●リプレイ本文
「RUNNERに関わった者は、死ぬ、ちなみにこの事を―――」
薄暗い個室の中、パソコンのキーを叩く乾いた音がこだまする。インターネットの掲示板に何事かを書き込む音。闇の中に浮かぶ艶やかな唇がにっとつり上がった。
「任せなさい、この私に不可能なんてあんまりないわ!‥‥多分」
ネットカフェの個室の中、鈴木 天子(
gb5234)がサービスのドリンクで口を潤した。
●調査
―――居酒屋にて
「RUNNERの噂について知っている事があったら教えて貰えますか?」
男が微笑み告げる。
「他にもリズ、という人物を知ってる方がいたら教えて下さい」
大衆酒場、喧噪に包まれる中一人穏やかに客達に声を掛けるのはサイト(
gb0817)である。通報者の声を録音したテープを片手に客達に声を掛けてはテープの声を聞かせリズ、RUNNER、不審者に付いて尋ね歩く。中中情報は得られないが、聞いた一人一人にこう忠告する。
「RUNNERに関わった人が亡くなられていますので、今後は関わらないで下さい」
そしておまけに、
「この事を皆さんにも伝えて頂けますか?」
―――街角にて
「俺が聞いた話だとそういう噂を流すのは力がある人、ファッションリーダーみたいな存在があるらしいんだ」
現地の高校生の制服を調達し、女子高生になりすまし合流した天子と歩きながらカルマ・シュタット(
ga6302)が口を開く。
「ファッションリーダー?」
「ああ、だから、そういう人を探してその人達へ噂を流していけば短い時間で効率よく噂を浸透できると思う。向こうも噂を流す時に似た方法を採っているかも知れないからこれで逆探査できないだろうか?」
「ふうん、なるほどね私も似たような事考えてたところ」
すると天子が突然ぱたぱたと走り出した。そこには、
「ねえねえ、あなた達RUNNERって知らないかしら?」
天子が帰宅中の女子高生に声を掛ける。だが少女等は顔を顰めると、
「あれでしょ? 結局ULTが流した噂だったって奴」
そう言って酷くつまらなさそうな顔をする。だがそれに対し天子は「あらそうなの?」と言いこう切り出した。
「私が聞いたのだと、RUNNERに関わると死ぬっていうのだけど」
それを聞いて「ああ、それね」と尚も呆れる少女等に、天子はさらにこう付け加える。
「リズと名乗る者に殺されるっていう話し」
そこまで具体的な事を言われ、初めて少女等の目の色が変わった。
「(上手くいったな)」
お洒落の好きそうな、人の中心に居て流行りや噂等に敏感そうな女子高生に天子が取り入るのを見届けるとカルマは雑居ビルへと走り出す。そしてそのまま見晴らしの良い高い場所に目星をつけ、調査を開始した。
―――キメラを使って人を襲わせるなら、それを見届ける者が高所で見張ってないかと考えたからである。双眼鏡を手に、ついでに人々に「RUNNERに関わると死ぬ」と噂を撒きながら不審者の有無を確認していく。
―――そんな中、朔から無線が入る
『これから朔の言う事を、無線機の無い人にも伝えてほしいの』
一息入れると、
『以前お兄さまがRUNNERの任務で戦った敵は各個たる意思の基、目標を狙い現れて、襲ったと言う事ですの。そしてまた今回も』
発信元は終夜・朔(
ga9003)。
『だからRUNNERという言葉は『すいっち』であると同時に『的』で、そのすいっちを押した『的』の場所と、押した事を襲う側に気づかせる必要があるの。その手段は電波じゃないかと思うの。ばぐあの電波を操る能力は朔達と比べ物にならないの。一つの単語、又は一定の線を伝う電波の中から『的』を感知させる事位できそうなの』
『理由は‥‥』
ゆっくりと、朔は語り出した。
―――現地にて
「RUNNERはバグアがキメラに襲わせるための暗号だって話ですけどねぇ」
あっけらかんと言ってのけるのは周防 誠(
ga7131)だ。ちなみに今の言葉は「RUNNERってあんたらの自作自演だろ?」と皮肉気な顔をして言った若い男性に対して返した言葉である。それに更に付け加える。
「あと自分が聞いたのはRUNNERに関わると死ぬ、とか。実際死んだ人もいますし」
思い出したように呟く誠を困惑した表情で男性が見詰めた。だが誠はついでとばかりに問いかける。
「そうだ、リズという名前に聞き覚えはありません?」
「いや‥‥‥」
「そうですか」
言い淀む男に誠が頷くと男は去っていく。それら一連の様子を見て、マクシミリアン(
ga2943)が呟く。
「どうもこうコソコソやるのは性に合わないな」
そしてのんびりと言葉を続ける。
「目的がはっきりしないんで煮え切らない感じだね。情報操作とか性に合わねぇもんで。そういうのはみなさんに任せて俺は救助に全力を尽くすぜ」
