●リプレイ本文
●つまみ食い
カンパネラ学園の食糧保管庫でUNKNOWN(
ga4276)は食料を物色していた。肉の缶詰と酒の小瓶を手にしてどちらを持ち出すか迷う。すでにフロックコートのポケットは缶詰やなにやらが押し込まれてボコボコになっていた。
UNKNOWNはふと物色の手を止めると、ガンマンのように銃を抜いた。保管庫の暗がりに無数の輝点が浮かび上がり、齧歯類特有の甲高い鳴き声が満ちた。UNKNOWNの鋭敏な視覚はこの侵入者が通常の生物でないこと、キメラということを捉えていた。
「‥‥この食糧保管庫は、私が先に目をつけたものだ。ネズミよ、お前達の好きにはさせん。ましてキメラならば、なおさらだ。ここは私のものだ」
黒服のつまみ食いの欲求とキメラの飢えが空中でぶつかり合ってみえない火花を散らした。
●見学者
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は仲間と一緒にカンパネラ学園を見学していたが、食堂に向かおうとして気がついた。
「UNKNOWNがいない。どこにいった。迷子か?」
アヤカ(
ga4624)は首を傾げた。
「知らないニャー。放送で呼び出してもらうかなニャ?」
「遊園地の迷子ではありませんから」と稲葉 徹二(
ga0163)はこたえた。「一足先に食堂に向かったのでしょう。食堂をのぞきにいこうって話のときにはいましたから、たぶん」
食堂に向かった3人が目にしたのは、
「復旧中 キメラによる設備破壊のため本日は休業します 生徒会執行部」
という張り紙だった。
学生たちが、
「研究施設からキメラが逃げたらしい」
「食料保管庫に追い込まれているらしい」などと言葉を交わしている。
張り紙をみて稲葉は「アヤカさんはネズミとか興味ありますよね?」
アヤカは歯を剥いて「本気かニャ? それとも、ひっかいてほしいのかニャ? ネズミなんて興味ないニャ」
「俺はある」とホアキン。
稲葉とアヤカが顔を見合わせた。ホアキンは言葉を続ける。
「キメラ退治だ。UNKNOWNが首を突っ込んだかもしれない。それに学生たちが対処するようだ。ドラグーンの戦い方はみておきたいものだ」
ちょっとお手伝いしてあげようかニャとアヤカはいい、先輩として一肌脱ぐのも悪くありませんと稲葉は同意した。
●学生
食料保管庫のまえで鯨井レム(
gb2666)は熱くなっていた。
「学園関係者とは言え、一般人である食堂のおばさん達が十分以上の動きを見せてくれた。ならばそれに応えずして何がドラグーンだというのか。カンパネラに誓って平和を取り戻す!」
水瀬 深夏(
gb2048)が鯨井の正義感の炎に油を注いだ。
「うんうん。困っている人を見過ごしたら漢がすたるってもんだ! さっそく突入してサーチアンドデストロイだ!」
シルバーラッシュ(
gb1998)と文月(
gb2039)は顔を見合わせた。やる気満々なのは結構だが、備品一杯の倉庫でがんばり方を間違えると、後の学生生活が残念になるかもしれない。
シルバーラッシュは手の平に汗をかいた。「は! 俺達に任せておけば問題なしだぜ、おばちゃん」と大見得をきっていたからだ。
やる気を適切な方向に向けるべく文月はいった。
「食堂が使えなくなるのは死活問題です。戦闘行う以上被害は必ずでますが、減少を図るべきです。そこまでやって一人前の能力者といえるのでしょう」
だなだなとシルバーラッシュがあいづちをうった。
鯨井は腕を組んで、それはぼくも考えたのだが、と始めた。
「敵は閉鎖空間にいるからガスを注入したり、室温を極低温に下げるのはどうだろうか」
シルバーラッシュがこたえる。
「そいつは難しいんじゃねえか。エアコンは温度保つためのものだろうし、ガスはすぐに用意できるもんでもねえし、そもそもキメラって身体能力は高いから効果はイマイチ? って感じじゃねえ」
「そうだろうな。人数が4人と少ないからいってみた」
食品保管庫という閉鎖空間で学生たちは多勢と戦わねばならない。食品保管庫の外に敵を出してしまう危険もあったし、戦闘の際に敵から包囲されてしまう可能性もあった。学生たちが手を考えていると、声がかけられた。
「猫の手も借りたいところかニャ?」
●戦闘
UNKNOWNの両腕が跳ね上がり、銃口がキメラの群をにらみつけた瞬間、食料保管庫の暗闇が外光に引き裂かれた。
