●リプレイ本文
え? チャン・ジヒョがどんな子だったかって?
あの子はねぇ、そうだねぇ‥‥‥
明るい子だったよ、そうそう、あんたみたいな子だった。天真爛漫でくったくがなくって凄くいい子だったさ。‥‥背はもうちょっと高かったけどね。ああ、ごめんよ気にしてたのかい?
弾けるような音と共にショットガンの弾が派手に飛ばされた。運転席とは背中合わせになる形で単車の後車部に腰を下ろし、両手でショットガンを構えた月森 花(
ga0053)が反動に小さく身体を強張らせる。
「野良犬風情が‥‥道を開けなさい!」
覚醒した彼女が普段からは想像も付かない様程冷徹に言い放ち手際よく次弾を詰め込む。覚醒前、義理の父親との相乗りに「お父さんの背中は広くて大きいな」等と思っていた可愛らしい彼女とはもう既に別人である。そして容赦なく銃口を目標に向けた。
でもどっこい、若いってのに凄く成熟してたんだ。ああ、あんた程じゃあないけどね、そりゃ歳が違うよ。でもそうやって何処かマイペースな所があったから、もしかしたら気があったかもしれないね。
「こんな形で娘とタンデムとはねぇ‥‥おっと、お仕事お仕事、ですねえ」
背後の初めて見る義理の娘の覚醒に目を丸くしながらも、緩む頬を引き締め突風に髪を靡かせ嶋田 啓吾(
ga4282)が飄々と言い放ち単車を操る。一気にスピードを上げ乱暴に運転すると、砂煙を上げながら前方を走る保護対象のトラックの横に回り込んだ。そして、
「―――花君」
啓吾がなんとは無しにぽつりとそう合図したと同時に、絶妙な位置とタイミングを持って後部に座る花が発砲した。
それにね、結構美人だったんだよ。あら、そっちの奇麗なお嬢ちゃんは? ああ、能力者の一人? 一瞬西洋の天使ってやつかと思ったよ。それで背中に翼が生えてたらもう本当に天使様だね。
覚醒と同時に、霞澄 セラフィエル(
ga0495)の背中から白い三対の翼が現れる。座っていたクッションは汚れないようトラックの荷台の奥に押しやり、開けはなったトラック後部扉から洋弓アルファルを天向けて引き絞る。強弾撃、SESが活性化し、力が矢に集まって行く。
「荷物を運び、想いも運ぶ、‥‥いい仕事してますね」
落ち着いた目線で的に狙いをすまし、精神を研ぎ澄ましていく。放たれた矢は鋭い音を立てながら空を舞うキメラに向かっていった。
凄く親しみやすい子でね、でもとっても誠実で‥‥能力者の力を誇りに思う様な、そんな情熱的な子だった。でも冗談好きが災いしてか、お茶目な印象ばかりが残る子だったけどね。ん? どうしたんだいお兄さん?
