ頭は傷口へ消毒薬をふりかけると、突き出ている骨を身体の中に押し戻した。さらにめくれあがっている肉の内側へ人体用接着剤を塗って元の位置へ貼りつけた。
 うめき声ひとつもらさない兵士に篠ノ頭は尋ねた。尋ねながらも兵士の腕に包帯を巻いている。
「歴戦の強者と聞いていたが、この治療で声ひとつもらさないとは。治療していない箇所で痛むところはあるか?」
 突然の助けに兵士はまごついた。補強された右腕をみてこたえる。
「問題ない。痛覚が鈍化してるんだ。それより武器を寄越せ」
 巨石から戦場を見下ろす白色狼を兵士はちらりとみた。
「俺はあいつを倒す。あいつを殺すためにここまで追ってきた」
「怪我人が無茶をいいますね」と旭。旭の足が兵士の斧を踏んでいる。得物がなければ戦えない。「恨みがあるらしいとは聞いています。でも特攻は許しません」
 特攻するつもりなんてないと兵士は強い調子で拒否した。
「あの白い奴は強い。強さはこの目でみた。戦力がいる。1人でも多いほうがいい。さあ武器を寄越せ」
 篠ノ頭と旭は視線を交わす。旭はうなずいた。
「自滅を望んでいるわけじゃないんですね。わかりました。戦いましょう。でも、その身体ですから後方支援です」
 篠ノ頭は尋ねる。
「共闘だ、兵士殿。ところできみの名は一体? 兵士殿では呼びにくい」
 兵士が応えようとした瞬間、周囲が陰った。背中を守っている岩から狼型キメラが跳躍してくる。優の腕が閃いて狼型キメラは着地する前に真っ二つになった。
 刀身の血を拭いながら優はいった。
「死角からとは。なるほど手強い相手です」といいながら優は弾帯を外してドローム社製SMGと弾倉を兵士に渡した。「これで支援して下さい。私たちは正面から駆逐します」
 篠ノ頭、旭、烏莉そして兵士は支援攻撃する。弾幕で頭を抑えられている狼型キメラの群へ優は突撃する。

●白色狼との対決

 一方そのころ狼型キメラの群では、「嗚呼、五月蝿い」とパディ(ga9639)がぼやきながら戦っている。四方を狼型キメラに囲まれているが、敵の攻撃の間隙を縫うように回避する。敵と動きの同期する有様は舞踏のようだ。
「ったく。耳障りなんだ。‥‥黙ってよ」
 周辺には四肢に傷を負ってうずくまる狼型キメラが散らばっている。
 ダンサー同士が身体の位置を入れ替えるようにしてパディは狼型キメラの突撃を避ける。すれ違うとパディの銀髪が乱れた。このときパディは斬撃を放っている。前足を斬られた狼型キメラが転倒する。
 転倒したキメラに阿木・慧慈(ga8366)が止めを刺す。止めを刺す動きが他の狼型キメラへの牽制となっている。狼型キメラは阿木とパディの連携に干渉できず取り囲むばかりだ。この側面が能力者の突撃を受ける。優の攻撃だ。
 狼型キメラの横腹に月詠を刺している優を阿木はみた。声をかける。
「兵士のことはもういいのか。彼はどっちを選んだ?」
「兵士らしく戦うことを。自滅せず死ぬその日まで戦うこと」
 阿木は、はっと笑い声をもらした。振り返って背後に迫ってきた狼型キメラに銃撃を加える。
 兵士を支援するチームが役割を終えて攻撃に参加する。狼型キメラの群へ猛烈な銃撃が加えられる。白色狼が吠えると他の狼型キメラは岩の影に銃撃を避けるかのように岩の影に隠れた。
 隠れた1匹の狼型キメラが影から突き飛ばされる。辰巳 空(ga4698)の一撃だ。突き飛ばされた狼型キメラはユウ・エメルスン(ga7691)の狙撃で頭部を吹き飛ばされる。
「なるほど。確かに頭は良いみたいですね。でも策略は使用させません」という辰巳にエメルスンが言い添える。「まったくだ。たかだが岩程度が遮蔽物になるなんておもうなよ」
 人の身の丈ほどの岩が弾幕で吹き飛ばされる。次の瞬間、隠れていた狼型キメラがずたずたに引き裂かれる。
 これをきっかけに優、パディ、阿木は狼型キメラに突撃する。狼型キメラが動けないのを利用して大小の岩を迂回、影の側へ侵入して各個撃破した。
 エメルスンが白色狼を照準する。
「ワンコロ、白いワンコロ。指揮しやすいように高所に昇ったのは誤りだったな。いくら頭が良いといっても犬畜生の知恵ってこった」
 巨石の上で、群に指示を出すためか、白色狼は遠吠えをしようとした。
 エメルスンがトリガーを引いた。
 銃声と同時に白色狼の喉の一点が赤くなる。白い毛皮に赤が広がっていく。白色狼の口が開くと群への命令の代わりに血が零れた。
「良い狙撃です。‥‥逃亡させませんから」
 白い風が走った。瞬速縮地で辰巳が巨石の上に躍り上がった。
 辰巳と白色狼が睨み合う。
 狼型キメラの群は一斉に白色狼を振り返った。群の主を支援すべく岩影から飛び出すが、そこを能力者たちによって仕留められる。
 銃声と悲鳴の響くなか、巨石の上では睨み合いが続く。
 狼型キメラとの戦闘経験のある辰巳は白色狼から攻撃意志を感知した。辰巳の感覚が白色狼の筋肉の緊張とゆるみを捉えた。跳びかかってくるとおもった瞬間、辰巳の視界一杯に白色狼の姿が広がった。
 辰巳は押し倒される。辰巳の喉に白色狼の熱い息吹が触れる。けれどもこの息吹が止まった。辰巳は押し倒されながら白色狼の腹部に直刀、朱雀を突き刺していた。
 白色狼の身体からがくりと力が抜けて辰巳は下敷きにされる。辰巳は白色狼の死体から逃れながらため息を吐いた。
(「さてあの兵士はどうしましょうか。‥‥今は再度、手当でもするしかできることがなさそうです」)
 ほどなくして狼型キメラは掃討された。このとき能力者たちは一様に辰巳のようなおもいになった。

