●リプレイ本文
●01
曇天の下、輸送機が滑走路に着陸する。
空港の敷地で1人の子どもが空を見上げて、立ち尽くしている。
輸送機は降下する。空一杯に広がる輸送機、頭上をかすめるかのような低空飛行、全身を圧倒する轟音。輸送機の存在感に子どもが小さく歓声を上げた。
別の子どもがその子どもをつつく。エンジン音で声は互いに届かないが、言い交わす。
(「すげえな!?」)
(「すげえよ!」)
(「それはともかく今のうちにいこうぜ」)
空港のそばには物資集積場がある。ここは立入禁止だが、このあたりの子どもたちの遊び場になっている。
2人の子どもは物資集積場のフェンスの穴をくぐった。
1人の少女がこの様子を物陰から見ていた。その顔の左側には包帯が巻かれている。月城 紗夜(
gb6417)だ。
「穴を塞ぎに来たら、案の上だな」と独り言をもらしつつ、紗夜は仲間に無線を入れる。「フェンスの穴を確認している最中に子どもを発見。観客は現れた、芝居はいつ跳ねる?」
●02
「こんな天気なのに子どもは元気だのう」
ゼンラー(
gb8572)は紗夜の報告を受けてそう呟いた。
警備事務所の窓から見える物資集積場の空は灰色だ。今日は曇っていて暖かいとはいえず、その上ここはロシアで、さらにゼンラーは‥‥‥‥。
「さすがにこの寒さで全裸は‥‥!いやでも‥‥!依頼中だしなぁ‥‥ぬぅぅ」
名前から連想されるように全裸が信条らしかった。
唸っているゼンラーに対して色の薄い碧眼と顔の傷跡のせいで強面に見えてしまう男性、アレン・クロフォード(
gb6209)がいった。
「できれば服は着ていってほしい。判りにくいからな、襲撃するバグア兵に駆けつけた正義の能力者が全裸では。子どもが戸惑う恐れがある。今回は配慮が必要だ」
いいながらアレンは筆を動かしている。使用武器のバスタードソードのあちこちに赤色を塗って血の汚れを演出している。
「そうやね。今日は子どもに危ないってことを教える依頼だから」
ゼンラーは血塗り、塗料の入った袋を上着の下に接着し始める。
そこに扉が開き、3人の女性が入ってくる。
「がうー、出発なのらー!」と熊耳のようなヘアバンドをした熊王丸 リュノ(
ga9019)が元気よく跳ねた。
「‥‥洋服はなんだか着慣れません」と澄野・絣(
gb3855)が居心地悪そうに呟く。普段は和装だが、今日は輸送機搭乗員という配役なので作業服を着ている。
あら、それらしく見えるわよ、と同じく配役なので作業服の百地・悠季(
ga8270)がこたえた。
「というわけで」と悠季は続ける。「こちらは準備できたわ。もう物資集積場にいくつもりだけど、そちらは?」
「バグア役も能力者役もスタンバイOKだ。あとはそちらの班が子どもを集めてくれたら、芝居の幕を上げられる」とアレン。
これからやるのは子どもに危険性を教えるための芝居だ。リュノ、悠季、絣の3人で子どもを集め、そこをアレン、紗夜がバグアとして襲いかかって脅すのだが、ゼンラーが能力者として止めに入ることになっている。
本物の能力者がやるから本格的だが、防災の教材ビデオのような趣向だ。
「さっき連絡があってな、子どもらはもう遊んどるそうだ。そっちもいってきや」とゼンラー。
事務所を後にする3人の女性はどことなく楽しそうな雰囲気だった。悠季は子ども好きで、リュノは遊ぶのが好きで、絣と悠季は仲良しの関係だからか。
「‥‥ええのう」とゼンラー。「一緒に遊びたかったところだ! うらやましか!」
アレンも深々とうなずく。
「俺も子どもは好きなんだがな‥‥」
アレンは自分の顔を怖くしている一因、古傷をなぞった。
●03
鬼ごっこをしていた少年の1人が熊耳ヘアバンドの少女を発見した。
「なんだ? おまえ、見慣れない顔だな」
「がうー、リュノはリュノっていうの。引っ越してきたのらー」
「マジかよ」
少年は思案の表情になった。
このあたりの子どもはほとんどが採掘施設や空港で務める人々の子どもだからみんな引っ越してきている。最初は仲間がいなかった。
「よし!」と少年は大声を上げた。「おまえら、新しいメンバーを入れるぞ、一旦、仕切り直しだ」
あちらこちらから子どもたちがわらわらと集まってくる。
リュノは少年から子どもたちに紹介されて予定通り遊びに加わる。
新しいメンバーを加えて鬼ごっこが再開されるのだが、
「熊耳を追え!」
「ほら、あれだ、俺たちの仲間になるには社交辞令がいるのだ!」
「通過儀礼のこと?」
物珍しさも手伝って男の子たちはリュノを標的とみなして集中攻撃を仕掛ける。
「ちょっと卑怯じゃないの?」と女の子たちが抗議の声をかける。