「俺だったらこの辺で仕掛けるかな‥‥少し注意して進もうか。どう? 何か見える?」
トラックを先行する車の中、新条 拓那(
ga1294)が運転し、自身前方を気にしながら同乗者に語りかけ、無線機でトラックと互いに連絡を取る。
「―――こんな時代だからこそ、いったるでの皆さんの意気は応援します。荷物と一緒に思いを届ける、大切な仕事だと思いますよ」
と、どこかのんびりしていた眼が突如厳しくなった。後方車両、トラック、単車に乗る能力者達に一転した真剣な声で呼び掛ける。
「前方敵発見! 全員戦闘態勢!」
けど、任務となると冷静でね。いつもの気さくなあの子からは一変。感情を表に出す事無く、淡々と作戦を遂行する子だった。そうそう、丁度あんたみたいだったわよ。
上空のキメラを確認すると同時に、表情を引き締めた瓜生 巴(
ga5119)がトラック後部開口部から荷台の上へと鮮やかに身を躍らせる。荷台目がけて突進してきたキメラだが、セラフィエルの弓の攻撃で狙いが狭まれている為ある程度落下地点が限定できた。
巴は敵を見据え、落下地点を見定め、
「―――っ!」
ディガイアでキメラを受け止めると、そのまませめぎ合う。が、巴は深く息を吐くと、花と啓吾の単車がある車両後部へと跳ねとばした。
芯の強い子だったよ。口には出さなくても色々解っていたんだろうね。けど、お酒を飲んだ時だけ仲間にぽろっと本音を漏らす事があってね。
「‥‥どうしてこのお仕事をされているのですか?」
平坦な道の走行中、非能力者である運転手の身の安全を任された青山 凍綺(
ga3259)が助手席に座り問いかける。すると声を掛けられた男はハンドルを持ったまま「なんでだろうねぇ‥‥」と呟いた。
「生活の為って言えばそうだし、魅力を感じたって言えば聞こえはいいわな」
「‥‥そうですか」
一度会話が其処で途切れ暫く沈黙が流れる、そこに凍綺が「でも」と口を開いた。
「無事に品物を届けてあげたい。その想いはきっと同じですね」
お酒飲むといつも「故国の人間に会いたい、故郷の景色が見たい」って顔真っ赤にして飲み友達に絡んだり愚痴ったりしたらしいね。結構あれで、ホームシックになりやすかったみたいだよ。
「寄るんじゃねぇ!」
軽快な音を立てながら、崔 南斗(
ga4407)のSMGから連続して弾が吐き出される。トラック車両左側を獣型の犬の様なキメラが突っ込んできた。と同時に空からのキメラに奇襲にあう。空の敵には巴とセラフィエルが当たり、地の敵には南斗が弾幕を張った。
が、敵はうまく距離をとりつつ此方に飛びつく隙をうかがっている。だが南斗は上手く足元を狙い犬型のキメラを後退させ押しやっていく。距離が取れた所で強弾撃、有無を言わさぬ一発を打ち放つ。
年の割にしっかりしてて、「良く出来た子」だったさ。でも根は純粋だったんだろうね。ん? お嬢ちゃんどうしたんだい。え? お嬢ちゃんそれで十三歳!? ありゃりゃ、こりゃまたしっかりしてて、そうは見えないよ。
「私が迎撃します! 速度は落とさないで!」
トラックの前方、聖 綾乃(
ga7770)が拓那が発見したキメラに向け、車窓から身を乗り出すようにして銃口を敵に向けた。拓那とは以前から知っている仲だからだろうか、ぴったり息を合わせ的に照準を合わせて行く。
「アナタ達に‥‥この荷物を傷つけ指せる訳にはいかない!」
そう言って綾乃が引き金を引き絞った。
―――え? で、あの子が死んだ依頼の結果どうなったかって? 勿論成功したさ。感謝してもしきれないよ。何せ、その内容が―――
「キメラに侵入された学校に、逃げそびれて取り残されたあたしの娘を救って欲しい」
‥‥皮肉だろう?