●ある日どこかの戦場で

 白色狼の掃討から数日後、ラスト・ホープ行きの高速移動艇に能力者はいた。発進時刻はまだ先で人々が乗り込んだり、暇を潰したりしていた。
 座ったままエメルスンが身体を伸ばした。
「やっと帰れるな。これで一休みできるってもんだ」
 パディが顔をあげた。
「‥‥‥‥UPCの兵舎で高いびきだった」
「来客用兵舎ってのはわりと居心地良いけど堅苦しいから勘弁だ。ホームベースでないと休んだ気にならねえんだよ」
 今回は特殊な状況だったので能力者は事後処理に時間をとられていた。一緒に戦った兵士はUPCから死亡と認定されていたからだ。本人と確認するために一手間、さらにバグアに寝返ったスパイという疑惑で一手間あった。能力者の証言もあってこれらは解決されが、兵士本人には最後の一手間が残された。
 旭は視線を落とした。
「軍事裁判というのは厳しいんでしょうか」
 彫像のように座っていた烏莉が肩をぴくりとさせた。
 どうでしょうねと辰巳がささやく。医者で能力者の辰巳は治療をしたり、戦ったりする以上のことをあの兵士にしてやれない。
「まあ悪くないだろ」阿木が声のトーンをあげていった。「あのまま戦い続けてたら何もできずにおさらばだった」
 優がうなずいた。
「そうですね。最悪ではなかったでしょう。それに、あの兵士は『これでようやく結果を報告できる』といっていましたから」
 篠ノ頭が口を開く。
「兵士殿は満足しているのかもな。遺恨を晴らし、戦友と兵士殿自身の任務を果たして。でも兵士殿は‥‥」
「‥‥兵士殿兵士殿ってうるさいぜ。こんな俺にも一応名前があるんだけどな」
 篠ノ頭の言葉が遮られる。後の座席から日焼けした顔が突き出された。篠ノ頭は軽く絶句する。
「へ、兵士殿!」
 能力者は後の座席を振り返った。そこには白色狼掃討で助けた兵士がいた。もっとも兵士といっても今は軍服を着ていない。
 突然の登場に唖然とする能力者、辰巳がなんとか声をひねり出す。
「‥‥あなたは軍事裁判にかけられたはず。一体またどうしてこんなところへ?」
 辰巳の言葉に能力者たちはうなずいた。それぞれが営倉送り、重営倉送り、軍事刑務所といった言葉を思い浮かべていた。
 兵士は歯をみせて笑った。
「判決は降格と免職、そして懲役だ。軍事刑務所送りってことだ。そのはずだったんだが、司法取引を持ちかけられてね、ULTで能力者として働くなら減刑するっていわれたんだ。まあUPC以外のところで能力を活かせっていう命令だな。俺の望むところでもある」
 というわけでこれからも頼むと兵士は能力者へ手を差し出した。
 篠ノ頭が跳び上がって尋ねる。兵士殿の名前は、自己紹介が肝心だ、と。
 兵士はニヤリして口を開いた。