●リプレイ本文
僕の名前はユノ。
町の人はあれは母さんではないと言います。
でも母さんは僕を見ると「ユノ」と呼んだのです―――
○廃墟
―――其処は戦場となり人に放置されて久しい、灰色の濡れた廃墟が立ち並んでいた。空すらも灰色の雲に覆われ、雨粒が容赦なく地面を叩く。その雨音の中よく通る声が響く。
「ったく無茶しやがって、おーい、居るか?!」
久瀬 和羽(
ga8330)の声が濡れた廃墟にこだました。人のいないこの場所に、その声はよく響く。
「‥母親‥‥家族‥‥か‥‥僕は親を知らないけど‥‥‥ユノは、必ず守る。それで、僕も何かが見つかるかもしれないから」
シェスチ(
ga7729)が伏し目がちにポツリと呟いた。その手には輸血パックが握られ、小さく開いた穴からキメラをおびき出すための血が点々と付いていた。だが、この雨の中、それは滲んでしまっている。
「お母さんに会いたい気持ちは‥‥わかる。ボクも‥‥」
不二宮 トヲル(
ga8050)も辺りを眺めながら呟いた。
二人とも、共に幼い頃に肉親を亡くしているのである。
そんな三人を眺めながら、柚井 ソラ(
ga0187)が独り言の様に口を開く。
「彼女のように両親に傷つけられる思いを、ユノくんには知らないでほしいから。素敵なお母さんだけ、記憶に残せるように‥‥したいです」
その言葉に三人が「?」を浮かべると、ソラは、以前バグアに寄生された両親から逃げ出してきたという少女にあったんですよ、と笑った。
少し寂しくなる笑顔だった。
そして無線機を取り出すと、状況を確認すべく仲間へとつなげる。
―――輸血パックが引きちぎられ、地面を真っ赤に染め上げる。
「‥‥こんな日に、雨か」
ファルロス(
ga3559)がげんなりと呟く。一応屋根のある所にキメラをおびき寄せる為の血をまいたが、外は雨、しかも天井からは水がもって滴り落ちている。これでは匂いが薄くなってしまうだろう。
「キメラの後をつけるだなんて‥‥危険すぎるよっ! はやくみつけなくっちゃ」
クラウディア・マリウス(
ga6559)がそう言うと、その首筋に雨水が一粒滑り落ちる。彼女は小さく悲鳴を上げた。そこに月村・心(
ga8293)が唸るように呟いた。
「面倒なヤツめ‥‥確かにそれは母親なのかもしれん。だが今は‥‥人の敵、そして俺の敵だ」
それに、魔神・瑛(
ga8407)がああ、と頷く。
「俺たちは傭兵だ。提示された依頼を妥当と判断し、受けたからには可能な限り完全に遂行すべく行動する。ボウズの意見なんざ関係ない」
傭兵としては真っ当な意見である。
四人は血を巻いた場所を中心に、周辺を探索し始めた時、無線が入った―――
○僕の見たものは
僕の名前はユノ。
僕の身体に僕の記憶があるから、僕は僕なのだと思います。
雨に濡れた無機質なその場所を、ひどく不似合なものが駆け抜ける。雨に打たれながら、息を切らせ、小さく水飛沫を跳ね上げながら少年が走っていた。
だから―――
突如、聞こえた唸り声に反射的に足を止める。明らかに人のものではない、かといって犬や猛獣とも違う、もっと獰猛なそれは‥‥‥
「母さん? ‥‥」
ユノが呟くと同時に、物陰から現れた三体のキメラは躍動し少年に飛び掛かっていた。
「危ない!」
横から割り込み、和羽がユノを抱えて跳躍する。間一髪、三匹のキメラの猛攻を逃れる。
和羽は着地し深く息をつくと、
突如、力の入った眼でユノを見つめ、口を開いた。
「お前、今から起こる事から絶対目を逸らすなよ」
「‥‥え?」
突然現れたこの能力者に、少年が目を白黒させる。が、
「こいつの事、頼んだよっ!」
和羽はそう言うと、ユノを後ろに控えていた能力者達に預ける。
「こいよ。俺が遊んでやる」
そして、和羽が覚醒する。その横手から、覚醒したシェスチがS−01の鋭い射撃が跳んだ。雨が降っていなかったら猛烈な埃が立っていただろう。
攻撃されたキメラの内の一体がシェスチに牙を剥けて襲いかかる。それを素早く取り出したアーミーナイフで受け止め、暫く競り合う。
「‥‥‥!」
それを、トヲルに付き添われ見開いた眼でユノは見ていた。自然、トヲルの服を掴む手に力が籠る。トヲルはそれに答える様にユノの肩に手を回した。
その後ろでソラが無線機で他の能力者に現在地とキメラの数、ユノ発見の旨を伝えた。
