●リプレイ本文
寒い冬の夜、だがそれに故に、落ち着いた闇に包まれ幻想的なものが一層引き立つ夜。
―――やっぱり、クリスマスと言えばツリーの飾り付けだよな。がんばって盛大なツリーにしたいよ
そんな中、てっぺんに飾られたスター、背の高い木のてっぺん、見上げるほど高い所から暖かい色合いで幻想的に輝くイルミネーション。
―――今回の依頼はクリスマスツリーの飾りつけですね。キリスト教徒というわけでもないですが、なるべく多く人に喜んでもらえるようなツリーに仕上げましょう
点滅する光と共にあるのはサンタに雪だるま、天使、聖人のオーナメント。それらが賑やかに聖夜を彩る。暖かいイルミネーションの光に照らし出されたそれらが、その巨大なツリーに愉快に鎮座していた。
―――能力者としての力が平和的なことに役立つんですね‥‥何とか頑張って、町の人が見て心を和ませるようなステキなツリーにしたいです。その、ツリーを見て誰かがほんのちょっと幸せになってくれたらいいかな、なんて‥‥‥
その下には歓声を上げ足を止め、嬉しそうな顔でそれを見上げる沢山の顔。互いに顔を見合わせ笑い合い、歓声を上げ、その輝きに胸を躍らせる。
―――こんな依頼だと楽しいよね
―――そうね‥‥いつもこんな平和な内容だといいのだけど
―――頑張って、飾り付けしよっか
それらの顔に見守られるツリーは装飾の選定や位置等一つ一つ吟味され、心を込めて飾り付けられた事の解る暖かみに満ちていた。
―――風向き、強さは‥‥ん、問題ないな。ならこのまま‥‥‥‥‥
そこに辿り着くまでの道には水に浮かべられた火の灯った蝋燭が延々と続き、光が静かに揺らめいている。静寂の闇の中にそれは淡く足元を導き、人々を別世界へ誘うかの様である。
―――見に来る人たちに楽しんでもらえるようなツリーが出来たら良いですね。カップルはシアワセ十分な気がしますが、子供には希望を失わないでほしいものです
小さな揺らめきの道に誘われその場所、街で一番大きい木があるそこに辿り着いた恋人達は幸せそうに手を取り合い木を見上げ、仕事帰りの大人も宝物でも見つけた様な表情をし、子供達は母親の手を引きはしゃいで声を上げていた。
『大きな木はきれいに光かがやいていました。その木は人の希望が灯りになりかがやいているのです』
冬の夜は暗く深い。その分静寂の深さも重く深く、だからこそこうした灯りや光は優しくそして美しく輝き人の心に入り込んでくる。
そう、まさしくその木は―――
●飾り付け
その場所に付いた時、能力者達はその木を見上げていた。
樹高十二〜三メートル位だろうか、中々の大きさの深い緑のその木は街の中で一際存在感がある。
「これを飾り付けろ、という事ですね」
日でも遮るかの様に目の上に手を掲げメガネの男がそう呟く。奉丈・遮那(
ga0352)がゆっくりとその手を下げて言う。
「取り敢えず演出はお任せするので、私は他の雑用をしています。まず足場を用意しなければ」
「足場は組む奴かと思ったけど、十メートルの梯子を渡された。うん、クリスマスといえばツリーがやっぱり目立つよね‥‥傭兵になる前は母さんや父さんとはしゃぎながら飾り付けしたなぁ‥‥また一緒にやりたいな」
隣で同じように木を見上げる金の瞳の小柄な少年、グレン・アシュテイア(
gb4293)のその横で、オッドアイの機敏そうな少女朔月(
gb1440)が貸し出されたおよそ四メートル程の高所作業脚立をくみ上げながら、風の強さ、向きに注意を向けた。
「風もそんなに強くないね。これなら強風とかもあんまり心配ないと思うよ」
「そうですね。それからこれらが今日使える飾りになるそうです」
声と共に銀の髪が揺れ、黒い瞳の女性が現れる。そう言って鈴木 一成(
gb3878)と共にダンボールを運び込むのはマヘル・ハシバス(
gb3207)だ。
「私は、演出方法の計画建て、飾りつけの小物の選択、ツリーの飾りつけ、電飾の配置をメインにやりましょうか」
そしてよいしょ、と段ボールを地面に置く。
「あ‥‥どどどうも、今日はよろしくお願いします」
そしてやたらおどおどと一成も一礼すると、ダンボールを地面に置いた。
「安全第一で頑張りましょう」
そう言って、これから飾り付けるツリーを見上げる。そこに不思議な雰囲気を纏った女性、白雪(