鬼ごっこは男子VS女子の戦いになりつつあった。
●04
子どもたちの遊びは続いている。そのうちに1人の子どもが転んだ。子どもたちの中でも一番か二番に幼い子どもだ。
小さい子どもはすぐに泣くものだ。
この子どもの目にもすぐに涙が溜まり、決壊しそうになるが、そこに絣が現れた。
「大丈夫? ちょっとお姉さんに見せてごらん」
子どもの膝はすり抜けているだけだ。絣は清潔なハンカチで汚れを拭ってやる。それからまだ泣きそうな子どもに首を傾げた。
「あら。どうしましょうか?」
すると悠季が助け船を出した。
「とっておきのお呪いを教えてあげる」
悠季は膝をついて目線を子どもの位置に合わせると、痛いの痛いの、お山の彼方へ飛んでけーとやってみせ、子どもに真似するように教えた。
何度か唱えているうちに痛みに慣れたのか、子どもはにっこり笑った。
「お姉さん、ありがとう。魔法使いみたいだね」
悠季は口元をほころばした。
そのうち子どもたちが物見高い様子で悠季や絣のもとに集まってきた。リュノが誘導したらしかった。
膝をすりむいた子どもが目を輝かせて仲間にいう。
「聞いてよ、このお姉ちゃんたち、すごいよ! 魔法使いなんだ! 呪文を唱えたらパッと痛いのがなくなっちゃった!」
年長の男の子が、そんなのは放っておくと神経が痛みに慣れて‥‥などといったが、隣の女の子に蹴飛ばされて、黙った。
「お姉さんたちは一体?」とこの女の子が悠季と絣に尋ねた。「空港の人?」
「ううん。あたしたちは輸送機の作業員よ」と悠季。「今は次のフライトを待っているところ」
「すごいな! 飛行機の乗る人なんだ」と女の子が尊敬の眼差しで見た。
はいははいと男の子も目を輝かせて質問。
「ケーヴィーにも乗るんですか!?」
悠季、絣、リュノの3人は一瞬だけ互いの視線を交錯させた。目の色で「この勘の良さはなんだ」と語り合う。
「そ、そ、そそんなことはないよ」と悠季はお茶を濁す。
「輸送機に乗るから意外と見ることもありますし存外詳しいかも知れませんけどやっぱりよく知りませんよ本当に」と絣は早口でまくし立てる。
子どもはその不自然さには気がつかなかったようで、飛行機に関する質問を浴びせる。
●05
飛行機の類は家族の仕事に関わるからか、子どもの関心は高く、質問は鋭かった。悠季と絣の演技は困難を極めたが、上手く話題を転換して絣が横笛の演奏を聴かせることになった。
ちょうど便の切れ目だったらしく、曇天の空に、メロディが昇っていく。
が、それを打ち砕くように轟音が響いた。
コンテナの上にすらりとした人影が立っている。その左目はアイパッチで覆われている。バグア役の紗夜だ。
「物資集積場に人間のガキを発見、どうしますか?」
さらに轟音。
アイパッチの人物とは逆方向のコンテナの上に肩に剣をかけた男が着地した。剣が赤い色で汚れている。同じくバグア役のアレンだ。
アレンは子どもたちを見下しながらいった。
「よう、ガキ共‥‥こんな所で遊んじゃいけないって親に言われなかったかい?」
異様な雰囲気の2人組に子どもたちは困惑する。暴力の気配に怯えたのか、燃焼の子どもたちの目に涙が溜まる。
リュノが歯を剥いて前に出る。悠季と絣が止めるのも間に合わない勢いだ。
「がうー、なんなのらー。あっちいってほしのならー!」
「俺か? まあ‥‥強化人間てやつだ。知らないか? バグアの人間って言った方が解りやすいか?」
それまで子どもたちは互いに顔を見合わせていただけだが、バグアという言葉に震え上がる。
リュノは髪の毛を逆立たせるようにして叫ぶ。
「がう、そんなんじゃビビらないのらー」
「そうかよ?」
アレンはリュノの前に跳び降りると、魚の頭を落とす安易さで、バスタードソードを振った。
吹き飛ばされるリュノの小柄な身体。コンテナの壁面が噴き出した血で染まった。
アレンは血を拭うためか、バスタードソードを空振りした。飛び散った血が子どものほほに着く。
その子どもはワンテンポ遅れてへなへなと崩れるように膝をついた。
「紗夜、こいつらは皆殺しだ」
「Yes、sir」
子どもたちの悲鳴が上がる。
●06
「オラオラ、死ぬきで走らないと当たっちまうぞ?」
アレンはバスタードソードを振り回して子どもを追いかける。
「みんな、こっちですよ!」と絣は子どもたちを先導して逃げる。
「そっちはだめよ!」と悠季は殿で子どもたちがはぐれないように誘導する。
誘導するのだが、子どものうち何人かは好き勝手に散らばってしまうのだが、その行く手に紗夜が現れた。
「いけない子どもには罰が必要だ」
紗夜は覚醒のため、赤色に変化した目に暴力の色を浮かべる。紗夜のメタルナックルが構えられた!
