●リプレイ本文
「それじゃあ会場はそこで、はい‥‥」
誰かの話す声が静かにこだまする。その部屋で電話を掛けているのはドッグ・ラブラード(
gb2486)だ。会話を済ませ受話器を置くと笑顔になり呟いた。
「会場は取れました。パーティ楽しみですね! 皆様に善き思い出を!」
あちこちに電話を掛けやっと取れたその会場は日本の都市部に位置する貸しスペースだった。
●下準備、それと
貸しスペースとは言ってもそこは取りあえずの暖房器具とキッチン、トイレと小さなバスルーム、一応申し出れば泊まり用の寝具も借りる事が出き、あとはロッカーがあるだけの何もない場所である。
そのがらんどうの部屋にツリーが置かれ鮮やかなモールが掛けられた。
「こんなものか‥‥な」
ツリーを飾り付けながら愛輝(
ga3159)が呟く。それに設置されたテーブルにテーブルクロスを掛けながら「そうねー」と返すのは宇佐美 唯梨(
gb4336)だ。
「こういう手作り感があったほうが、アットホームで楽しめると思うし」
言いながらテーブルの上に花瓶を置き、花を挿していく。一方入口付近で会場の看板を作成しているのはドッグである。
「む、よい出来だ! サンタに見えなくもない! かも!」
看板には赤と白の不定形のマリモの様な物体が描かれていた。彼は絵が苦手なのだ。そこに今度は壁にリースや電飾の飾り付けを始めた愛輝がドッグに手伝いを求める。
「そっちが終わったら、こっちを頼みたいんだが」
「あ、はい」
「そろそろ買出し班も戻ってくる頃ね‥‥そうそう、テーブルに飾るキャンドルってどこにあるか知らないかしら?」
愛輝に「そこですよ」と指された段ボール箱を唯梨が探り、その後ろでは二人が協力して壁に装飾を凝らす。
そうしていく度に、その場所は殺風景な部屋から楽しげなパーティー会場へと変化していっていた。
―――その買出し班はというと、
「今日はパーティーしますの♪」
イルミネーションに彩られている街の中、浮世離れした白い人影がヒラヒラと舞い踊る。
白い縁飾りのミニスカサンタの格好のInnocence(
ga8305)が澄んだ声で歌を口ずさみながら戸惑う通行人にそう報告し、その度に距離が空いてしまった仲間の元へとパタパタとかけ戻っていた。その横で機嫌よく笑って見せるのは赤崎羽矢子(
gb2140)だ。
「『心に楽しみのあるものには 毎日が宴会である』ってね♪」
両手の買い物袋には彼女の気に入ったものが山と詰まっている。そこで何かを思いついた様に突如「あ」と那智・武流(
ga5350)が声を上げ、織部 ジェット(
gb3834)が武流に振り向く。
「どうした?」
「クリスマスケーキも買っておこうぜ。メインがねぇと寂しいからな」
「じゃそこはどうだ?」
そう言ってジェットが通り沿いの洋菓子店を指差す。
‥‥‥と、その指された店の三軒隣のスーパーから現れたその人は燦然と輝く白いビニール袋を空へと掲げた。
そして宣言する。
「ぜーはー、ぜーはー、な、なんとか激戦を制しました」
『‥‥‥』
暫く間が空いた後、
おー‥‥‥
パチパチパチ
主婦群がるタイムセールスの激戦を制したその人、ハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)に仲間から感嘆の拍手が送られる。
「じゃ、皆集まったしケーキ買って戻ろうか」
羽矢子がそう言い、洋菓子店で一番大きなサイズのケーキを一つ購入。
―――その少女を見つけたのはその矢先であった。
「あの子、様子がおかしくない?」
