●リプレイ本文
●作戦開始
能力者たちは洗脳者が立てこもったビルへ急行した。屋上と地上からビル内部へ侵入して洗脳者を挟み撃ちにすることにした。
楠・甲(
ga8276)は市役所にビルの電気、水道、ガスの供給停止を要請する。ビルのインフラが停まる5分前に屋上班へ無線で連絡する。
「こちら陽動班の楠です。5分後にインフラが停止します。主電源から補助電源に切り替わる一瞬のあいだだけ監視カメラなどのセンサーに隙ができます。このあいだに侵入しましょう」
『了解』と無線機からの軍人風のこたえ。軍歴のある風代 律子(
ga7966)だ。『こちら屋上班、風代だ。私は侵入後、管理室を制圧して皆の眼になる』
ビル内部の警備機器は機能している。風代は管理室を掌握して監視カメラや防火扉の作動状況から洗脳者の居所を探すつもりだ。
5分間が過ぎた。ビルの排気ダクトに変化が起きる。排出される空気の勢いが弱くなる。主電源が落とされたからだ。すぐに電源が切り替わって排気の勢いは元に戻る。
楠はつぶやく。
「電源が切り替わったら警備がリセットされるなんてことはありませんでしたね」
地上班の目の前にあるシャッターは微動だにしない。
●屋上班、行動開始
洗脳者の立てこもったビル、その隣のビルに屋上班の能力者たちはいた。
辰巳 空(
ga4698)が屋上の異変を捉える。設置されている空調機器の動きが鈍った。
「電源が切り替わります。時間通りですね。いきましょう」
そういって辰巳は素早い動きでザイルを洗脳者のビルへ放った。ビルとビルのあいだにザイルが張られる。
能力者たちはザイルを伝って洗脳者のいるビルへ移動する。能力者たちのいるビルのほうが高い。滑り落ちるような移動だ。
武闘派俳優として活動していたころに同じような場面があったのか、辰巳はすんなり移動を完了する。
ひゃあ。並木仁菜(
ga6685)が小さく声をあげてビルへ着地する。
最後に風代が移動する。とんと着地する。そして低い姿勢で物陰から物陰に走り、排気ダクトへ跳び込んだ。監視カメラのないルートから管理室に向かった。
「さて」と辰巳。「管理室の掌握は風代さんに任せて私たちは今のうちに20階を封鎖しましょう」
「はい!」
並木と辰巳は屋上の扉を破壊すると20階へ侵入する。
●管理室、掌握
風代は排気ダクトを通る。屋上から侵入すると、空気を送り出すためのファンに出くわす。予想済みだ。風代は前もって頭に入れておいた地図を参照する。そばに配管をまとめてあるスペースがあるはずだ。
風代は壁を砕く。破片がファンの起こす風で巻き上げられていく。ダクトの壁が崩れる。さらにもう一枚の壁を砕くとパイプが現れた。
このパイプに風代は耳を当てる。水の音が聞こえる。水道だ。風代はこのパイプを伝って下へ降りる。
風代は下りながらパイプの分岐を数える。階のある分だけ分岐するからだ。管理室のある階へたどり着く。再び風代は壁を破壊する。配線の走る天井へ侵入する。
全身埃まみれになりながら風代は天井を這いずり、管理室の上にたどり着く。スリットから管理室をのぞく。キメラがいたらまずい。しかしどうやらいないようなのでぶち抜いて降りる。
風代は警備ディスプレイをみやる。まともに機能しているのを確認する。それから外にいるだろうキメラへの対処として扉の施錠、さらに椅子や棚でバリケードを作る。
ここで風代は埃のからまった髪を手ですきながら無線を入れる。
「こちら風代。管理室を掌握した。誘導する」
●陽動班
「ハッ!」
マリオン・コーダンテ(
ga8411)のハルバードが閃いた。1階のシャッターがぶち抜かれる。
シャッターの裂け目の両側から雪村・さつき(
ga5400)とゼシュト・ユラファス(
ga8555)がのぞきこむ。2人の手には遠距離武器がある。キメラがみえたら即座に攻撃する構えだ。
内部は暗い。スプリンクラーはいまだに作動中だ。非常灯で霧が光っている。
「視界が悪い。足下も良くない」とユラファス。仲間の警戒心を喚起させる。
能力者たちは内部へ侵入する。
コーダンテを先頭に右翼を雪村、左翼を楠、殿をユラファスが務める。四方を警戒する。1階にはキメラの影はない。
「派手に暴れてあげようとおもったんだけどね」と雪村。