だが、2人の間に悠季が割り込み、子どもをさらっていく。
悠季は逃げながら紗夜にちらりと振り返った。
(「ナイス足止め!」)
(「手際の良い回収で」)
安全上、子どもがばらけるのはよくないので、紗夜がフォローに回ったのだった。
紗夜は見送りながら腕を組んだ。
「本来ならば親や周りの大人が危険ってことを教えるべきだろうが」
●07
「‥‥出会った不幸を呪え!」
アレンは子どもたちを追いかけ、前方へ回り込むと最前の絣に向かってバスタードソードを振り下ろす。
肉を切る切断音が響く。はずだったが、代わりに金属の衝突音が空に吸い込まれた。
禿頭で筋肉質な体つきの男が刀でアレンの一撃を止めていた。
「ゼンラーか、こんな所まで追いかけてくるとは物好きだな。‥‥ククク、ガキ共を守りながら俺を殺せるか試してみろ」
つばぜり合いをしながらゼンラーは視線を走らせる。
「‥‥! なんでここに子供がいるんだ! 早く逃げろ馬鹿者!」
「よそ見してんじゃねえよッ」
アレンの蹴り。ゼンラーは体勢を崩し、そこにさらに蹴りを食らって吹き飛んだ。さらにアレンの追撃が迫る。
バスタードソードがゼンラーの身体を薙ぐ。
血が飛び散り、子どもたちの悲鳴が上がる。
ゼンラーは傷を押さえながら立ち上がると、アレンに剣先を向けながら、子どもたちに呼びかけた。
「俺は能力者! この程度の傷は問題にならない。食い止めるから、いまのうちに逃げるんだ。いつまでももたんぞ」
絣に先導されて子どもたちは逃げていく。
子どもたちを追うように金属の衝突音やSESの作動音が響く。
‥‥‥‥しばらくして剣戟を重ねていた2人はそれぞれの得物を収めた。
「これで終わったようじゃな?」
「そのようだ」
コンテナの上から紗夜が降りてくる。
「さっき敷地外に脱出したのが見えた。‥‥それにしてもなんて依頼だ」
「不満かのう?」
紗夜はゼンラーに厳しい目を向けたあと、八つ当たりは不当とおもったのか、そっぽを向いた。
「危険を教えるのは部外者の我々でなく、本来の子どものそばにいる大人たち、例えば、親の役目のはずだ。子どももそうだが、親にも本物のバグアだったら死んでいたということを理解してほしいものだ」
親の不足を問う紗夜にゼンラーは何度もうなずいた。
「もっともだな、とはいえ事情は親にもいろいろあるじゃろ」とゼンラー。「とりあえず俺らは絣ちゃんたちと合流するとしよう。芝居だったことを子どもらに知らせんと、トラウマになりかねん」
敷地の外に向かう3人だが、途中でアレンは何度も振り返った。
「どうしたのか?」と紗夜。
「いや、何か忘れたような気がするのだが‥‥」
それからしばらくして無人となった物資集積場で、倒れ伏したまま、小柄な人影が呻いた。
「‥‥が、がうー。もう終わったのなのらー? 終わっていいのなのらー?」
迫真の演技を見せたリュノはまだ死体の演技を続けていた。
いつのまにか空は晴れ、夕日に赤く染め上げられ、輸送機は家路に向かう人々を見下ろしながら飛び立っていく。