●リプレイ本文
人々が閉じ籠り閑散とした郊外の住宅地の空に、人工的な明かりが強く光った。
合図である。
●正義の理由
「見つけやがりましたか」
光った方向に緑の相貌を向け振り返り、シーヴ・フェルセン(
ga5638)が呟く。
「―――よし、現場に急ぐぞ」
藤枝 真一(
ga0779)もそちらに視線を向けていた。
能力者がこの現場に到着したのはほんの数分前である。ひと括りに現場、といってもその捜索範囲は街一体なのだ。能力者達は照明弾を持ち二手に分かれ目標の捜索を開始した。
自体は一刻を争う。SES武器も持たない非能力者の少年が、生身でキメラに戦いを挑んでいるのだ。そんなものまずただで済む筈がない。二人は素早く目標の地へ赴こうと走り出す。烏莉(
ga3160)ルード・ラ・タルト(
ga0386)も後に続いた。
●正義の到着
「ピンチの時は仲間が助けに来る、正義は常に勝つのだ!」
「こんなの(相手にするのは)無理!」
瞬天速で一瞬のうちにキメラと茂吉の間に入り込み、頭から血を垂らしながら笑う茂吉の腕を取り素早い動きで敵から距離を取る。一定の距離を取ったところで茂吉の手を放し、肩で息をしながら軽井 羽澄美(
ga4848)は言った。
「し、死ぬかと思ったぁ」
人心地つくと、移動時にシアン・オルタネイト(
ga6288)に渡された照明弾を空に打ち上げる。
―――これでじき仲間が到着するだろう。
幸い、人々はこの獣の様なキメラに怯え自宅に閉じこもっている。よって辺りに人はいない。だがそれでも流れ弾が民家に飛び込む事等の懸念から、どうしても行動に慎重さを求められる。
羽澄美が照明弾を降ろすと、鬣を揺らしたライオンの様なキメラが茂吉目がけて駆けだし跳躍していた。
「!」
一瞬反応が遅れた羽澄美の手から離れ、茂吉が前へ出ようとする。
「さあ掛って来い悪の手下!」
「駄目!」
羽澄美が叫ぶと、すぐ横から紅と呼ばれる日本刀を持ったシアンが飛び出しキメラの攻撃を受け止めた。覚醒した彼の手からは青いものが吹きあがり、その顔は戦闘に対する興奮に生き生きとしている。が、茂吉の顔を見るなり力強く叫ぶ。
「茂吉君! 今は俺らの指示に従ってくれないか!」
それと共に、間髪入れず鋭い弾丸が空を貫いた。崔 南斗(
ga4407)がスコーピオンで援護射撃。それをキメラは唸り声を上げながら後退しかわしていく。
「おい! ここじゃあ道も狭けりゃ民家多い。被害がでかくなるからな。ぼちぼち場所を変えて行くぞ!」
南斗が的確な指示を出すと、羽澄美は小さく頷き茂吉をドクター・ウェスト(
ga0241)に引き渡した。
「待て、俺も」
付いて行こうとする茂吉の腕をウェストががっしと掴む。ん? と茂吉がそちらを振り向くと、
「けひゃひゃひゃ、我が輩がドクター・ウェストだ〜」
見ようによっては悪の博士とも取れなくないその迫力に、少年の頬がひくりとつり上る。
「君にはやってもらう事があるからね〜この手は離さないよ〜、おおう!?」
突如、シアンと南斗の攻撃に足をもつれさせ倒れこんできたキメラから、ウェストが有り余る生命力で茂吉を体で庇う。心配する茂吉をよそにもそもそと起き上がり、
「その程度では我が輩の眼鏡は壊せないね〜」
眼鏡?
眼鏡!?
