●リプレイ本文
●長い話と糸
巨大蜘蛛を掃討するために能力者が派遣された。能力者たちは掃討する前に市街を調査することにした。記憶喪失の青年稲荷(
gb0632)と狐面の少女水雲 紫(
gb0709)は巨大蜘蛛に誘拐されそうになった老人と面会することにした。
「‥‥‥‥くぅ」と稲荷はうめいた。「話がループしている。エンドレスにループしている」
巨大蜘蛛について尋ねると、老人はもごもごとしゃべり始めたのだが、途中で老人の若かりし頃に話が飛び、現代に戻ってこない。戻ってくる兆しはあるのだが、フェイントで必ず最初に戻ってしまう。
「なるほど。それは大変でしたね」
水雲が老人の話に相づちを打つ。稲荷は感心した。狐面の下は不明だが、水雲の声は平静でいらだった様子がない。
稲荷は水雲に視線を向ける。目で「老人は任せる。家族から話を訊く」と伝える。すると水雲は意図を理解したのか小さくうなずいた。
「ご無事で何よりでしたね。空から蜘蛛が来るなんて洒落にもなりませんよね」というお喋りを背中で聞きながら稲荷はこの家の主婦へ呼びかけた。
話を訊きながら稲荷はおもった。血が繋がっているからか、一緒に暮らしているからか、それとも地方特色なのか、この女性も話が長そうだと。
稲荷と水雲が話を訊いているあいだ、屋根に引っかかっている蜘蛛の残した糸が風でふらふらと揺れた。
●糸は燃えるのか
げっそりした稲荷と平静そうな水雲は蜘蛛の糸を回収し、仲間の元へ届けると、蜘蛛の巣の張り具合を調べるために去った。
中岑 天下(
gb0369)は黒髪をすいていった。
「さて糸の性質を調べよう。まずは燃えるかどうかだ」
その場にいた群咲(
ga9968)とジェット 桐生(
ga2463)がうなずいた。
群咲が刀をすらりと抜いた。
「あたしの刀、火属性のこの子で焼き切れるかしら」
桐生が注意を促すようにいった。
「燃焼性は大事だ。蜘蛛の巣は市街から山まで広がっている。燃えやすければ、火を付けるわけにはいかない」
3人は燃えやすい場合を想像した。山頂から市街地まで火の海になるところを想像した。
「ちょっと怖い考えになっちゃったかも」と冷汗をかきながら群咲。対して中岑は平静にいった。
「場合によっては戦略のひとつとして火攻めもありうるけどね」
「そういうことだな」と桐生はうなずいた。群咲の火属性の刀を借りる。「さて試すとしよう」
桐生の吐く息が白くなる。桐生のエミタが発動した証だ。桐生は刀に糸を巻き付けると出力した。すると糸はじわじわと燃え始め、力を抜くとすぐに消えた。
桐生は評価する。
「燃焼性は低い。火の海になる懸念は必要ないと判った」
●糸は切れるのか
回収された糸を前にして九条・命(
ga0148)は軽くストレッチをした。腕や足を伸ばしてみた。
「念入りだね」とこれをみてアズメリア・カンス(
ga8233)といった。
古郡・聡子(
ga9099)は首を傾げた。
「ええと。どうされるんですか?」
ストレッチを終えた九条は用意しておいた民生用の手斧の持つ。
「実地で強度を確かめてみる」
九条の手が閃いた。
糸の設置された台に斧がめり込む。斧を外すとそこには切れていない糸がある。九条は指ほどもある太さの糸に目を近づける。切れ目などはついていない。
「それなりの強度がある」とカンス。「だが、糸にはフォースフィールドがないと判って良かった」
カンスが抜刀した。月詠だ。刀の特有の官能的な美しさとSES搭載武器の工学的デザインが同時に存在している。矛盾し合う要素が互いの美点を引き立てている。
