●リプレイ本文
「まいったね。犬の探索なんて。こんなのも自分たちの仕事なんだね」と物柔らかい外見の青年周防 誠(
ga7131)がいった。
「あんまり傭兵っぽくないけど人助けも悪くないよ」とツインテールの少女弓亜 石榴(
ga0468)がこたえた。
「‥‥犬の探索とは能力者が便利屋のようにおもわれているようですが、これも仕事です」と凜とした少女鳴神 伊織(
ga0421)が大人びた口調でいった。
「とはいえひどい話ですね。引っ越し際に置いていくなんて」と日本人形のような少女石動 小夜子(
ga0121)がいった。
4人はうなづいた。能力者たちはとある都市の住宅街にきていた。依頼人の元家に集まっていた。依頼人の少年から侍のような爽やかな青年白鐘剣一郎(
ga0184)と小麦色の肌の男デル・サル・ロウ(
ga7097)が犬の特徴を訊いていた。
少年は必死な口調でいう。
「ジョンは耳が垂れているんだ。シェパードみたいな格好なんだけど、なんか別の犬の血が混じってるとかで耳が垂れてるんだ。そこがかわいいんだけどお父さんは気に食わないらしくてよくブリーダーとかいうのに騙されたって‥‥」
白鐘はふむふむとうなずき、ロウは少しだけ眉を寄せた。
このあいだ弓亜は警察と保健所へ連絡を入れた。ひょっとしたら犬のジョンが帰巣本能で戻ってきて保護されているかもしれないからだ。いきなり押しかけていくとよい顔をされないので念のためにアポをとっておく。警察の交換手と話しながら白鐘とロウのほうを弓亜はみた。
白鐘とロウは立ち上がる。今まで少年の目線に合わせてひざを立てていた。犬の特徴を把握したので能力者たちは探索に入る。弓亜が白鐘に耳打ちする。
「ちょっと気になることがあるの。警察のアポをとったときにお偉方がでてきて『UPCもULTもまだ呼んでない』っていわれちゃった。なんか暗黙に縄張りを荒らすなって」
「今日の俺たちは犬探しの便利屋はずだ?」
「うん。そう伝えたけど納得してくれなかった。だからちょっと刺激してみたらポロってこぼれたよ。なんか人が突然燃え上がる事件が起こってるんだって」
「焦臭くなってきたな。としたらなおさら犬の探索を急がなくてはならない」
白鐘は少年をみて、弓亜をみた。弓亜はうなづいた。
「私は依頼主とここに残るよ。連れ回したら危険かもしれないし、ひょっとしたら犬もやってくるかもしれないしね」
任せたよと白鐘はいう。
ロウが全員に促す。無線機の動作チェックを確認する。ULTから貸与されたものだ。全員が電源を入れてテスト信号をロウが流す。それぞれが動作良好の応答を返す。
弓亜は少年のもとに残り、他の能力者たちはとりあえず保健所へいき、警察へいった。保健所には耳の垂れた黒い犬はいたが、どれもジョンではなかった。警察へいくと迷い犬や迷い猫の情報はあったが、どれも飼い主の届けであって、目撃情報ではなかった。
警察は慌ただしかった。能力者たちが情報を確認して警察署を出ると、ほぼ同時に止めてあったパトカーが出動した。
石動が眉をよせている。
「不穏な気配ですね。ジョンが上手く見つかるといいのですが」
鳴神がこたえる。
「なにかあるようだな。だが、まさか犬とは関係あるまい」
周防も会話に加わる。
「人間が戦争に犬を使う話はあるけど、バグアが使うとは聞いたことあるかな?」
「つまりどっちなんだ。わからないということか?」
ロウが突っ込みをいれると、周防は笑って誤魔化した。
白鐘がエヘンと咳をしていった。
「では依頼者の自宅を中心として探索に入ろう。なにかあったら無線で連絡してくれ」
能力者たちはパトカーのサイレンの音を聞きながら探索に入り、散開した。
一方そのころ、キメラアントは家々の屋上で待機していた。犬のジョンを追跡し、それに構う人間を狙撃する作戦だったが、いかんせん犬のジョンは機能しなくなってしまった。
ジョンは目の前で人間を焼き殺されてパニックになり、あちらこちらを走り回ったあげく、近所にも関わらず迷子になってしまった。今は住宅街のデッドスペースに作られた公園のベンチの下に潜り込んでいる。
キメラアントは公園のそばにある住宅の屋上で伏せていた。公園を見下ろせる位置だ。そばの道路をパトカーが通り、ついで救急車が、さらに消防車が通った。キメラアントは場所を移動すべきと考えたが、囮役の犬が動かないので移動できない。キメラアントは焦った。
キメラアントは犬を狙撃して脅そうかと考え始める。
しかしそこに作戦要項にある行動が発生した。
「ひょっとしてジョン! やっぱりジョンだ!」
1人の少年がジョンに公園の入り口に立っていた。顔を輝かせている。
その少年を追いかけるようにしてツインテールの少女が現れた。少女は腰に無線機をつけている。少女は無線機によびかけた。
「こちら弓亜。ごめんなさい。依頼人が飛び出してしまって。今近くの公園にいるわってあれ。‥‥‥‥なんだか探索目標がいたみたいで!」
少年はジョンをベンチの下から引きずり出して抱き締めた。しかしジョンは少年を頭で突き倒すと襟首を噛んで動かそうとした。その動きは弓亜には少年を保護するかのようにみえた。
反射的に弓亜は周囲を索敵する。ベンチ、木陰、滑り台、車止め、住宅、街灯、電柱。住宅だ。
弓亜はキメラアントを発見した。屋上に伏せている灰色のキメラアントと弓亜の視線が交錯する。
弓亜は無線機をとって仲間へ報告。『キメラを発見! 少年と犬を確保したあとに離脱するよ』
