●リプレイ本文
「花に水、人に愛、料理は心、すいかんもちょっと工夫でこの美味さ。熊谷料理道場師範代、真帆ちゃんです!」
白い肌に腰まで伸びた黒髪を揺らしマヨネーズ片手に熊谷真帆(
ga3826)が可愛らしくウインク。が、その顔から力が抜けて行く。
「‥‥と言ってもこれは」
「以前、北極圏で似たような趣向の頭の悪そうなキメラを見てきたばかりなのだが‥‥バグアの科学者の中には若干調整が失敗したまま活動を続けている者がいるようだ」
「バグアも夏の暑さで頭沸いたの? ‥‥そのまま絶滅すればいいのに」
ビーチできゃっきゃっとはしゃぐまぐろくん達を遠巻きに見て能力者達が容赦なく囁き合う。苦笑する真帆の横で眉間にしわを寄せているのはリヴァル・クロウ(
gb2337)、眉を潜めるのは黒崎 アリス(
gb6944)だ。そこにリヴァルが思案するように口を開く。
「そもそも、キメラの容姿やモデルは人類の恐怖を煽るものがベースだと聞くが‥‥」
「間違ってますね、これは激しく間違ってます」
「まあでも‥‥それにしたってあんなもの作ってこられるなんてある意味怖いっては怖いわね」
それに真帆が首を振り、アリスがやれやれと天を仰いだ。程よく脱力した三人の前にアロハシャツにサングラスといったキメラ退治に来たつもりないだろ、と一目見て思う姿の水無月 湧輝(
gb4056)がおもむろに近寄り、
「まぁ、夏だねぇ‥‥」
ざざーーん、と心地よい波の音が響いた。夏の日差しが気持ちいい。それに続く様にのしのしとGパンに服を袖までまくった半眼で七海真(
gb2668)が歩いてきた。
「‥‥俺たちゃのんびりバカンスに来たわけじゃねぇんだがな」
だが、そう言って脱力した顔をする真に何かに気付いた湧輝がある方向を見るようちょいちょいと指を指した。真そちらに顔を向けると、
「食べれる‥キメラ‥造る‥‥バグア‥‥なんて‥‥いいやつ」
キラキラと瞳を輝かせる九頭龍・聖華(
gb4305)。
「まぐろくん達の団欒‥‥悪いけど壊させてもらうよ。私は壊す者、幸せを壊す愚かな者、うふ‥‥ふふ。なかなか決めてるようなセリフだけど、バカらしいったらありゃしないわね」
フィオナ・フレーバー(
gb0176)がビーチボール片手に「さ〜て、いきますかっ!」と快活に笑う。更にその背後では、
「足が攣ったり靭帯が延びたりしたら大変やで」
絶頂流開祖の生まれ変わり、と言われているらしい佐賀 剛鉄(
gb6897)が実に入念に準備体操をしている。真がそれを何とも言えない心持で無言で眺めていると、湧輝が「あれ?」と声を上げた。
「ん? 女性陣は水着を着たりしないのかね? 砂とかで大変だと思うが‥‥」
そう言う湧輝をぼんやり見つめながら思う。
(「どこぞの町内会のは避けたってのに何で似たようなの受けてんだ俺は‥‥」)
間髪入れず、依頼を受ける際にやった己の操作ミスを軽く呪った。
●捕獲
―――まてよこいつぅー
―――捕まえてごらんなさぁーい
‥‥とでも言いたげに浜辺で追いかけっこをする夫婦まぐろくん。その二人を見て子供達「逃げろー」「そこだー」と言いたげにジャンプする。
捕まえたーと、抱きしめるとそこに子供達も駆け寄った。
押しては返す波は白い泡となって跳ね、そうそこはまるで楽―――
「ひとつ‥‥聞きたい‥醤油は‥好き?」
駆け寄る子供達に混じりひょっこりと現れる小柄な人影。反応のないまぐろくん達に手に持った醤油を見せると神妙に頷く。
「ん‥‥‥‥やまじ湯浅醤油‥持って来た‥‥から」
