タイトル:ザ・テンダーマスター:沼波 連

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/03/14 23:49

●オープニング本文


 とある寺の境内に人々が集まっていた。
 人々は甘い湯気のたつお茶をのみ、仏像にそれをかけていた。春はまだ遠く、桜など咲いていなかったが、梅のけなげなつぼみはほころんでいた。
 老人が多かった。多くの老人たちは孫を連れてきていた。孫たちは老人の茶飲み話が始まると、そうそうに退屈して、同じ境遇の子たちと遊び始めた。
 このように和やかながら閑散とした花祭りに一組の男女が混じっていた。2人は恋人同士でデートの最中だった。女の子が男の子の腕に頭をもたせかけるが、男の子は甘茶を渋い顔して飲んだ。女の子は、目を閉じて恋人の温かみと花の香りを楽しみながら、訊いた。
「‥‥ね、まだ気にしてるの」
「まあね。ずっと夢だったから」
 この春、2人は大学を受験した。女の子は一般の大学だが、男の子は防衛大学だった。男の子は軍人に憧れていたが、落ちてしまって、他の大学で勉強することになった。
「残念だったね」と女の子は甘くささやいた。女の子はうれしかった。男の子には荒事にむいてなさそうだったし、離ればなれになるのがいやだった。こんな時代だから好きな人のそばにいたかった。
「まあ軍人だけじゃないしね」と男の子はあいかわらず渋い顔をしていった。「警官になってもいいし、技術者になってULTで働いてもいいしね」
 その言葉は女の子を不安にさせた。男の子は察したらしく女の子の腰に腕を回した。
 女の子はおもった。どうしたらこの人をつなぎ止めておけるだろう。そのとき男の子の温かみが去った。女の子は目を開ける。1人になるとひどく寒さが身にしみた。
 男の子は転んだ子どもへ歩み寄っていた。膝をついて目線を合わせると、泣く子どもをなぐさめ、すりむいたひざの手当をする。砂利や土をぬぐって唾で濡らしたハンカチで傷をぬぐった。それから「痛いの、痛いの、飛んでけ!」とやる。子どもは泣きやんでいて、かごから抜け出た小鳥のように仲間のもとへ戻った。
 男の子は女の子のとなりへ戻る。男の子の何でもなさげな顔をみて女の子は、この人はとても優しいからとおもった。だから戦ってほしくない。一度戦場に立ったら戻ってこないだろう。
 女の子は男の子の手にふれようとした。そのとき子どもたちが騒いだ。
「あ、大きなワンワン、発見!」
「わあ、すっごいの!」
 女の子はなんとなく気分を邪魔されて手と止めてしまった。けれども改めて手を伸ばそうとした。そのとき空を裂くような鳴き声が響き渡った。女の子は驚いて声のほうをみた。
 境内の入り口に片眼の狼がいた。大型バイクほどの大きさがあった。潰れたほうの目から黄色の液を砂利に滴らせている。
 男の子は眉を寄せた。
「ただの犬じゃない。キメラだ」
 そういいながら男の子はキメラのもとへ向かう。キメラのそばには犬と勘違いした子どもがいる。走りながら男の子は女の子へ叫んだ。
「みんな、避難させてくれ」
 キメラは大きく口をあげてほえた。そばにいる子どもが腰を抜かした。子どもに牙が迫った。しかし男の子が滑り込んで子どもを抱きかかえた。
 男の子は逃げる。キメラは毛を逆立てて男の子を追いかける。
 男の子は子どもを遠くへ投げ捨てると、寺の裏手、霊園へ飛び込んだ。振り返ってキメラの追跡を確認する。男の子は避難の完了するまでの時間と助けの到着までの時間を稼ぐつもりだった。
 男の子は石を拾い上げると、滑らかなフォームで、キメラへ投げつける。
 小石は命中したものの、赤い障壁に阻まれて、威力を殺される。しかしキメラの興味を引かせるには十分で、キメラは墓石を吹っ飛ばしながら男の子へ突進した。
 キメラが咆哮をあげる。男の子は一度だけ女の子を思い出すと戦いへ気持ちを集中させた。

●参加者一覧

ドクター・ウェスト(ga0241
40歳・♂・ER
幡多野 克(ga0444
24歳・♂・AA
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
辰巳 空(ga4698
20歳・♂・PN
クラウド・ストライフ(ga4846
20歳・♂・FT
香倶夜(ga5126
18歳・♀・EL
ザン・エフティング(ga5141
24歳・♂・EL
聖・綾乃(ga7770
16歳・♀・EL

