タイトル:キャッチ・ザ・デリバリマスター:沼波 連

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 5 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/19 01:35

●オープニング本文


 五大湖周辺のハイウェイを1台のジープと3台のトラックが走っている。輸送を代行する民間軍事会社のものだった。
 ジープの運転手が空へ視線をやり、感嘆の息をもらした。青空があまりに広くみえたからだ。運転手はバグアが撤退したからかとおもった。そうおもうと気分が良くなってハンドルをリズミカルに叩いた。
 助手席の男がいった。
「気を抜くなよ。ここはまだ戦場だ」
「もっともだな。だが、この空をみろよ。こんな清々しい空なんてそうそうないぜ」
「どこでもおなじだろう。邪魔者がいなけりゃどこだってきれいだ」
「だよな、だよな」
 助手席の男は運転手がはしゃいでるなとおもった。五大湖攻防戦の勝利がそんなにうれしいのかと感心した。男は今後の雲行きをおもうと不安だったが、それでもうれしくないといえば、嘘だった。その証拠にバックミラーで後続のトラックをみるとなんだかにやにやしてしまう。
 トラックの積み荷は五大湖攻防戦で戦った兵士たちへの補給物資だった。主に食料や医療品だが、なかには個人宛の荷物もある。
 助手席の男は兵士たちの喜ぶ顔をおもい、さらに兵士たちにはよく休んでもらわなければともおもった。一時の休憩のあとは戦わなくてはならないのだから。
 民間軍事会社の車は都市部へ入っていく。あちこちに戦闘のあとがある。無人の建物のいくつかは焼け焦げていた。いくつかは崩れていた。さらにいくつかは墜落した戦闘機が墓標のように突き立っていた。
 助手席の男はダッシュボードで身体を打った。運転手が急ブレーキを踏んだからだ。前方には痩せこけた人影がある。バグアから逃れて街に潜伏する難民だった。
 助手席の男は運転手に指示を出すまえに、難民の表情に目がいってしまった。難民の垢まみれの顔に恐怖が浮かんでいた。助手席の男が目を細めた。
 瓦礫の隙間から影が走って難民に食らいついた。難民は倒れ、もがき、アスファルトに血だまりをつくった。その首にはネズミのようなキメラが歯を立てていた。
「ゴウ、ゴウ!」
 助手席の男が発進を命じる。すでに運転手は車を出している。ジープがキメラをはねとばした。
 キメラは動きをとめる。そのキメラは瓦礫から影がさっとする。虫型のキメラが群がり、瞬く間にネズミ型キメラを白骨化させる。
 助手席の男はトラックに連絡する。先にいけと。そして自分はマシンガンをとって虫型キメラに浴びせる。効果は期待していない、せめて足止めになれば。
 しかし虫型キメラは銃弾を無視してジープに跳びかかる。運転手はジープをふってふりはらおうとする。そのなかで助手席の男はみた。トラックを追っていく虫型キメラの姿を。
 虫型キメラはトラックを追う。最後尾のトラックに追いつくとまとわりつき、タイヤに身をさらした。虫型キメラは潰れる。その液体に足を取られてトラックは路面をすべり、アスファルトにうがたれた穴につっこみ、横転した。
「チクショウ、おまえらの荷物じゃないんだぞ!」
 助手席の男は毒づいた。ジープはトラックを助けるために加速した。

●参加者一覧

白鐘剣一郎(ga0184
24歳・♂・AA
セシリア・D・篠畑(ga0475
20歳・♀・ER
荒巻 美琴(ga4863
21歳・♀・PN
シリウス・ガーランド(ga5113
24歳・♂・HD
並木仁菜(ga6685
19歳・♀・SN