真っ先に声を上げたのは羽矢子だ。その言葉に五人とも足を止める。粗末な衣服を着込み寒さに震え立ち尽くすその少女を見据え、ジェットが眉根を寄せて呟いた。
「俺が話しかけてもいいけど、怖がらねぇかな」
そんな中、Innocenceがパタパタと少女に近寄りしゃがみ込む。
「どうしましたの‥‥?」
「あ‥‥」
Innocenceが言い淀む少女の手の中のボロボロの仔猫を見つけそっと撫でる。そして狼狽する少女に向かってにっこり笑った。
「あのね‥‥いまからパーティしますの‥‥仔猫さんもご一緒にクリスマスパーティ‥‥どうですかしら? だって、わたくしともうお友達ですもの」
「え、ええ?」
突然すぎる申し出に驚く少女、だがそれを見ていた羽矢子が歩み寄り、
「その猫だってそのままじゃ困るだろうし?」
「だな、お嬢ちゃん、名前は?」
武流が尋ねると、少女は「杏」と呟く。そして寒さに軽く身震いするとハインが杏に自分のコートを貸し、呟く。
「少し寄る所ができたので、荷物をお願いします」
一同、一瞬間が空くが、すぐに察し快く荷物と猫を引き取り会場へと向かった。
五人と杏のすぐ側のショーウィンドウには可愛らしいドレスが展示されていたのだ。
●パーティーの前に
「あ、戻って来たわ」
帰ってきた四人にうさ耳からトナカイの角に切り替えた唯梨が「あら?」と首を傾げる。
「一人足りない様な?」
「すぐ戻ってくる、しかし電飾も飾るってか。本格的になってきたぜ」
「そう?」
ジェットに唯梨の首が更に傾げられる。が、
「その子‥‥大丈夫かな。ちょっと、見せてくれますか?」
ジェットの手の中の仔猫に気付いたドッグが彼から猫を受け取るとタオルで包み、すぐに牛乳を火に掛ける。ぬるめのミルクをスポイトにとりゆっくりと仔猫の口元にやると、
舐めた。
そこでやっと表情が緩む。そして必死にミルクをねだるネコの目に徐々に力が宿って来た。
「‥‥猫?」
猫を見詰めながら愛輝がそう言うと同時に、入口の扉が開く。そこにはハインと汚れた少女が立っていた。
「‥‥その子は?」
愛輝が訪ねると杏が視線を合わせる。だが愛輝は杏の様子を見ると、
「いや、その前に体を暖めるのが先か‥‥」
「風邪をひいては大変です!」
言うや否や、ドッグはまたもキッチンで今度はココアを作り始める。そして出来たものを唯梨が持って来て杏に手渡した。
「はい♪」
杏受け取り口をつけると、やっと人心地つく。そこで武流が声を上げる。
「んじゃ、仕上げといくか。訳はやりながら話すからよ」
それから
「このレタス、こっちのサラダに使ってしまって良いですか?」
「ええ結構ですよ、私は‥‥鶏肉と野菜のシチューパイは確定ですね」
「なら俺は揚げ物担当といくか。フライドポテトと鶏の唐揚げ作りは任せときな!」
「パンの耳と、シナモンと、工夫次第で、何にだって変わります!」
上から料理担当、愛輝、ハイン、武流、ドッグ、
「はい、ちゃんと綺麗にしましょうね♪」
「あ、そのコサージュいいんじゃない?」
こちら、杏と一緒にバスルームを借り、ドレスを着せ杏の髪に櫛を通しているInnocenceと羽矢子。Innocenceが彼女の胸にそっとコサージュを飾る。
「随分らしくなったな」
「これで会場は完成!」
内装の仕上げをしていたジェット、そして唯梨がそう言うと同時に、仔猫がうみゃあと鳴いてみせた。
●パーティー
「本日はお集まり頂きまして有難う御座います。ではこれよりパーティーを始めます」
人の集まった会場にて、
「では皆さんお楽しみ下さい」
司会役のハインがそう挨拶すると、
楽しむともーー!
