●リプレイ本文
●挑戦者登場!
食堂のマスターは腕まくりをした。血がたぎる。鼻の奥で戦場の臭いが蘇る。マスターは食堂を始める前はUPC軍人だった。
客たちが玄関に注目する。そばの基地の軍人たちだ。それが店に足を踏み入れた瞬間、一斉に唾を飲み込んだ。
それは硬い沈黙を破り、人混みを割って進む。白いスーツに首からマフラーというまるで禁酒法時代のマフィアのような姿で猿型キメラオンコットはカウンターへ近づく。床につきそうなほど長い手足が揺れ、革靴が重々しく床を叩いた。
猿型キメラはスツールに腰を下ろすと、ジャケットの内側から葉巻を取り出してくわえる。葉巻の端を乱杭歯でかみ切る。そして切れ端をぷぅとふいた。
葉巻の切れ端が床を転がる。
客の軍人たちがざわめく。おれたちの店をよごしやがって!
しかしマスターは顔を真っ赤にしつつも猿型キメラの無礼を黙殺する。
「ウキィ」
猿型キメラは唇を歪めた。マスターへあごを突き出す。火をつけろという意味だ。
またしてもざわめく客の軍人たち。血気盛んな者が飛び出そうとするが、冷静な者がまだだと制止する。
にらみ合う猿型キメラとマスター。1体と1人の視線がぶつかりあった。1体と11人でのあいだで稲妻が走ったのを客の軍人たちはみたような気がした。
マスターは灰皿とライターをとった。カウンターのうえを灰皿とライターがすべり、猿型キメラのまえでぴったりと制止した。
猿型キメラはじゅぽうと葉巻に火をつけると、それでメニューを差した。
そこには『キメラ大隊バーガー』とあった。「10皿完食したら賞金!」の部分には横線が入れられ「20皿完食!」と改めてあった。
「20皿、そんな馬鹿な」
「マスター、ついに本気になったというのか」
「神さま、どうかマスターをお救い下さい」
「大丈夫だ。玉砕してもマスターは戦士たちの待つヴァルハラへいける」
軍人たちは青ざめながらささやき合う。だが、猿型キメラは嘲笑した。
「ウキィ」
なんだその程度か。猿型キメラの鳴き声はマスターにはそんな風に聞こえた。禿頭に戦場以来の冷汗が浮かぶ。
そのときだった。入り口のドアが勢いよく開かれた。
「そこまでだ!」「そこまでよ!」
入り口から注ぐ夕焼けを背負って8人の男女が現れた。
「貴様の乱暴狼藉はそれまでだ。いざ尋常に勝負!」
九条・命(
ga0148)が宣言した。
逆光のなかで能力者たちの双眸が闘志に燃え上がったかのようにマスターにはみえた。
「ウキィ」
猿型キメラは立ち上がる。葉巻をくわえたまま能力者へ右手を向ける。そして挑発した。いくらでもこいよ、格下共と。
客の軍人たちが一斉に立つ。最古参の兵士がマスターに敬礼する。「設営を始めます」と宣言して仲間たちへ「設営開始、MOVE! MOVE!」
テーブルと椅子が壁際に押しやられ、店の中央に連結した長テーブルが設置され、そして輝くばかりに白いテーブルクロスがかけられる。テーブルクロスにはしわひとつない。
能力者と猿型キメラは首にナプキンをまくと兵士に促されて席につく。
最古参の兵士が長テーブルに時計を置いた。そして窓ガラスの震える大音声を放った。
「厨房に入られたマスターの代わりに宣言する。30分以内にィ! 『キメラ大隊バーガー』20皿をォゥ! 完食せよッ!」
「ウキィ」「「応!」」
●伊佐美希明とエイドリアンの場合
伊佐美 希明(
ga0214)とエイドリアン(
ga7785)は隣あって座っていた。
顔ほどもあるハンバーガーをエイドリアンは幸せそうな顔でほうばっている。
「もぐもぐもぐ。おいしい〜。ボク、こんなおいしいハンバーガー初めてですよ。あれ、伊佐美さん、浮かない顔してどうしたんですかあ?」