「お楽しみはこれからということですね」と楠。肩に当てたビニール傘を回す。水滴が飛び散った。
「やーん。スケスケになっちゃうよ」
コーダンテが降ってくる水を浴びていう。ユラファスがちらりとみる。コーダンテの眼がキラリと光る。
「なんか変なこと想像しなかった? ふふんこのスケベさん!」コーダンテは体をくねらせる。「でも残念でした。下は水着です!」
ユラファスは頭をふった。
「遊びには付き合ってやったぞ。さあ今度は任務に努めたまえ」
コーダンテはユラファスの上から目線の態度にがくりとする。これに楠と雪村が口元をゆるめた。
コーダンテは口を尖らせる。
「いいもんねー。このスケスケで洗脳者を悩殺するんだから」
「聞いたか、みんな。洗脳者と接触したら先陣を切るのはマリオン君だ」
「そうじゃなくて。そうじゃなくて」
能力者たちは上を目指して移動する。
●洗脳者
エレベーターが停止する。明かりが消える。非常灯がつく。乗っていた洗脳者はびくりとする。電源が落ちたと知られた。
(「くそう。もう能力者がついたのか」)
主電源から補助電源に切り替わる。非常灯がついたままエレベーターが再び動き始める。PDAで状況を確認する。監視カメラが動体を捉えている。1階ロビーのカメラから4人の能力者の姿を確認する。4人は隊形を組みつつも盛んに言葉を交わしている。
(「なんであんなに騒ぐ。音でキメラを引きつけて危険排除というわけか。それとも陽動か」)
洗脳者は危険なほうにかけた。エレベーターのすべての停止ボタンを押す。最寄りの階へ停めようとする。
(「下が陽動としたら上にいくのは危険だ。きっと待ち伏せしている。くそう。屋上から回収してもらうつもりだったのに。回収ポイントを変更しなくては。いまさら連絡が取れるのか」)
エレベーターが停まる。15階だ。洗脳者は降りて口笛を吹いた。
音に反応して1匹の犬型キメラが寄ってくる。洗脳者はこのキメラをエレベーターに押し込めた。そしてエレベーターを下の階へ送り込む。
洗脳者は消防用の斧を取り上げると、もう一機のエレベーターを開き、操作盤を破壊した。こちらのエレベーターは動作しなくなった。キメラを送り出したほうも戦闘で破壊されるはずだ。これで残っているルートは階段だけになった。いくら能力者でも多少登ってくるのに時間がかかるはずだ。
洗脳者は人気のないオフィスに入りながらPDAを操作する。生きている回線で『救出』を頼み、窓を覆っているシャッターを展開させる。救助には窓をぶち抜かせて進入させるつもりだった。
洗脳者は救助到着までの時間稼ぎにオフィスの出入り口にバリケードを作る。体から汗がでる。スプリンクラーの水と合わさってすぐに全身びしょ濡れになる。
その様子を監視カメラが盗み見ていた。
●合流
洗脳者の動きを管理室で風代はみていた。無線で仲間に連絡を入れる。
「こちら風代だ。洗脳者が15階に籠城した。オフィスの出入り口にバリケードを作っている。おそらく回収までの時間稼ぎとおもわれる」
喋りながらコンソールを操作する。監視カメラでキメラの位置を掌握し、ディスプレイに映す。
(「何者か来るのか不明だが、敵の回収班はすぐだろう。はやく捕らえなくては。どう誘導すれば最速だ。防火扉を開放するか。だめだ。ちょうどキメラは防火扉のおかげで各フロアに封じられている。今開放したら階段になだれ込んでひどいことになる」)
「15階まで階段で移動してくれ。各フロアの防火扉は開けるな。キメラが出てくるぞ」
「了解した。誘導に感謝を」
ユラファスは風代の無線にそうこたえた。陽動班は各フロアのキメラを無視して階段をのぼる。目指すは15階だ。
能力者たちは狭くて急な階段を駆け上がる。
楠は持ってきたビニール傘を捨てる。もう邪魔だ。
雪村がいう。
「展開が速いわ!」
コーダンテがこたえる。
「全然殴り合いしてないのにね!」
楠が付け加える。
「展開の速さに足が追いつきませんね!」
さすがの能力者にも15階は高い。常人にはできない走りをしても時間がかかる。
能力者たちは、踊り場で曲がる瞬間、常人なら速度を下げるところを加速する。すると壁にぶつかりそうになるが、跳躍して壁を蹴り、斜め上に跳ぶ。
登るというよりも跳びながらユラファスは無線を入れる。