●リプレイ本文

「‥‥ひどい有様ですね。そうおもいませんか?」
 並木仁菜(ga6685)がいった。並木はUPC軍用トラックの助手席に座っていた。
 軍用トラックは五大湖周辺の都市を走っていた。道路のあちらこちらが壊れていてトラックは揺れる。運転席のシリウス・ガーランド(ga5113)は昔とった杵柄という奴で運転に支障を来しそうな割れ目や穴を裂ける。ひどいところを抜けてから並木の言葉にこたえる。
「今はどこも同じようなものだ。もしひどくみえるとしたら、並木の心がそうさせているのだろう。並木は優しいのだ」
 トラックの荷台には白鐘剣一郎(ga0184)、セシリア・ディールス(ga0475)、荒巻 美琴(ga4863)が乗せられている。
 白鐘が運転席と荷台の境目を叩いていった。
「仁奈、ようすはどうだ。銃声は聞こえてきたか?」
 軍用トラックの荷台は快適ではない。壁の一部を倒すとベンチになるが、全体が幌に覆われて外はみえないし、エンジンの騒音がやかましくて、外の音もなかなか聞こえない。
「いいえ。それが銃声も何も聞こえなくて」
「そうか」と白鐘は荷台に戻る。「遅かったか」
 輸送トラックが襲われたという連絡によって駆け付けたものの、もう生存者はいないのかもしれない。
「‥‥あきらめないで」ディールズが能面のような顔でいってくる。「‥‥現場を確認するまでなにもわからない」
 ディールズの無表情は生来のもので絶望しているわけでも、徒労でくたびれているわけでもなかった。しかし荒巻は表情を取り違えた。
 荒巻は白鐘の肩を叩き、ディールズの肩を叩き、それから腰に手をやって元気よくいった。
「きっと大丈夫。トラブったのは民間軍事会社の人たちだよ。能力者じゃないけどボクらと同じ傭兵だもん!」
 さらに言葉を重ねようとしたとき、トラックが揺れて、荒巻は舌を噛んだ。
 白鐘とディールズは肩をすくめた。
 そのとき並木が叫んだ。
「みなさん、戦闘準備を!」
 並木の目は前方に向けられている。ビルとビルのあいだ、瓦礫と瓦礫のあいだから一本の煙が上っている。
 荷台では3人の能力者がそれぞれの得物をとる。
 運転席のガーランドはあるかないかわからない程度だけ眉を寄せる。
 並木が尋ねる。
「あの煙は一体なんでしょうか。もしかして難民のもの?」
「いや」と否定するガーランド。「あれは車の発煙筒に似ている」
「じゃあ」と並木は顔を輝かせる。「運転手さんも傭兵さんも無事なんですね!」
「やったね!」と荒巻も顔を輝かせる。荒巻は荷台と運手席の境目に耳を押しつけて会話を訊いていた。
「‥‥とはいえ我々の力が必要そうです」とディールズが超機械にふれながら。
「そうですね。でなければ自力脱出したはずです」と白鐘が刀に手をやりながら。
「‥‥荒っぽい運転で構いません。急いで現場まで」
 顔色を変えた並木が「ガーランドさん、GOGOです!」
 荒巻も一緒になって「GOGO!」
「善処する。ゆえに舌を噛まないよう気をつけろ」
 ガーランドはアクセルを踏み込む。今まで余裕を持っていて穴や割れ目を裂けていたが、すれすれの最短コースで走らせる。トラックのタイヤが瓦礫を踏む。トラックがジャンプした。
 荷台の能力者も助手席の並木もそばにあるものに必死に掴まった。
 並木の目がビルのひとつをとらえる。そのそばには横転したトラックがある。トラックの荷台は開き、荷物が路上に散らばっている。それらの段ボールや空き缶はかじられているらしく中身がこぼれている。
 並木の顔が一瞬だけ赤くなる。怒ってしまった。
「平常心を保て。でなければ死ぬぞ」とガーランドが刃物のような声で並木を刺した。それから「屋上をみろ、煙はそこからだ。こちらに気づいたようだな。手を振っている。数は3人だ」
 並木は取り乱したことを恥じた。隠すように大声で荷台へ叫ぶ。
「現場です。3人とも生存しています」
「このあたりで止めるぞ」とガーランドはいうなりハンドルを切った。トラックはターンしてちょうどビルの壁に車体を押しつけるようにして停まった。トラックの後部、荷台が生存者のいるビルのほうへ向いている。能力者たちが飛び出した。
 屋上から生存者、傭兵、民間軍事会社の男たちの声がふってくる。
「助かったぞお!」
「気をつけろ、ビルの中に虫みたいなキメラがいるんだあ!」
「屋上に籠城している。破られる気配はない。こっちに構わず倒してくれえ!」
 荒巻が手をふって応じる。
「よくがんばったね。もう少しの辛抱だよ!」