「俺は入り口をふさぐ。ネズミはここから逃がさないから、安心して戦ってくれ。アヤカ、索敵を支援してあげてくれ。稲葉、きみは包囲されないように警戒だ」
「了解ニャ」
「了解であります」
UNKNOWNはよく覚えのある声を聞き取った。さらに見知らぬ声が響いた。
「では頑張っていきましょう(む、案外かわいいかも‥‥)」
「ったく、ちょこまか動くんじゃねぇ! あー、イライラする!」
SES搭載武器の攻撃音が食料保管庫を震えさせた。
「おーおー、いるいる。人間様の飯を遠慮なしに食ってるネズ公どもが!」
「抜かるなよ、シルバー。‥‥これは予想以上に手間かもしれない」
UNKNOWNの前方にいるキメラたちは焦っているらしく右往左往する。輝点が闇の中でふらついている。焦っているのはUNKNOWNも同じだ。仲間につまみ食いが露見しそうなこの状況でいかにダンディズムを貫くか考えながら、飛びかかってきたキメラに発砲した。
倉庫の奥から銃声が響いた。シルバーラッシュは仲間に呼びかけた。
「不明戦力が潜伏している。気をつけろ」
火に触れたような勢いで文月が警告を発する。
「ネズミ型キメラ、多数接近。この数では! 何匹か抜けます。後衛、逃さないで下さい」
文月のニーズヘッグファングが闇を裂き、フォースフィールドが瞬いた。
ネズミ型キメラは仲間の死体の上を乗り越え、文月の足下のかすめるようにして出口へ突っ走る。
前衛の文月と水瀬を避けたネズミ型キメラのまえにシルバーラッシュと鯨井が立ち塞がる。2人の得物、 洋弓「シルフス」 はすでに構えられている。
「この距離なら目鼻を射抜けるぜ」
「そういって外すなよ。念を入れろ」
2人の攻撃は見事命中する。が、安心することはできない。
「敵第二波、来ます。くう‥‥数が!」
両側を棚に囲まれた文月の視界に無数の赤い輝点が浮かび上がる。ネズミ型キメラは全戦力で一点突破を試みようとしている。
この数を倒しきれるか。さっきは抜かれた何匹を後衛が排除してくれたが、次は数が多すぎて上手くいかないかもしれない。どうすると文月が自問するあいだにもネズミ型キメラは迫ってくる。
「‥‥だったらこうすればいい!」
水瀬が解決策を示した。棚をおもいきり引っ張った。
棚がぐらりと揺れて文月が「あああ!」と悲鳴をあげるが、棚が崩壊して荷物がぶちまけられる音に紛れて消えた。
「あとは一網打尽!」
水瀬は胸を張って宣言、突然の移動障害に戸惑っているネズミ型キメラに飛びかかった。状況を察したアヤカ、稲葉もまた掃討に加わった。
能力者はネズミ型キメラを撃破すると、不明戦力の対処を行おうとした。食料保管庫に侵入時に聞こえてきた発砲音、これは未知の存在を示している。能力者は慎重に倉庫を探索し、落胆した。
倒れた棚に押し潰されているUNKNOWNを稲葉は発見してびっくりした。
UNKNOWNの手には銃があり、周囲に空薬莢が転がっている。
「なんでこんなところにいやがりますか!?」
「‥‥‥‥ふ、わからないかね。つまみ食いだ。ついでに人間ものは人間のものとキメラに教えてやったがな」
稲葉はとりあえずUNKNOWNのコートをふくらませている食料を回収した。
●事後
「結局のところ学食にはありつけたな」
青空の下でロサは満足そうにいった。
学生食堂は復旧中だが、生徒会執行部は学生たちを飢えさせるつもりはなかった。野外炊飯器具を用意して賄いのおばちゃんに使ってもらい、手隙の学生に仮設食堂を設営させた。
折しも抜けるような青空だったので、テントは張らず、草原にテーブルと椅子が並べられた。
ロサは閑雅な時間を楽しんだ。
遠くでは見覚えのある黒服が賄いのおばちゃんに混じって食事を支給していた。稲葉とアヤカのおしゃべりも聞こえてくる。
カレー系のメニューを選んだアヤカを稲葉が「腰を抜かしませんか」とからかっていたが、賄う側に回っている黒服に気づいて唖然としたようだった。
そのうちに今日知り合った人物が姿を現した。キメラを退治したあと学生たちは支援に謝意を示し、食料保管庫の整理と失われた物品の確認を行っていた。どうやら一区切りつけたらしく休憩のようだった。
席を探しているらしい彼らにロサは手を振った。
青空の下、ゆるゆると時間が流れていく。