そこで突如聖華が覚醒。
「安心して、妾に食われろ!!」
男性がたまぐろくんにラミエルを発動。散らばるまぐろくん達、そこに突如投げ込まれるビーチボール。
「!」
女性型まぐろくんが驚き、膝をつきよよよと倒れ込む。然しそこに響くは厳しい声。膝を付いたまぐろくんがそちらに向くと、声の主は悩ましげに堂々と言い放った。
「わかってない! わかってないわね! 少しは私達のことを研究してるみたいだけど、ビーチボールが飛んできたのに打ち返してこないなんて。あなた達は何を研究してきたの!?」
激を飛ばすのは覚醒したフィオナだ。覚醒の為物言いが少々感傷的である。だが、格好良いとこ申し訳ないがフィオナもビーチボールを打ち返させて一体バグアに人類の何を研究しろというのだろうか。
「悔しかったら打ち返してきなさい!」
然しフィオナはそんなもの微塵も意に介さずそう言うと、まぐろくんはよろよろと立ちあがり、負けないわっ! と言いたげにキッとフィオナに向き直った。そして他のまぐろくんも加わり、汗光るビーチバレーを繰り広げる。
「‥‥フィオナ、余りふざけすぎるな」
もっと言ってやってリヴァル! こうしてここに見事人類の新たな誤解の火種が撒かれたのだった。
―――一方、少し離れた所で剛鉄が日焼け止めを取り出し入念にうなじや腕に塗り込む。
所戻って戦闘、真帆がいやいやと何かを否定している。
「皆さん激しく間違ってますぅ〜」
ビーチバレーをしているマグロ君達に向かって、彼女はぶんぶか首を振りつつ走り寄る。
そうだ間違っている。間違っているのだ。そして真帆がビシリとキメラ一同を指差す。
「お顔におかずがくっ付いてますよっ! 行儀悪いです!」
此方も残念! 間違えているのは君だ真帆!
「許さないです! マナー悪い子はお仕置きです!」
間違えたままそう言うと真帆が覚醒。すると清楚なその姿から服がはち切れ筋骨隆々のブルマっ子に!
「!?」
その姿に衝撃を受けたのは覚醒した湧輝だ。
「‥カオスだな。思わず回れ右をしたくなる光景なんだが‥」
キメラの奇態と合わせ、目の端に涙を滲ませ目を逸らせた。だがそんな事知りもしない真帆はそのまま真っ直ぐ急所突きを繰り出す。
―――そしてこれまた一方では、引き続き剛鉄がそのまますぐに瞬天速で素早く相手の懐に潜り込めるようアップする。
又も戦場に戻り、真帆がイアリスを構え、
「まぐろくんの首めがけイアリスで、急所突き〜3分間クッキング♪(一寸苦しい)」
確かにこれはちょっと苦しい。ちなみに片手には最初に持っていたマヨネーズ。彼女曰く、彼女は生粋のマヨラーらしい。
「どうせULTは鍋も貸してくれないです」
どうやら彼女もまた食す気満々の様である。それにリヴァルが遠い目をした。
「‥‥すでに討伐という趣旨を逸脱し、捕食という段階には入っている気がするのは俺だけなのだろうか」
「心配すんな、俺もだ‥‥」
すれ違い様真が呟き、この中の良心二人が空を仰ぎ見た。それに注意を向けつつ湧輝が言う。
「俺も食わないが‥‥物好きが多いようだからな。食材になってもらうぞ」
そうして子供型まぐろくんを一匹攻撃する。
「我が弓の冴え‥‥その身で味わってもらえたようだな」
致命傷を受けたまぐろくんに詰めているのは醤油を持った聖華だ。二連撃で止めをさすと、そのまま頭部に一口齧りついた。全員が『んえ!?』とそちらをみやる。
「塩が、欲しいのぉ‥‥旨いんじゃが、一味たらん!」