その時、三体のうちの一体がの矛先が此方に向く。
『!』
それに気づくないなや、グラップラーの素早さを生かしトヲルがユノを抱え後退、そこにソラがアルファルを打ち込みキメラにダメージを与える。
「ユノくんの傍には絶対に近づけさせない‥‥っ!」
ソラが言ったその瞬間、
「星よ力を」
高い声が響き渡った。
更に声は続く。
「星の加護をっ!」
声とともに、能力者全員の武器に力が宿る。
練成強化―――
そこに、覚醒したクラウディアが現れた。
そして強化されたシエルクラインの弾丸が、更にキメラをユノから遠ざける。到着したファルロスである。彼は近寄りながら周囲に気を配りつつ発砲し、僅かな光源を使い、シグナルミラーで敵の目を眩ませ、隙を作る。
「―――じゃ、そっち頼む」
誰ともなく余りにそっけなくそう言うと、彼の背後から何者かが勢い良く飛び出した。
瑛と心である。各々クロムブレイド、サベイジクローを構え、攻撃に特化したダークファイター二人が一気にキメラに一撃を叩きこむ。
瑛はクロムブレイドを持ち上げると、ユノの方に向きなおり豪快な笑みを浮かべた。
「よう、ボウズ。そんな無謀なことをしていてよく今まで生きてたな」
心もユノに向きながら、ゆらりと立ち上がり、言葉を紡ぐ。
「お前はキメラに出会えれば母親に会えると思っているんだろう。別にそれは俺にはどうでもいいことだ。それに今なら事実だろう。だがこのキメラは‥‥放置すれば他の人間に被害が出る。俺たちはそれを未然に防ぐためにキメラを倒す」
「‥‥‥」
二人はそれだけ言うと、黙りこくるユノから視線をそらし前線へと向きなおり駆け出していく。
「僕は‥‥‥」
そうした能力者たちの姿を見る、そして闘いを見るユノの瞳が、ほんの少しだけ揺れた。
能力者八人にかかれば、獣型キメラ三匹を片付けるのは難しいことではない。
ダークファイターの心、瑛が前衛で攻撃を繰り出し、それをシェスチとファルロスが狙撃で補正、間に和羽が入り、調整、指揮を執る。
ユノに類が及ばないようにトヲルが付き添い、それをソラが補佐。誰かが怪我をすればクラウディアが練成治療をかけに行く。
「――――!」
瑛がタイミングを合わせ最後の一撃をキメラに打ち込む、ソニックブームによって攻撃範囲が広がり、それによりキメラが一体動かなくなった。うし、と一声息を吐く。
「先手必勝、強弾撃‥‥!」
確認するように口の中で技名を呟き、ファルロスがシエルクラインを撃ち放つ。命中したキメラは甲高い悲鳴を上げると、絶命する。
ソラがアルファルで敵を追い詰めた時を見逃さず、心が素早く両断撃、サベイジクローを最後の一匹に叩きつけ、
そうして敵はやっと沈黙した。
「‥‥‥‥」
敵が死ぬ所など、過激な所こそトヲルに目を覆われていたユノだが――――
戦場を見渡すその眼はどこか虚ろに、そして悲しそうに地面に落とされた。
○僕の母さんは
「怖いもの見せてごめんね」
敵が沈黙して後、雨に打たれながら、ソラがにこりと笑ってみせた。そして、ユノの前に、でもね、としゃがみ込む。
「お母さんは、ユノくんが危ない目に遭ってしあわせかな?」
そう言うソラの目は優しい。そして、ソラの言いたい事は酷く悲しい。
母親は、先程の恐ろしいキメラの仲間になってしまったという事。それが望もうと望まないと‥‥今の母親を追っていくのは酷く危険だということ。
けれど―――
「ユノくんが危なくなって一番悲しいのは、お母さんなんだよ?」
雨が冷たかった。
「これ―――」
シェスチが小さなパックのリンゴジュースをユノに手渡す。
「落ち着くから‥‥」
「‥‥‥」
ユノはそれを素直に受け取った。そんなユノの目を見て、トヲルが真摯に尋ねる。
「どうしてこんな危険な事を?‥‥」
ユノの言葉を聞こうと、真っ直ぐな目で尋ねる。真剣なその眼に押され、一瞬ユノはたじろぐが、それでもなお真面目なトヲルの目に答えるように、
「母さんは、僕を憶えていたんだ」
恐る恐る、口を開く。
「僕を見てユノって言ったんだ。憶えていたんだよ。本当なんだ。だって時間がたてば人は変わるじゃないか。でも記憶があるから僕なんだ。なくなったら僕じゃない。でも、母さんは憶えていたんだ。だからどんなに変わっても、それは母さんなんだよ。なのに、皆なんで―――」
違うなんて言うの?
