タイトル:ポンプの歌で鼠が踊るマスター:沼波 連

シナリオ形態: ショート
難易度: 易しい
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/19 01:42

●オープニング本文


 五大湖攻防戦終了後のある日、廃棄された穀倉地帯を1台の輸送車が走っていた。車はUPCの採用している車種だが、ナンバープレートの記載は民間のものだった。払い下げ品だ。かつてはトラクターや農薬散布車が通ったはずの幅広い農道、今や穴だらけで見る影もないそれをがたがたと進んでいく。
 運転手の男が舌を噛みそうになりながら助手席の男にいう。
「スクワイア中尉、農場はこの辺りでしたよね? なにもありませんよ」
「もうちょっと先だ。あとおれはもう『中尉』じゃねえ。退役して年金をもらう身だ」
 スクワイア中尉と呼ばれた男は腕をふってこたえた。右腕の肘から先がない。袖がふらふらと揺れた。
 スクワイアは元UPC軍人でこの辺りの出身だった。農場経営者の息子で親と同じ道を進むつもりだったが、バグアの侵略からアメリカと農場を守るために軍へ志願した。それから片腕を失う日まで戦い続けた。片腕になってからは戦いも農場も失って呆然としたが、五大湖奪還の報とともに気持ちを切り替えた。
『腹が減っては戦はできぬ』
 ナポレオンとかいう軍人はよいことをいったとスクワイアはおもった。スクワイアは慰労金代わりに、土地の所有権をUPCを通じて政府に認めさせると、かつての部下たちをあつめて、農場の再開を宣言した。農作物を生産して兵士たちへ宿料を届けようと考えた。軍人でなくて農夫として戦おうと決めた。
「あ、あれですかね」と運転席の男がいって示す。先の欠けた人差し指の前方には廃墟があった。
「あれだ。よかった。おもったより綺麗そうだ」
 喜ぶスクワイアだったが、その建物の半分は瓦礫となっていた。運転席の男は気の毒そうに眉をよせた。
 スクワイアはガレージあとに車を寄せるように頼んだ。車が停まると2人はガレージの中に入った。スクワイアが喜びの声をあげた。
「みろよ。ポンプが残っている。地下水をくみ上げる奴だ。ついてるぞ」
 スクワイアが懐中電灯をくるくると回す。薄暗い中を光が乱れ飛ぶ。運転手の男がポンプをいじる。するとポンプは咳き込みながら始動し、ぶるぶると震えながら水を吐き出した。
「ラッキーですね。何もかも買い直さなくちゃとおもっていたですが」
「おう。幸先がいいぜ」
 スクワイアは上機嫌でこたえた。その足のあいだをなにか通り抜けてスクワイアはおもわず声をあげた。
「な、なんだ。ネズミか。‥‥‥‥ふふふ。懐かしい仇敵め、おれはまた戻ってきたぞ」
「うひゃあ」
「なんだ。またネズミか」とスクワイアは運転手の男をみた。男はポンプのほうをみながら凍りついていた。スクワイアは不思議におもってポンプをみた。そして口を開け、つぎの瞬間、兵士の顔つきに戻って部下と一緒に外へ飛び出た。
 2人と入れ替わるように何かが足下を駆け抜ける。2人は無視して輸送車に乗り込むと廃墟から離れようとした。その車のわきを通り過ぎて廃墟に突っ走る影があった。どれもこれもリスのような姿のキメラだった。
 スクワイアは廃墟から離れると停車を命じる。望遠鏡を取り出して廃墟を覗き込んだ。
「参りましたね。どんな感じですか?」
 スクワイアは望遠鏡を貸す。
「壁の割れ目からみてみろ。あのリス野郎共がなんでか知らんが、ポンプにまとわりついてやがる」
「機械の余熱で暖でもとってるんでしょうか」
「さあな。だが、駆除しなくちゃ農場はできないぜ。‥‥のわ!」
 また一匹のリス型キメラがスクワイアの足の間を通っていった。
「変わってますね。人間なんてお構いなしの挙動だ」
「昔、どっかの戦場で聞いた話だが、ある種の音波がキメラを引き寄せるらしい。少なくとも狼型キメラは犬科の動物らしく犬笛が聞こえるらしいぜ」
「リスってネズミですよね。ネズミも音に反応しますが。まさか」
「その、まさか、かもしれん。どっちみち現れた以上、駆除せねばならん。ULTを呼ぶぞ」