銀光が走る。音もなく台が真っ二つになる。切れた糸がひらりと舞った。
カンスが刀を鞘に収めながらいった。
「この強度、能力者ならば対処可能」
●蜘蛛を襲う
太陽の位置が良いと山頂から市街地まで糸が張られているのが判る。蜘蛛の巣が輝くからだ。能力者は太陽の気まぐれになど頼らず、自分たちの身体能力を持ってして蜘蛛の糸を捉え、襲撃する。
能力者は山を進む。森の中、樹木の間に銀の糸が張り巡らされている。蜘蛛の巣の密度が徐々に濃くなっている。
水雲が警告を発した。
「蜘蛛は巣をセンサー代わりにします。そろそろ先制攻撃が来るはずですよ」
「ならば、後の先をとるとしよう」
九条は応えた。なぎ払うような蹴りを放つと、そばに張ってあった糸が切れて飛び散った。
重なり合った枝葉の隙間から空が見える。空の一点が輝く。糸が飛来する。
「九条殿。汝の行動は的確だが、いささか性急かもしれない。だが好きだぞ」
稲荷は降ってきた糸をパリィングダガーで止める。綿アメでもすくい取るかのようにパリィングダガーを操ってそばにあった木に糸を巻き付ける。
木は糸に引っ張られてしなった。枝葉を地面につけて身体を抜かれて斜面を引きずられていく。
「追跡する」
宣言してカンスは引きずられていく木を追いかける。これに能力者たちは並走する。
斜面を駆け上がる能力者たち、やがて前方が開けてくる。樹木の密集した空間から開けた空間に飛び出す。そこにはバイクや軽自動車、それに工作機械が死体のように転がっていた。機械たちの間には蜘蛛の巣が張り巡らされ、能力者のいる位置とは反対側で巨大蜘蛛が蜘蛛の巣に張りついていた。
巨大蜘蛛を目にして稲荷がうめく。
「‥‥ああなんかグロテスクだ。巨大蜘蛛などあまり見たくない」
中岑がこたえる。
「それは重ね重ね残念ね。私とあなたが前衛の役割よ。キスできるくらい蜘蛛に近づいて隙を作るの」
やれやれと稲荷の声がその場に残る。稲荷自身は残像を残しながら蜘蛛に突撃している。一瞬で巨大蜘蛛との距離を詰め、跳躍、蹴りを叩き込んだ。
蹴りの衝撃を巨大蜘蛛は足を踏ん張って耐える。
「脆弱な足場ね。落ちなさい」
時間差で飛び込んできた中岑が蜘蛛の巣の一部を切断した。
巨大蜘蛛はバランスを崩して落下するもの、複数の足を巧みに使って安定した動きで着地した。
巨大蜘蛛とは逆に不安定な動作で着地した中岑が巨大蜘蛛のあごに襲われる。中岑の視界一杯に巨大蜘蛛の顎が広がる。が、その顎の牙を盾扇が受け止める。水雲だ。
「ハイキングも佳境ですね。九条さん、やってください」
九条がシュウと息を吐いた。杭撃ち機のような蹴りが巨大蜘蛛を吹き飛ばした。九条は構え直した。
「貫通できなかったか。おもったより硬い。だが、次は貫く」
巨大蜘蛛の右正面には中岑、左正面には稲荷が立つ。2人は獲物で巨大蜘蛛の動きを牽制する。稲荷が叫ぶ。
「九条殿。予定通り側面からやってくれ。装甲の隙間も側面のほうが多い」
「心得た」
おっと足下注意ですねと水雲が地面に張ってあった蜘蛛の糸をまたいだ。
「蜘蛛が機械の操作を開始。背後に気をつけて」
カンスは抜刀、背後から襲ってきたバイクとすれ違いざまに糸を切断した。
巨大蜘蛛の正面と側面を能力者が囲んでいる。この能力者をバイクや軽自動車、それに重機が囲んでいる。
これらの機械はどれも蜘蛛と糸と繋がっていた。巨大蜘蛛の殺意を糸が伝達し、機械たちはエンジンを始動、血に飢える獣のような叫びをあげた。
凶暴な機械たちが能力者を背後から襲撃する。
「‥‥ジェットインパルス!」