からりと言ってのけるマクシミリアンに誠が表情を和らげる。こういう手探りで調査をしていかなくてはならない焦れったい局面、彼からは一種心地よい潔さを感じる。
更に、実際誰か一人が通報のあった男の護衛に専念していてくれればその分周りはかなり自由に動けるのだ。マクシミリアンが男の家の前に立ち他の能力者に目で合図すると、能力者達の動きが俄然良くなった。
「巧妙」
住宅街の中、誰ともなくホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)が一人ごちる。
(「罠と承知で踏み込まざるを得ない。リズは頭が切れる‥‥感心するが、看過も出来ない」)「見えざる敵‥‥厄介だ」
事前での調査で、ここら一体の噂の浸透状況、それから人通りの多い場所とその時刻を調べ全員に知らせたのは彼である。それに南雲 莞爾(
ga4272)が小さく呟く。
「ここで注意したい所は、護衛対象がやられる事が公にされる事。敵の都合によって情報操作の余地を与える訳にもいかない」
調査の結果現在この地の噂の状況は、他の噂もあれど「ULTの自作自演」の噂が主流となっていた。莞爾にとホアキンが頷くとすぐ側を通った女性に声を掛ける。
「RUNNERって噂、何か知らないかな? 関わると死ぬ、とか」
リズという名前からの選択、尋ねられた女性は足を止め首を傾げた。
「今その噂について調査している。何か知らないか?」
莞爾も重ねて尋ねるが女性は相手が能力者と確認するなり苦笑いし気まずそうに黙り込んでしまう。その様子をホアキンが観察する。
「(今皆が新しい噂を流しているが、そうすぐに結果は出ない、か‥‥)」
心中でそう判断し簡潔に礼を述べる。すると女性はそそくさと足早にその場から去ってしまう。莞爾がその背中を見送りポツリと呟いた。
「まだ新しい噂が浸透するまでには時間が掛かるな」
「ああ」
―――酒場にて
「はいどうぞ」
奢らされこそしないものの、何故かサイトが酌をさせられる。
「うめえ!」
顔を真っ赤にして酔っ払う男に、サイトが再度心当たりがないか聞いてみるが男は尚も情報を得られない。すると男が下卑た笑いを上げこう言う。
「あんた能力者だろ? さっきから噂噂って、それULTが流したっていう話じゃん」
言うなり酔った人々が声を殺して笑いだす。サイトはそれににっこり笑みを浮かべると、
「自作・自演と思われても構いませんが、傭兵に有利なはずの噂に『関わらないで欲しい』と言う事は矛盾すると思いますよ?」
―――朔の無線
『理由は、傭兵の情報の収集と人類の混乱、今回の悪い噂騒ぎは後者の+αなの。RUNNERを傭兵に関する噂のスイッチとした事で、傭兵の情報が真贋は別として大量に手に入るの。結果知らずに噂する全ての人がばぐあのすぱいと同等の働きをする事になるの。これは本当のすぱいを送るより安心で確実な方法なの』
そして間を開けると、誇らしげに付け足す。
『これ、お兄さまの‥‥受け売りなの♪』
そう言いながら、朔が空いた片手に携帯電話を取り出した。
「だから、試してみるの」
●襲撃
目標の襲撃は突然だった。
閑静な住宅街、此処も日頃、特別キメラが出没するような所ではない。だがそこに甲 高い悲鳴の様な鳴き声が響いたかと思えば上空にハーピー二体、足元を駆けてくるのはキラーロリス3体、他、雑魚と思われる虫型キメラが多数押し寄せてきた。
『!』
それに気づいた護衛班能力者全員が覚醒し、男の護衛に当たっていたマクシミリアンが真っ先に襲いかかって来た虫型キメラをスパークマシンで攻撃した。そして声を上げる。
「ほれ、みなさん出番ですぜ!」
それに続き近隣住民にも気を配りつつ自らの配置を行っていた誠も素早くにスナイパーライフルを構えると目標に近寄らせないよう牽制射撃。そのうち一発を急所突きと強弾撃を合わせハーピーを仕留める。
その前方、素早くキラーロリスに莞爾が近付き瞬速撃、更に二連撃を加え確実に仕留める。そして二歩ステップを踏んで後退。そこに誠がスナイパーライフルを構えたまま莞爾に声を掛ける。
「気付いてます?」
「ああ」
既に敏腕と呼んでいい二人の感じた手応え、それは―――キメラの戦闘力の異様な低さ。その狙いは、わざと弱いキメラを数使い能力者を有利に見せ、数で戦闘を派手にする事。
言ってしまえば、八百長と見ようと思えば見えなくない状況を作り出すこと。
そのせいか自宅に籠ったり遠巻きに見ている住民達が此方を見ながら何やらヒソヒソ話している。
「‥‥どうしてこんな場所にキメラが?」
だがホアキンがフォルトゥナ・マヨールーを構え、まるで偶然キメラに出くわしたようにもう一体のハーピーに急所突き。
「敵さんはこれで傭兵が『俺達強いんだぜ』ってな事を演出してる様に見せたい訳だ」
再度スパークマシンを作動させマクシミリアンが呟く。
「けど自分達だって手は打ってありますから」