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
寿 源次(ga3427
30歳・♂・ST
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
シャレム・グラン(ga6298
31歳・♀・ST
桂馬(ga6725
24歳・♂・EL
薙原 尤(ga7862
19歳・♂・SN

●リプレイ本文

 天井にも壁にも穴がある。日だまりの中で地下水を組み上げるためのパイプが駆動する。
 機体にまとわりつくリスのようなキメラごとぶるぶると震えて水をくみ上げる。
 キメラはパイプにまでたかっていて鈴なりになっていた。何匹かはパイプの破れ目から中に入ろうとしてくみ上げられた水によって排出された。
 廃墟の床一面が水浸しになっていてキメラがおぼれているかのようにじたばたと浮かんでいた。
 このようすを望遠鏡で観察している人物がいた。黒づくめの中性的な女性ケイ・リヒャルト(ga0598)が透明な声でいった。
「‥‥ポンプの無事も守りたいわね」
「そうですね。スクワイアさんは好きにやってくれてとおっしゃいましたが、確保する方向で作戦を立てました」
 いったのは白い髪と肌に赤い目という異様な容貌の女性シャレム・グラン(ga6298)だ。
 リヒャルトはふりかえった。UPCの放出品らしいトラックに男たちが集まっている。アルビノの印象的な青年薙原 尤(ga7862)、フィールドワークを得意とする研究者のような印象を受ける寿 源次(ga3427)、それと医者2人組がいる。誠実な好青年を絵に描いたようなほうが辰巳 空(ga4698)、くわえたタバコのせいかデカダンスな印象を受けるほうが桂馬(ga6725)だ。
「スクワイアさん、夢への第一歩、お手伝いさせて貰う」
 寿はそういって手を差し出した。古い軍用コートを着た片腕の男スクワイアは握手に応じた。意外に強い握力に寿は感心する。それからスクワイアのコートの奇妙なようすに気づいた。旧アメリカ軍のコートにUPCの部隊章のつけられた跡がある。バグア襲来のどたばたした時期を戦い抜いた歴戦の兵士らしい。なるほどと寿はおもう。これならばこのご時世に農場など始めようという根性もあるはずだ。
 スクワイアは日に焼けた顔でくしゃりと笑わせた。
「ありがとう。さっそくだが、あのリスみたいなキメラの駆除を頼む。‥‥ポンプだが、正直なところ残してほしいが、壊れても仕方ないとおもっている。好きなようにやってくれ」
「できるうるかぎりポンプは確保するつもりです」
 そう寿が請け合うとスクワイアは目を細めた。
 辰巳が宣言する。
「それでは『ハーメルン・オペレーション』開始です!」
 高らかに宣言したわりには作業は地味だった。ポンプのある廃墟から離れた場所に能力者たちは穴を掘り始めた。
 スクワイアが不審そうな顔をしていった。
「どうして穴を掘るんだ。塹壕か?」
 桂馬がこたえた。
「これは落とし穴だ。キメラを落として一網打尽にする」
「なるほど。しかしどうやってキメラを誘導する?」
 スクワイアのもっとも疑問にこたえたのは薙原だ。
「状況からしてキメラはポンプの音にひきつけられているようだ」といいながら薙原は埋まっていた岩にピッケルを振り下ろす。ひびのはいる岩。「けっこう頑丈な岩だな。‥‥ポンプの音を録音したあと、ポンプを止めて、録音したおとでここまでおびき寄せる。穴の底に殺鼠剤でもまいておけば最高だな」
「‥‥なるほど」とスクワイアは感心した。「すまんが、殺鼠剤の使用は遠慮してくれ。土壌に残留すると困る」
「了解した。直接攻撃で片付ける」
「穴の深さ大きさはそのくらいでいいはずです」とグランがいった。「辰巳さん、こちらへ。私の準備は完了です」
 グランは辰巳に録音機器を差し出した。磁気対策を施されたマイクと同じくコードだ。リールに巻かれたコードの先には録音機器が繋がっている。テープを確認してから辰巳は廃墟に向かった。
 スクワイアがいう。
「大丈夫だろうか?」
 リヒャルトがこたえる。
「彼の一見は優男だが、このなかで一二をを争う手練れよ」
「ならいいが。せっかく平和になってきたというのに死人がでたら気分が悪い」
 能力者とスクワイアは辰巳を見送った。
 辰巳は瓦礫をまたいでガレージに侵入した。足音が土を踏む者からびしゃりという水たまりを踏むものに変わる。おもわず息を呑む。
「むにゅうってするとおもったら!」
 辰巳は慌てて右足をあげる。リスのようなキメラを踏んづけていた。キメラは踏まれたせいでぬかるんだ土にめりこんでしまった。ぷくぷくと泡が浮かぶ。しかし反撃をしてくるようすはない。
「うむ。奇妙な状況だ」
 辰巳は首を傾げながらも録音を開始する。同時にポンプの操作盤を確認する。緊急停止ボタンがすぐにみつかる。どうやら全機能を一気に停止させられるようだ。
 辰巳は仲間のほうを向く。遠くで小さな人影、グランがOKのサインを送ってる。辰巳もOKを返して録音を終了する。それから緊急停止ボタンを押した。
 ポンプのうなりが静まっていく。すると足下のキメラたちが右往左往し始める。辰巳には迷子になって母親を必死にさがす子どものようにみえた。音源が消えて混乱しているようだ。
 ここにはもう用はない。辰巳は瞬速縮地を使う。一瞬で廃墟の外に脱出する。次の一瞬で仲間のところへたどり着く。
 能力者たちはスクワイアを下がらせるとそれぞれの得物をとった。穴の向こう側へ移動する。そしてリヒャルトが録音したポンプの音を再生する。
 変化はない。
 能力者たちは一様に無駄だったかとおもう。すると廃墟の暗がりからぞろぞろとリスのようなキメラが姿を現した。
「やったぞ」誰かがいった。
「‥‥成功し過ぎだ」とも誰かがいった。
 リス型キメラの群は川のようになって音源に向かってくる。キメラたちは音に夢中らしくて穴も目に入っていないようだ。つぎつぎと穴の底へ跳び込む。
「穴の底に地雷か爆弾でも仕掛ければよかったな」と寿がもらす。
「深めに穴をほうってよかった」と薙原が評した。キメラがあふれそうだった。
「ふふふふ。うざいのは嫌われてよ?」とリヒャルトが唇をなめた。手元の武器が妖しげに光った。
 桂馬が後方のスクワイアをふりかえる。
「そろそろ駆除を開始する。念のために下がっていろ」
 辰巳もスクワイアの安全を確認する。それから寿をみた。
「寿さん、念のために錬成強化をお願いします」
「了解した。それでは駆除を開始する」
 寿が錬成強化を発動する。
 能力者たちはそれぞれの銃器を構える。そして銃殺刑を執行する兵士のように一斉に射撃を開始した。
 銃弾の燃える雨にキメラたちの断末魔があがる。穴の中を銃弾が縦横に飛び回ってキメラを肉塊に変えた。