集まった集団NDAが異常な盛り上がりの元乾杯し派手にクラッカーを鳴らす。それと共に流れ出すBGMは『ミラ☆クリ』だ。
「ふっ、今日これなかった奴、せいぜい悔やむがいいわ!」
そして金髪碧眼の女、フレアがそう言って高笑いする。そこに愛輝が挨拶する。
「お久しぶりです。暫くお会いしませんでしたが、お元気そうですね。どうぞ、今日は楽しんで下さい」
「あ! ‥‥あの時の! うっわー久しぶりー元気してたぁ?」
見知った顔にフレアの目が輝いた。そして「スーツ姿もいいじゃなーい?」と絡むフレアに愛輝が切り出す。
「実は今日、一人ゲストがいるんです‥‥」
「ゲストぉ?」
一応ゲストOKとは言っていたが‥‥フレアが瞬きすると、
そこには、Innocenceに手を引かれ、ドレスに身を包み可愛く着飾った杏が立っていた。
「あら」
フレアが杏を見詰める。そこで武流がグラス片手に、
「で、誰が乾杯の音頭とんの?」
すると、ジェットが杏に眼をやり、
「この子にも乾杯をしてもらおう。折角だし―――」
そこで杏が「え?」と一瞬ためらうが、ジュースの入ったグラスを手渡されると嬉しそうに、
「か、乾杯!」
乾杯!!
一同、グラスを合わせ一口つけると料理を食べ出した。そこでハインの声が響く。
「ではここでゲームを始めます。用意したゲームは誰でも知っているものです」
そう言って出されたのは穴に剣を刺していき、当たれば真ん中のキャラクターがポンと上に飛ぶオモチャだった。
「もちろん負けた人には罰ゲーム!」
あちこちで給ししていた唯梨がノリよく補足する。
罰ゲームにメンバーが嬉々と色めき立つ。そこでジェットがそっと席を立った。それに気付いたドッグがジェットに訪ねる。
「どうしました?」
「緊張してきたから顔を洗ってくる。罰ゲームが怖いんじゃないからな」
「あはは、はい‥‥」
ドッグが軽く笑って見せるとジェットはそのまま一度席を外した。そしてその暫く後、ドッグも少しの間席を外す。
そして、結局罰ゲームに当たったのは武流だった。
内容は「青汁」
更にここいらで酒も回り酒飲みの人々は段々行動が怪しくなってくる。
その矢先の次のプログラム
椅子取りゲーム
席を外していたジェットとドッグも戻り、
「こりゃ危険だね」
苦笑しつつ羽矢子が呟く。それに応じる様にNDAの何人かが千鳥足で「らいりょぶ〜らって」と返した。
「このゲームは勝者には景品が出ますよ」
そう言ってハインが耳あて付きニット帽を頭に被せたこねこのぬいぐるみを掲げて見せる。さらにこっそり作っておいたカスタードプティング。
「がんばりましょう?‥‥ね? 杏さん」
そのぬいぐるみを見詰める杏にInnocenceが声を掛ける。杏がこくこくと何度も頷いた。
そして始まった椅子取りゲーム。
まず酒乱の大人たちは互いがもつれ合い勝負にならず脱落する。武流も酔った状態で意気込み挑戦するが、あえなく玉砕。
結局最後まで残ったのは杏であり、ハインからぬいぐるみを受け取る。そしてそれをぎゅっと抱きしめた。
少し離れた所でその様子を眺めているのは愛輝である。あの小さな少女は彼にとって―――どことなく、なくしてしまった大切なものを喚起させるのだ。と、目の前を横切る杏が転びそうになったので手を貸してやる。
「ありがと」
「いや‥‥‥」
軽く笑ってみせてやる。
「あらおねーさん可愛いわねーちょっとこっちいらっしゃいよ」
「曹長、あんたオヤジですか」
酒豪のフレアも酒が回り始めたのかバニーならぬトナカイガールの唯梨に絡みチャオに突っ込まれていた。
「他に何か飲まれます?」
だが唯梨は笑顔で対応、「じゃあカクテル♪」とフレアもご機嫌である。
そして、ふいに部屋のBGMが変わった。
「ここで歌とダンスの時間です」