突如現れた能力者達に、茂吉は唖然と口を開いた。
●正義の大集合
南斗が場所をかえると指示を出してから、直ぐに別れていた能力者達が集まる。
辿り着くなりルードは声高に言い放った。
「待たせたな! 王が来たからにはもう安心だ! お前が『しげきち』か?」
「『もきち』です!」
「よいかしげきち、ここからは王の戦いだ。大人しくそこで見ていろ!」
「もきちですって!」
「我こそはたそがれの王。正義の使者とやらに変わり、私が相手をしてやろう!」
茂吉が突っ込むがルードは気にしない。覚醒し、全身が光り、頭に金の王冠の様なものを浮かばせ、それが赤く光るとそのまま臨戦態勢に入る。
「基本骨子、構成材質‥‥解明。練成‥強化」
その隣では淡い緑の燐光を発し、左腕に電子文字を浮かばせた真一が自分の武器を強化している。強化した刀を構えをそのままに、真っすぐな瞳を此方に向けた。
「?」
茂吉が解らず、瞬きをすると、真一言う。
「俺は‥‥戦場で拾われた。俺を拾ったそいつは、戦士だったんだろうが、普通の人間だった。‥‥俺を見捨てて逃げれば、そいつは楽だったんだろうが、そうはしなかった。その時から、俺は正義の味方に憧れている‥‥。俺は、人を救いたいと純粋に思う、その気持ちが綺麗で憧れたんだ」
「‥‥」
茂吉の胸にずしりと、何かが響いた。
「あ、あの」
「それからどうせ正義の味方をやるなら、人知れず行ったほうがいい」
「え?」
「何故なら‥‥その方がカッコイイから」
「ええ!?」
「―――話しは後だな、いくぞ」
「‥‥」
何か言おうとし、結局何も言えず茂吉は黙って俯いた。
「真一さん! 俺一人じゃこのまま逸れて民家に突っ込みます。サイドから援護をお願いします!」
前衛で之までずっと道を誘導する為キメラを牽制し続けていたシアンが叫んだ。いったん茂吉から離れ、真一は鋭くそちらに向く。
と、
「茂吉!」
「!」
突如名を呼ばれ、声のした方を向く。キメラの一番近く、シーヴが両手の甲にルーン文字を浮かび上がらせ、赤く染まった目でキメラを強く見据えながら言う。
「茂吉、倒してぇのは『このキメラ』でありやがるですか?」
このキメラ?
彼女は今目の前に居る「このキメラ」に自分は拘っているのかと、そう聞いているのだろうか。
自分は、
「このって、俺は、ただキメラという悪の手先を―――」
しどろもどろに話す茂吉を彼女は一瞥する、が、すぐ又キメラへと視線を戻しシアンの援護に回る。
「違ぇなら今回は黙ってみときやがれです」
厳しい目をキメラへと向けたままのシーヴを見ていて、
―――見て
自分は見ているだけで。
茂吉の中の何かが激しく駆り立てられる。気が付いたら叫んでいた。
「待てよ! 俺にだって出来る事があるんだ! あんたらの手伝いが出来るんだ! 頼むよ、俺にも―――」
茂吉が前線に、一番キメラに近い位置に居るシーヴ目がけて走りだす。
「‥‥‥」
それら全てを冷たく傍観していたのは鳥莉である。今の今まで黙っていた彼が、素早く茂吉の背後に回り両手を固めた。
「任務の邪魔だ。眠っていてもらう」
「!」
圧倒的なまでの力の差。これまで学んできた体術だのなんだのの何一つこの男に通じる事無く、自分はただ無力である。だが、
―――今この男がやろうとしている事も又正義である。
任務をこなす為の、何処までも現実的な正義。
鳥莉の拳が後頭部に落ちる。そう思ったその瞬間。その拳が曲った。
「‥‥!」
茂吉に落ちる筈だったその拳は、割って入ったルードの拳を受け止めていた。
「愚かもの! 能力者の力で一般人を殴る者が何処におる!」
「‥‥加減はする」
「だが、万一間違えたら―――」
その光景を、茂吉は呆然と見ていた。もう、呆然とするしかなかったからだ。