「並木、辰巳、聞こえるか。エレベーターシャフトを使え。お前たちはそのほうが速い」
返事はない。
そのころ並木と辰巳はエレベーターシャフトを降下していた。片手でエレベーターを吊っているワイヤーを伝っている。
闇の中で火花が走る。
2人は足を壁面に押し当て減速する。
15階に停まったままのエレベーターの上に2人はドダンと着地した。
エレベーター天井にある整備用ハッチを辰巳は踏み抜いた。下に降りてロビーとエレベーターのあいだの扉をこじ開ける。
並木が続いて降りる。無線を入れる。
「こちら並木です。15階に到着しました。辰巳さんもいっしょです。目標を確保します」
風代から無線が入る。
『敵はバリケードをつくっている。正面からの突破は難しい。だから側面から回ってくれ』
「どういうことですか?」と並木。
辰巳がこたえる。
「こういうことか?」
入り口から離れた位置、その壁を辰巳は斬りつけた。朱鳳が壁を丸く切り取った。できた穴に手を突っ込んでめりめりと崩した。
辰巳は唇を歪める。
(「やれやれ。我ながら強引だ。到着する前に得た情報で骨格以外はもろいと知ってはいたが、ここまでとは」)
辰巳は盾を構えながら穴を通る。そばにあるデスクや椅子を蹴飛ばす。並木も続く。
そのとき洗脳者は「はあっ!」と叫びながら椅子を振り上げていた。窓に叩きつける。窓は歪むが、頑丈な種類なので、ひびが入るだけだ。
「そこまでだ!」
辰巳は洗脳者を一喝した。
洗脳者はびくりとして椅子を落とした。ふりかえっておののいた。スーツのポケットから万年筆を取り出すとキャップを外し、尖った先で手首を刺した。
辰巳は眉をよせる。
並木は息を呑んだ。
洗脳者は脂汗を流しながら手首の傷をむりやり広げる。バケツをぶちまけたように血がこぼれる。
「くそう。これじゃあ。足りない。出血の量が足りない」
洗脳者はいいながら近くの机に腕をのばす。震える腕がボールペンを拾い上げようとして失敗した。首を刺すつもりだ。
並木は悲鳴のような声をあげる。
「もうやめて下さい。死んではいけません。罪を償って生きるんですよ」
「‥‥‥‥それはいいな。でもだめだ。できない。おれの足がつくと他の工作員が消される。バグアは容赦ないよ。少しでも漏洩の可能性のある工作員は消す。仲間を死なせたくはない」
そのときビル街から影が跳んでくる。巨大な虫型キメラだ。
虫型キメラは羽根を震わせてホバリングする。窓ガラスに頭をぶつける。ガラスに亀裂が入った。
突風がオフィスに入り込む。ガラス片が舞い散った。
虫型キメラは口を開ける。中に管がある。酸液を投射するためのものだ。
洗脳者は唇を歪めた。顔色がもはや青い。
「こいつが迎えということは俺は処理対象か。楽に殺してくれよ。まったく俺の努力は無駄じゃないか」
「並木さん!」辰巳が叫んだ。
並木はこたえない。反射的に射撃。銃弾が洗脳者の側頭部をかすめて飛び、虫型キメラの口に命中する。
虫型キメラの頭部が吹っ飛ぶ。残った体は体液をまき散らしながらむちゃくちゃに飛び、正面のビルにぶつかって砕け散った。
洗脳者は「ちくしょう」と呟きながら床に崩れ落ちる。
辰巳は洗脳者に駆け寄る。エマージェンシーキットで傷口を塞ぐ。指示を飛ばす。
「救急車の手配を。死なせるわけにはいかない」
こうして事件は終わった。洗脳者を救急車へ預けると能力者たちは残っていたキメラを掃討した。ラストホープに戻る高速艇に乗ったころ洗脳者の容態が安定したとの連絡が入った。
並木がいった。肩を落としている。
「‥‥意識が戻ったそうです。これから詰問の毎日なのでしょうか?」
「どうかな。洗脳されたままかも知れないし、解けているかも知れない。どちらにせよ、洗脳されていた時の記憶が残っているとすれば、彼はまだ戦わなくてはならないが‥‥」と辰巳は眼を伏せた。顔が影になる。
コーダンテがいう。
「でも死ななくてよかったんじゃないかな。彼もバグアの被害者には変わりないもの」
雪村がうなずく。
「そうだな。大きな声じゃいえないけどさ、良い奴だったかもしれない」
楠が遠い目をしていった。昔の荒れていた時代をおもっていた。
「‥‥そうですね。仲間を大事にする人物ではありましたね。時代が違えば、例えば、バグアのいない時代なら私たちの仲間になれたかもしれません」