ハインがそう言うと、気分よく羽矢子が朗々と歌い出す。
「おお 天にまします我らが神よ そちらから見た世界はどう? あぁ きっと地上一杯の 素敵な愛が見えるはず〜♪」
羽矢子が歌い出し、更にInnocenceも歌い出す。するとNDAのメンバーが互いに顔を見合せ手を取りフロアへと出た。
その時
「俺と一曲、踊って貰えませんか?」
愛輝が杏に手を差し出す。
「え?」
更に
「ドッグ、杏と踊ったげればー?」
「はい、よかったら、踊って貰えますか‥‥? 下手だから、相手がいなくて」
羽矢子に促されドッグも笑顔で告げる。
―――綺麗なドレスを着て、パーティーに出て、素敵な人にダンスに誘われたいなぁ
全部叶っちゃった‥‥
胸を高鳴らせながら、杏が一曲ずつ、二人と共にステップを踏んだ。
ひとしきり踊った所で、
「ビンゴ大会入ります」
各々渡されたシートを凝視する。勝ち抜いた人から商品名が書かれたクジを引く事が出来るのだ。数時が読み上げられるたびに一喜一憂。そんな中真っ先に上がったのはInnocenceだ。彼女が獲得したのは「アイマスク」、次に上がったのは羽矢子、「扇子」、その次がフレア「甘酒」、その次が愛輝「ポットセット」残り一つにヒートアップする会場、そして勝者は。
「ビンゴ!」
武流である。残りの景品「花火セット」は彼の手中に納まった。
「ここで特別ゲストの紹介です」
湧き立つ会場にハインの声が響く、と、誰でも知っているあの人が現れる。
「杏ちゃん、今年は良い子で過ごしたかな? うん、その目は嘘は言わない子の目だね。じゃあサンタさんからプレゼントだ」
現れたジェットサンタは丁寧にラッピングされたプレゼントを杏に渡した。
「?」
杏がそれを開けると、それはFAXで送られた杏を受け入れる施設の候補に関する資料だった。正式な入所書類は後ほど出されるという。ちなみに先程ゲームの途中ジェットとドッグが抜けたのは必至に彼女を受け入れる施設を探していたからなのだ。話によると、親を亡くしたその時点で保護できず、更に自分で警察に行くというような判断もない子供は時折杏の様になってしまう事があるらしい。
「猫さんもそこで飼うって」
驚きの目を杏がサンタに向け、そして抱きつく。
「ジェットお兄ちゃん有難う!」
正体は、ばれていたようだ。
「はーいそれじゃあここでお待たせのケーキよ」
唯梨がケーキを運び、人数分に切り分ける。全員に行き渡り各々ゆっくりと口に運ぶ。
プログラムも終了に近づき、そろそろパーティーも終わりに近づいている。ぼつぼつハインが終了の挨拶を始めた。
「おっと、もう終了か」
そこで武流が杏の所に来ると、
「お嬢ちゃん、これ、プレゼント。うちの神社のお守りでわりぃけど、女の子だからピンクの勾玉ペンダントな? 幸福をもたらすんだぜ? 大事にしろよ」
お守りを手渡され、杏が小さくお礼を言う。羽矢子も続けた。
「取り敢えず今晩はここに泊まっていきなよ朝までは大丈夫だから。寝具は後で運び込むし」
「そして私とご一緒のベッドでお休みさん♪ サンタさんのプレゼント、何かしら‥‥?」
Innocenceがそう言ってほほ笑む。
「とにかく片付だ。後片付けが終わるまで、パーティーは終わらないってな」
言いながらジェットとドッグと愛輝が酔い潰れた面々を介抱し、その後ろでは唯梨が食器や余った料理を下げている。そしてドッグが呟いた。
「今日が彼女の善き思い出となりますよう‥‥そして――彼女の未来に、幸多からんことを」
聖夜の少し前の夜、
少女の前に現れたのは、八人の繰り上げサンタクロース。
少し早いクリスマスの奇跡。
「こんな世界だけど‥‥、だからこそ救いが欲しいじゃないか。ねえ?」
羽矢子が元気になり首に青いリボンを結んだ仔猫をツンとつつく。
うみゃあ、と仔猫が鳴いた。