引き金を引きキラーロリスを撃ち抜きながら誠が言う。
「ああ、相殺する様な噂は、既に撒いている」
莞爾が手近なキメラを叩きながらそう言った。そこに突如野次馬の中から女子高生が現れ、今正にキメラに襲われんとしている男の居る家を指差し、声が上がった。
「あの人RUNNERの話してたのよ。殺されるって噂は本当なのね」
―――再度、酒場にて
「あー! 思い出した!」
「何がです?」
サイトの持つテープを指差し、酔っ払いの男の一人が声を上げる。
「そのテープの声、近所の能力者マニアの奴じゃねーか!」
「能力者マニア?」
「妙に能力者に興味持ってて、詳しかった奴だよ! ま、後は良くしらねぇけど‥‥」
「はぁ‥‥」
のんびりと頷きながらも、サイトはしっかりとその事を頭の隅に書き留めた。
―――再度、現場にて
その後戦闘は割と呆気なく終わった。元より数ばかのキメラ達、能力者達が本気を出すまでもなく負ける要素は皆無だったのだ。
そこにサイトが合流し、高所から見張るものがいないか見張っていたカルマも合流。そして、あまりに派手で圧倒的な闘いを見せられ住民達の疑惑は深まるばかりかと思いきや、その住民達の中に、女子高生の制服を纏った天子が居た。そう、先程野次馬の中から声を上げたのは紛れもなく彼女である。それを皮切りに、「そう言えばキメラは人間には懐かない」だの「いや、八百長なのだからきっとなにか仕掛けが」等と人々がざわめき、そして口々に色々な憶測を囁きだした。それに能力者達の撒いた「関わると死ぬ」という噂が一層民衆を煽った。
「俺達の流した噂も生きている。‥‥やはり、実際の事を交えると信憑性が違うな」
カルマが呟く。
そんな中、ひたすら呆けている通報者の男も保護。そこに朔が、その場所で話していた先程から話していた「実験」をする事になる。
―――朔の携帯で事前に打ち合わせをしていたULT窓口の受付職員に電話を掛け、出た相手に巷の『RUNNERの噂話』と『能力者の事』、『バグアの情報』の情報を万一他に流れてもさし障りの無い程度話す。
だが、その後暫く経っても一向に朔の元にキメラは現れない。違うの? と朔が諦め掛けたその時、
『!』
突如携帯にノイズが走り、ULTの職員に繋がらなくなった。そして、
「やあ」
飄々とした男の声がする。
「始めまして、能力者の皆さん? 僕はリズ。こうしてお話しするのは初めてかな」
「リズ!」
朔が息を呑むとリズは軽く笑い続ける。
「成程、君はRUNNERという言葉がスイッチの役割を果たして、その言葉に宿らせた電波で傭兵の噂をこちらに流すと共に、僕等が言葉の出所をキャッチしてそこにキメラを向かわせる、って考えたんだね」
くすくすとリズが笑う。
「あのね、電波なんて面倒なものは使わなくても情報は手に入れる事が出来るんだよ。でも君は、そして君達は」
そこで急にリズの声が酷薄になった。
「侮れないな」
朔の携帯をカルマが借り、尋ねる。
「お前は朔さんの話を知っている。ならばこれまでの会話を聞いていたな‥‥そしてここら一帯の高所にそれらしい人物はみあたらなかった。ということは、今、お前は近くに居るな?」
『!』
言葉を受け、全員が弾かれた様に辺りを窺う。だが、見回しても人々は彼方此方で携帯を手に持ち今回の騒動を知人、友人に夢中で話している。この中で一体誰がリズなのかは‥‥
その時、
ふと、携帯を持った一人の若者と、能力者達の目が合った。
野次馬の中余りに自然に溶け込んでいるその人は、リズという名前なのに、線の細い男性だった。
その男性はあっという間に雑踏の中に消え、能力者達はすぐ後を追ったがその姿は消えていた。
●報告
保護した男から得た情報、尋問中ほぼ洗脳状態にあったが一つだけ反応を示した行動があった。
男は会話中「能力者」のフレーズを聞いた瞬間、その会話の内容を一字一句違わず記憶した。
更にその状態で噂話のRUNNERの話題を振った途端しきりに「電話」を掛けたがり、電話が与えられると使われていない番号に掛け、相手が自動音声にも関わらずまるで世間話でもするかの様に先程憶えた「能力者」の話題を喋り出したのだ。
終いにはRUNNERのフレーズを入れ受話器を置いたのだった。
そして判明したのはRUNNERとはまさしく「スイッチ」であったという事である。
リズは占領地区の人間あるいは拉致した人間に「能力者」と聞けばその内容を暗記し、「RUNNER」と聞けば決められた相手へと情報を流すよう洗脳した人間を送り込み、最終的に能力者の情報がリズへと渡る仕組みとなっていたという事だ。
だが、この仕組みを破綻させたのは之まで活躍してきた傭兵諸君であり、そして長らく謎とされてきたRUNNERの正体も掴んだ上人々のULTへの疑惑も和らぎつつあるのは諸君等の活躍あってのものである。