 屋上からふってくる声。
「ありがとう、少年!」
「ひどい。ボク、女の子だよ!」
「わりいわりい。髪短いし、胸が小さいからてっきり男かと‥‥‥‥へぶう!」
 言ってはいけないことをいった傭兵に荒巻の放った小石が命中した。
「‥‥負傷1名ですね」と能面のような顔でディールズを評する。頭痛を抑えるように額に手をあてながら白鐘がもらす。
「とはいえ彼らもさすが傭兵だ。よく持ちこたえた」
「さて」とガーランドはいった。「我らの任務を果たそう」
 能力者は一斉にうなずいた。
「下の階層から上の階層まで殲滅します」と白鐘。
「できるうるかぎり速やかにな」とガーランド。
 能力者たちはビルに跳び込んだ。
 ビルの壁面は攻撃で損傷を受けていた。ひび割れから光が注ぎ込む。水たまりのような日だまりがあちこちにできている。
 横の壁と正面の壁からの光の筋が交差して十字架のようになっていた。
 能力者たちはこの教会じみた空間には敵無しとみなして上の階層へいく。
 階段の途中が剥落している。先頭をいく白鐘は飛び越える。その瞬間、着地した地点が崩れるが前方に転がって逃れる。
 しかしそんな白鐘の目にかさかさというこすれる音が聞こえてきた。床に一面に散らばる虫たち。一斉に襲ってくる。
 白鐘の視界が虫で一面覆われた。
 その瞬間、白鐘の身体が黄金の輝きに包まれる。同時に刀が閃いた。
 ばさばばさと虫たちが床に落ちる。
 白鐘は刀を十字に組み合わせて構え、虫たちの第二の襲撃に備える。
 虫たちは空を飛び、黒い雲のように群がる。
 そこへ階下から稲妻が走った。ディールズの超機械による攻撃だ。
 さらに他の穴からは火線が走った。ガーランドと並木の攻撃だ。
 そして窓から暴風が入り込んで虫たちを蹴散らし始める。荒巻が三角蹴りで跳躍して2階から入り込んだ。
 能力者たちの連係攻撃が始める。
 虫でできた黒い雲はどんどん削り取られ、黒い霧となり、最後には黒い塊となり、そして荒巻の拳によって叩きつぶされて消えた。
 荒巻は虫の体液を壁で拭いながらいった。
「ちょっとだけ気持ち悪いかもね」
 一面にちらばる虫の死骸についてのことだ。
 能力者たちは屋上への階段を登る。扉をこじ開けるとエアコンの室外機がいくつも転がってきた。能力者たちは一瞬だけ潰されそうになる。どうやら屋上の室外機でバリケードを無理やり作ったようだった。おそるおそる扉から顔を出すとそこには傭兵たちがいた。
 野戦服にマシンガンの2人は汚れているものの元気そうで、寝かされていたもう1人は腕こそ吊っていたが、救援の能力者たちへ親指を立てる程度の気力はあった。
 ディールズは対象の生存を確認すると横転したトラックへいった。ガーランドもあとをおう。2人はトラックが再利用にたえるか調べた。
「‥‥これは無理」
「同意見だ。タイヤやエンジンは無事だが、車軸が食いちぎられている」
 荒巻がビルの2階から訊く。怪我人を背負っている。
「どう直りそう?」
「無理だ」とガーランド。「車軸が折れている。現地で直せるものではない。工場へ持ち込まなければ」
「では、俺たちのトラックへ大切な荷物だけ移すか」
 白鐘が2階から飛び降りていった。並木も同じように降りてくるが、一息でなくて何度か壁面で勢いを殺していた。
 傭兵たちと荒巻がようやく外へ出てくる。傭兵が荒巻に背負われた男、運転手をみながらいった。
「重要物のリストがある。それを優先してくれないか」
「‥‥手紙や医療品などのことですね?」
 ディールズがいうと傭兵はうなずいた。
 能力者と傭兵は動くほうのトラックに重要物を詰め込んだ。それらが終わると出発だ。
 ガーランドがトラックのエンジンを始動する。並木はガーランドを覗き込むようにしていった。
「無事助けられてよかったです。‥‥でもできれば難民の人も助けたかったです」
「我らに課せられた任務に難民の保護は含まれていない。帰り道にでも襲撃されたらどうする? 彼らは我らの足かせとなる」
「‥‥そんな言い方はひどいです」
「わかっている。だが、こちらにはそれだけの余裕がない。‥‥五大湖は解放された。じきに難民たちにもUPCの手が回る」
「‥‥はい」と並木はうなずいだ。それから顔をあげる。「そうですね。これで終わりってわけじゃないですもんね!」
 ガーランドは一瞬だけ口元をゆるめた。それから軽くうなずくとアクセルを踏み込んだ。
 荒れ果てた都市をトラックが走る。
 雲が切れて空がみせる。
 光が都市へ注がれた。