リ・ミドはそう言って笑うと口を閉じた。
○荷物運搬中
能力者達が最初の襲撃にあったのは、まだ道もそれほど荒れていない割と平坦な車道だった。
敵はまるで此方を探る様に姿を現し襲いかかると、能力者の反撃にあいあっさりと退却してしまう。然し能力者達は深追いする事無くトラックを先に進めた。
やがてトラックは坂道に差し掛かる。この辺りからはキメラ出現の為人の手から離れ、荒れはじめた道がその顔を覗かせる。坂を上がった先は殆ど蛇行しながら進まなくてはならず、これもこの先の街の物資が滞りがちになる理由の一端である。
足場の悪い道を大いに揺れながらトラックが走る。その間も能力者達は各々警戒を怠らず、周囲に気を配っていた。
坂道も終盤に差し掛かり、蛇行路に出た頃である。
車両右側を警戒していたセラフィエルが声を上げた。
「獣型のキメラ発見! 攻撃します!」
トラックに乗り込んでいた能力者全員がそちらに注意を向けると、トラックの真上に突如現れたハーピーが運転席目がけ突進する。
「!」
トラック前方の車の中、それに気付いた拓那が鋭くハンドルを切ると、同車していた綾乃が拳銃を構えハーピーに発砲。数発かすり突進の威力は削がれたが、そのまま落下するようにトラックの運転席に突っ込む。
『!』
一同、一瞬息をのむが、
「こちらは大丈夫です!」
凍綺が蛍火で敵を受け止め威力を相殺。フロントガラスはすっかり割れてしまったが、運転手にもかすり傷程度で大きな怪我はない。
そうして居るうちにもセラフィエルが発見したキメラが此方に迫ってくる。それと同時に、後方、単車に乗る啓吾と花の方からも銃声が聞こえた。
「上空一体、右サイド一体、後方一体‥‥ですね」
巴がそう言いながらディガイアを構え、後方より花の銃弾をかわし此方に迫るキメラをタイミングよく薙ぎ倒す。薙ぎ倒されたキメラはもんどり打ち、すぐに体制を立て直すと横に跳び左側に回り込む。
すると、セラフィエルが弓で迎撃している右サイド、それから左サイドの両サイドに回り込んだ敵が、狙っていたように一気に突っ込んできた。奴等の狙いは、
―――タイヤ。
更に駄目押しで、ハーピーがもう一度運転席に突っ込もうとトラックから距離を取る。それを凍綺が蛍火を構え迎え撃つべく構えを取った。ここにうろつくキメラの之までの経験上、タイヤを潰せば車は走行不能になる事を知っているのだろう。トラックの中の能力者達が攻撃を迎え撃とうとした時である。その荷台の中を、酷く小さなすばしっこい生き物が駆け回り、鋭い前歯を付きだしセラフィエルに突進してきた。
「!」
間一髪それをかわすと、又翻弄するように車内を走り回る。いつの間にやら乗り込んだ、小動物型キメラだ。
「こいつが『核』か!‥‥」
突如現れたそれを目にし、南斗がそう確信するとセラフィエルが口を開く。
「これで私達を足止めしようという事ですね」
「‥‥そう来るかい。だが備えはある‥‥!」
南斗が呟くと、右サイドには既に前方を走っていた拓那の車が車体を寄せていた。
「くっそ、猪口才なぁっ! キメラが何匹連携しようが俺達の絆に叶うもんか!」
「貴方達の思う通りにはさせない!」
拓那が鮮やかに車体を振りながら車をトラックとキメラの間に滑り込ませ、綾乃が発砲しキメラを牽制する。やがて拓那が車を止めて躍り出ると、瞬天速でキメラに詰め寄り、ツーハンドソードで一瞬にしてとどめを刺す。
左サイドでは単車がトラックとキメラの間に割り込み、派手に弾をまき散らした。
「餌‥‥食い足りないんじゃない? 欲しけりゃ地べたに這い蹲ることね」
これ以上ないほど冷徹な口調で言い放つ花が、犬型キメラに更に餌、もとい弾をまき散らす。啓吾はといえばそれに何とも言えない笑みを浮かべつつ、それでも実に的確な位置へと娘をいざなった。
一方運転席では、再度突っ込もうとするハーピーに凍綺が衝撃に備える。然し今度はただ受けるだけではない。
勢いよく突っ込んだハーピーを運転手に届かない場所で食いとめ、すぐに刀を引き豪破斬撃を打ち込む。更に止めを刺す為に急所付きを打つ。