●リプレイ本文

 花祭りのお寺に狼型キメラが現れた。恋人と一緒に遊びに来ていた青年は狼型キメラを自分に引きつけさせると寺の裏手に誘導した。裏手には墓地があった。
 青年は墓石と墓石のあいだを走り抜け、時折、狼型キメラは石を投げて注意を喚起させた。狼型キメラは大型バイク並の図体を活かして墓石を吹っ飛ばしながら青年へ一直線に向かってくる。
 倒れた墓石が狼型キメラに踏まれて粉々になる。青年と狼型キメラが追いつ追われつするたびに墓地の有様が採石場に近づいた。青年は焦る。UPCやULTが来るまで囮になるつもりだったが、どうやらそう上手くもいきそうにない。青年は、墓地で一番大きなもの、5メートル近い仏像の前で立ち止まり、すぐに動けるようにひざから力を抜いた。
 狼型キメラは口から泡を吹きながら青年へ突進する。あの体当たりを喰らったらミンチだ、青年はそうおもいながら横へ跳んだ。紙一重で狼型キメラとすれ違う。
 青年の目は一瞬を捉えていた。狼型キメラは勢い余って仏像へ衝突したが、その寸前、頭部に赤い障壁が現れた。
 狼型キメラの頭部は仏像の根本にめり込んだ。仏像は安定を失って狼型キメラのほうへ倒れかかる。凄まじい音ともに土煙があがる。仏像は粉々になった。
 青年は目を細めながら状況を見守る。やったか。
 土煙から影が躍り出る。影は青年を押し倒した。
 青年の眼前に狼型キメラの牙が迫る。青年は頭の中をいろいろなことが駆けめぐり、恋人のことをおもった瞬間、腕を突き出した。青年の手刀が狼型キメラの喉奥を突いた。
 狼型キメラは飛びのく。そして舌で赤く染まった牙を拭った。飛びのいたときに青年の腕は牙に触れて裂けてしまっていた。
 狼型キメラはまだ立ち上がれていない青年に襲いかかろうとする。青年は墓石を伝って立ち上がろうとする。狼型キメラが跳躍する。
 地上に巨大な影が走る。それに他の影が交錯した。
 狼型キメラが吹き飛ばされて墓石を巻き込みながら横倒しになる。
 真紅の目をした青年、辰巳 空(ga4698)が狼型キメラから青年を守るように立っていた。
 青年はつぶやく。
「‥‥能力者ですか! ?」
 辰巳は油断のない視線で狼型キメラをにらみながらいう。
「遅ればせながら‥‥何とか間に合いましたね。では、この場は私達に任せてください」
 狼型キメラが起き上がって突撃してくる。辰巳は後手で救急セットを青年へ投げ、余っている手で獣突を放った。狼型キメラは粉々になった墓石のうえに再び転がった。
 境内のほうから声がする。
「少年っ、助けに来たぜ。仲間がそちらに助けにいくからもう少し頑張れよっ!」
 カウボーイのような姿の男ザン・エフティング(ga5141)だ。エフティングは自分の血を染みこませたスカーフを腕にまきつけ、狼型キメラの気を惹こうとしている。
 狼型キメラは目の前の新鮮な血肉と遠くの血肉を比べる。近くにいるほうはどうみても弱そうな生き物だが、そばに強力な生き物がいて恐ろしい。遠くにいるほうは血の乾いた臭いがする。まずいかもしれない。狼型キメラはためらう。
 この隙を辰巳は逃がさない。青年を肩に背負うと瞬速縮地で墓地から姿を消す。
 辰巳と入れ替わりに能力者たちが墓石の影から現れる。幡多野 克(ga0444)、香倶夜(ga5126)、聖・綾乃(ga7770)は大回りして境内の反対側から墓地へ侵入していた。狼型キメラを中心とした半円の陣形をつくる。
 狼型キメラは不利を察して方向転換、エフティングのほうへ駆け出す。能力者たちはそれぞれの得物を取り上げて追い立てる。エフティングはマタドールのように血染めのスカーフをふって境内へ誘導する。
 エフティングはおもった。予定通りだ。キメラを境内へ誘い込めた。エフティングは跳躍する。そばに生えてきた木の股に足をかけ、さらに跳躍、そして寺の屋根の上を走る。
 狼型キメラも三角蹴りをして屋根の上のエフティングに迫ろうとする。しかしその足が屋根に届く前に、
「けひゃひゃひゃ、現れたな実験材料め! 狼型のモルモットとして扱ってくれるわ!」
 というドクター・ウェスト(ga0241)の哄笑が響き、同時に閃光が走った。ウェストのエネルギーガンによる狙撃だった。
 境内ではウェストのほか、クラウド・ストライフ(ga4846)、ロジー・ビィ(ga1031)が待ちかまえていた。
 跳躍中ではさすがたのキメラも避けられず狼型キメラは半身を焦がしながら墜落する。その背後に能力者たちが迫る。狼型キメラは炭化した皮膚をばらばらと落としながら境内へ突っ走る。
 ストライフはビィにいった。
「行くぞ、奴さんのお出ましだ。気にせず突っ込め、もしものときは俺が何とかしてやるからよ」
「クラウド、頼りにしていますわ。‥‥ところでドクターのようすが」
「うぬぬ。一撃で倒せぬとは! 我がエネルギーガンのどこが悪かったというのか。研究が必要だ!」
 ウェストは結果が気に入らなかったようで武器いじりに熱中している。
 ストライフは邪魔なのでウェストを蹴倒した。何事もなかったような表情でビィといっしょに前へ出る。ストライフとビィの眼前に狼型キメラが迫る。
 狼型キメラはジグザグに高速移動する。それはさながら空を割る稲妻のようだった。
 墓地から狼型キメラを追ってきた聖がフォルトゥナ・マヨールーを抜いて連続発砲する。
 弾丸の1発が狼型キメラの右後足の付け根に命中する。狼型キメラは崩れ落ちた。勢いで地面を削るようにすべる。もう1発の弾丸はストライフの脇を通り抜けた。
 聖はおもわず気まずい顔をする。
 しかしストライフは平静に「よくやった。ナイスフォローだ」ともらす。
「逃がさないんだからね。あんたはここで倒れるってもう決まってるんだから!」
 香倶夜の叫び。墓地にいた能力者たちが次々と境内へ集結する。
 ストライフ、ビィ、幡多野が連携を始める。ストライフが大振りな攻撃でフェイントをかける。同時にビィと幡多野は狼型キメラの潰れているほうの目の側へ回り込んだ。ビィの刺突が狼型キメラの心臓をレーザーのように貫き、幡多野の斬撃が狼型キメラの首を落とした。
 狼型キメラは断末魔をあげるかわりに頭のない首から血を噴き出して息絶えた。
 戦いは終わった。香倶夜がいう。
「あの青年はどうしているのかな。辰巳さんが連れていったけど」

「バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!」
 青年は辰巳から手当を施され三角巾で腕を吊っている。その胸を恋人の少女がめちゃくちゃに叩いている。能力者たちの前ということもあって青年は恥ずかしそうにしている。
 青年は恥ずかしさを押さえ込むと無事なほうの腕で少女の頭を抱いた。耳元でささやく。
「そんなにバカバカいってるとカバになっちゃうよ」
 青年の胸に顔をうずめていた少女はキッとなる。ロケットのように跳んで頭突き、よろめいた青年に平手打ちを喰らわした。
 スナップのきいた一撃で青年は地面にひざをついた。
「心配したんだからねッもうお終いっておもったんだから!」
 一服しているストライフがおもわず吹き出す。唇から落ちたタバコを地面につくまえに受ける。
 エフティングがテンガロンハットのつばを下げながらいう。
「少年のやった事は勇気のある行動だが、君の事を心配している人が居る事を忘れるなよ。彼女にはよく謝っておけ」
 少女は再び泣き始める。過呼吸になりそうな気配だ。ビィがフォローに入る。青年に対してまずいう。「無茶をし過ぎてはいけませんわ。見極ることも強さの一つですわ」それから少女の涙を拭ってやりながら「ご心配ですわね‥‥お察しします。でも貴女と言う帰る場所があるからこそ、彼は強く優しいのだと思いますの」
 このビィの台詞は、図らずも、幡多野の用意していた台詞に釘をさした形になってしまった。代わりに幡多野はウェストへささやく。
「‥‥彼の行動は無謀にも見えるけど的確。‥‥もしまだならエミタ適合試験受けてみたらいいかも。‥‥彼女は更に心配するだろうけど」
「悪くないが、そればかりが手というわけじゃないね〜」
 ウェストは少年の手を取って特別なある弾を握らせた。
「君が共に戦いたい、地球を守りたいというのなら技術者にならないかね。これは我が輩が考えた電波吸収素材による対フォースフィールド弾。研究中ゆえ失敗も多いが、君にもノーマル(非能力者)が対抗できる術を探して欲しいね〜」
 少女がウェストをすごい目で睨んだ。おもわずびくりとするウェスト。それに聖が笑う。
「なにはともあれ、ご無事で良かったです」