容赦なく被りつき感想を漏らす聖華を見て騒然とするのはアリスだ。
「まぐろくんは絶対食べない‥‥絶対イヤ」
否定するように首を振るアリスに、聖華が「好き嫌いはよくないのう!」と良い笑顔でキラキラ光りをまきながら諭す。でもきっとせめて火を通してからでも遅くは無かったまぐろくん。
―――そしてやっと剛鉄が、おもむろにガントを装着する。
月詠を構え、リヴァルのスキルが発動。
「君たちも生存のために必死なのは理解できる。だが、君たちを生かしておくほど俺は優しくはない」
リヴァルがそう言うと、もう一匹のまぐろくんに流し切り、それをフィオナが受け、
「任して!」
スパークマシンを発動させ止めを刺した。
だが、キメラはまぐろくんだけではない。
「そう鮮度が肝心速攻!」
隙間を縫って攻撃を仕掛けてきたとまとんを受け止め、反撃に出たのは真帆である。カウンターを狙い素早く紅蓮衝撃を発動。命中しかち割ると、
「トマトにはマヨです!」
そのキメラにそのまま片手に持っていたマヨネーズをぶちゅにゅるるると容赦なく掛けた。
それ等を眺め援護しつつ汗を垂らすのは真である。そしてぼやいた。
「‥‥つーかバグアもキメラも‥‥此処にいる連中も皆間違えてる気がすんのは俺だけか?」
「奇遇ね、私もそう思ってた所。でも色々と感じるものはあるけど、折角だから楽しむわ。楽しまないと損よね。戦闘中だから油断はしないけど。姉さんにもそう教わったし」
それにアリスが答えると、
「‥‥そうかよ」
真がやるせなさそうに機械剣でピーチゼリーを捌き、体が小さく狙い難いきぅいをアリスが仕留める。
白い砂浜に、健康的なまでに広い海に、脅威の、脅威の筈のキメラ。‥‥ああ、何だかんだでここの空は青い青い‥‥キメラ討伐の筈なのに何かが緩い夏の真昼。
が、ここにきてこれまでにない衝撃が七人に襲いかかった。
「絶頂流奥義 菊門裂傷拳」
重爪「ガント」を嵌めた手をすぼめ、まぐろくんの人間ならば肛門の位置する所に深々と突き立てられた。
『!!!!!!!!!!!』
その時、時が止まった。
その場に居た全員が息を呑み、青ざめ、固まった。だがそれをした本人、覚醒し背中に絶頂の文字を浮かび上がらせた剛鉄は素早くそれを引き抜くと、
「奥義 菊門裂壊拳」
くるりと向き直る剛鉄に、聖華がすぐ側にいたまぐろくんを二連撃で仕留めた。
「奥義 菊門裂壊拳」
ならばと振り向かれたとまとんを、リヴァルが素早く急所突きで素早く仕留め、傍に居たフィオナもきぅいに素早くスパークマシンを発動させる。
「奥義 菊門裂―――」
更に聖華がすぐそばのとまとんを全力で追いかけまわし、
その後も実に速やかに、他のキメラは能力者達により退治されていった。
●調理です
「‥‥‥‥‥‥」
軽く納得していない様子の剛鉄の横で、美味しそうにとまとんを頬張るのは聖華だ。そこにまじまじと首を伸ばしているのはアリスである。
「まぐろくんは嫌だけど、すいかん位なら貰おうかしら。ピーチゼリーは美味しいって話だし、きぅいも残ってる?」
「ん‥‥ある‥‥これ」
そう言って適当に手渡され、受け取ると、恐る恐る口に運ぶ。
「あら、どれも普通に美味しい」
「ん‥‥」
軽く驚くアリスに対し、もう一人食べる気満々なのが真帆である。
「これでスタミナ満点、貧弱ガール返上なのです」
可愛らしくそう言ったかと思えば、
突如キシャアアアアと謎の奇声をあげ胸板が隆起。
『!?』
全員が驚く中体操服が破け、その下に着込んでいたビキニ一枚になる。
「‥‥‥‥‥‥」