gb2228)がたおやかに微笑した。それに伴い絹の様な黒髪が小さく揺れる。
「では私は低いところの飾り付けを行います。飾り付けるものはモールやオーナメントなど、用意されたものを飾り付けますね」
そしてマヘルの持ってきたダンボールをマヘルと共に覗き込む。一方では朔月がフェルトを引っ張り出し手作りのクリスマスソックスを作り始めていた。それに気付いた白雪が声を上げる。
「可愛いらしいですね」
「この中に菓子や小さいプレゼントが入るようにするんだよ。希望者がいればプレゼントを入れといて低い所に飾っておいたりね」
「そ、それじゃ‥‥今のうちに希望者を募っておいたりした方がいいの‥‥かも」
一成がそう言うと遮那が「そうですね」と相槌を打つ。
「今からどれだけ集まるかは解りませんが‥‥」
「うん、作業やりながらやりたい人を募ろっか」
ハシゴを掛けながらグレンが言うと、一同そこで一瞬間が開き、その視線が一斉に一成に向いた。
「‥‥どうしました?」
「ですよね」こちら遮那。
「だよね」こちらグレン。
「ですね」こちらマヘル。
「かもね」こちら朔月。
「でしょうか‥‥」こちら白雪。
おろおろと一成が回りを見渡すと、全員の声がほぼ同時に上げられる。
『何か、そういうの向いてそう』
「はい?‥‥」
鈴木一成、いつもおどおどと人の顔色を伺い、もとい人の良い人間なのだが‥‥
彼は事務や地味な作業に本領を発揮するタイプの人間なのだ。
「あっ! 駄目駄目! マヘルさん! そんなの俺やるから!」
「え? ‥‥そう、ですか?」
ハシゴに上ろうとしたマヘルを必死にグレンが止める。高所の電飾を飾り付けようとしたマヘルを止め、グレンがハシゴを上がっていく。
「女の人に高い所に上ってもらうくらいなら俺が行くさ」
精一杯の背伸び。マヘルもクスリと笑うと「もっと右です、そう! そこ!」と下から指示を出す。
その木の根元では根元から上方向にライトアップできるように一成とが投光機を設置し、そのすぐ側では遮那が脚立を使いツリーの中腹の装飾をしていく。
「下から見てどうですか!?」
下に居る一成に時折位置を見て貰いながらモールやオーナメントを飾り付けていくが、時折ソックスのプレゼント希望者がやってくるとそちらへと言ってしまうので遮那が「やれやれ」と軽く首を振った。
「‥‥枝に結び付けてればいいのかな」
「(残念だけど、私も実際にクリスマスを楽しんだ事ないからわからないわ)」
低い位置にオーナメントを飾りながら白雪が不思議な会話をする。
「お姉ちゃんも飾りつけやってみたら?」
「(私が?‥‥じゃあ一つだけ‥‥ね)」
彼女の中の内なるもう一人の女性、彼女と共に生まれるも、生を受ける事の無かった女性は今も彼女の中に宿り、そして、
白雪が覚醒し、彼女の姉、「真白」になる。
「‥‥じゃあ、皆さんの幸せを祈って」
真白が金のベルをそっと木に掛けた。
「こんなもんかな」
一方朔月がしているのは、そのツリーに来るまでの道の装飾。
小さな器に水を入れ、そこに蝋燭を浮かべたものを並べていく。
「火を灯すのは客が来てからって事で」
引き続きマヘルは電飾の飾り付けを指示していた。
「そちらの固まった電飾をもっと左に、そう、はい、―――OKです」
これまた一方では遮那が声を上げている。
「このモールはどちらに流しますか?」
遮那が脚立の上で下の一成に支持を求める。
「それじゃ、そろそろ受け付けたプレゼントもソックスの中に入れていこうか」
朔月もツリーに戻ると、最後の準備に取り掛かった。
その時である。
突発的な強風が、一度だけ彼等に吹きつけた。
―――それと同時に、体重の軽いグレンのはしごが煽られ不安定揺れ、
「危ない!」
一成がうっかり覚醒してしまうと、
「ヒィーーーーャッハーーー!! うははははははあーっははははははは!! ふぅぅあははいーーーひぃっひーっひー!!」
覚醒した一成はぶっ壊れた笑い袋の様に笑い出し先手必勝、グレンの救出に向かうが、
「よっ!」
グレンとて能力者。ハシゴが不安定になった事に気付くと同時に体制を整え、落下の際は軽く一回転するおまけ付きで鮮やかに舞おり着地する。審査員がいるならまさしく全員が十点満点を上げる鮮やかさである。
「はー、危ないなぁもう」
「びっくりしたー」程度の反応で再度ハシゴを登り出す。一成がゆっくりと覚醒を解きほっと溜息をついて胸を撫でおろすが、