伊佐美は長テーブルの狂乱の有様と厨房の混沌の有様を交互にみていた。厨房ではマスターが鉄板にパンズやバーガーを並べながら発狂している。伊佐美は席を立った。
「うむ。マスターが気になってな。この大人数を1人でさばくのは大変だろうに。手伝ってくる」
「ええ!? なんですって」とエイドリアンは胸を叩きながら聞き返した。お冷やを一気飲みして胸につかえたものを胃へ下ろす。タイミング悪くちょうどハンバーガーを詰まらせていた。
伊佐美は肩をすくめると「おいちゃん。一人じゃ、この人数分、こさえるの大変だろ。手伝うよ」と声をかけて厨房へきえてしまう。
エイドリアンは見送りながら「あーん、ついでに飲み物、お願いします。ボク、コーラがいいです」
「まったく。人をあごでつかうなよ」
伊佐美は戻ってくるとエイドリアンの前にコーラを置いた。続いて猿型キメラの前にもどかんと置いた。
猿型キメラの前にはキングサイズのコーラが置かれた。そのボトルはペットボトルというよりもポリ容器のガソリンタンクを連想させた。猿型キメラが伊佐美を見上げる。
伊佐美はしなをつくって誤魔化す。さらに隠していたサイドメニューも置く。
「わぁ、すごーい! 全然いけちゃうね! 能力者なんて、全然相手にならなーい。‥‥あ、これは私からの個人的なサービス。これくらい、貴方なら、勿論、無いものと一緒だよね?」
猿型キメラはちちちと指をふった。まるでこういっているかのようだった。お嬢ちゃん、慣れない媚びなんて売るもんじゃないぜ。あんたは素のほうがずっと魅力的だ。
伊佐美は眉をあげる。しかし猿型キメラがガソリンタンク(のようなコーラボトル)を取り上げ、バキュームカーのように吸い上げて飲みきり、ダストシューターの放り込むようにしてサイドメニューを食い尽くすと、伊佐美はたじたじと厨房へ下がった。
「うーん。‥‥食の超猿人、プロバーガー猿ですね」
猿型キメラのそばで観戦モードに入ったエイドリアンがいった。
●櫛名タケルと御影柳樹と沢村五郎の場合
「は、腹減ったなあ」
櫛名 タケル(
ga7642)は手を拭きながらいった。
「サイドメニューも頼むか。フィッシュアンドチップスにオニオンリング、ええとあとシェイクにするか」
「チキンナゲットがおすすめさあ。いろんなもの食べたほうが食が進むのさ」
と応じたのは御影 柳樹(
ga3326)だった。すでにチキンナゲットを一山食べ、ホットドッグの山を切り崩している。
櫛名は目を剥き、沈黙した。ハンバーガーが運ばれてくる。櫛名は口にしてさらに目を開いた。
(「う、うまい。こんなにうまいもので大食い対決なんてしたくない。ちょうど隣に得意そうなのがいるし、ここは食事を楽しむか」)
櫛名は休暇モードに入りつつも仕事は忘れていない。猿型キメラのペースを乱すべく煽る。猿型キメラのほうを向くと鼻で笑う。指さして
「猿真似野郎、ハンバーガーの正しい食べ方ってものをみせてやるよ。お前にこんなにおいしく食べられるかな」
そして櫛名はハンバーガーにかじりついた。唾液がにじみ出る。飲み込むたびにどんどん食べたくなる。至福だった。
「バーガーもサイドメニューも最高さあ」と御影は目を細めながらいった。
これをきいていた沢村 五郎(
ga1749)がいった。
「‥‥本当にまだ食べられるのか」
「いやあ。能力者になってからやたらとおなかが空くさぁ。これくらいなんでもないさ」
「本当か。それはすごい」
沢村は感心した。椅子にもたれて天井で回っている扇風機をみた。思い直す。
「念のため医者に診てもらえ」