「いただきまーす♪」
熊谷料理道場師範代、熊谷真帆。
その料理は、格闘技と紙一重であった。
その様を、嬉しい様な悲しい様なめで湧輝が眺めると、ビーチパラソルの下カクテルを呑みながら海を眺めのんびりと行きを吐いた。差し込む陽ざしに眼を細め呟く。
「‥‥正真正銘の夏だな。季節の移り変わりが早く感じるということは、いよいよ歳をとったということか」
そんな湧輝に真帆が「どうですか〜?」とキメラを差し出すと「‥俺の分は‥みんなで食べてくれ。アルコールさえ飲んでれば幸せな人間だから‥‥」と視線を逸らした。それを見ながらリヴァルがフィオナに口を開く。
「フィオナはいらないのか?」
「え? あたし」
話を振られ一瞬逡巡する。が、やがてその顔が悪戯でも思いついた様に笑うと、
「私は自分で食べるなんて一言も言ってないんだよね」
「?」
「食べさせる! リヴァルに!」
「!?」
片手にとまとんを掴みリヴァルと格闘し始めた。
「あー‥‥」
その光景を眺めながら救急箱を片手に下げたまま手持無沙汰の真が声を上げる。怪我をした者に対してのものなのだが、彼等はそんなもの一切気にせず好きに騒いでいた。やがて真は諦めた様に頭を掻くと「此処置いとくから勝手に使え」とぼやき救急箱を床に置いた。そして余ったキメラ料理の前に行き、一つだけ余っていたきぅいを手に取るが、
「なんか‥‥食い足りない‥‥バグア‥‥もっと‥‥大きい‥‥ヤツ‥造らないかな?」
十分食べた筈なのに砂の上にちょこんと座り聖華が危なっかしい事を言う。真はさくさくとそっちに行くと、そのきぅいを聖華に差し出した。
「‥‥ほら」
「?‥‥余ってた?‥‥どうも」
聖華がそれを受け取るのを確認すると、真はさくさくと海岸の散歩に出かけてしまう。聖華がそれを齧っていると、剛鉄がべとつく潮風に胸元を開かせた。そして暑そうに息を吐く。
「大きいやつ、か、ああ、大型の獣型キメラとかなら多分食えるんちゃう?」
「あ‥‥」
なるほど、と言いたげな聖華がそう言うと、張り付くチャイナドレスに剛鉄が立ち上がって団扇片手に木陰に入った。
「次はちゃんと水着、用意せなあかんなー」
そういってパタパタと仰いだ。一方アリスは湧輝の隣に並び、興味深げに一つ一つを食している。
「ピーチゼリーは前から聞いてたけど、とまとんもすいかんも、きぅいも結構いけるのね」
「‥‥俺は本当、遠慮しとくよ」
苦笑する湧輝は、キメラ料理に対しては見ない、触らない、食べないを貫き通すつもりらしい。その横で食べ終わった真帆が、満足げにそう言って愛らしく笑った。
「花に水、人に愛、料理は心、です♪」
青い何処までも爽やかなこの季節この場所で、
生臭い何処までも人を馬鹿にしたキメラが討伐された。
人類を滅ぼす為人類を研究しているであろうバグア。
その驚異はこんなにも身近な所まで伸びてきていた。
もしかしたらバグアも、キメラを作るに当たり恐怖だけでなく人類の他の感情も使おうとしているのかもしれない。
そうした推測に裏付けられる確たる証拠は何もないが‥‥そう、例えば、憐憫。
憐れみを誘う事で、攻撃性を鈍らせる事も狙っているのかもしれない。
「‥‥やっぱり、まずはまぐろくんを現実に引き戻してあげないと可哀想だものね」
遠い眼で呟くフィオナの脳裏に、海辺ではしゃぎ、イチャつき、キラキラのオーラを放つ魚人共の姿がありありと思い浮かぶ。
そしてその憂い気な目で遠く美しい海を見詰めた。
‥‥異文化交流には、やはり誤解が付きものの様である。