そう言った時の眼はあまりに純粋に能力者達を貫いた。それにトヲルがゆっくりと首を振る。そして、それでもしっかりと言うべきことを言う。
「お母さんの記憶は亡くなった時で止まったまま。どんなにバグアがお母さんと同じ事ができても、それは過去の記録を繰り返すだけ‥‥それはもう、思い出と同じ。情報と同じなのです」
どこか辛そうに、トヲルが目を見て諭す。だがユノは、何故トヲルが辛そうなのか理解できていない。が、取り敢えず相手が苦しそうなのを見て自分も辛そうに顔をしかめた。
「お姉さん、どこか痛いの? さっきので怪我した?」
「‥‥‥」
ユノがトヲルを覗き込む。その視線を、トヲルはそのまま受け止めた。そしてユノはそ視線を、瑛に助けを求めるように送る。
「‥‥‥‥」
瑛は黙って視線を逸らした。
「あ‥‥‥」
続いて心に同様の視線を送るが、心は微動だにしない。
「ねえ、皆どうしたの? だって、だって僕の。僕の母さんは―――」
僕の母さんは―――
ユノの言葉が終らないうちに、クラウディアがユノを抱きしめた。
泣いている‥‥‥
突然の事に驚きながら、ユノがおろおろと言葉を探す。そして必死に聞いた。
「お姉さん‥‥泣いてるの? 何で? 僕が、母さん探すから? でも、母さんは」
母さんは―――
彼女のユノを抱く手に力が籠る。ユノが思わず言葉を飲み込んだ。そして、クラウディアがとつとつと言葉を紡いだ。
そうだね、お母さん生きてるかもしれないね。
でもね、もし生きていたらきっとお家に帰って来ると思うから‥‥
お利口にして待ってようよ。
キメラを追うなんて危ない事、お母さんならきっと怒ると思うよ?
大切なユノ君の事が心配なんだから
「‥‥‥‥」
クラウディアの腕の中で、ユノの力が抜ける。
ユノの目が、ファルロスに向けられる。ファルロスはユノの目をまっすぐ見て、ひとつだけ頷いて見せた。
クラウディアがゆっくりとユノを放す。するとシェスチがゆっくりとユノに言って聞かせた。
「今は、僕達の言ってることが納得できなくても良い‥‥でも、僕達の言葉は忘れないで‥‥‥いつかきっと、解る時が来るはずだから‥‥」
「‥‥‥」
ユノが澄んだ目でシェスチを見つめる。その間を、和羽がずいと割り込んで入ってきた。
「なあ、お前‥‥ユノって言ったっけ? この先何があっても、ありのまま受け入れる覚悟って、お前にあるか?」
「え?」
ユノのその反応に、和羽が大きくため息をついた。
「じゃあ覚悟ができたら、次は一人で行かないで俺達の所に相談に来いよ。手伝ってやれるかもしれないから」
「え? え? それって」
大人は笑うかも
もしかしたら、ユダになった人を取り戻せるかもしれない
それが、0・000000001%にも満たない可能性だったとしても―――
もしダメならその時は‥‥その時は、その時になったら考えよう。
和羽はそう思いを込め、ユノににっと笑いかける。前向きな彼女らしい考え方である。
そこで、ユノはもう一度八人の顔をぐるりと見渡した。
そして、少しの間逡巡すると、
「僕は―――僕は‥‥」
もう、キメラは追わないよ。
ぽつりと、ユノはそれだけ言った。
―――僕の名前はユノ。今母さんはいません。
町の人はあれはもう母さんではないといいます。でも母さんは僕を憶えていました。
だから、僕は母さんの帰りを待っています。
僕の母さんは―――母さんである限りいつか、きっと帰ってきてくれるからです。
○余談
任務を終えた能力者八人が、保護した少年を帰した後、調査と他のキメラが残っていないかの確認を兼ね、廃墟へと戻った時の事である。
崩れかけた廃墟の中に、女が一人立っていた。通常、ここに人がいる事はまずなく、ましてやこんな軽装の女性が一人で現れる事はほぼ皆無だ。
だが、突如現れた女は八人の前におもむろに歩いてくると、
「ありがとう」
とだけ言い残し姿を消したという。
因みに―――
ユノの母親はバグアに「拉致」され、「公式には死亡」と扱われている。またキメラと共にある所を発見されてから、寄生され、もう彼女ではなくなってしまっていると判断されている。
またバグアの生態については詳しく分かっておらず、宿主に寄生する寄生体とも「言われており」、その「人物の記憶を引き継ぐとも言われている」のだ。
その後、そんな場所にいる人を放置する訳にはいかないので、廃墟の中を八人はくまなく探したが、いくら探そうとも女の姿は確認できず、その姿は跡形もなく消えていたという。