剣光一閃。桐生の直刀、蛍火が機械に繋がれた糸を切断する。能力者に殺到していた機械は制御を失って停まった。
「口ほどにもなかった」
桐生さん、危ないという古郡の叫び。
モトクロスバイクがバッタのように跳ねる。桐生を頭上から襲った。
桐生は袈裟懸けに構え直しながら、バイクの前輪に鼻を削り取られるのを想像した。視界が白くなった。
桐生は鼻をなぜる。白んだ視界の中でバイクが地面に転がっているのを確認する。エンジンからぷすぷすと煙を上げている。群咲のスパークマシンαの攻撃だ。
「油断大敵。はらはらしたよ」と群咲。
「まったくだ」
桐生は群咲の細いの腕を引いて跳躍する。2人のいた空間を軽自動車が突進してきた。桐生は群咲を放すと風のように突進、制御している糸を斬り捨てた。
「‥‥あたしとしたことが油断しちゃった」
「1人で戦うな。死角を補え。俺の背中は任した。来るぞ!」
「わかった!」
機械の襲撃に剣撃と電撃とが激突する。
「こいつ、口からも糸を吐いてくる」
巨大蜘蛛は口から糸を発射した。糸が稲荷に直撃した。稲荷は吹き飛ばされながら、あえて腕に糸をからめた。
中岑は稲荷の意図を察する。稲荷を捕縛している糸を中岑は掴んだ。綱引きの要領で引っ張る。すると蜘蛛はずるりと滑り、足を踏ん張った。
「隙有りですね」「‥‥隙有り」
水雲とカンスが同時に斬撃を繰り出した。片側の脚がまとめ地面に落ちた。巨大蜘蛛はがくりと身体を落とした。
「これで終わりだ。いくぞ」
九条の構えをとった。髪先が金色に染まり、右手の甲が輝く。甲に紋章が浮かび上がる。九条は巨大蜘蛛に突撃、槍のような蹴撃でその腹部に穴を穿つ。
「‥‥むう」
九条は足を引き抜く。巨大蜘蛛体内の糸が足に絡みついていた。
能力者たちはこれで終わりとおもった。が、蜘蛛は片側の脚で踏ん張ると、身体の後部を山頂に向け、糸を射出した。
巨大蜘蛛は跳躍する。糸で身体を引きずって空中を移動する。
古郡が弓を構える。つがえられているのは弾頭矢だ。
「逃がしてあげたいのですが、そうするわけにはいかないんですよ」
古郡の弾頭矢は糸に沿って飛び、爆発した。糸が千切れて、巨大蜘蛛は明後日の方向へ墜落しようとする。
「これで終わりとする。いくぞ、稲荷」と九条。ああと稲荷がうなずく、糸を拭いながら。
九条と稲荷は瞬天速を使用する。残像を残しながら木々の隙間をすり抜け、墜落寸前の巨大蜘蛛へたどり着く。
「さっさと逝けっ」
稲荷の身体が矢のように飛ぶ。得物が巨大蜘蛛の頭部と胸部の隙間にねじ込まれた。
九条は木を使って上空へ跳躍、鎌のような蹴りで巨大蜘蛛を断ち割った。
巨大蜘蛛は絶命して地面に激突、複数に分割された身体から体液をあたりにぶちまけた。
戦闘終了後、能力者たちは巨大蜘蛛の奪取した機械に張られていた糸を排除した。
カンスは軽自動車のボンネットの内側をのぞきこんでいった。
「糸はこれで大丈夫。あとは中身は専門の人にみてもらわないと」
一段落したので古郡はおもわず感想をもらした。
「悪い蜘蛛でしたが、巣まで乗り込まれてしまうのは、かわいそうだったかもしれません」
重機にもたれていた群咲が、聡子ちゃんはやさしいんだねと感想をもらした。
桐生がもう一度機械をチェックしながらいった。
「俺たちは巣を襲撃した。だが、あいつも人類の巣を襲撃した。それは覚えておくべきだ」
「どちらにしろ」と中岑。「バグアがいなければ、こんなことは起こらなかったはずよ。巨大蜘蛛なんてものがいたとしても人里には降りてこなかったでしょうね」