その言葉は途中までしか電波にならなかった。キメラアントが酸を投射したからだ。弓亜はとっさに横跳びして回避、身体は無事なものの、無線機の通話部に酸で溶けてしまった。
弓亜は前方へ上着を脱ぎながら前方へダッシュする。いつのまにかエミタが発動して髪が炎のような赤に染まる。せめてもの酸除けとして上着で少年と犬をくるむと強化された身体能力で抱き上げて走る。
キメラアントは狙撃を開始する。口にある長大な管から酸を投射する。
酸は弓亜の背中めがけて放たれたが、弓亜のほうが一瞬だけ早い。酸は地面に散った。
キメラアントは標的の身体能力を民間人よりも高いと推定する。建物から建物へ跳び移りながら照準を定める。どんな高速の存在も曲がる瞬間は速度を落とす。そこを狙うつもりだった。
はからずもキメラアントの予想通りになる。弓亜は角を曲がろうとした。キメラアントはその隙を狙って酸を投射した。
しかし住宅街の静寂を銃声が破る。キメラアントが酸を放った瞬間、その射線上に弾幕が形成された。無数の弾丸が酸をあちらこちらに飛び散らせ、標的への命中を阻んだ。
住宅の2階部分から2人の能力者が姿を現す。それぞれの手には硝煙をあげる銃があった。
「まいったね。キメラアントがでばってくるとはね」
「‥‥数が少ないのは僥倖って奴か」
周防とロウだ。
能力者たちは弓亜からの無線が入ると探索を即座に中断した。優れた身体能力を存分に使って建物から建物へ跳び移り、ショートカットして急行した。
キメラアントの正面左側の建物から金色のオーラが現れる。両手に刀を持った白鐘だ。1階部分の屋上から右手の刀を放った。
刀は回転しながらキメラアントへ飛ぶ。金色の筋を残しながら。しかし投げて使う武器ではないので狙いが逸れる。キメラアントはとっさに反撃に移る。
「攻撃の瞬間、そこが隙になります!」
一筋の光が走り、一瞬、かぐわしい匂いが散った。石動が屋根を走ってすれ違いざまにキメラアントを一撃している。
キメラアントは回避しようとしたものの、狙撃用の管を落とされる。管から酸の液をもらしながら苦悶の声をあげる。
「これで終わりです。さよなら」
春を押し戻して季節を冬に返すような少女の声。キメラアントの側面に鳴神が現れる。キメラアントの手足が落ちる。さらに鳴神はキメラアントに刀を突き立てると道路へ放り投げた。ぐしゃりと潰れるキメラアント、あたりに体液が飛び散り、しゅうしゅうと白い煙をあげた。
鳴神は最期の一撃を繰り出そうとする。鳴神のエミタがオーラをあげる。刀が血を求めるようにすすり鳴いた。
「‥‥紅蓮衝撃!」
キメラアントの身体は粉々に砕け散った。アスファルトにひびが走った。
キメラアントは倒された。犬は能力者たちによって獣医に連れていかれ、一応手当を受けてから少年に引き渡された。犬はいくつか外傷があったが、どれもふさがっていて、念のためにCTスキャンもとったが、特に異常はなかった。
しかし能力者たちは犬の首をわしゃわしゃなでている少年をみながら腹が立っていた。能力者たちは少年の親と連絡をとり、犬のことがなんとかなるようにとりなそうとした。しかし断られてしまった。石動や弓亜は少年に感情移入して食い下がったがなんともならない。白鐘もまた説得を試みたが、どうにもならない。さらにそこへULTから一報が入って能力者たちの気分を最悪にさせた。
『ULTのオペレーターです。これは内密の話ですが、あなたがたのチームに関わることなので伝えます。確保された犬ジョンの処理という依頼が出されました。もちろんその少年の両親からの依頼です』
石動は白い肌に血を上らせて絶句した。
ロウもまた険しい顔する。
オペレーターからの電話を取った白鐘も渋い顔をする。どう返答したものか。
ロウが口を開いた。
「誰もが知っているとおり人生は不条理だ」
能力者たちはうなずいた。孤児院育ちのロウがいうと納得できる。
ロウはひざをついて少年に話しかけた。厳しい顔をしている。その気配を察して少年もまた表情を硬くする。
「おまえには残念だが、その犬は処分されることになった。処分なんてのは大人のずるい言い方だな。不要者として殺されるんだ」
「!」
少年は絶句する。石動と弓亜がそんな言い方はあんまりだと反論しようとするが、鳴神と白鐘に止められる。まあまあようすをみようと周防がなだめる。
ロウは言葉を続ける。
「不要者は殺される。そうされも仕方がない。それがこの世界のルールだ。だがな、俺はこの犬ジョンと同じだから認めるつもりはない」
「どういうこと?」と少年は涙を目にためながら。
「俺は孤児院で育った」
「犬には孤児院はないよ」
「もちろんない。しかし仕事をするならば、生きる場所はある。お前が望むならジョンを盲導犬や介護犬の訓練所へ連れていこう。どうするかはお前が決めろ、飼い主のお前がな」
少年は犬の首に顔をうずめたあと、お願いしますといった。
能力者たちは犬のジョンを連れて高速艇でラストホープへ戻る。
デッキでロウは潮風を浴びていた。
周防が近づいてくる。長い髪を手でまとめながらいった。
「今回の依頼、後味悪かったな。まったくまいるよ」
「そうだな」
「でも、ロウさんのおかげで最悪最低にはならなかった」
ロウは沈黙した。夕焼けで輝く海面をみつめている。目が細められた。
「さあな。俺は知らない」
波が高速艇にあたり、はじけ、黄金のしぶきとなった。