沢村は食べていない。ハンバーガーの皿を長テーブルのわきにやって、長い足をおいて休憩している。一皿目をみた時点でもう無理とあきらめてしまった。
天井の扇風機の羽根を目でおいながら沢村は独り言をもらす。
「猿型キメラといっても猿ホルモンが効くわけではないんだな」
沢村は食堂に来る前、雌猿のホルモンと同じ成分の液体を手に入れていた。この液体をトイレにまいて猿型キメラを途中退場させるつもりだった。しかし猿型キメラは皿の山を気づいているばかりだ。
沢村は食堂で繰り広げられる阿鼻叫喚から目を逸らす。まぶたを下ろして大食い対決終了まで休むことにした。結果はどうあれ最後は実力行使だ。そのときに食べ過ぎで動ける奴がいないとなったらお笑いだ。
●九条・命と白鐘剣一郎と槇島レイナの場合
「いただきます!」
白鐘剣一郎(
ga0184)は侍気質だ。大食い勝負、そのうえキメラが相手とあっても、礼儀は忘れない。手を合わせて、牛や農家の人、作ってくれた人に感謝を表明する。ナイフをとりあげる。食事中なので小声で、
「‥‥天都神影流、斬鋼閃」
ハンバーガーは顔ほどもあった。皿に盛ると小山のようにこんもりしている。それが一瞬で8分割されてしまった。
「こんな形で使うとは思わなかったな」
白鐘はハンバーガーの一切れに串を刺す。そうやって崩れないようにしてハンバーガーにかじりつく。
「うむ。これは旨い」と白鐘は感心するが、どうも両隣が気になっていまいち味わえない。右には九条がいた。
「うおおおおっ」
九条は吠えた。魂の燃焼に呼応するかのようにエミタが高稼働する。右手の甲が熱くなり、狼の形をした紋章が浮かび上がる。まとめてあった髪がほどける。その髪先が黄金色に輝く。
九条はハンバーガーをがっしり掴む。パンズに指が食い込み、肉汁が滴った。肉汁の水たまりが皿にできた。九条の口が引き裂かれる。九条は飢え盛る狼のようにハンバーガーに襲いかかった。首からさげたナプキンに赤いものが飛び散った。
白いテーブルクロスもあちらこちらが赤く染まる。まるで狼の襲撃現場のようだ。
「バーガーの焼き加減はレアか」
白鐘はナプキンの端で顔を拭う。九条の肉汁が飛んできていた。
「こちらを向いてたら、残念ながら、集中できないな。かといって左側には」
「あーん。お兄さん、親切ね、ありがとう」
槇島 レイナ(
ga5162)がハンバーグを運んできた兵士に微笑んだ。兵士は顔を真っ赤にする。
急遽発生した大食い対決のせいで客の兵士はウェイターをさせられていた。しかし槇島をみた瞬間、幸せな気持ちになった。
兵士は、槇島の素晴らしいボディと魅惑的なスマイルに魅了され、スキップしながら厨房へ戻り、おもわず仲間の兵士と分かち合おうとした。その瞬間、UPC式近接格闘術で殴り倒され、次の瞬間にはゴミバケツに放り込まれた。
仲間は手を拭いながらつぶやいた。
「すまないな。軍隊ってところは出会いが少ないんだ。美人さんの相手ははおれのもんだ。結婚式には呼んでやるから恨むなよ」
そういって仲間を下した兵士はお冷やのおかわりをもって槇島の前に現れた。
「あら、さっきのお兄さんとは違うのね。お冷やのおかわりはまだいいわよ」
兵士はどぎまぎした。しぜんと視線が下がる。槇島は首をかしげると兵士を覗き込むようにした。兵士はますますどぎまぎする。ナプキン越しでも形がわかった。
「とってもおいしいわ。肉汁たっぷりでそれでいて肉の甘味もいい感じで。‥‥競争じゃなくて普通に食べたかったわね。あ‥‥こぼれちゃった」
照り焼きソースが槇島の胸元を汚した。槇島は指でソースを拭いながら唇へもっていく。