 こうして戦闘は一瞬のうちに終わった。
 辰巳と桂馬は念のためといって録音機器でポンプの音を鳴らしながら農場の周辺を回っている。
 寿と薙原は罠に使った穴を埋めた。血の海を野ざらしにすれば、死体をエサとして他のキメラが現れるかもしれなかった。
 薙原はふとおもっていった。
「キメラの血肉でここの麦は肥えるんだな」
「キメラは人間の血肉を餌とする。奪われたものをかえしてもらったということか」
 リヒャルトとグランはスクワイアを連れて廃墟にいた。
 リヒャルトは念のために内部にキメラが残っていないか警戒し、グランとスクワイアはポンプの状態を確認した。
 スクワイアはよしともらして笑った。ポンプは長年放置され、そのうえキメラにまとわりつかれたにしては状態がよかった。使用に耐えそうだ。
 グランはほっとして息をもらした。スクワイアの手をとった。
「‥‥農夫として戦う。‥‥スクワイアさん、あなたのような方がいることを誇りに思いますわ」
 それからグランはスクワイアを抱擁した。スクワイアも抱擁を返す。戦友にやったように。
「ありがとう。食料の生産は任せてくれ。食べ物の欠乏であんたらを困らせはしない」
 穴を埋め終わった寿がそのようすをみていておもわず声援を送る。
「夢への道は軍隊とは違った困難が伴うだろう。だが、貴方ならやり遂げると自分は信じる。よかったらもう一度握手を頼む」
 寿とスクワイアは固い握手を交わした。
 リヒャルトはそのようすに微笑みをもらす。透明な声でいう。
「知っている? 日本でもドイツでも歌や踊りで作物を実らせる信仰があるのよ」
 そういうとリヒャルトは廃墟のそとへ出た。夕焼けの空に向かって呟く。
「実り豊かな土地になりますように‥‥」
 リヒャルトの透明な歌声が荒野を渡り、空へゆるゆると昇っていった。