それとほぼ同時に、トラック内でセラフィエルが先手必勝、敵よりも素早く行動を起こし、車内のリス型キメラに弓を打ち込んだ。その隙を逃さず、巴が距離を詰めディガイアで確実に止めを刺した。
○お届けに上がりました
寂れた田舎町、戦禍に巻き込まれている様子はないが、入ってすぐに物資の乏しい事が解る村である。
車と単車は村の前に止め、全員トラックに乗り込み目的地を目指す。静かなその場所に、トラックのエンジン音だけが低く響いていた。
やがてそれが、小さな侘び住まいの前でゆっくりと停車する。
「ちわーす、いつもお世話になってます! 『いったるで』でーす!」
玄関先で運転手がいつものように快活にそう声を上げた。しばらく待っていると腰の曲がった老婆がゆっくりとその姿を現した。
「‥‥何の用だい?」
何処か疲れた様な顔、口にこそ出さないが、「用が無いなら帰ってくれ」と言わんばかりの態度である。その人物を見るなり、同国人の南斗がやり切れない様な、何かを堪えるような顔をしながら一歩前へ出る。そして、一度口を開け、閉じてから、そっと言葉を紡いだ。
「娘さんは‥‥」
「娘?」
老婆が怪訝な顔をする。その老婆を、南斗が真っ直ぐ見つめ、続けた。
「娘さんの御意志は、無窮の花の様に‥‥沢山の人の心に、咲き続けています。これまでも、これからもずっと‥‥」
そして、届け物を彼女の前に差し出す。
葉の葉脈がラミネートされた、遺品の栞。
それを見るなり今まで変なものでも見るような顔をしていた老婆が、頬でも打たれたかのような顔をし、それに震える手を伸ばした。そしてその頬に涙が伝う。
その手が触れた時、南斗の目からも涙が溢れていた。
「‥‥これも」
そしてセラフィエルが色紙を差し出す。
「これは?」
尋ねる老婆に、巴が視線を地面に向けながらそっけなく呟く。
「彼女に救われた後輩達の寄せ書きです」
そこには、確かに彼女の成したものが、彼女の意思を引き継いだ後輩達の感謝の言葉と力強いメッセージが綴られていた。事前にセラフィエルが集めておいたものだ。それを見て老婆が寂しそうな顔をすると、花が口を開いた。
「彼女が守った後輩達、そして‥‥様々な思いを胸に秘めて闘うボク達傭兵、上手く言えないけど、見えない何かで繋がっている気がするの」
花がしゃがみ、老婆の手を取り笑顔で言う。
「だから‥‥『悲しまないで』」
「‥‥‥」
そんな花の、娘の姿を、無言で眺めているのが啓吾である。そして思う。
彼女がいなくなったら自分は失意に沈むだろう。
だが、そんな自分を彼女は望まないだろう。―――そして
逆に自分が死んだら、彼女にはそれを乗り越えて欲しいと思う。
「さあほら、泣かないで下さい」
そう言って気さくに声を掛けたのは拓那だ。
「きっと彼女だって、お母さんに失意に沈んで欲しい訳じゃないでしょうから」
啓吾が思っていた事を何の意図も無くそのまま口にし、老婆の横にちょこんと座りこんでいる。そこに綾乃が「あの‥‥」と切り出した。
「―――ジヒョさんは、敵の作戦で思いもよらない数の敵に囲まれて‥‥救出する女の子を新人の能力者に任せ、自分はその足止めをする為に一人現場に残り退却する事無く敵を倒したそうです。経験の浅い人達ばかりだったから、そうしなければ犠牲者がもっと多く出ていたからって」
綾乃がそう語る。
「経験を積めば、この子達もきっと良い能力者になるからって、自分達をそう見込んでくれていたからって、皆さんそう言っていました」
「そうかい‥‥」
老婆が、手の中の栞を見詰めながらとても暖かい声でそう言った。その栞を眺め、凍綺が尋ねる。
「その、‥‥栞は?」
「これかい?」
尋ねられ、老婆は一度凍綺の顔を見た後、すぐ側に生えている貧相な木を見上げた。
ああ、
その時点で、その場に居る能力者全員が納得する。
その木に生えている葉は、栞の葉、それと全く同じ形をしていたのだ。
風が吹き、木から一枚葉が舞いあがる、それは暫く空を舞ったかと思うと、
それは母親と能力者達の前を横切り、栞に重なる様にそっと舞い降りた。