この二人、行動原理こそ違い今ここで衝突しようとも、結局目的や思っている事は同じなのである。
この二人だけでは無い。此処に居る全員が、今、やろうとしている事はキメラ退治と、それと‥‥
―――自分を助けようとしてくれているのだ。かくんと腰が抜ける。
「‥‥解った、俺、もう大人しくしてる」
へなへなと、力が抜けるようだった。
そして、座り込み項垂れた。
座り込んだ地面が冷たい。己の無力を付きつけられたような気がしたのだ。
が、そこにウェストが何やら楽しそうに寄って来て、
―――少年にそっと何かを耳打ちする。
と、同時に少年の眼が驚きに見開かれた。
参った。
此処に居る能力者は、皆、それぞれの正義の味方なのだ。
●正義の味方
すぅ、と大きく深呼吸をする。そして、それを顔の傷につける。
「うああ!」
「きゃー! 消毒液が目に〜!」
慌てて目を洗浄させるのは羽澄美である。怪我をしている茂吉を一通り手当すると、その顔を見つめた。この少年はエミタ不適合。
(「やりたい事と出来る事って違うのかなぁ‥‥」)
看護師を夢見る彼女は、消毒薬を救急箱に戻しながらぼんやりと考える。それに対し、自分はたまたま能力者として適合されただけ。
「御免なさい」
「?」
薬をしまい終えると、不思議そうな顔をする茂吉を残し、彼女もすぐに戦いへと赴いた。
能力者達は、グラップラーの羽澄美、ルードが進行方向を決定し遊撃。キメラを引きつけさせ、それを南斗と鳥莉の二人が援護射撃で支援し、真一とウェストが茂吉の援護を、ファイターのシアンとシーヴが前衛でキメラを牽制しながらキメラを開けた場所へと誘いだした。
集まった能力者の実力を考えればこのキメラを倒す事自体は決して難しくないが、問題は此処が郊外の住宅地である、ということである。
今来たこの場所、新しい家の建設予定地のここでも、余り派手に戦えば住民に何がしかの損害を被らせるだろう。
「やっかいだな、こういうの」
紅を構えながらシアンが呟く。手数でキメラを圧倒し、隙を作る様にフェイントを織り交ぜる。
「!」
フェイントをかわしたキメラが目標をシーヴに切り替え突進する。大剣を構え身構えると、其処に鳥莉が数発発砲。キメラを後退させ間合いを取る。
そのすぐ横から、キメラの足を狙った雨の様な弾丸が降り注いだ。南斗のSMGが更にキメラを能力者から遠ざけた。
「この広さなら十分なのだ〜」
丁度敷地の真ん中あたりにキメラを追い詰めた所で、ウェストが声を上げる。
それと共に、何かを了承していたかのように南斗も覚醒を解いた。
そして、ウェストの横には非SESの銃を構えた茂吉が立っている。
「銃の扱いは!?」
南斗が大声で尋ねる。
「一度だけ!‥‥‥」
何所で憶えたものか、慣れない動作だが間違ってはいない、それを確認すると南斗も非SESの銃に事前に渡されていたウェストのカーボン弾を込めた。
だが、茂吉の手元がみるみる危うくなっていく。そこに、茂吉を援護していた真一が近寄り声を掛けた。
「正義の味方ってのは、倒す倒されるって事じゃない‥‥。だから、君の父親はキメラに挑んだんだろ? お前に出来ること、自分にとっての最善を尽くせばいい」
―――今の彼に、必要な言葉だと思ったのだ。
一瞬、茂吉が真一の顔を見るが、それが下にさがると今度はしっかりした手つきで銃に弾を込めた。
そうだ、真一の言う通りなのだ。「全部」彼の言う通りなのだ。だから、このチャンスを逃してはいけない。
先ほどウェストが茂吉に耳打ちした言葉。
「さて、やる気があるなら、我が輩の実験に付き合ってもらおうか〜」
その内容は、
是非も無いものだったのだ。
カーボン弾
弾頭に電波吸収素材を使用することで、フォースフィールドを突破する弾丸。非SES搭載銃器での使用を前提としたウェストによる実験中の武器である。