『‥‥‥‥‥』
周囲の人間は何事かとどよめきその後しばらくその木は「強風が吹くと笑いだす木」として噂になった。
●希望の灯り
そうして飾り付けられた巨大ツリーは、暖かみのある優しい光を放ちそこに鎮座していた。
青や白ではなく、温もりのある暖色のイルミネーション、
足元から投光機で照らされ暗闇に浮かびあがるツリー、
そしてその場所へと誘う水に浮かべられた蝋燭達。
蝋燭の灯りは揺れる水面を小さく反射し、誘われるようにその道を歩いたその先には大きなツリーが立っていた。
そして、そのツリーの下にはバイキング形式で料理が置かれている。
料理に限りがあることと、会場の広さに制限がある為どうしても一度に入れる定員は決められてしまうが、基本的に誰が参加しても良いささやかな立食パーティーだ。
だが、ツリーの飾り付けが終わってしまうとすぐに背を向けてしまう人影が一人。
一成は賑やかな場所が苦手なので、パーティーには参加せず帰路につく。だが、一度だけ振り返るとその木に向かい、
―――なるべく多くの人が幸せでありますように
そして彼の背中は街の中へと消えていった。
「ほとんど和食しか作れないため、ちょっとパーティには不向きですが‥‥」
一方会場では、そう言って白雪が重箱を差し入れとして差し出す。「ありがたい」と受け取られると、それもテーブルの上へとならんだ。
「お疲れさまでした。皆さんの反応も上々ですね」
そう言ってグラス片手に笑顔を浮かべるのはマヘルだ。目の前には遮那が立っている。
「はい、皆さんにも喜んで頂けてますし、良かったですね」
一人、また一人と入って来た客は皆嬉しそうに巨大ツリーを見上げては写真を撮ったり歓声を上げていた。それらを見送ると、二人は顔を見合せ軽く笑う。そしてツリーを見やると、そこではソックスのプレゼントの企画に参加したのであろう二人が木の下で装飾のソックスからプレゼントを取り出していた。
「これ‥‥‥」
「‥‥‥あたしに?」
「うん」
プレゼントを受け取った女性は中身を確認すると目を輝かせ目の前の男性を見詰める。そしていたずらっぽく笑うとこう言った。
「人の希望で輝いてる木にお願いすると願いが叶うって‥‥案外嘘ばっかじゃないかもね?」
「だから言ったじゃないか」
人の希望で輝いてる木?
それを聞いていたマヘルと遮那が瞬きする。そして息を吐くとゆっくりとツリーを見上げた。
そこには、人々の希望を受け自分達で輝かせた木が凛と立っている。
そしてマヘルが微笑すると、
―――私の家族は未だ連絡は取れていないけれど、皆どこかで無事に暮らしていますように
遮那が息を吐くと、
―――この戦いが納得できる形で早く終わりますように
「和食しか作れないもので‥‥お口に合いますか?」
「うん、いいんじゃない?」
白雪がそう尋ね、朔月がそう答えると「それは良かったです」と白雪が答える。そして少し距離を取ると、
「‥‥ライトアップされたモミの木というのも、綺麗なものね」
そっと覚醒し、真白が一人お酒を飲みながら呟く。そして軽く目を閉じると、白雪と真白、二人はそっと願った。
―――‥‥世界中の人が大切な人と幸せな日々を過ごせますように
―――私が必要とされない日がいつか訪れますように
「?」
その様子を遠めに朔月が眺め不思議そうに首を傾げるが、蝋燭の道の火が一つ消えている事に気づきすぐにまた付けに行く。
他にもツリーに何か変調はないか、切れてしまった電球等はないか確認しつつ料理を食べながら確かめる。
「無事終わって良かったな。ちゃんと綺麗に飾れたし」
グレンも料理を食べながらツリーの周りをぐるりと歩く。
「またさっき見たいな強風が吹いてきたらすぐ何とかしなきゃな」
だが、今のところその様子はない。安心した様子で太陽の様な笑顔を浮かべると、仲間の所へと走っていく。
「うまく行きましたね」
「皆さんも喜んでいます」
上から遮那、白雪、
「今のとこ問題も出てないしな」
「点灯テストも問題ありませんでしたし、大丈夫でしょう」
朔月にマヘル。
「うん!」
グレンも頷く。
能力者六人に飾りつけられたそのツリーは聖夜に鮮やかに輝いている。
人々の胸に希望を灯す為、そして人々の希望の元彩られたその木はまさに、
人の希望が灯りになり輝いているのだった。