「あーん。たっぷりね。私、こんなにいっぱいなの、はじめてよ」
兵士はぶったおれた。
一部始終をみていた白鐘はため息をつく。眉間をもんでから暇をしている兵士に倒れた兵士を片付けてもらった。
仲間をひきずる兵士と白鐘のあいだで視線が交わされる。兵士は親指を立てた。丸くて大きくて2つあるものには男は弱いッすと。
きょとんとしている槇島の隣で白鐘はため息を吐いた。
●結末
「まだだ。まだ限界じゃない!」
大食い大会終盤、九条は叫んだ。
「勝負である以上、負けるわけにはいかない」
白鐘が脂汗をにじませながらいった。口調とは裏腹に手が震えいる。
だが、無情にもタイムリミットは迫り、猿型キメラの猛攻も停まらなかった。
猿型キメラは伊佐美の罠(大量のサイドメニューとコーラ)を正面突破し、最後の「キメラ大隊バーガー」にたどり着いた。
猿型キメラはハンバーガーを掴んで仁王立ちする。口を限界まで開けると、ハンバーガーを頭上に掲げ、胃まで垂直落下せよとばかりに、振り下ろした。
「完食、完食だあ! 勝者猿型キメラ、オンコット!」
審判役の兵士がオンコットの手をとって掲げた。九条、白鐘、御影が打ちひしがれる。
猿型キメラは敗北に打ちひしがれる能力者たちに追い打ちをかけるように嘲笑した。
「ウキィ」
「ねえねえ。このヒモってなあに? 引っ張ってもいいのかな」
エイドリアンは大食い大会のあいだ猿型キメラを見守っていた。ずっとズボンから垂れ下がっているヒモが気になって仕方がなかった。今を良い機会とばかりに行動した。
猿型キメラが悲鳴を上げる。もう遅い。エイドリアンはヒモを引っ張り、猿型キメラの腹は裂けて中からハンバーグやコーラやサイドメニューの洪水が迸った。
猿型キメラはずるをしていた。腹に袋を用意しておいてそこへ食べ物を詰め込んでいた。
真剣勝負を挑んでいた九条、白鐘、御影がいきり立つ。そして腹を押さえてうずくまった。さすがに動けなかった。
「ウキィ」
猿型キメラはこの隙に逃げようとするが、伊佐美が立ち塞がる。
「どうせ、こんなことだろうとおもったわ。櫛名、沢村、やりなさい」
影が走る。櫛名と沢村が猿型キメラを左右から拘束する。そして外へ引きずり出される猿型キメラに対して伊佐美は覚醒する。
「素の私って奴をみせてやろう!」
伊佐美は顔を伏せる。顔の左側だけがぐしゃりと変形する。生きながら焼かれたような表情が浮かび上がるが、垂れてきた髪に隠される。
エイドリアンが弓と剣を手にして突き出す。伊佐美の左側に立っている。
「伊佐美さん、ちょっとお顔が怖いですよ。どっち使いますか、弓と剣?」
櫛名と沢村の2人は猿型キメラを玄関から蹴り飛ばした。
その瞬間、伊佐美はエイドリアンの手から剣を取ると、弾かれたように飛び出した。
伊佐美は自身を一本の矢、一本の剣とした。剣先が猿型キメラを貫く。余勢で猿型キメラごと通りに飛び出して壁に衝突してようやく止まった。
伊佐美が戻ると食堂が沸き返っていた。兵士たちは口々に祝っていた。
「人類の勝利だ!」「人類万歳!」「完食おめでとう!」
槇島は兵士たちから拍手を受けている。そのわきには積み上げられたお皿が20枚あった。間一髪のところで完食したのだった。
兵士の1人が尋ねる。
「細い身体でよくがんばりましたね」
「うん。ちょっとがんばったかも。でも私これでも朝どんぶり三杯食べるんだよ」
「そうですか。一体どこに消えてるんでしょう」
「うーん。どこかな。あ、おっぱいかな」
兵士たちが悶絶した。
「俺も胸さえあれば。胸さえあれば、限界をきっと」
打ちひしがれる九条に白鐘はいった。
「それはない。冷静になれ」