一発目を、茂吉が射撃する。
命中、が、球はフォースフィールドとぶつかり合うなり弾かれずに「粉々」に霧散した。
二発目を、南斗がより正確な射撃で打ち込むが、こちらも同様の結果である。
結果は失敗だが、その結果をウェストは冷静な目で観察していた。
「ま、相手だって馬鹿じゃねえんですから、そう簡単にはいきやがりません」
結果を見届け、シーヴがまた前へと駈け出した。シアンもそれに続き、鳥莉が動き出したキメラの足元に無言で数発射撃、南斗も再度覚醒しSMGを構えなおした。
「こ、怖くなんてないっ」
ルードもそう言いながら、射程ぎりぎりでキメラに発砲する。
その後は一瞬である。
鳥莉と南斗が的確な射撃でキメラの足を狙い、それに便乗してシアンが紅で隙を作り、羽澄美とルードが攪乱、シーヴが大剣で豪破斬撃、流し斬り。
あっという間に一匹の獣は地へ沈んだ。
強い。
シーヴが大剣を持ち上げると真っ直ぐな目で此方に向き、唐突に茂吉に言い放つ。
「茂吉、勝負しねぇです?」
は? と茂吉が間抜けな声を出す。
「まだ駆け出しのシーヴに勝てねぇなら、キメラ相手は死ぬです。親父が護ろうとしたモン護りてぇです? シーヴ、親父は無意味に過信で戦ったんじゃねぇと思うです。茂吉、自分がキメラに勝って、親父の行動認めさせてぇじゃねぇです?」
さもありなん、といった様子で言うシーヴに対し、茂吉は目を白黒させた。同じ調子で、シーヴはこう付け足す。
「勘でありやがるですが」
勘?
嘘だろう? 茂吉が困った様な顔をした。そこに羽澄美が此方に近寄り、何も言えなくなるほど解り易く尋ねる。
「何でですか?」
「何でって」
「せっかく頑張っているんだから、もっと目のある生かし方を考えましょうよ」
せっかくって‥‥ちらりとキメラの死体に目をやると、ルードが口を開いた。
「これが戦い、殺しだ。正義の使者には向かん。お前はお前にしかできぬ事をしろ。そうさせる為にお前の父は戦った。私はそう思う」
そうしてルードは己の血に汚れた両手を此方に差し出した。
茂吉の顔が歪んだ。
―――弾を込める時の真一と言い、さっきからこいつらは「知っている」のか?
あの日、キメラが現れ、父がUPCに通報し、そして退避しようとしたその道の向こうには‥‥
「幼稚園があって、自分がどいたら皆死んじまうからって、それで―――」
何でそんな無謀な事を、
認められなかったんだ、あれより弱いんだって―――
弱いくせに
正義の味方気取っちゃって
一同、一瞬驚いた顔をしたがすぐに「やはり」と言いたげな表情になった。すっとシーヴが前に出る。
「けど茂吉。強い想いは力を生みやがりますが、それだけじゃ現実は変わらねぇです。自分のギリ見極め、生きてその力活かしやがれです。誰も無力なんかじゃねぇです」
それに、シアンも頷いた。
「うん、戦い方は一つじゃないんじゃないかな? 茂吉君や俺らはさ、沢山の人に支えられてるんだよ。多分、戦う事だけが強さを確認する手段じゃないと思う」
「‥‥」
鳥莉は何も言わず、気が付けばただ真っ直ぐ茂吉を見ていた。
其処にゆっくりと煙草の煙を燻らせながら南斗が一人言の様に呟く。
「お前さんがもし、俺達が到着する前に、皆の避難を指揮したり不安がる子供を元気付けてくれるなら、俺はどんなに有り難いか知れない。そうしてくれる人は俺達能力者にとって、嬉しい、頼りになる正義の味方なんだ」
はっと茂吉が顔を上げる。そこにどこか満足げなウェストが言葉を足した。
「ノーマルでもキメラに対抗できる装備を作ってみせよう〜。それまで体を鍛えておくことだね〜」
憧れてやまなかった能力者達の言葉が自分の胸へと降ってくる
そうなのだ。
それぞれがそれぞれの出来る事を。そして今の自分が出来る事を。
きっと誰も、無力では無いのだから。